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   幕末維新年表 幕末期(1868〜1878)
 
1868年 慶応4年・明治元年
  
 1月 1日徳川慶喜、諸藩に討薩の出兵を、大目付には討薩の表を持って上京するよう命じる。
 1月 2日幕府諸藩連合軍15000、大坂を出発し京都へ向かう。
 1月 2日薩摩藩船平運丸を幕府軍開陽丸・蟠龍丸が砲撃。
 1月 3日幕府諸藩連合軍、伏見に到着し、伏見奉行所を本営とする。城南宮を拠点とした薩長軍と対峙。夕刻幕府軍別働隊と薩長軍が鳥羽で衝突。戊辰戦争が始まる。
 1月 4日嘉彰親王が薩長軍本営に入り、事実上の官軍となる。鳥羽・伏見激戦。
 1月 5日淀藩、主君不在のまま官軍方へ付く。
 1月 6日津藩、官軍方へ付く。徳川軍大坂へ退却。
 1月 6日徳川慶喜、夜半に大坂城を脱出、一旦、米艦に入り、続いて幕軍軍艦に乗る。
 1月 7日徳川慶喜、江戸へ向けて密かに出港。新政府、徳川慶喜追討令を出す。
 1月 9日明治天皇即位。
 1月 9日官軍、大坂城を占領。
 1月10日新政府、徳川慶喜以下の官位を奪い、幕府領を直轄領と決定する。
 1月11日神戸で岡山藩兵とフランス水兵が衝突。
 1月12日年貢半減令が出される。
 1月12日島津氏、朝廷から500両を下賜され、戦死者を祀る。
 1月15日新政府外国事務取調掛の東久世通禧が、兵庫で各国公使と会見し、王政復古の国書を手渡す。
 1月17日仙台藩に会津藩追討の勅命が出される。
 1月19日フランス公使ロッシュ、江戸城で徳川慶喜と会見し、再度の挙兵を促すも拒否される。
 1月25日英米仏蘭伊普6カ国が、日本内戦に対し局外中立を宣言。
 1月29日新政府、京大坂の豪商に会計基立金として3000000両の献金を命じる。
 2月 3日新政府、徳川慶喜親征の詔を発布。
 2月 6日新政府、西国22藩に従軍令を発す。
 2月 9日新政府、大総督府・諸道総督府を設置。有栖川宮熾仁親王を東征大総督として東海道軍・東山道軍・北陸道軍の総指揮官とする。
 2月12日徳川慶喜、江戸城を出て上野寛永寺へ移り謹慎。恭順派は和戦両面の計画を進める。
 2月13日先鋒総督に岩倉具定、総督府参謀に伊地知正治、乾退助が就任。
 2月14日西郷隆盛、東征大総督府参謀となる。
 2月15日堺で乱暴を働いたフランス水兵を土佐藩士が銃撃。死傷者が出る。
 2月23日新政府機関誌「太政官日誌」創刊。
 2月23日旧幕臣からなる彰義隊が上野山を占拠する。
 2月23日堺妙国寺でフランス兵を射殺した土佐藩士の処刑がフランス軍艦艦長の立ち会いで行われるが、切腹の凄惨な場面により中止される。
 2月24日中外新聞創刊。
 2月29日仙台藩に会津征討令が到着。
 2月30日フランス公使とオランダ代理公使が参内、イギリス公使パークスは、参内途上に襲撃される。
 3月 3日諏訪で新政府赤報隊の相楽総三ら8人が処刑される。
 3月 6日大総督府、江戸城総攻撃を指令する。
 3月 6日甲州勝沼で新政府軍と近藤勇率いる甲陽鎮撫隊が衝突。
 3月 9日勝海舟、山岡鉄舟と捕虜の益満休乃助を西郷隆盛の元へ派遣。
 3月 9日下野梁田で新政府軍と旧幕軍が衝突。
 3月13日高輪薩摩藩邸で西郷隆盛と勝海舟が江戸開城交渉を行う。
 3月14日西郷隆盛、江戸総攻撃を中止。
 3月14日天皇、五箇条の誓文を宣言。
 3月15日新政府、旧幕府高札の撤去、五榜の掲示を示す。
 3月15日川路聖謨自殺。
 3月19日奥羽鎮撫総督九条道孝、上参謀醍醐忠敬ら、仙台藩に出兵を求めるため、松島に到着。
 3月20日朝廷、慶喜謹慎、江戸城明け渡しを受ける。
 3月21日天皇、大阪へ行幸。
