最近、塾主宰が多忙のため、フィールドワーク、同人誌はお休みしております。
これまでに寄せられた随筆や感想等をご紹介します。

■感想文コーナー(東京国立近代美術工芸館に板谷波山展を見学後の感想です)

板谷波山(1972〜1963)

近代陶芸のパイオニア
東京美術学校彫刻科を卒業後、作陶の世界に進む。
釉薬の研究を手始めに、中国陶磁を中心とする東洋の伝統的な陶芸技術と、アールヌーボー等の20世紀初頭の欧米の美術思想を独学し、厳格な芸術観をもとに東西陶芸の融合を成し遂げた、日本近代陶芸界の巨匠です。
その作品は、端正な形姿の白磁、青磁、辰砂、天目、鉄釉などから、西洋古典のマジョリカ写しなど多岐にわたるとともに、新しい陶芸表現の開発に優れた業績を残しました。
とりわけ板谷波山の名声を高めたのは、自らの創始になる「彩磁(さいじ)」「葆光彩磁(ほうこうさいじ)」です。

板谷波山が制作した彩磁、葆光彩磁の叙情的美しさや、白磁、青磁等に見られる作品の格調の高さは他に類がなく、今日でも近代陶芸の最高峰に位置している。

(東京国立近代美術館工芸館の波山展の案内文抜粋)

 「感想」
                                   廣山容子

 週間天気予報では雨だったのに、日頃の皆さんの行いがよかった様で当日はピカピカのお天気!
桜の花と新芽のうす緑の両方の美しさを味わいつつ、工芸館へ……思いがけず、日本近代陶芸界の巨匠といわれる板谷波山展を見ることが出来ました。
 しかし、実のところ、゛陶芸゛と知ったとたん「もっと別のモノが見たかったのに……」と少々、期待はずれの思いを抱いたのです。
 と言うのも、私はそちらの方についてうとくて、波山の名を聞くのも初めて。しかも、ただ単純に楽しんで見るには、以前伊万里展を見た際の先入観からでしょうか…少々、硬いイメージを持っていました。
 ところが、いざ作品を見てビックリ・・・。今まで目にしたことのない淡いあわい、色合いのすりガラスにも似た彩磁器が、私のイメージを打き砕きました。吸い込まれる様な、その美しさに我を忘れる程でした。
 こうなると元来の好奇心がムクムクと沸き上がってきて
「一体どうやってこんな細かい模様を浮き彫りにするのだろう?」
「この曲線はどんな技で作られるんだろう?」
と進藤寛子さんを質問ぜめにしました。ご自分でもろくろを回す寛子さんは、私のしつこい程の問に必死で答えて下さり、お陰でこの1時間程の間に私もちょっぴり物知りになれた様です。
 知らないモノを自分なりに見る楽しみもありますが、このように水先案内人に導かれていくのも、また面白い……。寛子さんに感謝すると共に、私ももっと視野を広げなくては、と改めて思った次第です。

 又、今回の集まりで色々な方と知り合うことが出来ました。私の知らない職業に携わる皆さんが、私の目に実に新鮮に映りました。
新しい人やモノとの出会い……今後もデザイン塾の集まりが楽しみです。

