| ・イントロダクション 午後11時、俺は車を走らせていた。理由など無い。もちろん目的も。峠に行くでもなく、都市の喧騒を味わうでもない。ただただ、閑静な住宅街を静かにゆっくりと、巡っていた。ここは、最近開発が進んだ街だ。オフィスや商店と住宅が、きっちりと分断されている。今日は金曜日。そのせいか、車も人もほとんど見かけない。おおかた、明日仕事があるやつらは早々と帰宅し、そうでない連中は繁華街で飲んだくれたり歌いまくったりというとこだろう。 3、4本先の街路灯に、そんなところからの帰りであろう、足元が多少おぼつかなげな人影が照らしだされた。しだいに近ずく。女のようだ。軽くウエーブのかかった腰まで届くロングヘアーに、アイボリーのビジネススーツ、あまりヒールの高くない靴。ウエストからヒップのラインが、なんとも俺の好みだ。誰もおくろうとしなかったのだろうか、それとも彼女がかたくなに拒否したんだろうか、一人だけのようだ。 チャンスだ。 そのまま彼女を追い越し、5メートルほど前方で車を止める。車を降り、彼女にかるく手を振ってみる。思った以上に酔ってるようだ。右手をぶんぶん振り回して答えている。彼女が投げかけてくる言葉は多少舌がもつれる程度で、内容はきっちりと筋が通っている。しかし、初対面の異性に対してこの行動は、”酔いが醒めるとおぼえていない”状態だ、と確信した。辺りにひとけはなく、車も来ない。 いける。 彼女が3メートルほど近づいたところで、正対する位置から少し右にゆずる。彼女が繰り出す”酔っぱらいの質問”に適当な相槌を打ちながら、注意深く呼吸を読む。そして、1メートル以内にまで近づいて、言葉を発しおわった瞬間、 いまだ。 彼女のみぞおちに左手でコンパクトに鋭い掌打をいれる。 くっ、と一瞬声にならない音を吐くと、がっくりと膝を折り、そのまま倒れ込みそうになる彼女の体を慌てた素振りで支えながら、ゆっくりとしゃがみ込む。介抱するように、彼女の状態を確認しながら周囲にも気をくばる。酔いが回ってる上に気を失ったため、多少のことでは気を取り戻さないようだ。目撃者もいない。いたとしても、どこかの窓から偶然という程度なら”酔っぱらいとその知り合いのよくある風景”にしか見えなかったはずだ。 彼女に”肩を貸す”形で、急がず、ゆっくりと車に乗せると、辺りを見回すなどの不信な行動をとらないようにしながら運転席につき、以前と同じ調子で、静かに車を発進させた。 |