蒼の彼方のフォーリズム~Beyond the sky,into the firmament~(sprite)

 反重力子の発見によって生まれたアンチグラビトンシューズ(通称グラシュ)は世界を変えた、というにはまだ時期尚早かもしれない。ただし、日向晶也(変更不可)の住む四島列島は例外である。ここでは誰しもが日常の足としてグラシュで空を飛ぶのだ。もちろん、それでも色々と制限はある。飛行禁止エリアも多い。しかし、見た目の世界は確かに劇的に変化した。
 かつて晶也はグラシュから生まれたスポーツ、フライングサーカスの申し子と呼ばれるほど将来を嘱望された存在だった。だが、今は違う。空は彼のものではなくなった。戯れに飛ぶことはできる。だが、全てをつかんだようなあの感覚はどこにも感じられない。恐怖さえ覚えるほどだ。だが、そんな晶也に本土からやってきた転校生、倉科明日香は言う。私に空の飛び方を教えてください、と。

 spriteのエロゲー第2弾は空を飛ぶことが日常の世界を描いたアドベンチャー。すでにアニメ化も決まっているそうです。
 購入動機は原画と塗りに惹かれて。
 初回特典はVISUAL BOOK。予約キャンペーン特典は「蒼の彼方のフォーリズム主題歌MAXI SINGLE CD」と「ChaosTCG PRカード」。

 ジャンルはごく普通のアドベンチャー。アクションシーンがあったりしません。
 足回りはさすがにデビュー作からかなり改善されました。メッセージスキップは既読未読を判別して高速ですが、選択肢間が長いため相対的に遅く感じやすいです。次回予告演出もそのまま流れます。(クリックすればスキップ可能)。暇潰し道具は必須と言っていいでしょう。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能でそこそこ戻ることができます。また、このログ画面を用いたクイックジャンプ機能を搭載。ロード直後にも使用できます。
 とても残念なことに本作はシリアルID入力の上に起動ディスク制を採用しています。起動の度に、ではありませんが時間制か、回数制かわかりませんが個人的にはクリアまで2回ほど要求されました。パッケージごとしまい込んだりせず近くに置いておきましょう。
 恐ろしいことに今どき鑑賞モードに音楽鑑賞がありません。サントラを別売りにするゲームでも普通は(全曲ではないとしても)用意されているものですが。音楽に力を入れている作品だけにとても驚きました。音楽鑑賞がないくらいですから、各予告やデモも見られません。

 シナリオは話数形式を採用しています。共通シナリオが1~6話で7~8話が個別シナリオです。上でも触れましたが各話終了後には次回予告演出が入ります。順番にメインキャラクターが務めるそれぞれの語りは雰囲気もあってなかなかです。アニメ的な意味でのオープニング、エンディング演出はありません。主題歌の出来が良く、本作の作風であればいっそあった方がより活かすことができて良かったかも。ちなみになぜか7話の後、つまり最終話には予告が用意されていません。ネタバレになりやすいからでしょうか?
 各シナリオ間では若干の複数ライター制の弊害が出ています。主人公の人格や設定などがコロコロと切り替わっていて時に戸惑うことも。また、1周目は固定ではなくなりましたが、4本のシナリオのプレイ順序が非常に難しいプロットになっています。王道から攻めればネタバレがあり、変化球から攻めれば地味すぎたり、王道のカタルシスを奪いかねない展開が待っていたり、となんとも悩ましいです。。
 フライングサーカスという競技については基本ゼロから考えているので非常に頑張っていると感じますが、スポーツ描写として見てしまうといささか苦しい場面が散見されます。展開が読めてしまうのは諦めるとしても、すごいというよりもポカーンとするような描写が要所で目立つのは考えものです。主人公など筋書きの犠牲者なのか、何度も機械のように同じ失敗を繰り返したりします。
 本作はフライングサーカスあってのものと規定されているので、それ以外は全てそのついで、と言っても過言ではありません。日常の掛け合いもそれなくしては成立しないレベル。時に関係ない話題が続く場面があったりすると猛烈に違和感を感じるほど。そうした点を気にしなければ賑やかで盛り上がる会話が繰り広げられます。笑いもほどほどに盛り込まれています。
 惹かれ合う過程は全体的に苦しいです。それは6話プラス2話という構成からもなんとなく窺えると思います。どことなく気持ちを積み上げたらしい、という前提で個別シナリオが始まるので(当然、共通シナリオは全員が同じだけに)ノリに戸惑うこともしばしば。この状態で黙って察するように、みたいなことを言われるとさすがにびっくりします。
 Hシーンは各ヒロイン2回ずつ、と思えばなぜかひとりだけ3回用意されています。エロ度は純愛系らしく、あまり高くありません。尺も短めです。この手の作品で期待のかかる特殊な制服(フライングスーツ)のHシーンは信じがたいことにほぼありません。唯一のものも本家なのにコスプレも同然で……。

