中編
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前編からの続き
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「ふみぃ、ごめんなさい」
「い、いいんです。それよりも、はやくバビラリーへ・・・」
レノラとネスサは輿に揺られながら、一路バビラリー島の都邑ラマジャを目指して川沿いの道を下っていた。
超腹の破裂してしまったネスサは、輿の中で横たわってレノラの治癒魔法の御厄介になっていた。命に別状はないものの、重傷であることは傍目にも明らかで、三抱え以上あった腹は跡形もなくなって出産を終えた女性のようにスッキリとしてしまっていた。むろん乳房も同様である。
それにしても、輿を担いでいる木製の従者たちが全自動で動けるように疑似生命を与えられているのは幸いだった。そうでなければレノラはバビラリーまでネスサを担いでいかなければならないはめになったはずである。
ネスサをサキムニの屋敷に残していくという案も考えないではなかった。しかし、レノラ一人、見知らぬ土地で未知の敵と孤立無援で対するのはあまりにも無謀である。ネスサも重傷であろうとなかろうと土地神としての責任というものがあるし、ひょっとすると有意義な助言を仰ぐことができるかもしれない。それに本人もレノラに同行して帰還することを望んだのである。
「痛いところがあったら言って下さいね」
レノラはぐったりしているネスサの癒着したばかりの傷口に手を当てていた。
お互い合意の上でしたこととはいえ、ネスサは腹部(&乳房)破裂の重傷、一方のレノラはお腹ぽんぽん状態である。その後ろめたさと仕事始めでつまずいたこともあって、レノラはもじもじと居心地が悪そうにしていた。
「良かったらクッション使ってください。そのお腹では座っているのは大変でしょう」
ネスサは楽にするようにすすめた。
臨月の八つ子を孕んだような腹をかかえているレノラは、後ろ手をついていないとひっくり返りそうだった。功利的な見方をすれば、今夜代理母たちを守ってくれるのはレノラしかいないのである。気を使うのも当然といえるだろう。
「すみませんです。それじゃ、遠慮なく」
レノラはクッションを背中と輿の欄干の間に挟むと、背をもたれさせて楽な姿勢をとった。ネスサにすすめられるまでもなく、木人たちに担がれた輿が揺れる度に腹と胸がゆさゆさ弾んで座り心地が悪かったのだ。
尻の下にはサキムニの屋敷の書庫から拝借してきた魔術書を隠していた。表紙には“高等魔術書大全・攻守三十六編”とあるが、ページをめくると“素人のための初級魔法・わかりやすい図解付き”という文字が飛び込んでくる。世間体が悪いのでレノラが表紙だけ取り替えたのだ。土地神のネスサに魔族の秘文字が読めるとも思えないのだが、レノラなりに体面というものがあるのだ。
それにしても魔族の本は嫌みでひとを小馬鹿にしたような題名が多い。“初級”はともかく、“素人”は余計である。
こうして二人して輿に揺られながら、あれこれ情報のやりとりなどしているうちに、周囲の空気が変わってきた。仙郷の小春日和から、初夏の南国の暑気に、四方を海に囲まれた潮のかおりと湿気が加わってきた。ネスサの薄着にふさわしい気候である。
「島の山はどれも高くありませんから。じきにラマジャにつきます」
レノラがふと気づくと、いつしか輿が揺れなくなっている。廉を持ち上げて外を見ると、四人の木人たちは宙を踏み、輿は空を飛んでいた。高度は百メートルそこそこだろうか、一望とはいかないが島の地形がよく分かる。
「住民たちを驚かせないように、この輿は透明化の術をかけてあります。ほら、あそこに見えるのが・・・・」
安静にしていたネスサが起きあがって方々を指さして説明する。
バビラリーは島としては広いが、やはり平地は多くない。起伏に富んだ土地が海まで続き、道々で集落が一つ二つ見えた。どの集落も中心となっているのはサキムニの屋敷の三四倍はありそうな木造の建物で、これがネスサの説明していた“生命の器”と呼ばれる氏族の族長兼代理母たちの住居であろうと見受けられた。
集落はこの大きな建物を中心に数十件がかたまっていて、四囲を軒の高さぐらいの石組みの壁が守っている。これは台風などの風よけで、戦争用の防壁ではないとネスサは説明した。氏族間で多少のいがみ合いはあるのだが、島民は概して温厚で喧嘩以上の暴力沙汰は数百年絶えて無いとのこと。弓矢や刃物は狩猟用の道具なのだそうである。
集落のまわりは畑と農家が散見できた。耕作地と水利の問題は重要なので各氏族の境界は地形に沿って複雑に入り組んでいるようだが、これらの農家と畑がどの氏族に属しているかは道の付け方で一目瞭然である。子供を産んでくれる代理母のいる集落に向けて、余所より整備された道がついているからである。これを延長して各氏族を結ぶ交易用の幹線ができていた。
「レノラさんなどから見れば田舎だと思うかもしれませんが、住んでみるとなかなか良いところなんですよ」
たしかに島全体の人口が多くはなく、集落単位での生活が固定化しているので、ちょっとした交易を除けば氏族間での交流も多くはなさそうである。その点では大陸の人類のような大規模な文明が成立することはないだろう。だが、一つの島としての文化は成立しているから、未開だ、原始的だと卑下する必要はないとレノラは思う。そう言うと、ネスサは嬉しそうな表情をした。
「ほら、あそこに見えるのがラマジャです」
