id[イド]-Rebirth Session-(root nuko)

 天智探偵事務所を営む長谷川士郎(変更不可)は猫探しなど細かい仕事をこなすことで日々の糧を得ていた。そんなある日、片瀬桜と名乗る少女から兄探しを依頼されたことで平凡なはずの探偵生活は非日常へと迷い込んでいく。

 新鋭ブランドroot nukoのデビュー作は意欲的な姿勢が感じられるミステリーAVG。
 購入動機は企画内容と原画の2点に惹かれて。
 初回特典はオリジナルサウンドトラック「そこからの朝」。予約キャンペーン特典はアマクライラストブック。

 ジャンルは基本通りのアドベンチャー。要所要所で探偵パートなるものが登場しますが、大昔の総当たり式AVGのシステムを想起してもらえば問題ありません。
 足回りはやはりデビュー作か、ちょっと心許ないです。メッセージスキップは既読未読を判別して高速ですが、時に理由が不明のスキップ停止が起こります。探偵パートの関係上もあって選択肢後にスキップが継続してくれないのはとても不便です。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能で、それなりに戻ることができます。ただし、ミステリーということを考えると物足りないです。ロード直後に使えないのも痛恨。
 ワイドモニターの場合、フルスクリーンにすると自動的に画面の縦横比を固定してくれますが、左右両端の黒いエリアでは残念ながらクリックが効きません。画面上部にメニューも出るためカーソルの置き場もそれなりに困ることに。

 シナリオはもったいなさが際立ちます。テキストにあまり浮ついたところはなく、読ませるだけの魅力は十分にあります。キャラもしっかりと立っていて、特にヒロインたちの可愛らしさは申し分ありません。展開もなかなかうまく止め時に困るほどです。1周目で犯人がわかっても2周目以降でも展開を変えるなど工夫が見られ飽きさせません。
 しかし、どんな大人の事情か3周目も終盤になると雲行きが怪しくなってきます。伏線が放置されたり、あるいは明らかに理屈が通らぬ形で回収されていたり。重要な意味を持つであろう真相が流す程度の分量しかなかったり。納期の問題か、あるいは資金の問題か、取りあえず〆られてはいますがどうも未完成の匂いがクライマックス周辺からはしてきます。
 ヒロインたちにしても1人を除いては、その役割を全うしているとは言い難く、そもそも個別シナリオという概念がありません。Hシーンはあるのに主人公は無関係とか、広義の意味では攻略されているのにHシーンがないとか、思わせぶりなだけで実は無関係であるとか、首をひねりたくなる要素が多いです。
 シナリオ構成は視点変更を繰り返すことで物語を紡いでいます。基本は各キャラクターの一人称視点ですが、不思議なことに地の文は三人称視点による描写なので時に戸惑うことも。時系列は前後することもあり、それが緊迫感を生む一因となり得ています。ただし、上述したように説明不足のまま流されてその後もフォローがないシーンも。
 惹かれあう過程は設定と実際の描写から期待してはいけない要素です。どうしたって苦しくならざるを得ません。
 Hシーンと呼んで差し支えないものがそもそも少ないのですが、エロ度は驚くほど低いです。尺も異常なほど短く色々な意味でどうにもなりません。

 CGは落ち着いた塗りが重さを感じさせて、題材に相応しく仕上げられています。原画を活かす方向でまとめられているのも好印象。ただ、残念なことにイベントCGは差分抜きで76枚とデビュー作にしても寂しい数字です。なまじ出来が良いだけに余計にそうした印象を強くします。
 立ちCGは少ないイベントCGの合間を埋めるに十分な輝きを持っています。表情は多彩で題材に相応しい各種カットが用意されているように感じました。
 背景は立ちCGと違和感を生むことなく自然に融合しています。落ち着いた塗りはイベントCG同様で世界観演出の一翼をしっかりと担っているかと。
 エロ度は悪くないどころかむしろ良いですが、テキストがテキストなので頑張りにも限界があることを思い知らされます。ここでももったいない。