 3月28日新政府、神仏分離令を決定。以後、全国で仏教施設・仏具の破壊運動が起こる。
 3月29日田安亀之助、徳川宗家を相続。後の徳川家達。
 4月 1日日吉天王社に武装神官が進入し、仏具や教典などを焼き捨てる。
 4月 4日東海道先鋒軍、江戸城に入る。
 4月 5日流山で旧幕府軍敗北。
 4月 7日徳川慶喜、勅命奉承の奉答。
 4月11日新政府軍に江戸城を引き渡して、徳川慶喜は水戸へ移る。
 4月11日大鳥圭介、旧幕軍洋式部隊「伝習隊」らを率いて江戸を離れる。
 4月15日徳川慶喜、水戸に到着し謹慎生活に入る。
 4月19日大鳥圭介を率いる伝習隊、宇都宮城を奪取する。
 4月21日東征大総督府、江戸入城。
 4月23日宇都宮城攻防戦。旧幕軍敗北し、会津、日光へ退却。
 4月25日ハワイ移民が始まる。
 4月25日近藤勇処刑される。
 4月 福沢諭吉、英学塾を移転して慶應義塾と改称。
 4月 神田に西洋洗濯店が開業。
閏4月 1日イギリス公使パークスが天皇に信任状を提出し、イギリス政府は新政府を承認。
閏4月 1日大鳥圭介、会津藩客将総督に就任。
閏4月 3日江湖新聞創刊。
閏4月 3日市川・船橋で新政府軍と幕府洋式部隊義軍府部隊が衝突。義軍府部隊敗北し撤退。
閏4月 4日仙台、米沢両藩、会津救済のための白石会議を招請。
閏4月 7日新政府軍、下総で掃討戦を展開。
閏4月 8日天皇、京へ還幸。
閏4月 8日新政府軍の攻勢で、義軍府部隊四散。
閏4月 9日新政府軍参謀世良修蔵、白河城に入る。
閏4月11日バンリード、邦字新聞もしほ草を創刊。
閏4月17日浦上キリシタン信徒4010人が逮捕される。
閏4月19日新政府の対応に反発した仙台藩士ら、新政府側参謀世良修蔵を襲撃する。
閏4月20日世良修蔵処刑される。白河城は東北諸藩軍の手に。
閏4月21日新政府、大人事異動を行う。
閏4月22日東北25藩による奥羽列藩同盟成立。
閏4月25日白河城攻防戦。一進一退。
閏4月27日新政府、3職7科8局制を改め、太政官制度三権分立を定める。
閏4月28日小倉藩、佐賀藩の藩兵が、軟禁状態の鎮撫総督九条道孝らを救助するため、仙台に入る。
 5月 1日白河城攻防戦。同盟軍大敗。城は落ちず。
 5月 2日新政府と長岡藩、交渉を行うも決裂。
 5月 4日長岡藩、奥羽列藩同盟に参加。
 5月 6日北陸5藩、奥羽列藩同盟に参加し、奥羽越列藩同盟が成立。
 5月15日上野の彰義隊に大村益次郎率いる新政府軍が総攻撃を行う。彰義隊は敗走し付近の1200戸が焼失。
 5月15日太政官札5種が発行される。
 5月15日板垣退助、土佐藩兵を率いて、白河入城。
 5月16日中外新聞が上野戦争の号外を発行。
 5月18日江湖新聞の福地源一郎が新聞に掲載した「強弱論」で逮捕される。
 5月19日長岡城下で新政府軍と長岡藩が戦闘。
 5月24日徳川家達、駿河府中70万石に封じられる。
 5月28日旧幕軍方の輪王寺宮、幕軍艦長鯨丸で常陸平潟に上陸。会津へ向かう。
 6月 2日列藩同盟軍、長岡近郊の今町で政府軍を撃破。
 6月 5日薩摩、佐土原の両島津藩主、出陣のため宮中に参内。
 6月 6日輪王寺宮、会津に入る。
 6月12日奥羽越列藩同盟、新潟で新政権構想会議。輪王寺宮を即位させる計画。
 6月14日島津藩主忠義に代わり、島津広兼が総督として新兵を率い薩摩から出兵。
 6月15日列藩同盟、盟主に輪王寺宮を推戴。
 6月16日木梨精一郎、増援部隊を率いて平潟に上陸。
 この頃、四条隆謌を平潟口総督、正親町公菫を白河口総督に任命。
 6月20日新政府軍増援部隊、平に集結。
 6月24日乾退助、棚倉城を攻略。
 6月25日守山藩、新政府軍に降伏。
 6月28日新政府軍の島津増援部隊江戸に入る。
 6月28日泉城陥落。同日、相馬藩が同盟を脱退。
