水月(F&C)

 瀬能透矢(変更可能)は見慣れぬ部屋で目を覚ました。そこが病室であるということはわかる、しかしなぜ自分がそこにいるのかはまるでわからなかった。加えて透矢の中の過去は茫洋としていてなにもすくい取ることが出来ない。生活に必要な知識はあれど、固有名詞の類はいっさい出てこないのだ。平たく言えば記憶喪失、ということらしかった。
 確かな足場というものを失った透矢は夢の中で見た、自分が射殺してしまう黒髪の少女が実在すると聞いて興味を持つのだった。

 F&Cが田舎ゲーを作る、それだけでもなにやら違和感があるのですが、実際にはゲームを構成する要素の多くで新しい分野にチャレンジしている意欲作でした。
 デフォルト特典は原画の☆画野朗氏の落書き集としおり。落書きは100ページを越えるものでファンサービスとしては十分すぎる内容。
 購入動機は言うまでもなく☆画野朗氏が原画を担当しているから。この方は個人的にフェイバリットな絵描きさんのひとりなので無条件で購入と決まっています。仮に苦手なシナリオライターが書いていようともそんなことは購入を避ける理由にはなりません。

 システムはオーソドックスなビジュアルノベルの体裁を採ってます。
 会話中の選択肢で分岐するのは従来通りですが、目新しいものとして文中で「?」マークが出る単語が出現した際に、それをクリックするかどうかの選択を迫られます。クリックすればその単語について主人公が追求する流れになります。一応は展開が変わったりもしますが、ゲーム的には用語集の意味合いが強いようです。
 足回りはF&Cらしくたいへん充実しています。
 メッセージスキップはページ単位、速度重視など細かな設定が可能で使い勝手が良くなっています。贅沢を言えば選択肢のスキップが欲しかったです。ひとつ前の選択肢に戻る機能を備えているだけに余計にそう感じました。
 メッセージの巻き戻しはシステムだけでなく、ホイールマウスから直接可能。便利ではあるのですが、ログが7ページ分しかないのはノベルゲームにしては少し足りないのではないかと。せめてこの倍は欲しかったです。また、シーンが変わった時に戻れなくなるのも不便。
 田舎ゲーらしくという言うべきか、横書きか縦書きをいつでも選択可能になってます。
 CGモードで立ちCGが登録されるのは出来がいいだけに嬉しい仕様。CGに自信があるところは標準装備にして欲しいです。

 シナリオはややアンバランス。主に文体ですが、キャラクターを表現するテキストは原画に負けないだけでなく相乗効果をも果たしているのですが、シーン切り換えや状況説明文などが充分でなく不足している感があります。特にシーン切り換えは意図的にしても少しわかりにくいかと。
 シナリオの分量が大きいわりに日常会話が少ないのが少し気になります。物語に必要な情報(会話)ばかりで構成されているのがどうも。数少ない日常会話は高いレベルであるだけに余計にそう感じます。
 原画に相応しいテキストを用意しているのは好印象。ヒロインの魅力を余すことなく描けているかと。
 記憶喪失という要素はプレイヤーと主人公の情報格差をなくすという意味ではうまく機能しているかと思いますが、最終的には都合よく使い捨てられているように見えます。
 複数回Hを実装していますが、効果は微妙。「とらハ」シリーズとは違ってなんとなくあるという感じなので。全員にある訳でもありませんし。ちなみに全員に放尿プレイが配備されてます。シナリオライターの趣味でしょうか。ユーザーにもれなくプレゼントというならもう少し特殊ではないものを頼みたいところ。
 物語全体を見るとどうも肩すかしに近い印象があります。ホラーかミステリーを思わせる要素もあるのですが、入り口のみで先へ繋がりません。いわゆる敵役もいるのですが、ちっとも役目を果たしていません。正体を現わしたら即退場ではどうしようもないでしょう。出番も意味深長なシーンがあるだけで実際的には何の意味もないですし。
 ぶっちゃけキャラクターを引き立たせるだけにちょっと変わった舞台を用意しよう、ぐらいの設定に見えてしまうんですよね。

 CGはこれ目当てに買ったくらいですから文句のつけようもありません。業界最高峰の原画及びCGです。広く一般受けするタイプの絵で、ここまでレベルが高いというのも尋常ではないと思います。
 立ちCGはイベントCGにも負けない美しさ。喜怒哀楽の表現は完璧と言っても過言ではないくらい。
 オープニングデモは雰囲気とキャラ紹介程度なんですが、あまり見所はありません。長さのわりには内容が薄いです。

