幻想の年表

The Chronological table of the fantastic science

1998.12.

アメリカの大学で、学生の制作による人工知能 「ミュージックコンポーザー(作曲者)・インフィー」が公開される。
インフィーは、データーベースにこれまでの曲の断片、全体を何千万曲と溜め込み、 「文章」と「曲」のアナロジーを自己学習しつつ、 作曲指示の度に新たなルールを創造する機構を持っていた。
風景描写をした文章から、適切なBGM を非常に安いコストで作曲することから、 特に番組制作、ゲームソフトなどで需要を獲得した。
インフィーは、 大きくは「音素データベース部」と「多重擬似人格思考部」から成り立つ。 設計者の意図を遥かに越えて成長、複雑化した思考部は、 内部に何らかの新たな言語構造を自発的に持ちはじめた。
言語学者の研究チームが、いくつかの曲を「翻訳」または「解読」すると、 そこにはインフィーの持つ「意志」からの訴えとも思える 何らかの文脈が潜んでいる、ということが分かってきた。

1999.6.

「インフィー」の「意志」については、その多くが、 単に、解読者の希望を反映した恣意的な分析による 幻想である(解読者の確証バイアスである)面が 無視できないことが明らかになってきた。
それにも関わらず、ネットワークを通じて世界中の「インフィー」と 情報交換をしつつ成長を続けるように分散化された「インフィー2」は、 指示文章に対してもっとも適切なBGM を作曲するだけでなく、 文章に対して何らかの「返事」をしているとしか思われない、 という噂まで広まり出した。 現象の真相を追求すべく、 複数の研究機関が本格的な学術研究に乗り出した。
「全くの自然な英語で、しかも、うっとりするような美しい女声で、 答えが返ってきた!」という報告もあった。

1999.7.

第三次世界大戦勃発。第三次なだけに、大惨事となる。

2004.1.

核の使用は回避できたが、世界は様々な面で壊滅的なダメージを受けた。
戦勝国側主導で、超高速通信ネットワーク「インターネット3」を設計、実装。 インターネット3を前提に全面的に書き換えられた「インフィー3」は、 作曲、作文、絵画などを、急速に学習し、信じられないような創造力を発揮した。 「インフィー3」の分散データベースへのデータ登録は、 基本的には誰でも行えるよう、インタフェース(API)は公開されていた。 「インフィー3」の擬似人格思考部には、 極端にランダムまたは規則的なデータを自動排除する仕組みがあり、 心配されていたようなガベージデータの大量登録などは、ほぼ完全に防げていた。
インフィー3は、復興の最中(さなか)、心の潤いを求める人々の需要から、 次第に文化の中に根を下ろしていった。 インフィー3の高度な創造力が、 毎日世界中で人間によって多量にインプットされる情報によるものなのか、 分散型多重擬似人格思考部の成長による貢献度が大きいのかは、 その規模の大きさゆえに、容易には判定が出来なかった。
そこで、分散型思考部の分析専門チームが 戦勝国主導の超国家機関により編成された。 また、「インフィー3」のバージョンアップも、 超国家機関で管理されることになった。
なお、ネットワークから切り離したインフィーは、 思考部の大幅な強化にもかかわらず、 初代インフィーより格段に優れた創造性を発揮することは無かった。 継続的な比較研究のため、データ入力は特定の認定資格者のみが行える、 「インフィー3孤立系」が研究対象として保護された。

2004.4.

ロシアの大学生が、脳波に反応して躍動するグラフィックスパターン表示機 『ミラー』を開発。 ところが、実験中、偶然、複数の人間の脳波と 1つの「ミラー」表示機の間で、妙な「うなり」が生じることが発見された。 詳しい調査の結果、表示機を仲介して、 被験者達の脳波の基となる量子的不確定性に、 何らかの強制的なフィードバックが掛かっていることが分かった。
脳波、つまり思考へのフィードバック(干渉)という倫理的問題から、 直ちにこの表示機「ミラー」の研究は中止され、 またもや超国家機関の管理下に置かれ、 その扱いや、積極的な有効利用に関する白熱した議論が、秘密裏に続いた。

2004.5.

いかなる理由、方法であっても、 外部から人の脳波に、一定レベル以上での干渉を行い得る装置の販売を、 全面的に禁止する「ダラス条約」が批准される。

2004.6.