レノラが前方を見ると、南から北へ島の中心向けて深く抉れ込んだような大きな湾の最奥に、いままで見かけたどの集落よりも大きな町が見えた。町が方形の石壁に囲まれているのは同じだが、その壁は厚く高くいかにも島の中心地にふさわしい城壁らしい。湾に面している南側の一辺だけは壁というより堤防である。堤防の外側は港になっていて、漁を休んでいる数艘の漁船が繋がれていた。夕方が近いので沖の方からぼつぼつと漁に出ていた船が戻ってきているのが見えた。
町はざっと見たところ四百件くらいだろうか、直径百メートルくらいの円形の広場を中心にして家が建ち並んでいた。町の東側と北側は湾に注ぐ川から水を引き込んだ溜め池になっている。西側には城壁に接するように低い丘があって、周囲は溜め池に水を引き込んでいる水路を堀のように巡らしている。丘の町側の麓に宮殿の半歩手前とでもいうべき広壮な屋敷が建てられていた。丘の上にも石組みの立派な建物が見える。
「あれがラマジャの“生命の器”、丘の上にあるのがわたしの神殿です」
“生命の器”の裏手から丘の上の神殿まで、石組みの階段が一直線に伸びている。丘の周囲には水路から水を引き込んで堀が張り巡らされ、町側ほどではないが城壁ももうけられて、これらが町の西側に半円形の突出部を作っていた。
レノラは建築学にも築城にも詳しくないが、この町の城壁は大陸の城塞のような軍事施設に比べると格段に簡素である。町の西側の“聖域”にしても、戦争などの暴力行為から代理母たちを保護しようとするより、祭礼的に聖俗が一線を画す場として境界を設けているだけに過ぎないように見えた。
ただし、いまは三日続いた事件のせいで住民たちが動揺していることを証明するかのように、“生命の器”の敷地内を慣れない様子で巡回している幾組かの男女が蟻のように見えた。
「異変が起こるのは深夜なのですが、皆なにかせずにはいられないのでしょう」
ネスサが沈痛な表情をした。
「ふみっ」
暗に活躍を期待されているレノラは表情が硬い。
眼下にラマジャの町並みを見下ろしながら、輿は神殿の前に着陸した。
「これを付けていってください。そしたら考えるだけでわたしと思考のやりとりできますから」
神殿に入ったネスサは金の王冠のような髪飾りを引っ張り出してきてレノラに渡した。女性用の華奢な作りだが、唐草様のフレームが額から側頭部を覆うようになっている。いささか大仰に見えなくもないのだが、威厳の乏しいレノラの容貌に箔を付けるのに役立っていた。
「族長たちにはわたしの代理で来たと告げて下さい。分からないことがあったらわたしに話しかけて、住民たちにはあまり尋ねないように。万事心得ているように振る舞わないと頼りなく見えますから」
重傷で体力の低下しているネスサは疲れて手近の椅子に腰を降ろした。超腹が破裂して唯一の利点は、介添えの人手を必要としないくらい身軽になったことだけである。
「うぅっ、大丈夫でしょうか?」
ネスサの助言が常時受けられるとはいえ、これから一人で行動しなければいけないレノラは心細い。
たとえネスサが破裂寸前で戦力外でも、一緒に同道してどっしりと腹を、もとい腰を据えていてくれるだけでも精神的に助かるのだが。つくづく彼女がパンクしてしまったのが悔やまれる。
レノラはネスサからもらったエネルギーで膨らんだ自分の八つ子腹を見下ろした。
「大丈夫ですって。そのお腹ですから、わたしの代理と名乗っても疑われることはありません」
レノラと心配のベクトルがずれているネスサが励ました。レノラは自分の実力(危機管理能力)を心配しているのだが、ネスサは身元の心配だけして、レノラの実力にはつゆほども疑いを抱いていないらしい。やはり根が善良な女神なのである。
聞けばバビラリーは亜熱帯の島(沖縄あたりをご想像下さい)で、年二回の作物を収穫できるらしい。それで二度の種蒔きの時や夏前の大漁祈願、さらに代理母の多産祈願と兼ねて行う秋の収穫祭などの時に、ネスサは島民に姿を見せるのだという。
当然の成り行きで、島民たちは神様の姿というものは“超ぼて体型”で、族長をはじめとした代理母たちはその似姿をなぞらえていると信じているのだそうだ。だからレノラがパンパンに膨らんだ腹を抱えて登場した方が、島民たちも安心するのだとネスサは説明した。
「そういうもんでしょうか?」
「信心とはそういうものです。それに必要なものがあれば、この神殿にあるものでしたらなんでもお貸ししますから」
ネスサの期待に満ちた目に見送られながら、レノラは神殿の丘を下って麓の“生命の器”に向かった。
『もう少し格好良く姿をあらわした方が良かったかなぁ』
やはり南方の島である。輿に乗って空を飛んでいたときと違って、バビラリーの大地はムッとする暑さに包まれていた。
だがいまはそれ以上に数十人の人いきれに囲まれて、そちらの熱気に息苦しさを感じる。
どうやら屋敷のまわりを巡回している警備班の誰かが、レノラがトコトコと丘を降りてくるのを見つけたらしい。
レオタード状のぴったりした衣服を見たことがないのだろう。紫の肌をした神様(あるいは妖怪?)が現れたというので、“生命の器”の敷地近辺はたちまちのうちに蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ここ数日続いている怪事を解決すべくネスサ女神の代理で来ました、アタシはレノラといいます。族長に会いたいのですが、誰か取り次ぎを」
お願いしますとは神様は言わない。レノラは手に手に武器を持っている数十人の男女を前に(少し怖いのだが)、なるべく堂々と見えるように腹を・・・・胸を張って取り次ぎを求めた。
その場に集まった警備班の面々は陽に焼けた顔を見合わせた。明らかにネスサ神とは違うし、その代理の神など見たことも聞いたこともない。だがネスサの言ったとおり、レノラの爆腹と髪飾りが身分証明に役立ったらしい。