 6月29日湯長谷城陥落。
 7月 1日平城攻防戦始まる。
 7月 5日新政府軍の佐土原と大村の藩兵が、平潟口へ出兵。
 7月 6日新政府軍の庄内藩攻略戦が始まる。
 7月13日平城陥落。
 7月14日庄内藩軍、新庄を占領。
 7月15日この頃、奥羽越列藩同盟、公議府を設置。
 7月16日三春藩、同盟を脱退。
 7月17日江戸を東亰(のち東京)、京を西京と改称。
 7月21日柏崎港に新政府軍の軍艦5隻が入港。
 7月24日長岡藩軍、長岡城を奪還。
 7月27日三春藩、新政府軍に降伏。新政府軍、三春に集結。
 7月29日新潟港が新政府軍の手に落ち、続いて長岡城も再度陥落する。
 7月29日二本松城攻防戦。二本松城は陥落し藩軍は壊滅。城主丹羽長国は、米沢へ。
 8月 6日相馬中村藩降伏。
 8月 7日総督四条隆謌、相馬中村へ入城。
 8月 9日南部藩軍、大館を占領。
 8月11日庄内藩軍、横手を占領。秋田へ向けて進軍を開始する。
 8月15日新政府軍、会津攻略のため、軍を二本松に集結。
 8月16日長岡藩軍を率いた河井継之助、戦傷が元で死亡。
 8月19日榎本武揚ら旧幕臣、軍艦8隻で江戸を離れる。
 8月21日新政府軍、母成峠で、同盟軍を撃破、若松城下へ進軍。
 8月23日新政府軍、会津城を包囲。城下に火を放ち、それを見た白虎隊士が自刃。
 8月25日会津若松の鶴ヶ城攻防戦始まる。
 8月26日大川大蔵ら、敵前を通って鶴ヶ城へ入り、城内軍事総督となる。
 8月26日榎本武揚艦隊の軍艦開陽、松島に到着。
 8月26日新政府、天皇の誕生日を天長節と定める。
 8月27日明治天皇即位の令が行われる。
 8月29日佐川官兵衛ら、鶴ヶ城を出撃、米沢へと向かうが失敗。
 8月 築地ホテル館竣工。
 9月 初旬、新政府軍の攻勢が始まる。
 9月 2日列藩同盟、仙台青葉城で会議。榎本武揚は主戦論を展開。
 9月 4日米沢藩降伏。
 9月 8日明治と改元され、以降一世一元の制となる。
 9月 8日二本松藩正式降伏。
 9月12日新政府軍、米沢へ入城。
 9月13日仙台藩降伏を決定。
 9月16日新政府軍、鶴ヶ城を総攻撃。降伏勧告を行う。
 9月17日上ノ山藩降伏。
 9月18日仙台藩、棚倉藩、天童藩、松村藩が降伏。
 9月19日乾退助ら、22日を期限として鶴ヶ城側に開城を要求。
 9月20日天皇、東京行幸へ出発。
 9月22日会津藩降伏。
 9月23日庄内藩が降伏を示唆。
 9月24日川手文治郎、生神金光大神と名乗る。
 9月24日庄内藩、盛岡藩、泉藩、平藩が降伏。
 9月25日南部藩降伏を決定。
 9月26日新政府軍、鶴岡城に入る。
 9月27日新政府、スウェーデン=ノルウェー王国と修好通商航海条約に調印。
10月 2日榎本武揚艦隊、石巻湾を出港。蝦夷地へ向かう。
10月11日南部藩が降伏し東北戦争は終結。
10月20日榎本武揚ら、蝦夷地に到着。
10月25日榎本武揚ら、松前・弘前藩兵を破って五稜郭に入る。
11月 5日榎本軍により、松前藩の福山城陥落。
11月13日火刑・磔刑が禁止される。
11月15日蝦夷軍江差占領作戦で、江差占領に成功するが新造軍艦開陽を失う。
11月19日東京開市し築地に外国人居留地がつくられる。
11月19日新潟開港。
12月15日蝦夷政府、武士階級による選挙を実施し、榎本武揚を総裁に選出。
12月23日富くじ興行禁止。
12月28日各国政府、日本内戦終結と判断し、局外中立を終える。
 
1869年 明治2年
 
 1月 1日最初の洋式灯台観音崎灯台が点灯。
 1月 5日横井小楠が京都丸太町で暗殺される。
 1月14日薩摩・長州・土佐の代表が、版籍奉還で一致。
 1月17日開成所の授業が開始される。
 1月20日薩長土肥の連署で4藩の版籍奉還の上表を行う。
