Imitation Lover(light)

 栗栖樹(変更不可)には密やかな日課があった。それは授業が終わった後の教室で帰っていくクラスメイトの様子を眺めていること。最後の一人になったら帰る。その日も同じようにこなして最後の一人になったと思った時だった。
 「ねえ、栗栖くんてさ、いつもそうなの?」
 そんな樹の姿を後ろから観察している人間がいたのだ。彼女の名は一之瀬響。隣の席に座っていながら碌に話したこともないクラスの問題児。樹とは何の接点もない人間のはずだった。ところが、響はそんなことなどお構いなしに驚愕の提案をしてくる。
 「次のテスト、カンニングさせてくれたら処女あげるよ」
 この日を境におとなしく目立つことのないよう生きてきた樹の生活は一変していく。

 2004年以降、意欲作を積極的にリリースするようになってきたlightですが、その中の1本「Dear My Friend」のチームがぱれっとに移籍、という出来事がありました。同チームでlightに残った正田崇氏プロデュースの新作がこの「Imitation Lover」。サンプルCGの1点もないパッケージがある意味、男らしいです。
 正田崇氏がシナリオを書いていないのがネックでしたが「PARADISE LOST」でもプロデューサーを務めていたので購入を決意しました。
 初回特典は「群青の空を越えて」に続くスリーブには入っても内箱には入らないImitation Lover Special book。

 ジャンルはいつものように変わったところのないアドベンチャー。
 足回りは可もなく不可もなく、という程度。メッセージスキップは既読未読を判別して標準程度のスピード。シナリオ量が多ければ遅いと感じていたのではないかと思います。不便なのは選択肢が表示されている時など。一旦、スキップを解除しないとバックログなど他の機能を使うことができないこと。これが意外に面倒に感じたりします。
 バックログはメッセージウインドウ単位で行います。ホイールマウスに対応していてボイスのリピート再生も可能ですが、戻れる量はかなり少ないです。「読む」ことが主体の作品としては貧弱さは否めません。

 シナリオはやや特殊な趣を持っています。シナリオ総数は3本しかなく、その構成は1本がメインルート、もう1本がメインから派生するサブルート、残る1本は主人公を変更しての事実上の外伝ルート。難易度が低くボリュームが少ないことから、コストパフォーマンスは低めです。
 テキストとしても特殊な構成を持っていて、メインルートは主人公固定の一人称視点。サブルートは主人公の合間合間にヒロインの視点が入ります。外伝ルートは主人公が変わるだけでなく、サブルートと同じでヒロインの視点が入ります。
 シナリオの内容はどうにもテーマが不鮮明です。物語冒頭から終盤手前まで恋とは、カップルとは、性欲と愛情の関係とは、という風に幾つもの問いかけと障害が起こるのですが、それに対する本作なりの解答がほとんど提示されません。カップルになってしまえば全ては過ぎ去った悩みであり、それで終わりという締めくくり。さすがにそれはどうかと。
 タイトルからも模造品から本物へ、という流れであるかと思うのですが形が書かれているだけで、何を持って本物なのかが示されないのではさすがに消化不良の感が拭えません。向かい合うことでわかる障害とその克服を書くことで、初めて本物であると言えるのではないでしょうか。また3つのシナリオがうまく繋がっておらず、結果として5人の物語ではなく3人と2人の物語になってしまっているのも残念なところです。
 現代の若者の恋をモチーフに書こうとしているようですが、主人公の悪友がなびかない女はおかしいと評されるほどのフェロモン全開キャラなので説得力はほとんどありません。感情移入はたやすくはないでしょう。
 普通とは言い難いいびつな人間関係ですが、その限りにおいてはキャラ同士の掛け合いは特に不自然なところもなく楽しめます。ただ、人によってはマイナス思考の塊のようなヒロイン視点が大きなブレーキとなるかもしれません。
 惹かれ合う過程はほぼなし。基本的な感情はオープニングで決定していて、以降もほとんど変化はありません。それ以前の好きの理由も特に書かれていないようです。ホームページの作品紹介には書いてあるようですが。
 Hシーンはヒロインによって差がありますがかなり豊富。鑑賞モードのシーン数でカウントするなら34ほど。テキストはエロさよりも物語の筋書き優先で尺も短め。物足りなく感じる人もいるかと思います。

