この大空に、翼をひろげて(PULL TOP)

 水瀬碧(変更不可)は大事なものを奪われた。ある日、一瞬にして。失意の内に故郷に帰ってきた彼を迎えたのは白い翼と車椅子の少女。碧は知ることになる。奪われるのも一瞬なら与えられるのも一瞬であるということを。

 PULL TOPの新作はグライダーに懸ける少年少女たちを活き活きと描いたADV。
 購入動機は実に後ろ向きで他に目ぼしいものがなかったから。
 初回特典はコンプリートサウンドトラックとコンテンツをダウンロード可能なソアリング部ライセンス。予約キャンペーン特典はシーン追加パッチのSweet Love Append Disc。

 それほど重要なものではありませんが修正ファイルが出ています。気になる方はあてておきましょう。

 足回りはもうひとつ物足りないです。メッセージスキップは既読未読を判別して高速ですが、選択肢間がとても長いので暇潰し道具が必須になります。次の選択肢へ進む機能があると良かったのですが。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですが、それほど戻ることはできません。ロード直後も使用不可。なお、変わっていることにボイスの発声中に起動すると中断します。終了すると中断した箇所から再開されます。

 シナリオは複数ライター制の弊害が出ています。濃い、普通、薄い、と表現したくなるくらいに三者三様。問題なのは「薄い」双子ヒロイン関連で、テキストのノリが違ったり、主題であるグライダーに重きが置かれていなかったりと看過できない出来です。
 全体的には意欲的と呼ぶに十分な仕上がりで、ボリュームもしっかりとあって読み応えもたっぷり。グライダーに関する描写は押しつけがましくない範囲でまとめられていて読みやすくなっています。ただ、その分だけ詳しい人には描写が物足りなく感じる可能性があります。
 物語はプレイ順制御もかかっていて、全てのシナリオを読むことですっきり出来るような構成になっています。なので各ヒロインの個別シナリオとして見るとややあっさり過ぎて不足気味に思えるものも。
 日常の掛け合いはとても賑やかでキャラを気に入るほどに貴重なものとして価値を感じられそう。笑いに関してはほどほどなので高すぎる期待は禁物です。基本はソアリング部の活動が中心でそれ以外の学園描写はかなり薄め。
 惹かれ合う過程は設定により、やや苦しいと感じるキャラが含まれていますが、概ね描写があると言っていいでしょう。前述したように濃淡があるのは避けられませんが。
 Hシーンはカウントが難しいですが各ヒロイン4回程度。予約キャンペーン特典のSweet Love Append Discがあるとプラス1回となります。この手のジャンルにしては非常に頑張りが感じられてなかなかエロいです。

 CGは演出が光ります。グライダーはもちろん、風車や雨に木の葉など動きのある映像が各所で良いインパクトを与えてくれます。終盤にも見所が用意されていてしっかりと盛り上げてくれます。
 反面、立ちCGやイベントCGはやや安定感を欠くものが見受けられます。どうも一部のヒロインはデザインが固まっていないようにも見えました。そのせいなのか、SDカットはあまり似ていない感じです。塗りそのものはとても丁寧な仕事をしているだけにもったいなく感じます。
 それを受けてのHシーンは予想以上にエロくなっています。ただし、これもSweet Love Append Discの有無で印象が変わりそうです。ここに特別感のあるエロいやつが集中しているので。

 音楽はじわじわと盛り上げてくれるような穏やかな曲が揃っています。あまり熱さを感じさせるようなものはありません。主題歌も繰り返しの視聴に耐える出来で、演出も相まって高い効果を上げています。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。モブキャラを除けば演技の方は安定しています。キャラにも合致していて違和感を感じるシーンはありませんでした。

 まとめ。青春モノの秀作。爽やかさが売りと言ってもいいくらいの作風は今時なかなか貴重かも。予想外に高い完成度に驚かされました。だからこそ、浮いている一部シナリオがもったいないですが。
 お気に入り:姫城あげは、望月天音
 評点:80

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、羽々音小鳥
 ヒロインの中で中心に位置するにはちょっと物足りない娘さん。美人という形容があらゆる意味で苦しく、主人公とシンクロするのがなかなか難しい。
 小鳥がいなければ問答無用でソアリング部は解散。この主張に同意できないあたりが彼女のパワー不足を表していると思います。

2、姫城あげは
 なんとも濃密な時を過ごさせてくれる幼なじみ。多方面に渡って優秀なのでついていくのが大変です。不言実行で色々と秘密が多いとか、どちらが主人公だかわからなくなるほど。考えすぎな嫌いがあるので無条件の信頼は危ないタイプ。他の幼なじみが口を滑らせなければあんな完璧な偽装、気づきませんて。ただでさえ、5年のブランクがあるんだから。
 姉妹そろってとっても危険。Wで誘惑されたらレジストできないでしょう。風戸姉妹は2人があるのに、なぜこちらはないのだ、と思いましたよ。

3、風戸亜紗、依瑠
 色々な意味でマスコットの域を出ません。正直ちょっぴり気の毒になるくらい。いかに自分のシナリオではないとはいえ、小鳥シナリオでの扱いはちょっと酷いと思います。
 バッド→トゥルーのような構成が謎。シナリオ分量も二分割だし、Hシーンも同様だし、あまり良い効果を生んでいないような気がします。依瑠がちょっとないがしろのようにも見えますし。

4、望月天音
 非常に良い味を出しているキャラですが、シナリオでもそうであるとはちょい言い難いです。まとめシナリオとしての役割が強く、天音シナリオとしてはやや不完全燃焼。気に入った人ほどもっと色々なイベントを見たいと感じたのではないでしょうか。少なくとも私はそうです。
 あけすけなのは嬉しいけど困ります。もうちょっと周囲の状況を考えましょうよ。
 ところで、天音先輩は何歳なんでしょうね。