千の刃濤、桃花染の皇姫(オーガスト)

 二千年の平和は無惨に散った。皇国は共和国に負けたのだ。それから3年--。
 鴇田宗仁(変更不可)は花屋に身をやつして再起の時を窺っていた。武人と呼ばれる彼らは共和国の支配に抗うべく活動している。しかし、3年前の戦いで記憶を失った宗仁は他の同志ほど胸に期す感情がなかった。ところが、そんな彼の前にひとりの少女が現れる。名は宮国朱璃。彼女を見た時、宗仁は理性にも勝る自らの宿命をしかと感じ取っていた。

 オーガストの新作は「穢翼のユースティア」以来の大作型アドベンチャー。
 購入動機は原画買いでしょうか。もうひとつ意欲に乏しいものがありました。
 初回特典は特厚設定資料本「千桃年代記」。

 ジャンルはやはりアドベンチャー。
 足回りはオーガストらしい仕様です。使いやすいようでそうでもないという、いつものパターン。メッセージスキップは既読未読を判別して高速です。次の選択肢へ進む機能や前の選択肢に戻る機能はありません。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですが、あまり戻ることはできません。一般的にシーンジャンプと呼ばれる機能クイックジャンプを搭載していますが、戻れる分量が少ないのでそれほど意味はありません。ロード直後にも使用できます。ちなみにシーンバックという機能もありますが、クイックジャンプとどのように使い分けるのか、いまひとつわかりません。
 コンティニュー機能はしっかりと用意されています。珍しいところでは画面撮影機能というものがあります。好きなCGをその場で壁紙などにしたい人にとってはなかなか有用でしょう。イベントCG以外でも使用できます。

 シナリオは「穢翼のユースティア」と同じく一本道にほど近い構成です。ヒロインが章ごとに順にクローズアップされていき選択肢が発生。当該ヒロインを選べば一本道の本筋から逸れて個別シナリオに入ります。選ばなければいわゆる共通シナリオが続く形となって次の章へ進みます。最終章までこの繰り返しです。
 この構成の問題点はやはり「穢翼のユースティア」と同じで、各シナリオの分量はもちろん、話の密度にとても開きがあること。最終章まで行かない場合、真相が伏せられたままなので率直に言って打ち切りのように終わってしまいます。それが好きなヒロインとなるとやや釈然としない読後感が残るやもしれません。
 全体的に筋書きありきなので強引な展開やご都合主義が目立ちます。大仰な演出もそれを後押ししているように感じられます。ジャンルとしての必要性から発生したと思われる学園描写もかなり苦しく、説得力に欠けています。緊張感を維持するにも難しい要因のひとつとなっています。よって日常の掛け合いはあまり良くない意味でなんでもありになってしまっています。もちろん、笑いにも期待は禁物です。
 惹かれ合う過程はあまりありません。初期好感度がとても高いことと、あまり描写そのものが多くないこともあって恋愛らしさはほとんどありません。
 Hシーンは各ヒロイン4回にサブヒロインが1回ずつ。ただし、物語に組み込まれているのはヒロインの1回のみで残りは全て鑑賞モードで余談として入っています。尺は短めでシチュエーションもそれほど凝っていることもなくエロ度は低めです。

 CGはもはやオーガストの顔と言っていいくらいの充実ぶり。背景美術への力の入れようは他のブランドの追随を許さないほどのこだわりを感じます。描き込みも素晴らしく惚れ惚れするカットも多いです。戦車や航空機など兵器関連のCGも見所になりうるクオリティです。しかしながら、それゆえにべっかんこう氏と夏野イオ氏の描く少女たちとの対比がアンバランス過ぎて違和感さえ感じるようになるのは皮肉なところです。
 立ちCGの安定度は業界でも随一の領域にあり、それは本作でも変わりません。けれど、それゆえにイベントCGのカット群が一段、劣って見えるのも正直なところで難しさを感じます。中でも稲生滸のそれは安定感に欠ける嫌いがありました。
 立ちCG、背景とも鑑賞モードに登録されます。しかし、立ちCGに関しては細かく設定して鑑賞できる作品が増えてきただけに少し物足りないところも。