 1月20日諸道の関所廃止。
 1月24日宮中の歌会始が復活。
 1月中山みきが「おふでさき」を始める。
 2月 5日新政府、小学校の設置を奨励。
 2月 5日新政府、造幣司を廃止して、造幣局を設置する。
 2月 8日新聞紙印行条例が制定される。
 2月19日東京府が市中風俗矯正の布告を出す。
 2月20日新政府軍艦春日丸、宮古湾に入る。
 2月22日外国官通商司を設置する。
 2月24日天皇が東京に滞在する際は、太政官も東京に移すことになり事実上東京を首都とすることになる。
 2月25日蝦夷軍の軍艦回天、宮古湾に侵入し、春日丸、高尾丸と交戦。
 2月26日回天、青森港に入る。
 2月鬼面山谷五郎、明治最初の横綱となる。
 3月 7日天皇、再度東京へ行幸に向かう。
 3月 7日公議所設置。
 3月 9日新政府軍、東京にいた部隊を増援として出発させる。
 3月20日史料編輯国史校正局設置。
 3月25日蝦夷政府軍、軍艦回天・高尾・幡龍を宮古湾に派遣するも、嵐で回天のみ宮古に到着し、新政府軍艦8隻の奪取に失敗する。高尾は政府側軍艦陽春に敗北して降伏。
 4月 9日新政府軍、乙部に上陸。
 4月16日新政府軍、江差に上陸。
 4月17日松前城陥落。
 4月29日蝦夷政府軍矢不来砲台陥落。
 4月 銀座正式地名となる。
 4月 加藤弘之「交易問答」出版。
 5月 1日島津忠鑑、西郷隆盛ら、蝦夷へ向けて鹿児島を出発。
 5月11日新政府軍、陸海両方から五稜郭総攻撃を開始。箱館陥落し土方歳三らも戦死。
 5月13日出版条例が定められる。
 5月13日新政府軍、蝦夷政府に降伏を勧告するも拒否される。
 5月15日新政府軍、五稜郭総攻撃を再開。弁天崎砲台と千代ヶ岱砲台が陥落。
 5月16日西郷隆盛ら、品川を出発。
 5月17日榎本武揚ら、新政府軍に降伏する。
 5月18日黒田清隆、榎本武揚を説得し、五稜郭開城。戊辰戦争終結。
 5月21日京都府上京第27番組小学校開校。
 6月 2日戊辰戦争の軍功賞金・章典禄が下賜される。
 6月17日朝廷、諸藩の版籍奉還を勅許、公卿・諸侯を廃止して華族とする。
 6月24日ロシア兵、樺太函泊を占拠。
 6月25日藩知事274人が定まる。
 6月29日招魂社が創建され、戊辰戦争の戦死者を祀る。
 6月 本木昌造、長崎に活版伝習所を設立。
 7月 8日政府、官制を改革し、2官6省とする。同日、昌平校・開成工・医学校をして大学校を設置。また職員令を公布する。
 7月12日5カ国の公使が、外国人に渡った贋札・偽造貨幣について政府と交渉。
 7月17日政府、贋貨幣問題で、正貨と交換を決定。
 7月29日英国王子が紀州藩邸で能を観る。
 7月 政府、神祇官を設置。
 8月 1日イギリス公使パークス、樺太がロシアに狙われていることを外務大輔寺島宗則に指摘。
 8月 3日高崎藩で重税に抵抗する農民が一揆を起こす(高崎五万石一揆)。
 8月 9日横浜の灯明台局と裁判所の間に電信を引き実験を行う。
 8月15日蝦夷地を北海道とし、11国を設置。
 8月25日政府、下馬下乗の制札を廃止し、また皇室紋章の使用を禁止する。
 8月 横浜で大野谷蔵が外国人相手に西洋料理店を開業する。
 9月 4日大村益次郎、京都木屋町で襲撃され重傷を負う。
 9月14日オーストリア=ハンガリー帝国と修好通商航海条約に調印。
10月12日新川県で年貢減免の20000人の一揆が起こる。
10月17日高崎の一揆農民4300人が城下に強訴。
10月20日高崎の一揆農民、岩鼻県へ出訴。岩鼻県知事小室信夫が政府に事の次第を連絡したため、高崎藩は首謀者を逮捕処刑する。
10月英国人フェントン、薩摩藩の依頼で軍楽隊の天皇礼式曲として「君が代」を作曲。
11月 5日大村益次郎死亡。