 CGは最近のlightの躍進ぶりを感じさせる要素のひとつ。泉まひる氏の原画も去年はだいぶ心配になる出来映えでしたが、本作はリベンジとばかりに改心の仕上がりになっているかと。色々と変遷してきた氏の絵ですが、個人的には今の絵が一番いいかと思います。
 イベントCGは差分抜きで80枚とやや少なめ。出来の良さゆえにもう少しあれば、と思わずにいられません。
 立ちCGは一部にやや崩しすぎではないか、というものがありますがそれ以外は安定しています。掛け合いを盛り上げるに足る表情やポーズが用意されているかと。

 音楽は題材ゆえか実に多彩な曲が揃っています。レベルの方もなかなかに高く、サントラが特典としてついていないのが悔やまれるほど。ボーカル2曲も高い効果をあげています。
 ボイスはほぼフルボイス。数は少ないですが男の名無しキャラには用意されていません。主人公にあたるキャラは自らの視点でない時にだけ喋る仕様です。
 一之瀬響役の青山ゆかりさんの演技はこれまでに担当することのなかったキャラのせいか興味深くかつ新鮮に聞けますが、園村円香役の成瀬未亜さんの演技はいかにも声優的な声なので本作の現実的な世界観にあまり合っていないように感じます。男性2名の演技はキャラに合っていて文句のつけようのない出来です。特に栗栖樹役の笠原准さんの演技は見事なショタボイスで一部の人のハートをがっちりつかみそうです。

 まとめ。出発時に目指した場所と異なる場所にたどり着いてしまったような作品。もしかしたらスタッフ的には目論見通りなのかもしれませんが、なにかうたい文句と違うような気がしてならない残念な仕上がり。本物へと至るもう一段階の描写があれば名作にもなりえたかもしれないだけにもったいないです。
 全体的な印象は中規模でまとまった作品、かな。どこに期待してもある程度は満足できるが必ずどこかに不満が出そうな感じ。5800円~6800円ならほとんど文句もないのですが。
 お気に入り:一之瀬響
 評点:60

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、一之瀬響
 正直なところ、一人称視点がないことがお気に入りである理由です。シナリオとしては解答編として響視点があった方がいいと思いますがキャラ的にはない方が正解かと。これで他の2人と似たりよったりの思考であったら、樹の身になって考えた時、あまりに救いがない。花火が城戸の入れ知恵というのも地味にショックでした。場合によっては近い将来、樹が城戸2世になってしまいますよ。
 あとはなんと言ってもボイスですかね。青山ゆかりさんの声によるキャラの好感度補正はかなりのものであると思います。もし演技はうまいけれども、好きでも嫌いでもない声優であったとしたら本作はお気に入りなしとなっていたでしょう。

2、桐沢伊織
 掲示板の件がバレバレであることとその件自体がほとんど意味がないというあたりで嫌な予感がしていました。まぁ、それでもまさか樹主人公時におけるシナリオがないとは思いませんでしたけど。思わせぶりにちょっかいをかけてくるだけに結局、何も起きないのは強く不満というか納得がいかない感じ。
 シナリオ中に城戸に執着する理由が書かれていないのは大きなマイナス。紹介ページには書いてあるというのに。樹を納得させる必要はないかもしれないけど、プレイヤーは納得させるべきではないかなぁ。ただでさえ読み物状態なのだし。

3、園村円香
 凄まじいまでの貧乏くじ。何の因果でこんな役回りなのか。存在理由とか考えると憐れこのうえない感じです。せめて円香視点さえなかったらねぇ。色々とフォロー不可能ですよ、この人。城戸とホテルに行くのもマズイと思います。未遂に終わったのはただの結果論なのだし。ああ、考えれば考えるほど気の毒な園村後輩。彼女の人生に幸あらんことを。