ままらぶ(HERMIT)

 マンション、フローリアス樹ヶ丘の5階に暮らす桜木浩二(変更不可)の家は父子家庭。お隣の藤枝家は母子家庭。反対側のお隣の秋月家は両親不在の娘独り暮らし。この3家に垣根はあってなきが如し。まるで一家族のように仲良く暮らしておりました。浩二にとって藤枝家の涼子さんはまさしく自他とも認める母代わり。しかし、浩二にとって涼子さんはただのお母さんではなかったのでした。そして、涼子さんにとっても浩二はただの息子ではなかったのです。

 HERMITの第2弾はひとつ屋根の下愛情たっぷりADV。第1弾の時といい、どうもHERMITは発売前の告知が足りないような気がします。かなり発売が近づくまで気付きませんでした。
 初回特典の類はなし。
 購入動機はシナリオライターが丸戸史明氏であるから。例え不得手な原画であったとしても、題材にさほど興味がなかったとしても必ずや買うであろう信頼の名前。

 それほど重要でないながら修整ファイルが出ています。笑い声のSEに関するものなのでOFFにする人は落としておきましょう。

 システムは従来通りのアドベンチャー。
 足回りは標準程度。メッセージスキップは既読未読を判別してほどほどのスピード。ただ、選択肢間が長いために相対的にはそれほど早く感じません。フラグ立てのために人数分だけやり直すゲームなので次の選択肢へ飛ぶ機能が欲しかったところ。せめて選択肢後とオープニング及びエンディングデモ後にもスキップを継続して欲しかったです。
 バックログは別画面で行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能です。戻れる量はそれなりにといったところ。
 「ままらぶ」のテーマはズバリ、アメリカンホームコメディーをエロゲーで。ということなので各種演出は全てその実現のために用意されています。「ままらぶ」という舞台劇を鑑賞する観客の笑い声、テレビ画面を意識した黒枠、いかにもな曲調のエンドデモなどなど。

 シナリオは最大10話。各話は基本的に1話完結でオープニングとエンディングが用意されています。このフォーマットは前作「FOLKLORE JAM」譲り。サブタイトルが用意されたのが唯一の違いでしょうか。
 前作譲りといえばシナリオ構造も同様で1~6話までは事実上の一本道。2周目以降はほとんどが既読文章となるためプレイ密度に非常に大きな落差が生じます。なまじテキストレベルが高いだけに喪失感のようなものを感じやすいです。せめてもうちょっと選択肢ごとにミニルート分岐っぽくなっていればいいのですが、わずかなクリックで共通ルートに戻ってしまうのでテンションが下がりがち。
 テキストは相変わらずの出来高安定。読み応えあるセリフの応酬はテンポ良く、すんなりと「ままらぶ」の世界に引き入れてくれます。丸戸史明氏の何よりの武器はキャラクター造型とその実践力。設定段階のキャラクターの魅力を100%として、テキスト上でそれをどれだけ引き出せるか。それがシナリオライターの手腕だと思うのですが、この業界では50%も引き出せないライターがほとんど(というか、引き出せていると勘違いしている人が多いような気がしますが)。そんな中にあって丸戸史明氏は限りなく100%に近い数字を引き出しています。また、その姿勢に妥協がないあたりも好印象。
 本作は氏にしては元ネタが存在する会話が多いですが、それでも作品内だけで完結する、元ネタを必要としない面白味のある会話が大多数を占めています。毎回毎回さり気なくこれを実行していますが、これは本当に凄いことで改めて氏のセンスの良さを実感することしきり。
 この作品は戯画の「ショコラ」の前から丸戸史明氏が作りたかった企画(「ショコラ」ページ内インタビュー参照)というだけあって随所にこだわりが感じられ、メインである藤枝涼子ルートは出色の出来なのですが、そのこだわりゆえに他ルートにおいては厳しい反作用が起きています。本作の登場人物の配置はもういっそ美しいぐらいに万全で隙というものがありません。漫画であれば優秀な、その隙のなさこそがエロゲーにとっては致命的です。
 通常の作品は主人公とヒロインが学園、大学に職場などプライベートでないところで共通ルートを送り、個別ルートに入るとプライベートで接触するようになります。だから、当該シナリオのヒロインでないキャラは退場するケースが多くなります。ところが本作のように共通ルートがすでにプライベートであるゲームは個別ルートに入っても退場する訳にはいきません。必然的にキャラクター毎のバランスが重要になってきます。しかし、本作のキャラクターは主人公と「まま」である藤枝涼子を中核にして他のヒロインを「家族」として配置。これだけでも涼子以外のヒロインのルートに進むのはバランスの問題からも厳しいのですが、さらに前提条件として二人が最初から恋人同士という難関が用意されています。
 この難関を乗り越え、さらにはバランスも崩すことなく説得力を持ったシナリオを生み出すのはまさに至難です。生み出せたところで涼子シナリオを遥かに越える鬱シナリオになることは避けられません。それではアメリカンホームコメディーというテーマが崩れてしまいます。
 結果としては説得力を捨てテーマを守るという選択をしました。主人公は突然、心変わりしたようにしか見えず、その意思の発露は選択肢だけに拠っているといった感じです。もちろん、崩れたバランスはどうすることもできず、涼子のことは半ば無視するという中途半端ぶり。シナリオ量にもそれがハッキリと表れてしまっています。シナリオを重視すればテーマが損なわれ、テーマを重視すればシナリオが損なわれる。二律背反に陥っているのが残念というか難しいところです。相手が定まっている漫画のフォーマットを必ずしも相手が定まっていないエロゲーに持ち込むにはかなりの工夫が必要ということでしょうか。それこそ「とらハ2」のような。
 Hシーンにも構造面の問題がしっかりと出ていて、メインヒロインの涼子は7回でシチュエーションだけでなくトータルの流れにも意味を持たせているくらいですが、他の面々はほぼ3回であまり工夫も感じられないと越えられない壁のようなものを感じます。

