遥かに仰ぎ、麗しの(PULL TOP)

 滝沢司(変更不可)は途方に暮れていた。就職浪人も止むなしか、という時に垂れてきた凰華女学院という糸に飛びついたはいいが、案内書に沿って進めば進むほど人里を離れていくばかり。遂には就職の事実さえ疑い始めたところで再び救いの手が差し伸べられた。学院生の案内でついた先はまるで監獄のように世間から隔離された広大な分校。
 ここで司は出会うことになる。翼の広げ方を知らない彼女たちに。

 PULL TOPの新作はお嬢さま女学院を舞台にしたAVG。パッと見の売りに乏しく、それが個人的に発売日近辺まで購入を迷う原因になりました。購入動機は強いて挙げればライター買い。
 初回特典はサウンドトラック(2枚組)に特製ブックレット。後者はマニュアルの内容を含んでいるので通常版はまた違った装丁になりそう。

 ジャンルは特に変わったところのない普通のアドベンチャー。
 足回りは及第点クラス。メッセージスキップは既読未読を判別して高速。
 バックログは別画面で行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですが戻れる量はほんのわずかです。また表示行数も少なくあまり使い勝手は良くありません。ロード直後にも使えるのは便利ですが、異なるデータを渡り歩いた場合でもきっちり反映されてしまうのは微妙なところです。

 シナリオはヒロインの身にまとう制服、本校系か分校系かで大きく異なります。ハッキリ言うとこれで2人のライターが分担をキッチリと線引きしているのです。
 そこには辻褄合わせといった細やかな配慮はなく、一見して共通しているように見えて実は違う設定、なんてケースがざらに存在します。中でも最大のものは主人公の人格で明らかに両系統で別人となっています。その落差は著しく慣れるまで戸惑うことは必至です。
 本校系:背負った過去ゆえに人の反応に明敏で頼りになる教師。とても淡白。
 分校系:流されやすくいかにも新米の教師。誘惑にとても弱い。
 差異は文体やキャラクターに留まらず仕様にもそれが見えます。例えば視点変更を有効に使っているのは本校系だけで、次回予告演出があるのは分校系だけ、というような。
 要するに2つの系統はいうなればそれぞれが「おれの作ったものを見ろ!」とでもいうような作りになっていて、良く言えば「互いの個性を十二分に発揮する」であり、悪く言えば「後先考えずにわがままし放題」です。恐らくプロデュース的にまとめる意図は最初からありません。端的に言えばひとつの枠に収める必要性をほとんど感じません。試みとしては面白いですが気軽に試される(告知とかがある訳ではない)のもユーザーの立場としてはどうかと。
 本校系シナリオ:視点変更によって心情描写は申し分ないほど丁寧にしっかりと書かれています。惹かれあう過程が手に取るように伝わってきます。文章に遊びが少なく選択肢の存在以上に一直線のイメージが強いです。Hシーンは少ない。ひとことで言うと有能な教師像に共感できるかどうか。
 分校系シナリオ:テキストがやや冗長でテンポがもう一歩。シナリオ毎に似た記述が散見されるが既読扱いではないので読まされている感が多少あり。使い回しのHシーンが非常に多い。等身大の青年像(あまり教師らしくない)に共感できるかどうか。一部に未消化とおぼしき伏線あり。
 6編のシナリオは11話~14話で構成されていて非常にボリュームがあります。ボイスを全て聞くと40時間以上はかかると思います。
 本作はサブキャラもとても魅力的です。どれくらい魅力的かというと前情報なしでは誰がメインで誰がサブであるかわからないほど。ネタバレを気にする人ほど衝撃を受けやすいというのはとても皮肉です。

 CGは原画、彩色ともにばらつきがあって統一したイメージを感じにくいです。気に入ったCGとそうでないものに差を感じそう。一部のヒロインにおいては顔が安定しないことも。また、プレイ時間に比較して枚数もメイン68枚にSD(別作家)15枚とかなり少ないです。欲しいと思うシーンにないことがしばしばありました。
 立ちCGはイベントCGの不足を補うような素晴らしいカット群が満載です(実際、数字ほどにイベントCGを少なく感じないのは間違いなくこれのおかげだと思います)。しかも、使い方を心得ており、「滅多に見れないヒロインの表情」というのは本当に希少な機会にしか見ることができません。立ちCG鑑賞モードがないことが悔やまれるほど多彩に魅力的に変わってくれます。
 
