桜花裁き(IRODORI)

 できたばかりの中町奉行所にやってくるのは新米奉行、大岡志明(変更不可)。父と同じ道を選んだ男のところに早速、事件が舞い込んでくる。この手荒い歓迎に志明は頼りになる仲間と共に立ち向かっていく。

 IRODORIのデビュー作は実に意欲あふれる和風推理型奉行活劇(パッケージより)。
 購入動機は単純に面白そうだったから。
 初回特典はサウンドトラック2枚組に週刊桜花通(設定資料集)。予約キャンペーン特典は昔なつかしFM音源サウンドトラック2枚組、ちょっとHな追加シナリオパッチ、BGMFM音源化パッチ。最近の流行りなのか、ダウンロードしてディスク不要でインストール可能になっています。

 修正ファイルが出ています。それほど重要な内容ではありませんが、念のためダウンロードしておきましょう。

 ジャンルはちょっと変わったアドベンチャー、でしょうか。3つのパートを順番に進めることで物語が進展していきます。
 まずは「アドベンチャーパート」:これは他作品でもよく見られる日常を描いたもの。ここで事件が発生します。
 次に「調査パート」:事件の概要や証言、証拠を集めます。カードのような見た目で表現されて後からでも見返しやすくなっています。これを奉行パートではアイテムのように使います。コマンド選択式で捜査を進めます。
 最後に「奉行パート」:調査パートでするべきことを全て行えば、自動的にこちらに推移します。ここが本作の目玉と言っていいところで、奉行である主人公の本領発揮です。
 容疑者たちの話を聞いて矛盾点を探し、追求します。わかりやすく言えばツッコミです。突っ込める場所は赤字で表示されている場所のみと決まっています。そこからさらに他の容疑者が異論を挟んできてさらなる展開に発展したりします。言い争いに対してどちらの言葉を遮るかが肝要です。難しい場合は仲間が助言してくれたりも。上手に進めると最後は犯人との一騎討ちになります。
 奉行パートは演出の効果もあって緊張感があり面白いですが、問題もあります。奉行パートの前の会話にまさにそれで、主人公たちはあくまでも予想で裁きを行っているのです。極端に言えば当てずっぽうです。相手にぼろを出させてそこから言い負かして自白に持っていくのが流れなので、一歩下がって考えると何とも言えない気分になります。ましてや裁きの重み、なんてものを作中で描いているだけに皮肉たっぷり過ぎます。そうせざるを得ない理由も一応は用意されているのですが、いかにも苦し紛れな感じです。
 基本的にゲームオーバーはほとんどなく、何度間違えても進めることは可能です。ただし、成績が付けられているのでそれによって鑑賞モードの勲功が開封されなかったりします。正解した場合のわかりやすい演出もあるので総合的な難易度はそれほど高くありません。

 足回りはなかなか優秀です。メッセージスキップは既読未読を判別して高速。ただ、ゲームのシステム上、既読文章を自動でスキップする機能があるとなおプレイ環境が良くなったと思うだけに少し残念(必然的に同じコマンドを選択して同じテキスト、といったケースが多くなるため)。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能です。戻れる範囲はどうやらその話数の最初までのようで、次のエピソードに進むとそれ以前には戻れなくなるようです。ロード直後にも使用できます。
 システムが重要な作品とはいえ、デビュー作でこの出来はかなり心象が良いです。