12月 1日浦上キリスト教徒事件の配流のための乗船が始まる。各国長崎領事、同事件に抗議。
12月 3日木戸孝允は毛利敬親を、大久保利通は島津久光と西郷隆盛を上京させるために帰藩する。
12月 7日大学校を大学、開成校を大学南校、医学校を大学東校とする。
12月 8日浦上キリスト教徒3404人を乗せた汽船2隻が出航。
12月14日大垣藩で凶作による囲米払い下げなどをめぐって騒動が起き、藩兵が発砲し鎮圧する。
12月20日大村暗殺犯の減刑申請が出される。
12月21日ハウエル、The Japan Mailを創刊。
12月25日東京と横浜の間に電信が開通し、事業が始まる。
12月28日東京京橋で大火。3400戸が焼失し、22人が死亡。
12月 ブラガ、The Nagasaki Expressを創刊。
 この年、和泉要助が人力車を考案。
 
1870年 明治3年
  
 1月 3日政府、大教宣布の詔を発する。
 1月 6日政府、ポートマンと旧幕府が交わした鉄道建設計画を破棄。
 1月23日英国人レー、日本政府の海関税と今後建設される鉄道の収入を担保にして、公債をロンドンで公募。
 1月26日奇兵隊の解散に反対する脱退兵1800人が山口藩庁を包囲。
 1月27日日の丸の寸法が定められ、商船に掲げる国旗と決められる。
 1月 仙台亘理支藩主伊達邦成、家臣を引き連れ北海道有珠郡へ移住。
 1月 東京−大阪の定期航路が運行を開始。
 2月 5日華族の染歯や描眉が禁止される。
 2月11日木戸孝允率いる藩兵により脱退兵騒動は鎮圧される。
 2月13日北海道開拓使から樺太開拓使を分離設置。
 2月 政府、ドイツ医学の採用を決定し、大学東校の教授2人の派遣を交渉。
 3月19日政府、鉄道掛を設置。
 3月19日東京府、深川工作場を設置し、紡績の教育を始める。
 3月20日宇和島藩で79ヶ村7452人の農民が大豆銀納減免などを要求する一揆が発生する。
 3月22日和泉要助、前年考案した人力車で営業を開始。
 3月25日政府、東京−横浜間の測量を開始する。
 3月 小菅県に難民救済機関報恩社が設置される。
 3月 本木昌造、長崎に新塾活版製造所を設立。
 4月 3日宇和島農民一揆(野村騒動)を元家老が説得に当たり解散させる。
 4月15日刑死者の死体を使った試し切り、人の臓器密売が禁止される。
 4月24日政府、種痘の実施を各府藩県に命じる。
 4月 肥前藩、ワグネルに依頼して磁器の改良を行う。
 5月 1日ブラック、写真入りの雑誌「The Far East」を創刊。
 5月15日陸軍旗が定められる。
 5月28日集議院が開かれる。
 6月 8日東京府、小学校6つを設置。
 6月19日高島炭坑で坑夫ら400人が騒動を起こし逃亡する。
 7月 7日東本願寺僧侶180人が道路工事に従事するため函館に到着する。
 7月10日政府、盛岡藩知事の辞職を受理して、盛岡県を設置する。
 7月12日国学・漢学派と洋学派が対立して大学本校が閉鎖される。
 7月21日馬場辰猪、英国留学に出発。
 7月23日弘文・淳仁・仲恭の3天皇が追諡をうけ、天皇系譜に加えられる。
 7月27日政府、各藩に人材を貢進生として大学南校に入学させるよう指示を出す。
 7月28日政府、普仏戦争について局外中立宣言を出す。
 8月 2日山県有朋欧州より帰国。
 8月 9日販売鴉片烟律・生鴉片取扱規則を制定し、アヘンを取り締まる。
 8月 松本藩、領民を神道に改宗させる。
 9月 8日越中島での薩摩藩音楽伝習隊の天皇閲兵に君が代が演奏される。
 9月10日政府、藩制改革の布告を出す。
 9月19日政府、平民の苗字使用を許可。
10月 2日陸軍はフランス式、海軍はイギリス式と決定。
10月 9日岩崎弥太郎、土佐開成商社を設立。
10月 9日新律綱領を定める。