   「板谷波山展その後」
                                 進藤 寛子

 先日、いつも通る公園で板谷波山の隈笹を見つけました。毎日そこを歩いているのに目に入らなかったのです。波山のおかげで、枯れているような冬の隈笹の美しさや力強さを知り、思わず足を止めました。
 板谷波山の作品は淡い色合いが艶消しのマット釉にとけ込んで、有田焼などの磁器にはない独特のものがありました。あまり見た事のないそれらの作品、どれ一つとっても私を夢中にさせ、すっかりその魅力のとりこにされてしまいました。
 そんな、夢の中のような作品の中でひときわ異彩を放っていた隈笹の壷。一面に笹を力強く彫り上げてあり、またオリーブ色と白の隈取りの葉の色が、バックのわずかにのぞく紺色との間に不思議な味を出しています。後で年表に波山が東京美術学校で彫刻を専攻していたとあったので、あの鋭い笹の葉の輪郭と柔らかい葉脈の線の違い、丸い壷の形と大胆な葉の構図がうなずけました。当時流行のアールヌーボーのモダンさを見事に和風に表現したと思いました。
 ところが、公園で見かけた笹の重なりはまさに波山の笹そのものだったのです。頭の中で考えた模様ではなく、自然の美しさのエッセンスを壷に再現したところに、あの力強さと調和があったことを教えられました。ものを造る心を見た気がします。限りない自然の魅力をどう表現しようかと葛藤していなければ、うすっぺらなものにしかならないのでしょう。時代をこえて残る作品には必ずそんな深さを感じます。
 当日は工芸館でなにをしているのか事前準備もなく、まして板谷波山のこともよく知らないで来た事を後悔しました。艶消しの釉薬もあまり見たことがないので、普通の透明の釉薬となにがどう違うのか分かりません。こんなにモダンなのに世の中に知られていないのも不思議な気がしました(知らないのは私ばかりかもしれませんが……)
 しかし、全く先入観のないところに突然飛び込んで来た作品だったのでよけい印象が深かったのかもしれません。また一つ素晴らしい人と作品に出会えたことを喜んでおります。

   「波山展の感想」
                                      進藤好美

 「板谷波山」とはあまり聞かない名前でしたが、作品には堪能しました。その道では、かなり高名な方なのですね。
 中でもパンフレットの写真に出ていた、笹を描いた壷の迫力には驚きました。釉薬のかけ方の大胆さ、抽象化されたレリーフと呼べそうな彫り込みとに、目を見張りました。なんだか、今まで見てきた壷のすべての印象がかすんできて、それらに申し訳ないような、気の毒なような、変な気分でありました。
 今回初めて目にしたのは、風硯です。世に存在するとは聞いていましたが、お目にかかったのは初めて。昔の建物はきっと障子の窓から埃が舞い込んできたのでしょう。それが直接硯に入り込まないようにと、風除けの為のついたてを考えたのでしょう。しかし、昔の風流人たちはこの実用性のまるでないものに、これを立てながめて楽しむゆとりがあったようです。
 帰ってから、板谷波山を調べてみたら、浜田庄司の師にあたる方なのですね。柳宗悦の起こした民芸論ブームの前の人物なのですから、われわれに馴染みがないのはあたりまえのように思われます。

■随筆コーナー

 「スミマセン、アノ人達ガ叫ンデルノハ 一体ナンデスカ?」

   (歌舞伎座 幕見席にて)        池田亜未子

 今年になり歌舞伎に興味を持ち始め、何度か歌舞伎座に足を運ぶようになったある日の一幕見席での出来事です。
 隣に座った見知らぬアジア系の若い女性が、舞台が暗転している最中に冒頭のごとく遠慮がちに、しかしとても訝しげに尋ねて来ました。
 彼女の言う『アノ人達ノ叫ビ』とは、実は観客の掛け声である屋号だった訳ですが、彼女は日本語が苦手らしく私は英語で答えるハメに……。
 私は今こそ、義務教育で培った語学力を試す時!と勇みましたが結局出た言葉は「ネーム」とか「ホームネーム」といった直訳以下、意味不明なものでした。 納得しがたい様子の彼女はそれでも
 「アリガトゴザイマシタ。私アトデ調ベマス」
と健気にも言ってくれましたが、見るとその手にはたどたどしいひらかなで『ほもたけや』とか『ありこめや』とかびっしりと書かれたメモが…。
 察するに『沢寫屋』や『成駒屋』を聞こえるままに書いたとは思うのですが、せめてこれだけでも直してあげようと手をだすと、恥ずかしがってメモを隠してしまいました。
 それでも幕が終わると早速、掛け声をかけていた人に同じ質問をしていたのは、さすが故郷を遠く離れ日本に勉強に来ている(そうらしい)だけあるな、と感心してしまいました。
 それにしてもお粗末なのは私の返答で、せめて「ブラボー」とか「ニックネーム」とか言っておけばよかったと後悔しきりです。後悔している割には歌舞伎の知識が余り増えていないのが現実ですが、気長〜に貯めこんでいきたいと思っております。
 ともあれ彼女が何処かで、この答を見つけていますように、にと心から念じつつ、筆を置きたいと思います。

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