てのひらを、たいように(Clear)

 何をしに通っているのかわからない学校。春野明生(変更不可)は自覚するほどの怠惰な毎日を送っていた。かつて仲の良かった幼なじみたちとも何年も口を利いていない。特別な理由があるわけでもないのにそのことを不思議とも思わなかった。ただ、そんなものだという考えがあるだけで。
 夏休みを目前に控えたある日、通学途中の公園で明生は不思議な少女に出会う。彼女の名は夏森永久。転校生である彼女は明生を知っているというが、明生にはまるで覚えがない。ただ、不思議な懐かしさを感じることがあるだけで。それは明生の幼なじみたちも同じだった。
 これは再生と救済の物語。少年少女たちは大事なものを取り戻し守っていく。どれほどの艱難辛苦に出会おうとも。

 Clear製作の第4弾。個人的な初Clear作品だったりします。人気同人作家のおーじ氏を起用したことで話題に。購入動機にもストレートにそこに集約されています。

 細かい内容の修整ファイルが出ています。スクリプトや誤字脱字にシステム回り。詳しくは知らないのですが、Clear作品ではおなじみの修整内容のようです。まぁ、デフォルト装備ってやつですか(違)。

 システムは何の変哲もないアドベンチャー。わずかな違いといえば「てのひらを、」編と「たいように」編の2章仕立てになっていることくらい。前者を終えることによって後者に進めるというわかりやすい構成。にもかかわらず初プレイ時に選択画面でデモかと思って1分近くぼーっとしていたのは秘密(選択画面とはいっても最初は「てのひらを、」の方しか表示されない)。
 足回りはなかなか優秀。メッセージスキップは既読未読を判別した上で非常に高速。長いシナリオでも待たされてる感はそれほどありません。ただし、フラグ設定者が違うのか、「たいように」編では同じ内容の文章を読まされることがしばしば。
 メッセージの巻き戻しは別画面で相当な分量を戻ることができます。というか、いつでも開始時点までは戻れるのではないでしょうか(ロード直後には使用できません)。ボイスの再生も可能。この点を備えたゲームは戻れる量が少ないものが多いので嬉しいところ。ただ、スクロールバーがなく実際に大きく戻ろうとすると骨が折れるのが残念です。

 シナリオはトータルすると微妙なライン。先に書いたように今作は2章構成になっています。実のところ、これが最大の原因。
 「てのひらを、」編が本編と言うべき内容であるのに対し、「たいように」編は別の主人公による補足的内容。それは別に構わないのですが、問題は物語が「てのひらを、」編だけでしっかりと完結していて「たいように」編が蛇足的な内容で必要性がほとんど感じられないこと。さらにはライターの違いによってテキストレベルが著しく低下してしまったこと。出来の良いものの後に出来のイマイチなものをプレイすれば必然的にイメージは悪くなるかと。
 「てのひらを、」編はテンポも良く、読んでいるだけで楽しくなるような巧みさがあります。登場人物たちもたいへん魅力的。主人公とヒロインが惹かれていく様子が自然に描写されています。ライターは用意された設定を過不足なく表現することに長けていると感じました。
 物語の構成もかなりの完成度。粗もなく、伏線もうまく張られています。難点はシナリオの本筋(共通シナリオ)にかなりの分量が割かれていて、個別シナリオの差異がそれほどないことでしょうか。
 「たいように」編は「てのひらを、」編が実現していたものをほとんど失ってしまっています。残った謎を補完するとかいった以前に、本編に対する整合性さえとれておらず、あちこちで矛盾が生じている始末。誤字脱字もこちらの方が圧倒的に多く見られます。
 登場人物たちも切迫した状況を知りながらそれを理解しておらず、緊張感もなく呑気。加えて利己的で自分勝手。立場の違いだけで納得できるものではなく、「てのひらを、」編のキャラクターに感情移入しているととても理不尽に感じてしまいます。個人的には物語を終えた余韻が台無しといった印象を受けました。同じ作品でこんな評価の変動が起こるのは珍しいと思います。

 CGは原画家が着色に参加していることもあってたいへん素晴らしい出来。特に「てのひらを、」編の3人娘の何枚にも及ぶ集結CGは構図も考えられていて好印象。ただ、シナリオ分量で考えれば枚数はやや少なめかも知れません。個人的にはCGモードを確認してから初めてその事実に気付きました。
 立ちCGはポーズ変化こそ少なめですが、表情及び衣装はしっかりと魅力的なものが用意されています。
 補足として原画がおーじ氏だけあってヒロインの縞パン率が非常に高いです。なんと、その確率66パーセント。他の作品では1人もいなくとも不思議じゃありませんからね。まさに驚異的。