10月19日土佐開成商社、東京−大阪−高知間の運航を開始。
10月 菊池大麓はイギリスへ留学に、谷田部良吉らはアメリカへ留学に出発。
11月 4日西周、私塾育英舎を開く。
11月 9日中村正直訳「西国立志編」出版。
11月12日1円本位貨の銀本位制を定める。
11月17日大分県日田郡で雑税撤廃などを求めて農民10000人が騒動を起こす。
11月 京都府、窮民授産所を開設。
12月 8日子安峻ら横浜毎日新聞を創刊。
12月19日中野県で農民が暴動を起こし、県庁を焼き討ちにする。
12月20日新律綱領頒布の上論が出される。
12月22日海外留学生規則を定める。
12月26日謀反の罪により雲井竜雄ら12人処刑。
12月 移民規則が定められる。
12月 西園寺公望・丹羽純一郎、欧米留学に出発。
 
1871 明治4年
 
 1月 9日参議広沢真臣暗殺される。
 1月24日前島密の提案により、東京、京都、大阪で郵便事業が決定する。
 1月 大江卓、民部省にえた・非人の呼称をやめるよう建議。
 2月 8日浅草で大火があり初めて消防ポンプが使用される。
 2月13日政府、薩長土3藩兵を元に親兵編成を決定。
 2月15日造幣寮開業。
 3月 1日郵便制度施行。
 3月 7日外山光輔、謀反容疑で逮捕。
 3月 8日菊間藩で廃仏運動に対する護法一揆が起こる。
 3月14日愛宕通旭、謀反容疑で逮捕。
 3月 伊達邦直、家臣の石狩郡移住を始める。
 3月 慶應義塾、三田に移る。
 4月 4日戸籍法制定。
 4月 7日発明者に一定期間専売権を与える専売略規則制定。
 4月15日政府、大井川など3河川の渡制を定める。
 4月18日平民の乗馬が許可される。
 4月28日プライアン・ピアソン・クロスビーが来日。
 4月 大阪府、大貧院を開設。
 4月 仮名垣魯文「安愚楽鍋」出版。
 5月10日新貨条例を制定し、通貨の単位を円とし、金本位制となる。
 5月 売春業者の新規開業が禁止され、また検診の実施が命ぜられる。
 5月 木戸孝允、「新聞雑誌」を創刊。
 6月18日長崎−上海間の海底電線が開通。
 6月25日木戸孝允以外の参議が辞職し、西郷隆盛が参議に任命される。
 6月26日民部省、対海外電信を開始。
 7月 9日刑部省、弾正台が廃止されて、新たに司法省が設置される。
 7月12日紀州藩岡山兵学寮で午砲を開始。
 7月14日天皇、56藩知事を召して廃藩置県の詔書を出す。これにより261藩は1使3府302県となる。
 7月14日大隈重信と板垣退助が参議に任命される。
 7月18日文部省が設置される。
 7月22日鑑札制度が廃止され、旅行が自由化される。
 7月29日太政官制を改正し、正院・左院・右院が設置される。
 7月29日清帝国と日清修好条規を締結。
 7月 市川権十郎、原田きぬの事件に連座して逮捕される。
 7月 神祇官を神祇省に格下げする。
 7月 石屋川トンネルが完成。
 7月 横浜・神戸・長崎・函館・新潟の開港場に郵便役所が設置される。
 8月 4日広島県で、旧藩主の東京移住に反対する騒動が起こる。
 8月 7日樺太開拓使と北海道開拓使を再統合。
 8月 9日散髪・廃刀の自由が認められる。
 8月23日階級間の結婚が自由化される。
 8月23日京都留守官制が廃止され、事実上東京が首都となる。
 8月28日えた・非人の称が廃止され、身分は平民と同じ扱いとなる。
 8月 宮中の仏教関係品が一掃される。
 9月 1日熊本洋学校開校。
 9月 2日官吏月給制が実施される。
 9月 2日江戸城旧本丸で午砲を撃つことが布告される。
 9月 7日田畑勝手作(栽培の自由化)が許可される。
 9月 9日午砲が実施される。
 9月18日文部省編輯寮開設。
 9月 山尾庸三が盲・聾学校の設立建白書を提出。
