2050年から来た女 短編小説

投稿者:U氏(著作権フリー) - 2002/04/10 12:25

ここに載せられない部分は、省略。 見やすくするために、空白行追加。(編集担当者)

(省略)

しばらく沈黙が続きテレビが空白を埋めていた。
「どうして私こんなに無力なのかしら。歴史は変えられるかも知れないのに」声が震
えていた。
「それからどうなるの?」僕は渇いたのどに冷めたコーヒー流し込んだ。
彼女はしばらく両拳を固くにぎったまま何か考えている。そして思い切ったように喋
り始めた。

「でも、それでもね。みんな気づいたのよ」目が少し赤かった。
「2025年に国連で初の国際議会が招集される。みんなが世界のことを真剣に考え始め
たのよ」
「それは国連総会とは違うの?」
「違う。国連総会は各国の国益の代弁者の駆け引きの会議。そんなもの大国が勝つに
決まってるじゃない。国際議会は国際選挙で選ばれた議員で構成されるの。国益を超
えて世界の環境、経済、安全保障を討議する場なのよ」

「そうか。国際法の整備がやっとできるんだね」僕も少し嬉しくなる。
「初議会で安保理常任理事国の拒否権廃止が決議されるわ!」
「えっ五大国の抵抗が随分あっただろう」
「えぇ、分担金の減額要求や支払い引き延ばしで随分もめたみたい。でもほんとに大
変だったのは二年後の法案」苦笑しながら彼女は言った。

「コスタリカ出身の議員から出された法案は『国家もしくは集団における重火器及び
BC兵器による私的武装を禁止する』そして『それに代わる安全保障組織として国際
警察軍を適宜配置する』というもの。決議されてからが大騒ぎ。国内法もそれに合わ
せ五年以内に整備することが要求されたからね」
「そりゃ自称『世界の警察官』がだまっちゃいないよね」思わず笑ってしまう。

「当時の国際世論はもう一国家が世界の警察官と裁判官と死刑執行人を兼ねることは
許してないわ。でもアメリカだけじゃなく国内的に軍が力を持っている国はどこも
『自衛権』を盾に抵抗したわね。そんな国は共同で国際裁判所に提訴したの。『自衛
権』は国家固有の権利だって」
「国連憲章でもとりあえず認めていたもんね」と僕はうなずく。

「だけど結局『自衛権』は本来個人がその生命・財産への脅威から自らを守る根元的
権利であり、国家という疑似的人格が国益を守るために強大な軍事力を擁し、それに
より事実上、国内外の個人の生命・財産へ脅威を与えている現状はその趣旨を曲解す
るものって判決がでたの」
「そうか。歴史的にも国を守って人を守らなかったのが国家の軍隊だもんね」

「この問題ではインターネットテレビを使った論戦が世界的に広まったわ。国軍は往々
にして自国の利益、国益を守る私兵となり、国内外の一般の人々の利益、世界益にど
れだけ有害であったか、そんなちまたの声が大きく影響したみたい。インターネット
は国家から世界へとみんなの帰属意識を転換させていたのね」
「世界益こそ公益で国益は私益か。なるほど、世界も変わるもんだ」と深く納得。

「判決がでてもしばらくは、脱退をちらつかせたり引き延ばしを図ったりする国があっ
て、五年の猶予期間はあったけどなかなかはかどらなかった。それでアセアンや中南
米、アフリカの有志国家が集まってとにかくスタートしたのが2034年。でもそれから
は早かったのよ」
「どうして?」軍事政権や治安に不安を多く抱える地域から始まったのは意外だった。

「経済的理由よ」と彼女はほほえむ。
「紛争の多い地域では、その経済規模に見合わない防衛予算にあえいでいた小国が多
かったのね。それが国軍を廃止して国際警察軍による集団安全保障に切り換えること
で負担が3分の1に減ったの。警察軍の主な仕事といったら、私的武装の摘発と武装
解除くらいで、時々地域軍閥の民兵の抵抗があるけど、もともと経済的理由で参加し
ている兵士がほとんどだから、敵ではないと分かると素直に投降する者がほとんど。

だからそんなに人員も要らない。必要なときは他国から移動すればいいんだから。そ
の分の予算を公共インフラ整備や産業育成に回せるようになり、参加国が目に見える
経済成長を遂げたのよ。そしたら対立してた国家も穏やかじゃない。それならうちも
と参加を始めたの。もっとも、軍の支えが無くなった元軍事政権は民主化の荒波に耐
えられなかったけどね」と彼女は声を上げて笑った。

「NATOから分かれ、米国と距離を置いていたユーラシア防衛機構も2年後に加盟。抵
抗を続けていたアメリカと中国もその翌年には加盟したの。2040年にはすべての国家
が揃ったわ」
「おかげで私たちは4つの大きな果実を得たのよ。1つ目に核攻撃や侵略の恐怖から
の解放、2つ目に軍事費の大幅な削減、3つ目に軍事政権崩壊と民主化促進、そして
4つ目、相互信頼に基づく国際関係の構築ね」

ここまで言って彼女はまっすぐに僕の目を見た。そらすことを許さない力があった。
「でもそれは起こらないかも知れない。歴史は別の物語を作るかも知れない。でも作
るのは誰? 私今はっきり分かったの。未来は選択できるんだって」



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