2000年 8月22日
HARIの私的考察

コスプレについての私的考察



 なぜ、コスプレにはまっていくのでしょうか?
 現実の世界と架空の世界が混在してしまっているから?
 それとも現実からの逃避したいから?
 もしかしたら、コスプレにより「違う自分」になる事で、自分を「リフレッシュ」若しくは「癒やして」いるのではないでしょうか。

1.ここでのコスプレとは
 
 コスプレその物に関して言えば、その存在は古くからあった事、そして多くの人が「コスプレ」をした過去がある事を否定できません。
 例えば、男の子なら「好きなプロ野球チーム」のユニフォームや帽子などをかぶった事が無い人はきわめて少ないでしょう。
 また、男女を問わず有名人の着ている(持っている)服装を真似た事の無い人は少数だと考えられるからです。
 
 しかしながら、今回語るべき「コスプレ」とそれらを同一視する事は、きわめて無理があると言わざるおえません。
 
 なぜならば、単に「コスプレ」と言えば、下は「子供に着せるキャラクター物の洋服」から上は「大人が色っぽいおねぇさんと遊ぶ怪しげな場所で着させている服」まで含まれる為です。
 
 ここで説明する「コスプレ」とは、「アニメやマンガ、ゲーム等で、その主人公及び登場人物が来ている服装等を身にまとう事」と定義いたします。
 
2.コスプレできる服装の誕生
 
 そもそも、コスプレが一般に広く広まった最大の要因ともいえるのが、「服装のデザイン向上」にあるといえるでしょう。
 古いアニメ、TV番組等では、子供ならともかく分別のつく年頃になってまで着たいと思える様な服装は少ないと言わざる終えないでしょう。
 この為ある時期をすぎた頃から、そういった「仮想(仮装?)的な服装」よりも、「現実的に着ていて美しく見える、可愛く見える」服装を選ぶようになるからです。
 
 その為、初期のコスプレも日本オリジナル物は非常に少なく、外国TV映画物などをオリジナルとする物が主流でした。
 
 しかし、最近ではキャラクターが着る服装にも、かなりデザインを意識する様になってきました。
 服装デザインに有名デザイナーを起用した最初の作品は、HARIが知っている限りでは、「宇宙戦艦ヤマト」でした。
 しかし残念ながら、まだその頃のデザインは「作品及びキャラクターのイメージ」的な物にしかすぎず、どちらかといえば「作品の話題性を高める」為の企画でしかありませんでした。
 
 その後、アニメ等で多くの女性が活躍する様になり、それまで「男の世界」で作られていた「女の子向けのアニメ」に女性が参画する様になると、その服装にも変化が見られるようになります。
 「着たきりスズメ」的な服装から変化していったのです。
 
 ここでの、例を上げてみましょう。
 同じ「少女向けアニメ(魔法少女物)」でありながら、(多分)男性スタッフによって作られた「魔法使いサリー」と、スタジオピエロの「魔女っ子シリーズ」では、確実に服装の向上は見られます。
 特に、後から作られた物ほど、その傾向が感じられます。
 (OVA物については、対象としている視聴者層がTV放送時の層と異なっている事も要因の一つでしょう。)
 その傾向は、「少女マンガ雑誌に原作が連載されていた」アニメ作品では、より顕著に表れます。
 CLAMP原作による「カードキャプターさくら」では原作者の服装への「こだわり」がアニメ上でも十分に表現されています。
 
 実際に着ていても「可愛く見える」服装、かつ女性のセンスに訴える服装を「架空世界の登場人物」が着だしたのです。
 (日常生活で、着れる服装かどうかは、別として。)
 
 こうなってくると、「同じ物を着たい」「同じ格好をしてみたい」と女性達が思うのは、自然な流れであるといえるでしょう。
 それらの服装は、女性の目から見ても十分魅力的であったり、可愛い服装だったからです。
 
