![]()
![]() 「会員の作品:絵本・対話・証と賛美」(2006.04.24更新) 「心の泉会の主張」「精神病」者には医者やカウンセラーなど専門家の助けが必要です。と同時に、私たちは同じ痛みを持ち、互いにわかりあえる友を求めています。「心の泉会」は、会員同士がありのままの自分を語り、お互いに友として支えあうことを目指しています。 教会に友を求めながら、相互理解の不足から片身の狭い思いをし、それがもとで教会に行けない会員がいます。心の病は人間なら誰でもかかる可能性のある病気です。クリスチャンはかからない、かかった者はクリスチャンにふさわしくないというのは、まったく誤りです。 「また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」(Tコリント1:28〜29) 病む者は往々にして見下げられた者となります。しかし、私たちは病むべくして病みました。病んだがゆえに知りました。病んだがゆえに語るべき言葉を知りました。病んだがゆえにするべきことに気付きました。誇ることは何もありません。しかし、私たちは病の中で学んだことを自分自身と周囲の人々に伝えるべき存在として選ばれた者でもあるのです。 「体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また、頭が足に向かって『お前たちは要らない』とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。 あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」(Tコリント12:14〜27) 私たちは多くの兄弟姉妹と共に教会を作り上げるキリストの体の部分です。私たちがその生きる姿と信仰を証しすることは教会にとっても大切なことだと思います。 【説明】 第一段落:会員がありのままに表現し受け入れ合う基本的な活動姿勢の明確化です。 第二段落:精神障害についての正しい認識の必要性、特に一部の教会の誤った考え方を指摘しています。 第三段落:精神障害者のセルフイメージを高めることを目的としています。 第四段落:教会にとって精神障害者が必要なことを主張しています。 この「主張」を泉会の活動方針をチェックするものとして、外部への紹介文としていきたいと思っています。 また、この主張を具体化するための方法を模索していく予定です。 |