 音楽は舞台に相応しくしっとりしたピアノメインの構成。2枚組のサウンドトラックを付けるのも頷ける聞き応えのある曲が揃っています。単独で聞いても各名場面が自然と思い浮かんできそうです。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。声優陣はキャラのイメージをよく考えたキャスティングで違和感は全くありませんでした。演技レベルは非常に高いです。そして友情出演が異常に豪華。一色ヒカル、木葉楓、楠鈴音、茶谷やすら、まきいずみ、このかなみ、町田あみ、松園ルイという面々。どう考えてもメインを張る方々ばかり。しかも、友情出演といいながら随分と喋っているのでまた驚きます。

 まとめ。我の強い作家2人のオムニバス的な作品。色々と無理してひとつの作品内に入れなくてもと思うことがありました。素直に2本に分けてちょっとずつ膨らませた方が良かった上に楽だったのでは? とか考えてしまうのは素人だからでしょうか。
 両系統ともに同じように楽しめるはずだ、と考えるには苦しいところが色々あると思います。ほとんどの人はどちらが好き、という感じになってしまいそうです。
 基本的な出来はすごく良いのですが、しなくともよい損をしているように感じられてならないです。両ライターの技量がある程度以上、高いのが救いで片方だけ低かったりすると心象はすごく悪くなると思います。
 初めから2本プレイするつもりでいれば問題は少なくなる、かもしれません。
 お気に入り:鷹月殿子、八乙女梓乃、リーダ、三嶋鏡花
 評点:84
 推奨プレイ順:仁礼栖香>相沢美綺>榛葉邑那、鷹月殿子>八乙女梓乃
 6周の中で上記の通りであれば問題はなさそう。分校系か本校系に偏って進めるも交互にやるも自由。ただ、一番最初の違和感を少しでも減らすためには1周目と2周目で分校系>本校系(もしくはその逆)とした方が良さそう。

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、大銀杏弥生
 最初は「だいぎんなん」かと思いました。いや、本当に。つまり人の名前だとも思ってなかった訳で。
 テスト前に現実逃避するだけの人。や、冗談抜きでそれ以外に何かありましたっけ? 声が特徴的でなければ全く覚えていなかったでしょう。

2、野原のばら
 親のやる気を真剣に疑う不憫な少女。それともあれですか、雅びやかな人たちからすると名字と同じような名前というのはオシャレなんでしょうか。
 存在感のなさでは大銀杏以上。彼女のフォロー以外に果たして出番があったでしょうか。

3、三橋香奈
 まともな小イベントがあるわけでもないのにやたらと存在感のある人。クラスの都合の悪いものを一身に引き受けているようでいと憐れ。聞かれてもいないのに言い訳をする姿がラブリー。立ちCGすらないのにアレですが、だらしない寝起き姿をCG付きで見たかった。余生は栖香の下僕でしょうか。

4、高藤陀貴美子
 ズーレーな人。奏の初めての人になりそうだった、という話に軽く吹きました。なんかその当時は性格違いそうで見てみたかったかも。でも、悲しいかな。この話が出るまではおっとりした人以外のイメージは皆無でした。これでようやく認識。

5、小曾川智代美
 なんか好き勝手言う人。責任も負わず、義務も果たさず、傍観だけして言いたい放題。才能に胡座かいている感とても強し。正直、よく嫌われないな、と。

6、神千晶
 寝てる人。なんでもいいけど、「神」という名字だけは止めてもらいたいところ。神は寝ている、とかいきなり哲学っぽい文章になって訳がわからん。

7、高松姉妹
 サブキャラ最強の賑やかし。ステレオで騒いでいるしか芸がない。声優のファンであってもこのやかましさはちょっと、というレベル。小曾川といい、この学園は才能の代わりに人格がアレな人が多くて困ります。