 音楽は大作に相応しいだけの曲数と中身が揃っています。プレミアムパックも含めてサントラがないことが惜しまれます。ただ、一部に大仰な曲とシーンにそぐわぬ選曲があるのも確かで、持てる力の使いどころもこれからは鍵になりそうです。オープニングテーマは冒険活劇譚などのイメージを想起したくなるような曲調で本作の内容を考えるといささか合致しにくいようにも感じます。
 ボイスは主人公を含めてフルボイス。ただし、Hシーンにはありません。演技は基本的には問題ないものの、一部のキャラはHシーンの演技が拙いです。

 まとめ。ガワだけがどんどん良くなっていく作品。他の要素の進歩に対してシナリオが置いていかれている格好です。エロゲーはやはり、シナリオが大事ということを改めて教えてくれます。
 お気に入り:エルザ・ヴァレンタイン、椎葉古杜音、来嶌・マクスウェル・紫乃、更科睦美
 評点:60

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。








1、宮国朱璃
 なんというか、タイトル負け気味の姫さまです。母親の墓前に誓っておきながら数日で撤回する。しかも、それを自分で突っ込むあたり、まるで芸人のようです。しかも、本作のシナリオ的な弱さを象徴しているのが、この時のイベントが特にそれほど尾を引かない、ということですね。さすがに直後は様子がおかしいですが、しっかり克服できた訳でもないのに以降、ラストまで眠ったままの設定になってしまいます。同じ状況になれば何度でも誓いを捨ててしまうだろうにね。
 皇祖さまとの関係がうまく消化できていないのも困りもの。否定しないと自分たちの物語にならないという体裁でいながら、結局は困ったら朱璃の中に溶けていたことにしてあっさり復活させてしまう。なんとも都合の良さが光ります。

2、鴇田奏海
 あるいはこの人が最も得をしたのかもしれません。皇帝を騙った罪をあっさり許され、結果的にはエルザにもしっかりと助けられている。彼女が皇国民のために粉骨砕身の努力をしていたのならともかく、ひたすら兄のことを考えていただけ。周囲に自分はかわいそうだからと条件を吹っ掛けておきながら、兄を侍らせて楽しそうに皇帝の責務に励んでいるようにしか見えないあたり……。

3、稲生滸
 会長という職があまりに重い。散々、翻弄されるばかりの滸さんは正直、見ているのも辛いくらいでした。裏に雪花がいたにしても、わずか二度の機会でたやすく呪装刀に洗脳される。槇に至っては彼女を目覚めさせるためだけに死に目に合う始末。父親とも再会できないし、活躍の場も少ないとわりと悲しい身の上です。アイドルを兼務しているというのもマイナスイメージの方に繋がりやすいですなー。そんな暇があったら、とつい考えてしまいそう。

4、エルザ・ヴァレンタイン
 多重人格なみに色々と考えていますが、最終的には出たとこ勝負な娘さん。浜辺で半ケツで信念について考えるシーンは笑いどころなのかとちょっと悩みました。や、可愛いしエロくはあったんですけどね。
 全ヒロイン中でもかなりのお茶目さん。執務がどれほど忙しくてもすることはする姿勢に感服します。どんなに激務であってもお風呂は3時間入るし、温泉にだって行っちゃいます。

5、椎葉古杜音
 恐ろしいほどのギャグ要員。シリアスになりすぎないために色々と人格含めて犠牲になっているように見えます。空気が読めないくらいに笑いを入れてこようとする姿勢に感心します。しかし、そのズッコケぶりはシナリオの方で悲しい方向に作用してしまいます。最終決戦なんて誰がこれほど足を引っ張ることを想像したでしょう。自分のシナリオで終わっておけば、と血の涙を流しそうな勢いです。