DUOで。


from 山崎灯理さん (2002年05月07日 12:57)

龍子さん、こちらにははじめて(だったと思う)書き込みします。
先日は初めてお会いすることが出来て感激でした。
「左手のためのピアノ協奏曲」があの、ヴィトゲンシュタインのお兄さんのた
めにかかれたなんて、わたしのフェイボリッツのひとつなのに全然、知りませ
んでした。ラヴェルは熱狂的愛国者だった事で知られていますけれど、いつま
でも恨みを抱えているような人ではなかったんですね。あの曲の輝かしい力強
さは勇気を与えてくれますよ。
それでは、またお会いできるのを楽しみにしています。今度はあんまり酔っ払
わないうちに哲学の話とか、伺いたいですね、アルコールが入るとさすがに脳
味噌がついていきませんもの(^_^)。


楽しゅうございました(^^)

 先日はお会いできて楽しゅうございました(^^)。

 「左手のためのピアノ協奏曲」についてですが、私は音楽方面の素養がないので、万一にも勘違いがあってはと思い、インターネットを検索してみました。そうしたら、下のような記事(抜粋)がみつりました。

 最後は ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲 【5/16, 17】 。そして、この作品もまた「世の終わりの四重奏曲」同様、戦争が生んだ作品。この作品の委嘱者は、第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの兄)。プロコフィエフの4番のピアノ協奏曲(左手のための)、リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲余禄」、ブリテンの「左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏」など、ラヴェルの他にも、ヴィトゲンシュタインが右手を失ったことで委嘱された作品はいくつかあります。
 しかし現代では、健康な両手を持つピアニストが、わざわざ「左手だけで...」という制約をテクニックでカヴァー、皮肉にも腕の見せ所に。

http://www04.u-page.so-net.ne.jp/ba2/almaviva/genepro/r/r020328.htm

 ヴィトゲンシュタイン家はオーストリアの鉄鋼業界屈指の大富豪で、男子5人、女子3人の子供がありました。男子は長男、次男、三男が相次いで自殺してしまったため、男子で残ったのは四男のパウルと、8人兄弟の末っ子で五男のルードヴィヒだけということになります。この二人がそれぞれピアニストと哲学者の道を歩んだのですから、後継ぎがいなくなってしまったわけですね。

 長男のハンスや次男のクルトも音楽的才能に恵まれ、長女のヘルミーネは絵画に才能を発揮したそうです。自殺した彼らの兄達もそれぞれ芸術方面に進みたかったらしく、父親のあとを継いで実業家になりたがる人が、兄弟の中には誰もいなかったようです(^^;)。パウルはピアニストに、ルードヴィヒは最初はエンジニアを目指して実業学校に入りますが、さすがにお父さんも男子3人に自殺されて諦めたのではないでしょうか。ルードヴィヒは子供の頃から機械が好きだったようで、学校で航空工学を学ぶのですが、その基礎科目である数学が気に入ってしまいます。これが後に彼を論理学へ導くわけです。

 恥ずかしながら音楽の素養のない私は、「左手のためのピアノ協奏曲」の存在を知ったのも、つい最近のことです(^^;)。私の好きな漫画の一つに『天才柳沢教授の生活』(山下和美、講談社モーニングKC)という作品があるのですが、その単行本の18巻(現在のところ最新刊です)に所収の最初の話に「左手のためのピアノ協奏曲」が出てきます。ヴィトゲンシュタインはオーストリア出身ですが、この作品では脳溢血か何かで倒れて右手が利かなくなったドイツ人の老ピアニストが、「左手のためのピアノ協奏曲」の演奏をきっかけに第2の人生を歩みはじめます(作中にパウル・ヴィトゲンシュタインの名前は出てきませんが ^^;)。

 ラヴェルもヴィトゲンシュタイン(パウル)も、自分に出来ることと出来ないこととを知り、出来ないことを恨むよりも、自分に出来ることの限界に精一杯に挑んだのではないでしょうか。自分を知り、よく生きること。言葉でいうのは簡単ですが、それを実践する人はとても少ないですね。私もまだここ3〜4年、「自分を知ること」を、ボチボチやり始めたばかりですけれども…(^^;)。

L.Jin-na


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