 CGは透き通るような塗りが作品の雰囲気に上手に合致しています。フライングサーカス部分にも手抜きは感じられず、数多くのカットが用意されていて、展開の手助けとなっています。見ているだけのユーザーにもどんな競技なのかを一生懸命、伝えようとしてくる姿勢を感じます。ただ、それが面白そうに見えるかは人それぞれだと思いますが。
 立ちCGの使い方にも気を配られていて、少しでも飛んでいるように感じられるような演出をしています。しばらくすると本作の独自のそれが自然に感じられるようになります。
 イベントCGは印象的なカットが多いだけに気になることも。どうもイベントCGを用意するほどの出来事とは思えない軽いイベントが多いように感じます。わざわざ用意した割りには……、という肩すかし気味なカットも見受けられました。
 背景は最近では少ない人物がしっかりと描かれているタイプです。温かみのある絵柄だけにきちんと人が描かれているとほっとします。

 音楽は主題歌を含めたボーカル曲のインパクトが強烈です。本作へのいざないとして十分すぎるほど役割を果たしています。それ以外の曲も架空の競技に合わせて用意するという難しい要求に見事に応えていると感じます。もちろん、日常の曲も手抜かりはありません。また、競技においてはSEが地味ながら大きな存在感を持っていると思います。特定のSEを聴いただけで本作のことを思い出しそうです。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。登場人物はかなり多いですが演技に不安を感じるようなことはありません。どちらかというとサブキャラに声に個性を感じる方が多かったように思います。中でもFC部のマネージャー、青柳窓果役の鈴田美夜子さんはその演技で窓果を本作になくてはならない存在にまで押し上げていると感じました。

 まとめ。正統進化の新作。題材は違いながらも根底には通じるものがあり、spriteの作品作りが伝わってきます。それでいて、過去の反省もきっちりと踏まえられていてなかなか好印象です。気になる点はすごく多いですが、それ以上に魅力を感じさせてくれます。エンターテイメントとしての完成度は飛躍的に上がっていると思いました。
 お気に入り:市ノ瀬莉佳、青柳窓果、佐藤院麗子
 評点:78

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。








1、倉科明日香
 間違いなく天才少女。でも、自分のシナリオでは才能ないとか言われる不思議。自分以外のシナリオでは才能あって当たり前みたいに言われているのにねぇ。特定のシナリオでは嫌な娘さんになります。なぜだか「本当のFC」原理主義者みたいになってしまいます。ひとつのことだけに固執してしまうのは明日香っぽくないように思うのですがね。
 自分のシナリオでのトンデモっぷりはある意味で見物です。覚醒するとまるでスーパーサイヤ人のよう。それぐらいの圧倒感が出まくっています。その力は凄まじく、沙希をあっさり萌えキャラに変換してしまいます。

2、鳶沢みさき
 明日香シナリオで露見してしまう主人公を挫折させた少年の正体。シナリオでも書かれていますが色々と納得いかない点が多いです。見ていれば学べるのなら「本当のFC」もすぐに体得できるのではないですかね。というか、みさきの態度が態度なだけに主人公にしたことを知っているのかとばかり思ってましたよ。そして、わかっていたから言えないし、何とはなしにそばにいるのかとばかり。まさか、それが「好きだから」とかわかる訳ないでしょ。や、主人公にも全く同じこと言えますけど。真白だってサッパリ気付いていなかったじゃないですか。
 予想が外れての本当のことはあまり面白くなかったですね。えっと、たまたまでしたか、そうですか……。