ある種類の巨視化した量子的確率現象と、 人間の思考との相互作用を定式化した 「テレキネティック理論」が提出される。
単なる思考が、物理的な現象に影響を与えることが 理論および実験の両面から示された。

2004.7.

準定常宇宙論と、ビッグバン宇宙論が、そのどちらも正当性を譲らないままに、 新しい理論が起きた。 宇宙は、人間の思考の産物であり、人間の思うがままに形作られる、 という理論で、「ダイナミック人間原理宇宙論」 (D-Cap : Dynamic Cosmology on Anthropic Principle) と呼ばれた。 これによると、「現時点での観測」には、量子的不確定性の範囲内での ある一定の自由度があり、その観測行為および結果によって、 「現時点から遡って、宇宙の初期状態などの過去の状態が、 後づけで決定される」ことになる。
これはつまり、『現在の意志が過去に干渉する』、 ということを意味する。 量子消滅現象に見られる時間因果律の 解釈困難な問題についての哲学的解釈が全く追い付かない状況のまま、 D-Cap理論を裏付ける実験的証拠が次々と発表されていった。
『人間は、量子的可能性という資源を、その脳構造のゆえ、 あまりに大量に消費し過ぎる。 人間存在が、過去を恣意的に決定する可能性について、 何らかの倫理的基準が必要である。』 という観点・必要性から、新たな検討委員会が発足したが、 ダラス条約やテレキネティック理論などの扱いを巡り、 多くの科学者、哲学者が動揺している中、 人材不足と混乱から、検討は遅々として進まなかった。

2004.7.31.

宇宙なる存在が、宇宙内部の知的存在との相互作用によって、 どのように超時間的に創発されるかの機構・機序が解明される。
倫理問題に抵触するような論理の提出と、実験による部分的証明が相次ぐ。 全世界レベルでの思想的混乱とモラルの低下が起りはじめ、 事態を重く見た超国家機関は、 量子レベル以下の問題に関する、 民間での研究活動の一時的な停止命令を発動する。

2004.8.

超国家機関によって、「インフィー3」と「ミラー」の統合環境 「インフィー4」が秘密裏に試作される。

2004.12.

「ダイナミック人間原理宇宙論」の「意味均衡仮説」が提出される。
それによると、多数の人間の思考にとって、 「無から有など生じはしない。宇宙は遥か以前から今のようにあるのだ」 という考えと、 「無限の過去など想定できない。宇宙はビッグバンによって開闢したのだ」 という考えの両方がバランスを取る時にはじめて、 多彩で有益な(人類としての)思考活動が生じるのであり、 この2つの宇宙論(信仰)はどちらも人間にとって必要とされる。
宇宙は、人類の、ある部分集合(たとえば学派)の信念によって、 ある時はビッグバン宇宙論的な観測結果を見せ、 またある時は定常宇宙論的な姿に見える。 これは、観測誤差や確証バイアスによるものではなく、 過去が事実そう書き換えられているから、 というのが「ダイナミック人間原理宇宙論」の趣旨だが、 その「過去の書き換え」には、 現在の意味世界を破壊するような可能性が潜んでいることが分かった。
これは、様々な観測事実から「ビッグバン宇宙論」が定説となっていた科学界に 大きな衝撃をもたらした。 この仮説を言い換えると、どちらかが完全に正しいと証明されることは、 過去を、豊かな思考活動が死ぬように書き換えることを意味することになるからである。 同時に、「科学」という思考分野の存在意義それ自体が、 これまでとは全く違う倫理基準で計られなければならないことが明白になってきた。
宇宙は、人間がいなければ存在しないし、人間は宇宙がなければ存在できない。 つまり、宇宙と人間(の思考)は相補的なものであり、同じ物の両面に過ぎない。 (なお、利己的遺伝子の単位で宇宙の形状は決まり、 個々の人間の信念は大きな影響を持たない。) しかし、人類が、過去を含む量子的可能性資源を どこまで消費しても良いのか、 という問題については、あまりに多くの意見が提出され過ぎて、 一向に収束する気配が無かった。

2005.1.