 音楽は題材が題材だけに緊張感あるものや静かな曲調のものが数多く用意されています。もちろん、コメディタッチの曲もしっかりと。一通り揃っているかと思いますが、ここぞというくらい特別な曲があるともっと良かったかもしれません。
 ボイスは視点の主にはありません。また、主人公は他者視点であっても、やはりありません。また、パートボイスなのかバグなのか、ごく一部でボイスのないところがあります。
 人称によるボイスの仕様に加え、地の文で○○が「~~」と言った、という表現が非常に多いのでかなりボイスを節約する意識が強いようです。
 声優陣は男女とも個性派揃いで演技の方は問題なし。迫真の演技と評しても過言ではありません。

 まとめ。将来性を感じる作品。センスは十分すぎるほどなので後は長所を伸ばし、短所を潰していけば良作を生みだせるでしょう。ボリュームはちょっと寂しいですが。
 お気に入り:片瀬桜、氷室紗江、橘雫
 評点:70

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。








1、長谷川士郎
 主人公にして謎が多すぎる男。一体、船の上から連絡していた女性は誰なんですか。
 ロケットに猫の写真を入れて持ち歩くキモい人。つーか、ホントにそんな答えでいいのですか。

2、佐伯義男
 この手の作品でもったいつけると死を招く、を地で行くキャラ。主人公はまだしも他の人から見るとこけおどしレベル。ラストも思い切り鏡子とすれ違っておりどこまでも気の毒。ところで川岸はどこへ?

3、久世裕也
 衝撃の肩透かし男。声優からして最も疑わしいと多くの人が思いましたが、正体はなんとただの頼りになる男でした。意外性ゼロこそが最も意外であるという事実。

4、岩谷淳ニ
 結構おいしいところを持っていく方。主人公以外でまともな(?)Hシーンがあるのは岩谷くんだけ。始まった瞬間の主人公のいたたまれなさはちょっとありえない領域でした。

5、辻美輪子
 彼女の本物が犠牲になる時の犯人モノローグがおかしいような。対象が死体なのだから誰のモノローグであっても意味が通らない。船上の平林との会話も微妙に矛盾しています。覚えていないではなく、知らないの間違いでは。別人なのだから。
 素性に関してわずかに触れられるだけでそれ以上はまるでわからず。色々と不憫だなー。

6、平林進
 ただの惨めな男と思わせて実は本作の暴走特急。イタズラ、凌辱担当という思わぬポジションにおさまる。最後もなんだか幸せそうです。

7、氷室雄大
 なぜ今回のメンバーに加わったのか最も謎の男。疎みながら娘まで連れてきた理由は一体。平林と2人で凶悪な勢力という図式がどうも腑に落ちませんでした。

8、蒲生昭三
 もしかして船上で語っていたのが自殺の理由なんでしょうか。あっさり死んでしまったんで他にどうにも。

9、片瀬幸雄
 えーと、だから色々とどうしてそうなったのよ、と。

10、片瀬桜
 とても良いキャラなんですけどねー。それだけに突発的犯人キャラというのは重すぎる十字架。いっそのこと最初から主人公を騙していた、くらいの気合であったならねぇ。演劇部ネタもリアルに伏線になり得たのに。殺害方法やコメントが不自然なのは計画性のない思いつき殺人であったから。3周目はともかく、1~2周目には苦しいものがありますね。

11、雨宮希沙
 こちらも肩透かしな人。怪しい素振りは猫を構っていただけ、ってアンタ……。やる気のなさではメンバー中随一。岩谷くんが犠牲になったのはあなたがねぼすけだからデスヨ? ラストで主人公の事務所にやって来たのは素直に驚きでした。そりゃ、雫のポジションでないの、と。

12、氷室紗江
 なぜあんなにも買ってもらっているのか。なぜあんなにも慕ってくれているのか。それを少しでも書いて欲しかった。せっかくの良いキャラなのになぁ。動機面では鏡子と並んで謎が多い。

13、西園寺鏡子
 結局、親父との因縁がありながら主人公との絡みはないままでした。彼女に殺される時はいつも理不尽というより訳わからん状態。価値観が本当にわからないからなー。

14、橘雫
 エロい娘さんは素敵です。ああ、でも思わせぶりな態度で何もないという切なさ。エンディングも関係なし。アマクラ氏も書いていましたがもっといちゃいちゃしたかった。