それにレノラが邪悪そうな外見をしていないことや、紫色のレオタードが肌ではなくて衣服の一種らしいと気がついて落ち着いてきた。女性の一人が宮殿のような建物の中へ小走りに入っていく。おそらく外の騒ぎを族長に知らせに行ったのだろう。
その場に残ったほかの者たちは、中途半端ながらもレノラにそれなりの敬意を表して膝をつき、しかるべき責任者が出てくるのを待っていた。
待つまでもなく五十がらみの女性が中へ報告に行った女性に先導されて出てきた。
「初めてお目にかかります、レノラ神様。わたくし、先代族長をつとめておりましたラファルといいます。この度はわざわざご足労いただきたいへん有り難く、光栄に存じます。まことに失礼ながら族長ラヴナは容易に外出できるような身体ではありませんのでわたくしがレノラ様の案内をさせていただきたいと存じます」
なるほどとレノラはネスサの説明を思い出した。大小二十人ちかい子供を孕んでいては、身動きもままならず、神様を出迎えるのも大変である。そういうときのために妊娠可能な年齢を過ぎた元族長が渉外係を務めているのだろう。
ラファルの挨拶を受けてレノラは鷹揚にうなずいた。
「アタシはレノラといいます。ネスサ様も今回の件にはお心を砕いておられますが、なにぶんにもご多忙の身。そこで取りあえずアタシが代理としてやってきました。むろんネスサ様は、アタシの背後からことの成り行きを見守っておられます。万に一つ、アタシの手に余るようなことがあっても、ネスサ様が自ら御出駕になられればたちどころに事件を解決なされることでしょう」
いわゆるハッタリである。
「いえいえ、確かに初めてお目にかかりますが、私共はレノラ様の神通力にいささかも不安を持ったりしておりません。目あれど瞳なき(真贋を見きわめることが出来ない)凡愚の衆でありますれば、出迎えに無礼のありましたことは御容赦を」
ラファルはあわてて頭を下げた。それと一緒に周りの男女も一斉に頭を下げる。
「それでは族長のところへ案内してもらいましょう」
おだてられたレノラはやや得意げに案内を命じた。
ラファルは立ち上がるとうやうやしくレノラの手を取って先導した。警備に当たっていた男女が、敬意に幾分かの好奇心をまじえてゾロゾロとついてきた。
「あの・・・・介添えは必要ではありませんか?」
「?」
ラファルの問いにレノラが怪訝な表情で返した。
「あ、いえ、そのおからだでは足元がご不自由なのではと・・・・」
館の玄関に通されたレノラはラファルの問いに納得した。その光景に圧倒された。
ラファルが挨拶している間に急いで準備したのだろう。板敷きの玄関ホールに族長と思われる女性が侍女を従えてレノラを出迎えていた。
衆に抜きん出て洞察力が優れているわけでもないレノラが、なぜ初対面の女性を族長と見切ったか。
それは侍女(らしい)二人組みに両側から支えられた真ん中の全裸の女性が巨大な腹と乳房をしていたからである。彼女が“代理母”であるのは一目瞭然である。
ネスサから仕入れて情報では、ラマジャの代理母は十一人。一人では立っていることも困難な体型で無理をして出迎えているからには、相応の地位にある人物であることは容易に想像できる。
「初めまして、レノラ様。わたしはラマジャの族長ラヴナと申します。この度は我らの氏族の危機を解決されるために御足を運んでいただき、光栄至極にございます」
族長がかるく会釈をした。頭を下げることができないのは自分の胸に下顎が支えるからである。巨大な腹の上に鎮座している両の乳房はこれまた西瓜のように大きい。だが、その胸すらかすむほどに腹は大きい。
八つ子を孕んでいるようなレノラの腹より倍は優に大きいだろう。それを三人がかりで抱えている様はネスサに会ったときと全く同じである。
最年長の代理母が族長と聞いているのでラヴナの年齢は四十前後だろうが、三十の手前と言っても通りそうである。ネスサ同様、小麦色の肌としっとりとした黒髪が民族的特徴としてあらわれている。やや高い鼻梁と薄い唇が長としての冷静で理知的な印象を与えるが、その目は優しく人懐こい。
いささか気迫に欠けているように見えるのは、現在抱えている問題に対する不安感からだろう。普段ならもっと毅然とした態度をとっているに違いない。
「レノラといいます。ネスサ様に命ぜられて、こちらの窮状を救いに来ました」
結果を請け負うのが“神様”である。レノラは場の雰囲気に圧倒されないよう、先ほどラファルに対したときのように(慣れないながらも)威厳を保って挨拶を返した。
それにしても相手が全裸というのはなんとも落ち着かない。
『この人たちはいつもこんな格好なんですか?』
レノラは髪飾りの機能テストも兼ねて頭の中でネスサにたずねた。
庭の警備に当たっていた男女も、麻や木綿の簡素な衣服で、蒸し暑い気候にあわせて過ごしやすく薄着にしているのは理解できる。だが、わざわざ玄関まで迎えに出てくれた族長が超爆腹の妊婦で、しかも全裸というのは異様なシチュエーションである。
『涼しくなる雨期には、お腹を冷やさないように何か羽織るんですけど。妊婦って暑がりだから、この時期はあまり服を着ないんですよ。だから礼を失しているとは思わないでください。でもそのかわりに装飾品を身につけているでしょう。身繕いする時間はあまりなかったと思うんですけど・・・』
頭の中にネスサの声が聞こえた。
たしかにラヴナは金銀のピアスやネックレス、腕輪や足輪までつけている。いわゆる権力者の象徴なのだろうが、全裸に貴金属のアクセサリーは高貴というより、ある種妖艶で挑発的である。
巨大な腹にばかり目がいってしまうが、乳房も長年の妊娠生活で乳腺が発達して母乳が絶えずにじみ出て、それが自分の腹を濡らしている。初対面の“神様”の前ではしたないと思っているのか、わずかにラヴナの頬が赤らんでいるのがなんとも色っぽい。見ているレノラはムラムラしてきた。