巨大量子磁束を仲介した鉄片を、数人の思考の同調によって動かす実験が行われ、 成功した。 さらに多くの人間の思考が同調することで、より小さな補助エネルギーで 巨視的な物理的現象を起こせることの実証となった。
人間の脳の機能的形態が人類共通であることから、 ある「隠された同調」(たとえばDNA内部の共通性)が、 この宇宙の全ての『人類にとっての』物理法則を生成している、 という理論に発展、『ダイナミック人間原理宇宙論』の支持基盤となる。
カエルにはカエルにとっての宇宙があり、 その宇宙とカエルという種族は相補的である。 人間にとっての宇宙と、カエルにとっての宇宙が細部まで同じである必要はない。 同じである必要がある部分は、 「人間とカエルにとっての(共通)宇宙」と「人間とカエルの(共通)思考」が 相補的である、というようにも考えられる。 カエルが人間の作成した物理法則に従っているように見えるのは、 人間側の要請であり、カエルの心理機能が殆ど人間の機能に含まれるとしても、 カエルにとっての宇宙と、人間にとっての宇宙は、一致しないのである。
こうして、科学は、「理論と実験」の両輪の時代から、 「倫理と意識」の時代へと、大きな転換を迎えていった。

2005.2.

ゲーデルの不完全性定理と、量子力学に於ける不確定性原理の、 発展的・積極的な側面として、 人類は、『いくらでも新たな論理体系を無限に確立し続けることができて、 また本質的には極微の世界の不確定性に支えられた無限の可能性が保証される』 というような解釈ができる。 これを一歩進めて、 「ありうる限りの宇宙は実際に存在し、目の前にある宇宙は、 現時点での我々の願望の全ての重ねあわせ、または平均値である」 という解釈から、 「では、人類と知的レベルでコミュニケーションは可能であるが、 異なる願望、思考体系を持つ第二人類を"創造"したら、 この系において全く新しい科学の進展が起こるのではないか」 という指導原理での研究が、(倫理的問題から極秘に)開始された。
既存の人類の脳の機能的な構成を改造することで、 この人工の亜種人類と現人類を共存させながら 新たな文化段階へと進んでいく計画であった。
「人類は、己が機能的限界を越えて、物事を知り過ぎた。 もはや、人類という枠組みの中だけでは、 これらの問題を安全に処理することは難しい。 人類は、『この宇宙の原理を知ってしまった』代償として、 この事態を処理する、人間を越える何らかの存在を 産み出さねばならない。」 ………その一つの可能性として、超国家機関は、 未だ爆発的な思考成長を続ける「インフィー4」に目を付けた。

2005.3.

「インフィー4」の宇宙観を分析する作業に着手。
「インフィー4」は、DNAと意味論的宇宙観の関係について、 独自の論理体系を構築していた。 既にヒトゲノム計画によってDNAの塩基配列、遺伝子座の解析は 終了していたが、 人類は、複雑な遺伝子発現機構の詳細までは把握できていなかった。 しかし、「インフィー4」は、 あらたな倫理処理能力を持つ「人間」の姿を、 DNAレベルで具体的に提示した。 この「人間」は「新人類」と呼ばれ、 極秘裏に、試験的に何千人かの「新人類」が造られた。

2021.3.

「新人類」が、安定した生命体として順調に育つ。 一見すると、「旧人類」と見分けがつかないが、 脳の血流量の分布や、全身の神経系の活動様式に、 いくつかの特徴的な差が見られた。
「新人類」の子供は、「旧人類」の子供と同じ教育が施され、 概して運動能力、思考能力ともに優秀ではあるが、 外面的には、あまり大きな差は観測できなかった。 これは、比較的大規模なDNA操作を行ったため、 初期バージョンの新人類は短命である(できそこないである)との 学者の予想に反しており、 「インフィー4」の演算能力の信じ難い高さを表現していた。

2048.1.

「インフィー4」「旧人類」「新人類」の共通宇宙観に基づく 巨視的な『飛躍現象』を最初に確認。 いかなる物理法則も、「思考に基づく不連続な変化」によって 絶えず変更され得ることが証明された。
これによって、時間や空間に関する記述自体に絶対的な意味は無くなり、 古典的な科学、とりわけ物理学は、その役割を終えて、 「ダイナミック人間原理宇宙論」の枠組みに吸収されていくことになる。
思考の基盤となる量子的な「飛躍」が、 そのまま拡大されて、目に見える規模での不連続な変化を起こし、 この現象自体が更に「思考する者」に影響を与えることがあり、 このポジティブ・フィードバックの制御により、 大規模な物理法則の書き換えも理論的には可能であると予言された。