3、有坂真白
 FC部のマスコット。なのでシナリオもそれに対応した、あまり盛り上がらぬ仕様になってます。そば屋の娘が最大の個性という悲しさ。いえ、別にいいんですけどおおよそ全てのことはFCのついでに過ぎない本作では厳しいものがあります。ゲーム描写なんていわば異次元ですよ。そこ以外に全く出てこないとかね。あまりに浮いてますて。

4、市ノ瀬莉佳
 spriteのデビュー作「恋と選挙とチョコレート」で青海衣更を気に入った身からすれば莉佳に惹かれるのは必然だったのかもしれません。いえ、デザインではなくポジションとか真面目で不器用なところですかね。ま、それだけにもっといちゃいちゃさせろ、と言いたかったです。牛のミトンに鍋とか絶好のいじりポイントでしょうに。肉々しい(当て字)ぬいぐるみも真白ではなく主人公が反応しましょうよ。スピーダー同盟とか他人のシナリオでいちゃつかせている場合じゃないです。
 1年で高藤のレギュラーになってしまう実力者……、ということだったのですが先輩ともどもただの踏み台にしか見えないため、高藤の強豪校という話がとても疑わしい感じになってしまいます。シナリオによって色々と違うのに高藤の結果が全然でないところだけが変わらないという悲哀。莉佳シナリオでも莉佳以外はさんざんな結果ではねぇ。

5、佐藤院麗子
 悲しいほどのテリーマン現象の体現者。強豪校の副部長→部長なのに、およそ勝ったところがほとんど見られないという不憫っぷり。果たし状のイベントCGが悲しく切ない。主人公は佐藤院先輩のコーチをするべきだと思います。才能ある奴は勝手に出てくるからほっときましょう。

6、乾沙希
 ボスキャラですがキャラ描写少ない。イリーナの教育方針が祟って簡単にデレてしまう結果に。

7、青柳紫苑
 暑苦しいのに存在感はそれほどでもないというアレっぷりがなんとも微妙。ただし、窓果が意外とブラコンであるというその一点を証明するためとしても存在の価値はあります。主人公の発言は戯言にしか聞こえませんでした。誰でも東大に合格する確率は50%みたいな。

8、青柳窓果
 FC部になくてはならない存在。そして、紛れもなく影の支配者。彼女がいなければ部員たちはすぐにも空中分解してしまうでしょう。みさきのようなやる気に乏しい不穏分子は簡単に部内のモチベーションを底辺まで下げますよ? なにより主人公含めてみんな勝手だしねー。窓果が進んで馬鹿をやることでみんなが突っ込んでFC部はうまくいっているのです。会話が最も楽しいのも間違いなくマネージャーです。正直、真白よりも窓果の方がヒロインっぽいですよ。

9、保坂実里
 えーと、わりとリアルに何のためにいるのかわかりません。

10、白瀬みなも
 覆面選手がいなければ存在意義が霞んでしまったでしょうね。ところで、セピアカラーのイベントCGに出てくるのは白瀬兄妹でいいんですよねぇ? 説明が全然ないし。

11、イリーナ・アヴァロン
 「本当のFC」とやらを考えるのはよろしいかと思いますがプロの興行があるのにハメ技を考えて喜ぶってのはとても間違っていると思います。というか、スポンサーは何も言わないのでしょうか。ま、そこを気にしなければ悪役としてはなかなか良い按配です。目論見通りに嫌われることでしょう。

12、虎魚有梨華
 衝撃の事実。ライバルキャラではありません! これは鉄板だと思っただけにまさかでした。というか、それじゃいる意味が一気になくなってしまうのですが。ドラマ的にいなくてもちっとも問題ないですよ。

13、我如古繭
 衝撃その2。まさか、よもやのこちらまで。他のシナリオで強そうで雑魚扱いされることが多かっただけに真白に対しての高い壁になるかと思ったのになぁ。

14、黒渕霞
 すげぇ強引なキャラ立てが眩しいです。ドラマをちっとも描かないので主人公とみさき組の焼き直しのように見えてしまいます。正直、堂ヶ浦の最後のイベントCGと小話はいかがなものかと思いました。ちょっとでもいいからアレな監督の元でのラフプレー推奨部活風景とかあればまだしも良かったのに。