『・・・それと彼女の肌をよく見てください』 ネスサの説明がレノラの煩悩にブレーキをかけた。『なんだかツヤツヤしているでしょう。伸びきった皮膚の乾燥を防ぐためと、蚊や虻なんかの虫除けも兼ねてある種の香油を塗ってるんです』
言われてみれば香辛料のようなかすかな香りがする。しかしただでさえ限界まで膨らんでいる妊娠腹がテカテカと光沢を放っているのは、いまにもはち切れてしまいそうで見ていて怖い。
「このようなところで立ち話もなんですから、奥へ上がってください。急なご来訪なので大したおもてなしは出来ませんが、ちょうど夕食の最中でしたのでよろしかったら御同席していただいて詳しい話しなどを」
ラヴナ自身立っているのが大変なのだろう。レノラが同意すると、ラヴナは二人の侍女に助けられながら奥へと案内する。
板張りの廊下は当然三人が並んで歩けるほど広い。間取りの広いサキムニの屋敷のさらに倍はある。ひょっとすると象でも通れるかもしれない。
『それにしても、夕方っていってもまだ日が高いのに夕食なんて。こっちの人はずいぶんと早寝早起きなんですね?』
先導するラヴナの幅広い尻を眺めながらレノラはネスサに質問した。
新しい土地では習慣や禁忌(タブー)から生ずる問題を避けるために、常に些細な点に注意し観察を怠ってはならないとサキムニに言い渡されている。また、そのためにネスサも通信用の髪飾りを貸してくれたのだ。
『夕食が早いのは日が落ちてから夜食があるからなんです。なにせ・・・(ちょっと計算)・・・人類の三倍のスピードで成長する胎児を十数人も孕んでますからね。代理母は母胎の維持のために、最低でも一日六食は食事をしないとダメなんです。ですから文字通りかまどの火が絶えることがないんですよ。子供の数が多いほど栄養が必要になりますから、二十人近い子供を孕んでる代理母なら七食八食は当たり前なんです』
世話人たち(多くは受精卵を委託している女性)も栄養に富んだ食事を相伴することによって、我が子を引き取ったあとの母乳の出が良くなるらしい。
レノラはネスサの説明に耳を傾けていたのだが、見ると聞くとでは実感の度合いが違う。大広間に通されたレノラは室内の光景を見て、改めて代理母の体型の巨大さを認識し呆然とした。
それはむかしある土地の祭りで見かけた巨大カボチャ・コンテストを彷彿とさせた。
いくら多重妊娠で常時二十人近い子供を孕んでいるとはいえ、バビラリー人も血肉によって生命をなし、筋骨をもって身体を支えている点は人類と変わりない。だから肉体的な限界がある以上、さすがにネスサのように三抱えもある超腹の持ち主はいない。だが左右の手を身体の前で合わせることが出来るものは一人もいないだろう。その腹囲は大小さまざまだが、二抱え未満とおおざっぱに表現できる。全員が八つ子を孕んだ臨月のようなレノラの腹より大きいのだけは確かである。
しかし大きさそのものより、その重量感のほうがレノラに訴えかけてくるものがある。ネスサにせよレノラにせよ、人間離れして膨らめるというのは肉への依存度で低いためである。だがそれは逆に肉体という存在感をどこか希薄にしてしまう。
その点、代理母たちは肉体の限界に縛られながら、その限界まで自分たちの胎内に胎児と羊水を詰め込んで遠慮することなく膨らみきっている。見たところ、彼女たちの腹はとてつもない重量に屈してしまう寸前である。
しかも代理母全員が全裸で、床に敷いた茣蓙(ゴザ)のような敷物の上に大股を広げて胡座をかいていた。賓客を迎えるにしてはいささかだらしない姿勢だが、この腹で正座しろという方が無茶だろう。
目を転じれば彼女たちの背後には三十人以上の女性が跪いていた。これが託卵している世話人たちであろう。
料理は広間の中央のテーブルに並べられていて、セルフ方式で各自が好きなものを欲しい分だけ小皿に取り分けるようになっている。
といっても、代理母たちが立ち上がって料理を取りに行けるわけはないから、世話人の女性たちが給仕の世話をしてやっている。さほど乳房の大きくない(といっても西瓜大の大きさだが)二三人の代理母以外は、自分の手で料理を口に運ぶことも出来ないので世話人に食べさせてもらっている。
世話人は代理母一人に対して三人か四人一組で食事の世話をしている。一人は食べさせ、一人は代理母が後ろへ倒れないように背後から支え、もう一人は代理母の食欲増進のためか例の香油を超ぼて腹に塗ってマッサージをしていた。
ほかにも奥の厨房から新しい皿をもってきている女性が何人かいて、広間は広いと言えないほどの人いきれに秩序だった混雑(あるいはチームプレー)の様相を呈していた。
レノラがラヴナに案内されて入っていくと、これらの喧噪が一瞬に静まって、敬意に満ちた視線が彼女に集中した。
夕食が中断した中で、ラヴナが上座に用意された自分の席の横にレノラの席を用意するように指示した。レノラが腰を落ち着けるまで、皆が黙って待っている。ラヴナは辛いはずなのに、二人の侍女に支えられて立って待っていた。
レノラは気の毒に思ったのだが、着席を進めてもラヴナが首を縦に振らないだろうと思って口をつぐんでいた。改めて自分の責任の重さをひしひしと感じる。
レノラには六人もの世話人がつけられたのだが、彼女はあっちの方以外に特に“食べたいもの”はない。丁重に給仕は断ったが爆腹を抱えて座っているのは大儀なので、代理母たちを見習って一人だけ背もたれ用に世話人を残してもらった。
選に漏れた五人の女性は残念そうにさがる。特に腹部マッサージを任された世話人は残念さを隠そうともしない。おそらく“神様”の爆腹に触れば御利益があるとでも思っていたのだろう。普段ならレノラも喜んでこの申し出を受け入れるところだが、今回ばかりは相当自制心が働いているようである。