 シナリオは全4話構成。テキストは縦書きです。1話が終わる毎に次回予告の演出が入ります。アニメ的なオープニングやエンディングはありません。
 奉行であることが重要なのか、事件の性質からなのか、よくはわかりませんが世界観がとてもふわふわしています。その態こそ時代劇ですが、あらゆる意味で頭に「なんちゃって」と付ける必要があります。新撰組にしてもそれは全く同じで、もしこの単語が目当てだったりするとたいへん危険な可能性があります。そもそも、史実の新撰組とは共通点の方が少ないくらいではないのか、というデフォルメ具合です。いつのタイミングなのか、という前にそもそも幕末であるかどうかさえ怪しいくらい。ゲームにおいて下の名前が違うのはお約束でしょうが、こうなると違った意味にさえ見えてきます。また、そういった点を抜きにしても主人公は奉行であって新撰組ではない、というのは購入にあたってとても重要なポイントです。
 日常描写は世界観説明を含めてかなり簡素でおとなしいくらい。事件以外のことは描写が少なめでいささか退屈です。キャラが立っていない訳ではありませんが、通り一遍な印象があります。実のところ、それには大きな理由があって、本作は個別シナリオがエンディング後に用意されているのです。奉行としての話が終わった後で仕切り直して各ヒロインのシナリオへ入ることになります。よってヒロインの個性を描くパートはこちらに集約していると言っても過言ではないでしょう。Hシーンもほとんどがこちらにしかありません。そんな予定があるのかわかりませんが、なんだかとってもコンシューマーに移植がしやすそうです。
 長所短所は表裏一体といった感じで、無駄に途中で分岐が発生して、同じ奉行パートをやり直さなくて済んだ反面、改めてプレイする個別シナリオは(奉行パートが発生しないこともあって)緊張感に乏しく作業感が出やすくなります。ヒロインの魅力はしっかりと出ているのですが。
 個別シナリオにはひとつ特徴があって、異様なほど人払いにこだわります。もちろん、Hシーンへの誘導のために、です。全員が寮住まいという理由はあるにしても、それにしてもやり過ぎなほど徹底して行います。逆説的に人払いができないとHシーンが発生しない、となるくらいです。ほぼ全てのシナリオでここまでやる必要は果たしてあったのでしょうか。
 ミステリーの構築が弱く全体的に突っ込みどころは多めです。納得感の少ない展開が多いといいますか。これに主人公とプレイヤーの間で事件へのアプローチの違いが重なって上手に進められない、なんてことも。結局、行き当たりばったりのイメージが強くなる効果を生んでいるように思います。

 CGは使う場所によって様々なタッチで描かれています。例えばアドベンチャーパートでは容疑者が多いためにそれほど親しみを感じるようなタッチでは描かれていませんが、個別シナリオになるとぐっと距離感の詰まった熱さえ伝わってきそうな塗りへと変わります。剣劇シーンではモノクロで描かれるCGも惜しみなく用意されています。演出を含めて目まぐるしく変化する様子でプレイヤーを楽しませてくれます。

 音楽は時代劇を意識しすぎることのないバランスのとれたゲームらしい曲が多いです。FM音源パッチがあるだけに、あるいはそちらを主眼において作曲したのだろうか、と感じるような曲も少なくありません。どちらでプレイするかはお好みでいいでしょうが、あまりFM音源の方にレトロっぽさを期待すると肩すかしかもしれません。経験のない人にはわからないでしょうがレトロゲームにおいてFM音源はむしろ高品質と感じられるようなものだったのです。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。演技の方は特に問題あありません。様々な演技という意味では遠山桜役の小鳥居夕花さんの浮き沈みの激しい演技が聞き応えありました。個別シナリオのとろけ具合も良かったです。

 まとめ。完成度の高いデビュー作。最初からこれとは恐れ入ります。率直に次が楽しみですが、燃えつき症候群になりやしないかと勝手に心配でもあります。
 お気に入り:遠山桜
 評点:72

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、平賀理夢
 時代設定が幕末ではない(?)せいか、発明家設定になんとなく違和感がありますね。人々の役に立つ発明を、と言ってももうひとつ生活感が出ていない作品だけに。なんちゃって時代劇なので仕方ないのですけど。
 理夢の特徴は押せ押せなところですが、ムードメーカーでもあるので他のヒロインを牽制する姿が嫌味っぽく映らないのが人徳でしょうか。他ヒロインのシナリオでも地味にアピールしてますしね。

2、河合小梅
 容疑者スタートということもあって立ち位置がよくわからない娘さんでした。本作は2話目以降はあんまりキャラの掘り下げは行わないだけに素の姿もそれほど出ないですしね。ルートがあるのはわかっていましたがピンと来ない感じでした。実際、ちょっとばかり相手として苦しさは否めませんしね。

3、沖田紫乃
 色々な意味で特殊枠。新撰組だけど新撰組じゃない、というような。余計なことに尺を費やしたので本人のことはあまり触れることなく終了。サブヒロインと言ってもいい扱いです。

4、遠山桜
 外見といい中身といいおいしさを詰め込んだようなキャラ。時代劇なのに金髪という段階でアレなのに名は体を表すかのようなネーミング。ぬいぐるみ好きに甘味好き。寮の背景が変化するのは全て彼女の伏線に起因するのではないでしょうか。天性のいじられキャラですね。顔を赤くしてうろたえてこそ、みたいな。

5、山南彩花
 正直、ルートがあったこと自体が意外でした。終盤の展開を見るとなおのこと。100%敵役だと思っていただけにねぇ。ただ、シナリオは時代劇を含むシリアス系ではこういうのわりとよくあるので、なんと言うか食傷ぎみな感さえありました。筋書きがほとんど予想から外れないので。ライターもそのあたりは覚悟の上な気もしますけど。