 音楽は田舎町を舞台にしたシナリオをサポートするような耳に馴染みやすい曲が揃っています。中には少し自己主張の強すぎるかな、というものもありますが、総じてレベルは高くまとまっています。ぜひともサントラの発売を希望します。
 ボイスは特筆に値する高レベル。いわゆる外見からイメージしやすい声が多くキャスティングされていると感じました。レベルも全体的に高いです。ただ、男性キャラはフルボイスではないので、いきなり喋られて驚くことも。特に通常状態では発することのないような声音が多いので。「てのひらを、」編の主人公などは7年前の自分など他人も同然とばかりに回想シーンに限って喋ります。

 まとめ。「果てしなく青い、この空の下で…。」中○生編。精神年齢的にも外見的にもかなりそんな感じ。ただし、「てのひらを、」編に限っての話。「たいように」編がなければ今年の3本指には入りそうな出来なんですが(冬の時点でそう思ってます)。秋津環氏にはプロデュース業などに専念して欲しいところ。時間はかかってもシナリオは冬雀氏に任せましょう。
 お気に入り:春野明生、夏森永久、佐倉穂、吉野美花(というか、この4人は切り離しては考えられないでしょう)
 評点:90(「たいように」編は見なかったことにして)

 以下はキャラ別感想。相当にネタバレ要注意。







1、夏森永久
 正直、最初は聞いているのがツライような声に感じていたんですが、いつの間にやらすっかり病みつきに。今やボケ永久の声はあれ以外に考えられません。
 4人が4人でいるための潤滑油としての役割がなんとも胸に来ます。最初はひとりきりのCGにひとり、またひとりと追加されていく様子はそれだけで小さな感動が(CGには現れませんけど、主人公もそのひとりな訳だし)。中でも屋上のCGはかなりのお気に入り具合。あの表情がいいんですよー。

2、吉野美花
 はっきり言って恋人としては厳しいです。それはもう本人が「だって美花だよ? 永久ちゃんでも穂ちゃんでもないんだよ」(うろ覚え)と言うように。1対1で付き合うには性格もやや、ってこともあるんですけど、最大の理由は4人の中で1人だけはっきりとした妹分であるっていうのが大きいと思います。

3、佐倉穂
 気が強く意地っ張りで、幼い頃には取っ組み合いのケンカもした頼れる幼馴染み。それだけに元の関係に戻るまでがたいへんな相手でした。美花ならずとも本当に頑固なのだからと言いたくなります。しかし、それだけに彼女が不器用に歩み寄る姿勢といったらもうっ。花壇のエピソードも、それを穂波さんにばらすエピソードも秀逸。  
 散歩に誘いに来るシーンのうろたえぶりは素晴らしいものがありましたよ。さらには主人公が告白するシーンの往生際の悪さ。もう最高ですな。

4、佐倉穂波
 まぁ、ゲームとはいえあの若さは反則だろ。つーか、穂なんてそれを武器に使っているくらいだもんなぁ。まぁ、戯言はともかく、素直に尊敬できる要素を持った大人というのが作品的にまるでオアシスのようで。このゲームってばロクな大人がいないし。
 ちなみにおーじ氏が冗談で描いていた時価の「親子丼」が実現するなら私はファンディスクを買わせていただきます。そりゃもう、前言を翻し、万難を排して。

5、春野明生
 今時、珍しいまっすぐな主人公。このゲームが楽しめたのは間違いなく、彼の性格のおかげもあります。7年前の声も好きですよ。ただ、順哉にぃに関してだけは見る目がないと思います。

6、蓮見まりあ
 最後に皆は許しているようですが、約束を破ったのは不可抗力の上、プレイヤーとしては事後承諾みたいなものですから、ハイそうですかと水に流すのは難しいです。だってあの陰湿な嫌がらせはある意味で日高よりも性質が悪いですよ。周りをも巻き込んであとまで色々と残るものですから。だいたい「じわじわと弱らせるのが好き」みたいな言動を聞かされて友達になれってのもねぇ。あっさりてのひらを返す2匹もなぁ。信用できないというか。

7、日高圭一郎
 こういう悪役、しかも憎みやすい相手がいると物語は盛り上がります。そういう意味でいい奴です。個人的にはエピローグ的なところで目覚めた優奈に4人の前で土下座させられると最高だったんですが。それならもしかしたら許せるかも知れないし。トータルで見ればいいシーンにもなると思うんで。

 「たいように」編のキャラクターは興味がないので省略。あんなマイウェイな人たちはどーでもいいです。