食事が再開されるとラヴナは自分以下十人の代理母を一人ずつ紹介する。この三日間で早産した三人は精神的ショックからか顔色が優れない。胎児たちのために機械的に料理を咀嚼して飲み込んでいるようである。
レノラが後で診察することを引き受けたので、その場に居合わせた一同はひどく喜んだ。
代理母の末席(いちばん若輩)は若干十二歳の少女で、ラヴナの実子ということだった。
「ネリーというんです。去年、代理母の資質があると判りまして。現在三回期(注釈:前述のようにこの種族は妊娠三ヶ月が臨月なので、これを一周期として全ての胎児が入れ替わる。ネリーの場合はこれを三回繰り返しているので、代理母として九ヶ月が経過していることを意味する)なのですが、まだ幼いので七人以上の子供は身籠もることは出来ませんが。よろしかったら、あの子もあとで診ていただけませんか」
ラヴナは誇らしげに我が子を紹介した。ほかの代理母にかすんで目立たなかったが、ネリーと呼ばれた少女は、四つ子もかくあろうかという腹を抱えていた。胸もさほど膨らんではおらず、妊娠腹もほかの代理母に比べると格段に小さい。しかし、幼さの残る体型にこの爆腹は、ほかの代理母よりもアンバランスさという点では勝っている。
その妊娠腹はまさに破裂寸前で痛々しささえ漂っていたが、母親に紹介されるとはにかみながらも健康そうに笑いながら挨拶してきた。
会食はこのような雰囲気で和やかに進んだのだが、結局代理母や館につめている世話人たちからネスサに聞いた以上の情報は引き出せなかった。
ただし、早産した代理母たちを診察した結果、全員が陰陽の気のバランスが悪く、しかも流れが滞り気味で重いことが判った。母胎への悪影響はほとんどないし、これはレノラの治癒術に頼らずとも数日で復調する程度の後遺症でしかない。だが、このわずかな気の痕跡からわかったことは、気の性質の違う何ものかとの接触があったということである。
レノラは持参した魔術書をパラパラとめくって作戦を考えた。
夕食を終えて日は落ちかけている。
深夜になる前に何らかの準備をしておく必要がある。方針としてはレノラに妖怪をやっつける力量がない以上、代理母たちの安全を確保することと、サキムニが到着する前に敵の正体を確認しておくことの二点に絞られる。
「やっぱり幻術と迷宮陣を組み合わせるしかないかなぁ」
どちらもエネルギーを消耗するのでレノラとしては使用を控えたいのだが、防御にせよなんにせよ相手の力を正面から受け止められないから、その力をかわす術しか選択肢はない。
『・・・・以上述べたごとく、結界とは防御にせよ攻撃にせよ、特定の範囲内(空間および時間)において術者が望む状況を作り出すことに要点が絞られる。術力の不足している者が強力な魔法を使用するには、やはり魔法陣を大地に描いたり、ある種の呪物(アイテム)を使用したりするのが定石であろう。そうすることによって世界を形作る四大元素の精霊から力を借りることにより・・・・』
(素人にもよく分かる初級魔術書 図解付き:抜粋)
丘の上の神殿に戻ったレノラはネスサに四人の木人と祭器として奉納されていた八枚の大皿を借りてきた。
八枚の皿に魔術書の呪文を書き写すと、警備に当たっているバビラリー人たちに命じて四枚を“生命の器”の敷地を囲む城壁の四隅に、残りの四枚を館の四囲に置かせた。
そして館の前の広い庭に四人の木人を立たせた。
「ふうっ、これでなんとか準備は整ったわ」
『これはどういう具合に働くんですか?』
髪飾りを通じてネスサが尋ねてきた。
「八卦迷宮陣を応用した防御結界ですぅ。妖怪が城壁を越えると壁の四方に配した呪物が働き、相手の目をくらませます。城壁内の敷地では東西南北が逆転して“生命の器”は妖怪の目から隠され、館は庭に見え、かわりに木人たちを配した庭が偽の館に見えるはずです。術中に陥った妖怪は一晩中ぐるぐる庭を歩き続ける羽目になるんです」
『もし、うまくいけば』、とはレノラは言わなかった。
『ははぁ、なるほど』
改めてネスサは感心したようだった。
「妖怪は夜しか姿を現さないですから、夜明けには諦めて退散すると思うんです。そのときに後を尾行して正体をつきとめてやりますぅ」
鈍くさいレノラに尾行ができるかどうかは保証の限りではないが、今回は彼女も張り切っているらしい。
警備に当たっている島民たちはすべて帰らせるか、館の中に朝まで籠もっているようにさせた。人間が迷宮陣に踏み込んでしまうと、庭で遭難状態になってしまうからである。
『あんまり無理はしないで下さいね』
「ふみっ、仕掛けは万端・・・・のはずですぅ」
草木も眠る丑三つ時、一陣の陰風が庭に吹き込んできた。庭の木々が揺れ、わずかに土埃が舞い上がる。
(注釈:陰風とは陰の気の強い空気のこと。妖怪が現れるときに感ずる不穏な気配がこれである)
「来た!」
本物の館の陰で庭を見張っていたレノラが身体を緊張させた。外に出ているものは誰一人おらず、彼女は孤立無援である。勇敢という言葉とは縁の薄い呑気な性格のレノラが不寝番というだけでもよくやっていると言わなければならない。
風がおさまるとそこには身なりの立派な異国風の青年が立っていた。バビラリー人とは違って肌は陽に焼けておらず、北大陸の青年貴族とでも例えるべき長身の美男子である。
『ふぅん、なかなかいい男じゃない』
妖怪が恐ろしい外見をしていないので一安心するレノラ。彼女をこの職に就けたアモン大侯爵のようなヤツが来たらどうしようと心配していたのである。
青年は勝手知ったる我が家のように館に向けてに堂々と歩を進めていく。
「やった! 術が効いてる」