10月12日クロスビー、横浜にミッションホームを設立。
10月13日生野県でえたの解放や地租改正反対を訴えて5000人が一揆を起こす。
10月23日東京で羅卒3000人を新採用。
10月28日府県官制を制定。府知事・県知事が定められる。
10月28日普化宗・虚無僧特権が廃止され、尺八も一般化。
10月 北海道有珠郡の本願寺道路が完成する。
11月 2日県知事を県令と改める。
11月12日岩倉具視を特命全権大使とする欧米視察団が横浜を出発し、同行する形で初の女子留学生5人や田中不二麿、中江兆民も留学に出発。
11月13日府県改廃により1使3府72県とする。
11月25日学校が文部省管轄となる。
12月 3日外山光輔と愛宕通旭、切腹。
12月 5日東京−長崎間の郵便業務開始。
12月14日治水事業・道路補修などが民間に開放される。
12月26日司法機関として最初の東京裁判所設置。
12月 共立女学校の設置が決まる。
 
1872年 明治5年
 
 1月10日東海道各駅の伝馬所・貫目改所が廃止され、助郷解散令も出される。
 1月25日岩倉具視、アメリカ大統領グラントと会見。
 1月29日全国戸籍調査実施。総人口は33110825人。
 1月29日卒を士族と平民に分け、新身分制度が確立する。
 1月 文楽軒人形浄瑠璃から文楽座が始まる。
 1月 島地黙雷ら欧米へ向けて出発する。
 2月 1日戸籍法実施。
 2月 8日ブラック、貌刺屈新聞社から日新真事誌を発行。
 2月12日渡航中の大久保利通・伊藤博文が条約改正交渉の全権委任状を得るため、日本へ向かう。
 2月15日土地永代売買解禁。
 2月21日東京日日新聞創刊。
 2月24日地券渡方規則制定。
 2月26日京橋・銀座・築地一帯で大火。
 2月28日兵部省を廃止し、新たに陸軍省、海軍省を設置。
 3月 9日親兵を廃止して近衛兵を設置。
 3月10日第1回京都博覧会開催。
 3月13日天皇、大学東校に行幸。
 3月14日神祇省を廃止し、教部省を設置。
 3月24日大久保・伊藤帰国。
 3月27日神社仏閣の女人禁制を廃止。
 4月 4日信濃川分水工事に従事していた農民が蜂起。
 4月 5日女子の断髪が禁止される。
 4月 9日庄屋・名主を廃止して戸長を置く。
 4月14日新英学校と女紅場が開設される。
 4月15日開拓使仮学校が開校。
 4月25日僧侶の妻帯・肉食・伸髪・平服が許可される。
 4月28日教則3条を布告。
 4月 守田勘弥・河竹新七・桜田治助、第1大区役所で芝居について説諭される。
 5月 7日品川−横浜間で鉄道仮開通。
 5月 8日品川−横浜間で鉄道仮開業。
 5月23日天皇、西国巡幸のため軍艦龍驤で出航。
 5月29日東京師範学校創設決定。
 6月 3日教部省、市村・中村・守田の3座に興行の脚本許可を受けて上演するよう指示。
 6月 4日司法省、犯罪人の写真保管を決定。
 6月17日大久保・伊藤ワシントンに到着。
 6月19日条約改正交渉中止を米国に通告する。
 6月28日自葬を禁止。
 6月29日英米両代理公使、マリア・ルース号の調査を求める。
 6月 フランス女性ラクロット、育児院董女学校を建てる。
 6月 郵便報知新聞創刊。
 7月 1日政府、マリア・ルース号を調査。
 7月 4日政府、すべての土地に地券を交付。
 7月13日青山・渋谷に神葬地を定める。
 7月19日西郷隆盛、陸軍元帥・近衛都督となる。
 7月29日高島嘉右衛門のガス製造所完成。
 8月 3日学制公布。
 8月12日貢租米のすべて金納が認められる。
 8月15日教育費受益者負担が確定。
 8月18日諸派合同の第1回宣教師会議が開催される。
 8月20日関門海峡に海底電信が敷設。
 8月 司法省職務定制が定められる。