 CGは原画段階での問題がどうも多いです。純粋に構図が怪しかったり、立ちCGとフェイスウインドウのCGの間に随分とばらつきがあったり。中にはシナリオの状況と食い違いのあるカットもあったり。それでも、メインヒロインたる涼子の多彩な表情はまとまりもあって非常に魅力的です(まぁ、だからこそその他のヒロインの不備が目立つ訳ですが)。演出としては立ちCGとフェイスウインドウのCGの組み合わせで微妙な感情を表現しているのは見事。例えば立ちCGは怒り顔、フェイスウインドウのCGが心配そうな顔といったような。ちなみに主人公にもフェイスウインドウのCGあり。また、数々のSDカットはタッチをそれぞれ変えていてギャグを引き立てています。
 Hシーンは前述した構図の問題もあってテキストに助けられているといった印象が強いです。昨今のゲームは通常のイベントCGの枚数を犠牲にしてHシーンのカットを増やしているのでもうちょっと頑張って欲しいところ。

 音楽はアメリカンホームコメディーというテーマに沿って作曲されているようであまり前面に出てくることなく、後ろからしっかりと支えているといった感じ。エンディングデモの曲が最も印象に残るあたり、狙いは成功しているのではないかと。
 ボイスは男性キャラを含めてフルボイス。恐らくは違和感を出さないという点に注力して選ばれたようなキャスティングがなされています。その中で涼子役のまきいづみさんの演技は素晴らしく、この作品のためにエロゲー声優になったのではないかというくらいのはまり役です。新しいボイスを聞くのが楽しみなくらいでした。

 まとめ。メインヒロインシナリオは一級品、それ以外は一歩も二歩も譲る作品。というか涼子以外は脇役デスヨ。これほどメインヒロインシナリオのプレイ順序に悩むゲームも珍しいかも。瞬間最大風速のためなら最初にプレイするべきですが、トータルの印象を少しでも良くするなら最後にするべきだし、うーん。
 お気に入り:藤枝涼子(他に対抗はいません)
 評点:80

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、藤枝小雪
 今回一番、設定的に苦しかったキャラ。周囲の小雪への扱い(学園のアイドル、涼子さん譲りの美人といったあたり)がどうも納得できませんでした。母の鈍さに呆れながらも主人公と母の二人のことに全く気付かないあたり、血の濃さは感じますがそれだけだなぁ。瑠璃やかおりの評価に値するだけの人間的魅力は感じられず。

2、クリスティーナ
 正直、賑やかし。ギャグ担当としてのシナリオの役目も弱いし、ライバルキャラとしてはもっての外。瑠璃の評価にもそれがハッキリと表れてます。人気投票の低迷も当たり前ですな。どうも、丸戸史明氏の作品にはこうしたキャラが一人や二人、必ずいるような。「ショコラ」のメガネとか。

3、秋月かおり
 最も主人公の恋人には不向きな人間が最も三角関係の問題に踏み込んでいるというのは皮肉な気がします。本来であればクリスあたりの方が色々と問題になりそうなんですけど。というか、素直にこのシナリオで踏み込む意味がよく分かりません。あえて言えば二人の関係に気付いていたからでしょうか。それでも涼子さんの小雪に対する呟きはその事実とはあまり繋がらないような。

4、菊永瑠璃
 演技ではなく、それが素であれば王道の力強さで涼子さんとの勝負も可能だったかも知れませんが、所詮は変化球の悲しさ。ギャグイメージの方が強いです。しかし、自分とのHをこそ浮気と言い放つあたりはシナリオとして効果的だったのではないかと。反対に言えば説得力がないことを割り切った上でのテキストとも考えられますが。

5、藤枝涼子
 まぁ、彼女を書きたいがゆえにこの作品は存在したといっても過言ではないでしょう。まさにメインヒロインに相応しい存在感と活躍ぶり。
 5回目と6回目のHシーンでなんだか似たようなテキストだなぁと思えば、よもやこれが伏線で梨恵へののろけに繋がるとは思いも寄らず。こんなところで感心するとは驚きです。
 母娘問題に逃げることなく踏み込んだのには感心。世間一般の常識で涼子さんを責めるあたりも逃げがなく好印象。ただ、どう見ても非常識な人間(昭、瑠璃)が責めるのはお門違いだとは思いましたが。
 最初から恋人同士ということで好き合うようになった点がおざなりになりはしないかと心配でしたが杞憂に終わったようで良かったです。しかし、未亡人ならではのポイントはやはり難しかったようで小雪の実父のことは少しも触れられませんでした。まぁ、正しい判断かとは思いますけど。
 とにもかくにも涼子さん。人気投票を行う必要もありません。終わったすぐ後に間を置かずに再びプレイしたくなるヒロインは久しぶりです。