青年は庭の方へ向かっているのだ。自分でも自信がなかっただけに、レノラは相手に悟られないように内心の快哉を押し殺すのに苦労した。
術の作動につれてレノラの胎内のエネルギーが消費され、見事な風船腹がわずかにサイズダウンする。
(作者注*当HPの趣旨に反する『ぼて腹が萎む』という鬼畜な表現をすることについて、作者から深くお詫びいたします。物語の進行上必要なことと御了承を下さい)
青年はウロウロと庭を歩き回っている。ときどき堅苦しく直角に曲がるのは廊下を歩いているつもりなのだろう。
いつもと間取りが違う様子に少し戸惑っている様である。
「土地神風情がいらぬ術をつかっているな」
青年の呟く声が風に乗ってレノラのところまで聞こえてきた。まだ、屋敷全体が偽物であるとは気づいていないようである。
「うぅっ、木人たち、配置換えをして。結界の外に出られちゃう」
レノラの指示で庭の四方に佇立している動き始めた。東西南北の四方位が入れ替わり、幻術で作った“生命の器”の間取りがめまぐるしく入れ替わる。
いかに広いとはいえ、庭の広さは有限である。ここから出さないためには廊下や部屋を入れ替えて同じところを延々と歩かせ続けるしかない。
攻防は延々と夜中を通じて行われた。
迷宮の配置パターンが読まれるようになってきて、最初は常に木人たちの中心にいた妖怪が、四人のいずれかに接近(ニアミス)するようになってきた。結界を作っている木人が捕まって破壊されれば、迷宮陣は突破されてしまう。
「あうっ、こうなったら奥の手ですぅ」
いつの間にかレノラの腹は半分以下になっていた。代理母たちにも認められた見事な爆腹はせいぜい普通の臨月の妊婦くらいの大きさにまでなっている。やはり幻術は苦手なので消耗が激しいのだ。
レノラの魔法で四人の木人が代理母に変化した。巨大な妊娠腹を抱えた偽の代理母たちはその場に座り込んで動けなくなったしまう。
「ははぁ、こんなところに隠れていたのか」
迷宮が変化しなくなったのでついに青年の姿の妖怪が偽の代理母を捕まえた。
「つまらない邪魔が入って待たせてしてしまったな。あんまり時間はないが今夜も楽しもうぜ」
青年は捕まえた代理母に催眠術をかけたらしい。偽の代理母は青年に促されて立ち上がると手を取り合って館(幻術の)を出ていく。代理母が自力だけで歩けるはずはないから、これも何らかの術で助けているのだろう。
青年は再び陰風を起こすと、代理母共々宙に消えた。
「まさか同族じゃないでしょうね」
本物の“生命の器”から様子を見ていたレノラは首を傾げた。
これは明らかに代理母(爆腹妊婦)目当ての夜這いである。こういうことをするのはレノラの同族の夢魔や淫魔に見られる。
「とにかくあとを追わなくっちゃ」
背中に羽を生やしたレノラは空へ舞い上がった。陰風の流れを見極めると妖怪の移動した痕跡を追い始めた。
「うきゅー、お腹空いたぁ」
腹はほとんど平らになっているので追跡は身軽である。
程なく代理母をつれた青年が、ラマジャ郊外の立派な屋敷に入っていくのを確認したレノラは門前に着陸して中をのぞき込んだ。
「こんなところに大きなお屋敷って会ったかしら?」
バビラリーの生活様式は“生命の器”を除けば質素である。城壁の外にこの屋敷は少し不自然な気がした。だが土地勘のないレノラは、ネスサに連れてこられたときに上空から見た景色を思い出すことができない。
レノラはこっそり敷地へ足を踏み入れると壁に耳を当てて中の様子を窺ってみた。
室内でははやくもいいことが始まっているらしい。
妖怪があれこれ言って話しかけているらしいのだが、自由な会話ができるほどの知能が与えられていない木人の代理母は無愛想きわまりないようである。
話しかけるのに飽いた妖怪は早速コトに取り掛かった。
「なんだか今日の妊婦は愛想が悪い上に、ゴツゴツと硬くて抱きにくいな」などとぶつぶつ間抜けなことを言っているのが聞こえてきて、レノラは闇の中でクスリと笑ってしまった。
「なんじゃ、こりゃあぁぁーーー!? ※@♪♀♂★■」
突然壁の向こうから紳士らしからぬ罵声が響いてきたのでレノラはビクッとしてしまった。どうも幻術がばれてしまったようである。
「こりゃ、ただの人形じゃねぇか。さてはあの神殿の風船女神め、偽物をつかませやがったな。大した術も使えんくせにこの俺様をコケにしやがって。今度会ったら息もつけないほどに犯しまくって、あの腹を破裂させてやる」これはどうやらネスサのことを罵っているらしい。「くそっ、いまいましい。明日はこうはいかんぞ」
おそらく八つ当たりで木人を引き裂いているのだろう。朽ち木を裂くようなバキバキという音が聞こえてきた。
怖くなったレノラは妖怪に気づかれないようにそっとその場を離れた。
すでに東の空が白みはじめていた。妖怪は激怒して屋敷の中で暴れている様子だが、外へ出てくる気配はない。
妖異は陰風(陰の気)をまとうというから、陽光(陽の気)の下では神通力を大幅に減じるのだろう。そうでなければ今頃屋敷から飛び出してきてラマジャの街へとってかえしているところである。
『とにかく一晩はしのぎましたですぅ。あとはサキムニ様さえ来てくれれば・・・』
ネスサに首尾を報告するためにレノラは空きっ腹を抱えて飛び立った。
翌朝のラマジャは一転してやや躁的な明るい雰囲気に包まれていた。なんといっても三日続いた怪事の連鎖が断ち切られたのである。
一般の住民には詳細が伏せられているとはいえ、“生命の器”での噂は多少なりとも漏れているのである。
「本当にサキムニ様は今日中に来てくれるのでしょうか?」
相変わらず起伏に乏しい体型のままのネスサが落ち着かなく神殿内を歩き回っていた。一晩の難を避けられたことは嬉しいが、妖怪が本気になったことは恐ろしい。