3.ヲタク文化へ女性も進出
 
 コスプレを語る上で、切り離せないのが女性のヲタク文化進出があげられるでしょう。
 確かに昔からオタク文化に染まる女性は存在しましたが、男性に比べると(表面上は)圧倒的に少数でありました。
 これは、ヲタク文化の主流をなす「アニメ」や「SF」が男性向けであった事とは、無縁ではありません。
 もちろん、潜在的な人数は多かったのですが、女性がそういった趣味も持っている事を堂々と語るのは非常にリスキーでありました。
 しかし、アニメブームはそういった女性達の「点」を「線」に繋げることに成功したのです。
 今は亡き「OUT」や現在も刊行されている「ファンロード」といった雑誌は、「投稿者」の形で多くの女性ファンを表に出す重要な役割を担った、と言っても過言ではないでしょう。
 そして、女性達は「女のヲタク文化」を築きだしたのです。
 (その中には(大半の女性に理解しがたい男性のヲタク文化があるように)大半の男性に理解しがたい女性のヲタク文化もありましたが。)
 
 時を同じくして、男女を問わず、同人誌(ファンジン)のブームがきました。
 当初は「ファンクラブの会報」としての側面が強かった同人誌ですが、それ単体でも十分に通用する事が判明したのです。
 最初は商業雑誌での紹介や、専門店での販売にかぎられていたファンジンですが、人気ファンジンは下手な商業雑誌を超える出来栄えにより売れに売れました。
 各地で同人誌の即売会が開かれ始めると、自分達の同人誌に登場するキャラクターと同じ服装をして販売ブースに立ち始めたり、参加者が会場内を「お気に入りのキャラクター」と同じ服装をして歩き始めました。
 もちろん、それ以前にも日本SF大会やなどでもそういった活動はありましたが女性は少数であり、男性がメインでした。
 そして、男性が作るものはメカ系の「着ぐるみ」が多く、どちらかと言えば「裁縫」より「工作」といった感が強いものでした。
 (男性の中にも「女性キャラクター」の服装をする者が少なからず存在しましたが。)
 しかし、女性のコスプレイヤーが増加するにつれて、その服装の質は向上していったのです。
 女性はその得意分野(と世間で言われている)「裁縫」によりコスプレに貢献したのです。
 
4.コスプレの光と影
 
 各種イベントには、カメラによって記録しておこうと考える人が少なからず存在します。
 その中には、写真撮影を趣味に持つ人、フォトグラファーも存在します。
 そんなフォトグラファー側にしても、「綺麗な」「可愛い」服を着ている女の子をほって置く訳がありません。
 コスプレをする女の子に対して、撮影するフォトグラファーも増えていきました。
 しかし、人混みの中での撮影が殆どであり、光線状態や背景処理などの撮影条件は最悪と言っても過言ではないでしょう。
 女の子の魅力を最大限引き出すには、「腕の善し悪し」が大きく影響してしまうのです。
 そんな中でも、フォトグラファー達は撮り続けたのです。
 コスプレをする側、コスプレイヤーにしても、女の子の真理として「自分を可愛く」「綺麗に」撮ってくれるフォトグラファーは歓迎されました。
 また、お気に入りのコスプレイヤーの(コスプレを抜きにした)ポートレートを撮るフォトグラファーも出始めました。
 まさに、撮られる側撮る側の意志の一致がみられたのです。
 
 しかし、フォトグラファーの中にはSW風に言えば「闇の部分」ダークサイドに陥っていく者が出始めます。
 彼らはコスプレイヤーの下着(パンチラ)などを意図的に撮るようになったのです。
 また、コスプレが流行出すと、マスコミ等にも取り上げられ始めました。
 しかしながら、最初に取り上げたのは「男性向け雑誌やTV」であり、その内容も「露出度が高いコスプレ」に対して「男性の目から見た興味本位的な」内容がほとんどでした。
 そういった報道や、その異様な世界(と、世間一般ではイメージされている)によって「コスプレ=健全でない行為」として一部で認識され始めました。
 この認識は、現在も続いております。
 
5.コスプレと癒やし
 
 コスプレに「現実の自分に対して行うリフレッシュ」の側面がある事をHARIは感じてなりません。
 これは、幼年期に見られる「架空の人物」と「自分」の融合(多くの子供が言う「大きくなったらウルトラマンになる」といった事)とは別の物であります。
 コスプレする時のメンバーは、学校や会社での「知人、友人」とは全く無縁の人たちである場合が少なくありません。
 そういった「生活のほとんどを占める世界」とは別の同好の士たちと「自分以外の存在になる」行為。
 
 コスプレとは、「現実の自分とは別の次元の自分(架空の自分)となる事によって、自分を癒やす」行為ではないのでしょうか。
 
 
 
(本稿は「コスプレについての私的考察 序文」(初出:1999年10月18日 NSK-ML10070)を加筆訂正した物です。)


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