王の行進

投稿者:時空の旅人 - 2001/11/18 18:00

1902年、クサビ形文字で書かれたその法典は、歴史の証言者として、長い眠りから覚めて、この世に登場してきました。

紀元前1760年ごろ、ハンムラビ王は、メソポタミア【今のイラクあたり】を統一しました。
そして、戦国時代は終わり、平和が確立されました。

王は、国や人心(じんしん)の安定をはかるため、ルールを作りました。
こうして、『目には目を---』で有名な282条からなる『ハンムラビ【ハムラビ】法典』が作られました。

 目には目を歯には歯を----目の傷害罪に対しては、目に傷害を与える刑罰というように、同じ量の刑罰にするルール。
             間接的に、同量以外の『それ以上』、『それ以下』の刑罰は不当刑罰としている。

王は、運河を作り、貿易も活発にし、人々の暮らしを豊かにしました。 
文化や教育の発展にも力をつくしました。

ハンムラビ王【紀元前1792-1750ごろ】は、『ハンムラビ法典』を制定したバビロニア王国の王として世界史に記録されています。
ハンムラビ王が夢に見た法律による平和で豊かな国づくりの考えは、3500年の時を越えて、今も人々の間に生きています。

いつの世も、国民のために平和で豊かな国づくりのためにつくした人の事は、数千年の時を越えても、世の中に引っぱり出されます。
それは、人類のためにつくした功績でもあるからです。 

有名、無名を問わず、歴史家は、人類のために貢献した人の名前を記録し続けます。 それが、歴史家の任務でもあります。


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