8、上原奏
 彼女はとても良いキャラなんですが、エキサイトしすぎた時がどうも苦手です。どうしてかわからないけど、あの時にだけ出る声がなぜか、ね。
 暁ラブがとても共感できず個人的な好感度はどんどんと下がっていきました。正体を知っても少しも動揺しないのはすごいというより不自然ですな。あっという間に複数の人間を行動不能にする教師(恋人)。これに何も感じないのは度を越えた鈍感というやつでは。
 奏の怒り顔はすごく貴重です。美綺と長く一緒にいないと見られない(恐らく美綺シナリオのみ)よう仕組んであるあたり心憎いと思います。

9、リーダ
 誰がどう見てもヒロインなんですけどなぜかサブであるという悲哀。せめてみやびシナリオで分岐する形でなんとかして欲しかった。あの展開でHシーンがないなんて反則ですよねぇ。

10、三嶋鏡花
 実のところ、深みのあるシーンは皆無に等しいのですが、存在感は圧倒的です。人格を示すほどの青山ゆかりさんの演技は改めてすごいと思います。今作ではお嬢さまゆえの気品まで入ってますからねー。
 それなのに、ああそれなのにどうして非攻略キャラかねぇ。サブヒロインだなんて夢にも思わなかったですよ。
 落ち着きのあるキャラゆえに表情変化は小さいのですが、それだけに彼女が顔を赤くした時は妙に嬉しく感じられたり。と同時になぜ、シナリオが……、と同じ連鎖に入り込んでいくのですが。

11、榛葉邑那
 ヒロインでありながらキャラがうっすいなぁ。仲良くなっても似たような顔ばかり見ていたような印象がありますよ。というか、彼女の方こそサブだと疑ってなかったです。オープニングに名前が出ているのを見てまさかと思ったくらいですから。
 設定的に一番の難物という感じなのに最も理由なく主人公を好きになっているような? これ以外はしっかりしていただけにびっくりしました。
 ゲストとかこのシナリオだけ世界観が違う感じでどうも入りきれませんでした。自己愛が肥大化しすぎているんでないの?

12、相沢美綺
 全く顔が安定しない人。バス停のCGで引き込まれたというのに再会した立ちCGは別人でした。等身さえ違うような気がしますよ。トホホ。イベント毎でもまた違う人だしなぁ。
 シナリオも結構トホホな感じです。一部の伏線らしきものが未消化だったり、回収したものもまともな意味がなかったり。危険を冒してまで密輸を続ける理由がなんとなく止められなくなって、だもんなぁ。一人だけ緊迫感のないシナリオというのも地味にネックです。およそ期待する展開というものがないので後半に盛り下がっているようにも。
 使い回しという言葉と切っても切れないHシーンにも涙。ただでさえ少ない素材を一度にほとんど使ってしまうのでそのあとがつらいことつらいこと。例え栖香シナリオと同じパターンであっても少しずつ使った方が良かったのでは。

13、仁礼栖香
 オープニング付近では美綺の立ちCGとイマイチ区別がついていませんでした。同じ分校系だし髪の色も同じだし、ややこしいデザインだなぁ、とか思えば実際は姉妹で変わった驚き方をしました。
 栖香はひとつの文章内に建前と本音、否定と肯定を入れる芸を持っていて可愛らしいですが、全体で見ると微妙であったりも。この誤解を生みやすい一族の特性が深刻なすれ違いを生んでいた訳だし、シリアスな展開の元であったのです。でも、その原因はギャグとしか思えない(というかギャグ)ですからねぇ。大山鳴動して……、という感じで締まりが悪いです。
 怒濤のエロ展開に驚き。素材も少しずつ出すやり方で飽きにくい工夫が凝らされていたと思います。それでも、多すぎるほど多かったですけど。最後の方はちょっと飽きてました。まぁ、真っ当に考えると理由にも言い訳にもなっていないですけどね、アレは。
 すみすみの焦る表情はレアで面白いです。まぁ、それだけに彼女は徹頭徹尾シリアスではいられない、と証明しているようなものなのですが……。