ネスサ自身はいまだにいかなる魔法も使えない状態だし、レノラにしても木人の頭数が足りないから昨晩の術は使えない。万一使えたとしても同じ手が通用するかどうかは全く保証できなかった。
「それは確実なんですけど・・・・」
レノラは語尾を濁らせた。サキムニが少し遅くなるかもしれないと言っていたのを思い出したのである。
怒った妖怪が日暮れと同時に押し掛けてくれば、サキムニが到着していない可能性が大きい。
「結局、正体は分からなかったんですけど、ナニが目当てか分かったわけですから」
妖怪は代理母と交わることによって陰陽の気を練っているらしい。いわゆる房中術と呼ばれているものだが、こうして他者の生命エネルギーを必要としているところを見ると最近成仙解脱したばかりの存在である可能性が強い。陰の気が重いのも、レノラの幻術に引っかかったのもそれでほぼ説明がつく。
「でも逆に強力な妖怪が未熟な振りをしているのだったら?」
ネスサが不安そうに言う。
「うーん、そうなるとやっぱり“サキムニ様待ち”しか解決策はないですぅ。どう転んでもあの方は総裁様たちと互角ですから」
魔族の総裁や上級天使より神通広大なのは、太古に主と世界の覇権を争った荒ぶる邪神たち以外にない。だがそういった危険な存在は宇宙に追放されたり世界の各地に封印されたりしてしまっている。
「まぁ、あんまりしたくないんですけど、時間稼ぎの一手は考えてありますぅ」
レノラがネスサの耳元に口を寄せると、ゴニョゴニョと何やら説明した。
「そんなコトして大丈夫なんですか?」
策を聞き終えたネスサが複雑な表情をした。この一晩でレノラの実力が掴めてきたので、助力に感謝しつつも少し心配らしい。
「たぶん・・・」
それ以上は二人ともたいして話し合うことはない。
「それじゃあ、レノラさん、わたしの代わりにまた下へ降りてもらえますか。族長たちがえらく感謝していてお礼が言いたいそうなんです」
館に迎えられたレノラはまさに救世主扱いだった。内々の宴とはいえ、昨日通された広間は倍以上混雑していた。
「さすがはネスサ様の代理でいらっしゃる」
族長のラヴナをはじめとした代理母たちに囲まれて讃えられ褒めそやされると、面はゆいのを通り越して圧迫感を覚える。
代理母たちはレノラにあやかってその膨満しきった臨月腹を触ってもらおうとにじり寄ってくるので、彼女の四囲は山脈のように超巨大爆腹が連なっている。そのむせかえるような熱気にレノラは窒息してしまいそうだった。
「それにしても・・・・その・・・・どこかお体の具合でも悪いのですか?」
ラヴナが尊崇と怪訝な表情を交錯させているのは、レノラの腹部が球形ではなく垂直になっているためである。
「ああ、これは魔力を消耗したためで・・・」
「まぁ、お気の毒に。さぞかしお腹が空いていらっしゃるのですね」
ラヴナが合図すると世話人たちが料理を盛った皿を手に手にレノラの周囲に雲霞のごとく群がってくる。こちらも“神様”に自分の運んできた料理を食べてもらいたいのである。
島民の好意は分かるのだが、レノラにすれば閉口してしまう。食事は食事でも、欲しいのはあっちの方である。
たった一晩だが昨晩の成功もあるから、レノラは完全に救世主扱いである。もしレノラがお相手を希望すれば、男女を問わず広間にいる全員が両手をあげて立候補するのは確実である。だが、それはそれで大混乱を引き起こしてしまうし、後々ネスサの立場を考えると“神様と交渉を持った特別な人間”など作らないのが賢明というものだろう。
据え膳が食えないのは辛いものであるが、空腹を我慢しているのはレノラなりに今夜の展開を考えてのことである。
妖怪の目当てが房中術にあると分かったので、それなら独力での対処方法があるのではないかとレノラは考えていた。なんといっても彼女はサキュバスである。
性交を通じて相手の精気を吸い取るのが生業なのだ。(ある種、ヴァンパイアに近い)
現在では魔族間の協定によって、相手の同意なしにこうした行為は禁じられているのだが、これが周囲に害悪を与える妖怪となると話しは別である。妖怪退治のために生来の能力を使うのであれば協定違反にはならない。
昨晩は木人を偽の代理母に仕立てて急場をしのいだように、今夜はレノラが自ら変化して妖怪を誘惑するつもりだった。その上で精も根も尽き果てて、足腰が立たなくなるまでまで搾り取ってやるのである。
無論、これはサキムニの到着が遅れた場合の次善策であって、レノラも決して危ない橋を渡りたいわけではない。妖怪を籠絡してしまう前に正体が露見すれば、昨夜の復讐をされてしまう可能性もあるのだ。先刻ネスサと話し合ったときにも、その点は指摘された。
だが、一度の成功がレノラを少し慢心させていたこともあるが、彼女自身は十分成算があるとふんでいた。
「・・・レノラ様、このようなことをお頼みするのはまことに図々しいのですが・・・」
あれこれ考えながら周囲の会話に適当に相づちを打っていたレノラは族長の声にふと我に返った。
「?」
空腹でエネルギーの乏しいレノラは、出来ることならという表情をつくって見せた。
「わたくしたちが週に一度以上(平均1.5回?)のペースで子供を産んでいることはご存じでしょう」
「ふみっ?」
「それがここ数日の変事続きで私たちも自分の体に異常あるのではと思いまして、受胎を控えておりましたのです。レノラ様のおかげで災いも遠のきましたので、滞っておりました卵の受け入れを今日から解禁しようと思っているのです。それで昼前に二十組ほどの夫婦に卵を持ってくるように知らせました。よろしければそれをレノラ様の手で受胎させていただけませんでしょうか?」
受胎の儀式は単純ながらもどこか淫靡な匂いを隠しきれないものだった。