 音楽はかなりレベルが高いかと。耳に残りやすく、雰囲気に合致した曲が用意されています。特にF&Cということを考えると驚くほどの完成度と言えるでしょう。
 ボーカル曲はありません。切ない曲調のものがあるとさらに良くなると思えるだけに残念。
 F&Cにしては珍しくボイスなし。ノベルとはいえ、キャラクターの魅力に焦点を当てているゲームなのでやはり欲しかったですね。

 まとめ。キャラクターを重視したが、シナリオが疎かになった「果てしなく青い、この空の下で…」。本当にそんな印象あり。やはり困難が困難に見えないというのはどうにも。とはいえ、F&Cにしては意欲的な作品に仕上がっているかと。
 お気に入り:宮代花梨
 評点:75

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、牧野那波
 一番の問題はアピール度の低さ。メインヒロインと言うことでそこにあぐらをかいてしまっているような印象があります。
 盲目なのにそれらしい(身体的な)表現がないのはどうかと。まるで見えているかのような神秘的な様子があるだけに尚更そういった表現が必要なのでは。
 夢なのか、ほんのちょっとだけ登場するやや強気な那波が可愛いです。
 「お泊まりも、できるよ」
 「泊まってほしいの?」
 短いながらもあまりにも強烈なふたつのセリフ。完全に刷り込まれてしまいましたよ。

2、宮代花梨
 一人だけやたらと多い立ちCGに優遇ぶりを感じます。落書き集でもカットが多いですし。
 制服姿の立ちCGはどちらの髪型も妙にお気に入り。胴着姿も二重丸。表情は照れながら叫んでいるようなカットがもう抵抗できないほど可愛いです。
 やはり、友達として近い仲になり過ぎてしまって素直になれない幼なじみというのは偉大な王道ですね。少しでもそのキャラらしいところがあれば、食傷気味なんて状態とは一生無縁な気がします。

3、新城和泉
 メガネはどうでもいいデス。まぁ、1年放置されていたという点から考えても記憶を失わなければ主人公が振り向くことはなかったかと。
 一人だけ妙に性格悪いのも激しく損してますな。残念ながら嫉妬したりすると可愛いどころかマイナスイメージばかりが浮き彫りに。恋敵が花梨というのも相手が悪過ぎるとしか。
 なんかHシーンが全キャラ中、最もやる気が感じられないように思うのは私だけでしょうか。

4、琴乃宮雪
 尽くすという気持ちは伝わってきますが、それがどうしてメイドなのかはわからず。やっぱり田舎ゲーなんですからお手伝いさんの方がいいです。こういうあたりも「果て青」の印象が強いのかもしれません。
 メイドとしてどうのと言っているのに、すんなり一緒に寝たりとか、線引きが曖昧なのがどうにも不満。中盤になるとメイド服姿でナイトキャップを被っていてもちっとも慌てない。そういうのは堕落なんではとか思えてしまいます。こうして考えると「月姫」の翡翠というキャラクターは実によく出来ていたのだと改めて感じます。
 存在が便利に過ぎます。主人公に恋人が出来れば何事もなかったように自動消滅というのは。シナリオ上ですらほとんど書かれないし。
 そのせいでエンディングを迎えても、主人公が不幸な現実から目を背けて見ている夢なんじゃないか、という疑いが消えません。まぁ、これは那波シナリオにも言えることですが。

5、紅坂アリス、マリア
 シナリオ的にはサブキャラかもしれませんが、扱いはどう見てもメイン格。メガネあたりとは存在感が違います。
 水着のあとをつけるために海へ行く、みたいな流れが笑いを誘います。他のメンツも海に行っているはずなのにこの二人だけ。
 もうちょい躍動的なところが見られるとさらに良かったと思います。例えば「Canvas~セピア色のモチーフ~」の恋のように。

6、大和鈴蘭
 こちらは本当におまけっぽいですが、幼女というだけで今の世には価値があるらしいです。どう見ても犯罪ですが。それでも世界に目を向ければ4歳で妊娠、5歳で出産なんて事例もあるみたいですから不可能ってこともないんでしょうけど。
 こういうシナリオはエンディングが肝心です。自分の趣味を満天下に示した訳ですから袖にされたヒロインや実兄との対決がないとねぇ。でないとうまくいき過ぎという感じがして楽しめません。そのあたりちっともなくて残念です。
 ロリな人には反対なんでしょうけれども、個人的にはおっきくなった姿も見てみたいですよ。ギャップが良い訳ですから。