14、風祭みやび
 良いキャラだし、好きだとも思いますがそれでも妹とか娘とかそんな風に見るからなんですよねぇ。恋愛対象とか無理だし。しかも、そのせいでリーダさんが割りを食うとかホントあり得ないですよ。北都南さんの演技も相まって絶妙な面白さに仕上がっているのになぁ。
 シナリオもちぃと納得いかない感じ。それしかないという考え方が根底にありすぎて不安を誘われます。リーダさんとみやびの主人公に対する依存が強すぎるのがどうにも気になって良かったね、で終われない。殿子や梓乃のように精神的な自立がもうちょっと欲しかったところ。まぁ、2人との落差がそう思わせるのかも。

15、八乙女梓乃
 本作一番の成長株。その飛躍っぷりは圧倒的でまさに他の追随を許さない。テキストでもその成長ぶりが楽しかったです。ああして振り返って自己分析できるあたりが梓乃の成長ぶりを如実に示しているのだな、と。
 殿子シナリオでは意図的に隠されていた面もあったのでしょうが、それでもその思考には驚きました。まさかそこまでとは。そこからの妨害になっていない妨害が微笑ましいです。SDカットも一、二を争う出来だったかと。まぁ、後の件でもわかるように本当は紙一重なだけで危険なものばかりなんですけど。また、梓乃のシナリオだからこそ、さらなる殿子の魅力炸裂というのは盲点でした。先に殿子シナリオを終えていなければ絶対にそちらに行きたくなっていたと思います。
 梓乃は立ちCGの表情群が強烈に可愛いです。「ぐるぐるまなこ」や「ジト目」に「赤面して目がなくなる」などどれも悶えるほど愛らしいです。それこそ困るくらいに。この様々な表情を見られるのも困難を乗り越えたからこそだと思うとなおのこと貴重に感じられます。
 Hシーンはそれまでの反動でエロすぎ。数は少ないのに栖香に負けないインパクトがありましたよ。肝試しといい梓乃のイベントCGは出来の良いものが多かったです。
 ところで1年経ってもサッパリ大きくならないダンテはあれで成犬ということなんでしょうか。てっきり大型犬(グレートピレネーとか)の小犬かと思ったのに。

16、鷹月殿子
 なんつーか色々とすげぇなぁと思わされたヒロインです。随所で見せるニュートラルな感性や行動に惚れ惚れとしておりました。ただその毎日を追うだけで楽しかった感覚は鮮烈な印象となって後まで残ったくらいで。この人は本当に傑物というやつで成長した梓乃とのコンビは無敵ではないかと思うくらいです。ああ、もしかしたら私は殿子に憧れていたのかもしれません。
 シナリオはエンディング前までがすごく楽しかっただけに打ち切り漫画のような結末とテキトー感の漂うエピローグは残念でした。実にもったいないです。でも、実家との対決まで書くとさすがに長すぎるか。
 殿子との優しい日々はどれもお気に入りですが、中でも美術週間のやりとりがCGの出来もあって好きですね。
 そういや殿子シナリオのみやびは自然に軟化したように見えて不思議な感じでした。
 殿子シナリオだけは主人公が逃げることがないというのも密かなポイントです。父親になった以上は逃げることなどできない、そんなことなど思いもよらないということなんでしょうけど(知ってか知らずか殿子もずっといなくならないでと言っていましたしね)、この差がなんだか嬉しかったり。理想的な関係の築き方だったのかな、と。
 結局、タイトルの「遥かに仰ぎ、麗しの」が絡んでいるのは殿子シナリオだけなんですね。最初にこれをクリアしたので全て「遥かに仰ぎ、麗しの○○」というのがあると思っていました。

 プレイ順序
 殿子>栖香>美綺>梓乃>邑那>みやび

 シナリオ順位
 梓乃>みやび>殿子>栖香>美綺>邑那

 キャラ順位
 殿子>梓乃>鏡花>リーダ>栖香>奏>美綺>みやび>邑那