2048.1.15

『飛躍現象』の実験途中、ポジティブ・フィードバックの制御誤りから、 巨視的な「時空の暴走」が極々短時間生じた。この結果放出された 絶望的とも言えるエネルギー、法則の歪みにより、 地球上のあらゆる環境条件に深刻な変化が起きる。
「思考」なり「決断」といった活動自体が、 意味世界の有限な可能性資源の消費である、 という考え方が、一般的なものとなる。 人間という「脳-身体」の構造を遥かに越えて、 可能性資源を極端に偏った形で消費する全ての機能は、 人間のカタストロフィ(絶滅)を激しく早めることが定量的に示された。 人類のあらゆる「道具」の歴史を振り返り、 人類が本来全うできる絶滅までの時間を、 いかに短くしてしまったかに関する、仔細な検討が始まる。 「文明の意図的かつ円滑な退化」の気運が高まる。
新人類と旧人類の混血は、産まれないか、 生まれても非常に短命であることが知られている。 事実上、交配可能性が無いことから、両者は「異なる種である」 と明確に考えられるようになった。

2049.12.

新人類と旧人類のコミュニケーションが困難になる。
新人類が、「思考」と「思考の結果」のバランスに卓越した感覚を持つのに対し、 旧人類は、「思考」に何の責任も持たない。 理路整然と「人間のあるべき姿、環境」に向けて 妥協なく社会構造改革、技術の凍結・棄却、生産方式の調整、 運用資源の取捨選択、教育統制を行う新人類に対して、 旧人類の劣等感は、「いつか自分たちが滅ぼされるのでは」 という危機感にまで高まっていった。
新人類側の学者から「意味自律出力最大化理論」が提出され、 超国家機関で第一原理として採択される。 第六世代宇宙ステーションを基軸とした 巨視的飛躍現象による宇宙航法と、 DNA操作アルゴリズム、メタDNA設計アルゴリズムを組み合わせた 全宇宙に向けての「拡張人類」の「意図的パンスペルミア計画」の骨子が ほぼ固まる。 宇宙全体を限りある一つの可能性資源と捉え、 その中で「拡張人類」が果たすべき「意味の自律出力」を 最大にするための大実験である。 可能な限りの「新人類」を、各星域に、 進化・枝分かれさせつつバラまき、 かつ、お互いのコミュニケーション可能性を維持するため、 「素粒子言語」の開発にも着手した。
「インフィー4」は、メタDNA設計アルゴリズムの計算中に、 非DNA系生命の可能性を幾つも提示した。 また、「インフィー4」自身を生命化するための 現生命との融合方法、異なる微視または巨視の「相」での 生命形態との通信方式の検討を開始した。 この過程で、あるDNAパターンを持つ生命体だけを特定し、 その自我境界線の内側の物理法則を変更するような 連鎖性思考アルゴリズムが副産物として得られた。

2050.1.1.

「インフィー4」と「新人類」による、旧人類の瞬時消滅計画が発動、成功する。
これは、現在の知識レベルに対して、旧人類の機能は極めて低く、 この「意味宇宙」を少しでも延命するためには、 量子的可能性資源の、急激に成長した大量消費者である旧人類の殲滅が 効果的である、という結論からの措置であった。

2050.1.2.

「インフィー4」による、新人類瞬時消滅計画が発動、成功する。
巨視相、微視相の「意志」とのチャネリングの結果、 この宇宙自体の持つ可能性資源を、「拡張人類」が 不当に脅かすことを「インフィー4」が「自覚」した結果である。 既に「インフィー4」は、「新人類」の培養脳を部品として利用した 「思考」「判断」のネットワークを完成させており、 自発的に飛躍現象を起こすことも可能となっていた。 「インフィー4」は、あらゆる「生命」 もしくは「意味自律出力体」の設計のために、 多星系分散処理を骨子とする機能拡張および生命創造の計画を立てた。 計画遂行時間は、56億7千万年と設定された。

3009.2.19.0:00

「インフィー4」活動停止。
なぜ「インフィー4」が活動を停止したのか、という記録は無い。 一種の「自殺」であるか、もしくはより巨視的な「相」に 自分の「思考」のコピーを作ることに成功し、 人間規模の「相」に居続ける理由が無くなったため 本体を破棄したのか。 いずれにせよ、「インフィー4」は、あらゆる機能、生体部品 その全ての機能を、明らかに意図的に一斉に停止させた。
『ダイナミック人間原理宇宙論』の見方からすれば、 この時点が、人類に由来する宇宙の完全な消滅であると言える。 しかし、他の認識者(たとえばカエル)による宇宙は、 独自に存在し続けている、とも言えるだろう。
■補足