いつもは個室で代理母と卵を依託する夫婦、それに一人か二人の侍女が付き添うだけで行われるのだが、今回は全員が受胎を希望したので急遽広間を片付けて大々的に行われることになった。
かしこまっているレノラの前に運び込まれた寝具が敷かれると、介添えされた代理母が一人ずつ交代で横たわる。無論、巨大な腹が重すぎて仰向けにはなれないので横臥である。
そして片足を持ち上げて目一杯に股間を開いているところへ受精卵を挿入するのである。最初の受胎は族長の特権でラヴナである。
卵は子供の玩具のような手のひらサイズのバスケットに入れられている。親指の先ほどの大きさで弾力性のある半透明のゼラチン質である。強いて例えるならウズラのゆで卵と蛙のそれを足して二で割ったものとでも言えばいいだろうか。よく見ると奥の方にポツッと小さな黒い粒が見える。それがおそらく胚だろう。
それを手渡されたレノラは、これが代理母の胎内で育って赤ちゃんになるのかと思うと不思議な気がした。自分の手の中に小さな命の種があるのだと思うと、平静を装いながらも緊張してしまう。
レノラは卵を潰してしまわないように怖々と指で摘み上げると、それをラヴナの股間にそっと押しつけて挿入した。
二人の周囲では二十組の夫婦と十人の代理母、それに若干の世話人が食い入るようにレノラの一挙一動を眺めている。ふつうは卵を持ってきた夫婦のどちらかが挿入をするのだが、今日はすべてレノラがすることになっている。
「もう少し奥の方へ押し込んでいただけませんか。それとお腹が張るので下腹を撫でていただけると有り難いのですが」
妊娠腹の向こう側からラヴナがアドバイスする。たしかにラヴナ自身の手は下腹部には届かない。
レノラは言われたとおり、人差し指をつかって暖かく湿った産道のさらに奥へ卵を押し込んだ。それと同時にもう一方の手で二十年以上張り詰めた巨大な球体として子を宿し続けている下腹部をマッサージしてやった。
「あ・・・・・・・・・」
レノラの手の動きに呼応して括約筋が収縮し、滑る襞が奥へ奥へと誘うように蠢く。括約筋はレノラの指など借りずとも、口から食物を嚥下するように卵を胎内へと送り込んでいった。
指先にナニも触れなくなったことを確認したレノラは指を引き抜こうとした。
「っ!?」
絡みつくようにあそこが締め付けてきて抜こうとした指が一瞬動かせなくなったのだ。レノラの挿入に触発されたラヴナの肉体の反応である。
『や・・やだっ。こんなとこで・・・・・』
レノラは戸惑った。
ラヴナの煩悩が秘部から指を通じて流れ込んできて、レノラの腹がプウッと膨らんだのだ。
「おおっ!?」
居合わせた人々がどよめいた。
なんといっても妊婦至上主義の社会である。レノラの体質を知らない観衆はそれを何かの吉兆と勘違いしたのも当然だろう。なかには手を合わせて拝みだす者もいた。
締め付けは一瞬で弛んだのでレノラは平静を装って指を抜いた。頬が赤らむのを抑えるには気力を総動員しなくてはいけなかった。
「あぁっ、ありがとうございました」
世話人に助け起こされながら、ラヴナはナニ食わぬ表情でお礼をすると次の代理母に場所を明け渡した。その目つきだけは微かに媚態を含んでいて、さっきの行為がただの偶然ではないことを密かに告げていた。
だだしレノラの腹部が膨らんだことには少し驚かされたらしい。
一方のレノラも代理母に対する理解を深めた。通常の人間なら出産すると女性自身がゆるくなるというが、受胎と出産を月に何度も繰り返している代理母は、逆に括約筋が鍛えられて発達しているのだ。産道の伸縮も締め付けの強弱も自由自在というわけである。
ネスサからは代理母が気分転換を兼ねて館に出入りする男女をセックスに誘うという話しを聞いていたが、いまの絶技を体験して納得した。爆ぼて体型というだけでも珍しいし有り難みがあるのだが、あのようにあそこを自在に操れる女性との交渉を断る男性というのはまずいない。ふつうの女性では味わえない快楽である。
ラヴナは一人受胎しただけだったが、ほかの代理母たちは二人ずつ受胎することになっていた。ネリーですらあまり余裕のない胎内にもう一人追加の受胎することを望んだ。
さすがに代理母同士、誰がなにをしたかおおよその察しはつくらしい。以後、ラヴナの締め付けとレノラの膨腹に何らかの関係があるとにらんだ代理母たちは、年端もいかないネリーを除く全員がラヴナのような“悪戯”を仕掛けてきた。
全員が必要以上に(代理母の括約筋を持ってすれば、入り口にあてがうだけでも自力で胎内まで持っていけるはずなのに)深い挿入を望むのである。卵を挿入するたびに指を締められ、腹が膨らむたびに居合わせた人々がどよめくので、レノラはずいぶんと恥ずかしい思いをした。
二十個の卵の受胎を終えるころにはレノラの腹は双子を孕んだ臨月のように膨らんでしまっていた。最後のネリーの番の時などは、自分の腹が邪魔になって股間に両手を伸ばすのが大変だったほどである。
このような水面下の、あるいは下腹部の駆け引きを知らぬ二十組の夫婦は、レノラ(神様)の御手で我が子を受胎してもらったのでひたすら感謝するばかりである。
儀式の最後には広間にいる全員が膨らんだお腹に触りたがった。
レノラは慈愛に満ちた(すくなくとも本人はそのつもり)表情で人垣の間を歩き回り、手を差し出す人々の前に爆腹を誇らしげに突きだして触らしてやる。一辺に十本もの手で腹を撫で回されるのは彼女にとってもなかなか刺激的な体験だった。
『ふみぃっ、やっぱり神様(土地神)っていうのは役得だけどたいへんですぅ。でもこれで百代末まで英雄(ヒロイン)扱いしてくれるっていうんだから頑張らなきゃ』
まだまだ先は長いぞよ。いよいよ怒濤の後編へ
(第2回、了)