 9月 9日鉄道開業式が、台風のため延期される。
 9月12日新橋−横浜間の鉄道開業式が行われる。
 9月13日新橋−横浜間で鉄道営業が開始される。
 9月13日神奈川県権令の大江卓、マリア・ルース号の苦力を解放を命じる。
 9月21日東京府下の劇場に興行免許鑑札を交付。3座以外の芝居も認められる。
 9月29日横浜にガス灯がともる。
 9月 東京師範学校開校。
 9月 東京−大阪間に電信開通。
 9月 大谷光瑩、成島柳北ら欧米視察に出発。
10月 2日政府、人身売買禁止・娼妓年季奉公廃止令を出す。
10月 4日官営富岡製糸場が開業。
10月17日文部省教科書編成掛を置き、編集に着手する。
11月 5日岩倉具視、ビクトリア英女王に謁見。
11月 9日太陽暦の採用を布告。
11月15日神武天皇即位を紀元とし、1月29日を祝日とする。
11月15日国立銀行条例を定める。
11月16日高島炭坑で坑夫が暴動を起こす。
11月28日雑司ヶ谷・駒込に神葬地が定められる。
11月28日全国徴兵の詔書と徴兵告諭が出される。
12月 3日この日を太陽暦明治6年1月1日とする。
 この年、北海道開拓使は、開拓10カ年計画を決定。
 この年、中村正直訳「自由之理」出版。
 
1873年 明治6年
 
 1月10日国民皆兵の徴兵令が発布。
 1月15日政府、各府県に公園候補地を選出する旨の指示をする。
 1月22日尼僧の蓄髪・肉食・婚姻・帰俗の自由が認められる。
 2月 5日年齢計算を満年齢○年○月と数えることを定める。
 2月 7日仇討ちを禁止する。
 2月18日東京−長崎間の有線電信工事が完成する。
 2月24日キリスト教が黙認される。
 2月 高島炭坑で再度暴動が起こる。
 3月 3日皇后、率先してお歯黒・眉墨をやめる。
 3月 4日福井県で真宗宗徒らがキリスト教反対一揆を起こす。
 3月10日郵便料金の全国一律制度が始まる。
 3月14日浦上キリスト教徒の解放が指示される。
 3月14日外国人との結婚解禁。
 3月20日天皇、率先して断髪を行う。
 3月31日ペルー国使が来日し、マリア・ルース号事件の賠償を求める。
 3月 磐前県で風紀を正すためとして念仏踊りなどが禁止される。
 4月10日官吏が公務・外交を妨げる内容を新聞に掲載することを禁止する。
 4月11日金光教の教義が定められる。
 4月 東京京橋に西洋料理精養軒が開業する。
 4月 増上寺が大殿本尊の阿弥陀如来像を台徳院に移して、代わりに皇祖大神を置く。
 4月 柳原鍵吉、浅草で撃剣興行を行う。
 5月 1日ウィーン万国博覧会に、ワグネルが日本御用掛として活動する。佐野常民が担当副総裁となる。
 5月 7日井上馨・渋沢栄一が財政改革を建議。
 5月 8日陸海軍武官官等改正により、元帥を廃止する。
 5月10日元帥称号の廃止により西郷隆盛を陸軍大将とする。
 5月14日井上・渋沢の財政改革建議が日新真事誌に掲載されたことで、ふたりは免官となる。
 5月15日図書縦覧所集書院が開設される。
 5月15日妻の離婚請求が認められる。
 5月26日北条県で徴兵令反対と被差別民の呼称を変更反対を求めて、暴動が起こる。
 5月26日大久保利通帰国。
 5月29日チェンバレン来日。
 5月30日文部省、官費留学生の無断民間就職を禁止。
 6月 2日大阪鎮台兵、北条県の暴動を鎮圧。
 6月 4日四条隆平奈良県令が天皇の写真下賜を願い出て許される。
 6月 9日大蔵省事務総裁の大隈重信が会計見込書を作成し発表する。
 6月11日第一国立銀行設立(国立とは国家設立認可のこと)。
 6月14日政府、マリア・ルース号事件に関してペルーへの賠償を拒否する。
 6月16日福岡県で米価値上がりに反対する100000人が参加する大暴動が起こる。
 6月21日福岡県の暴動農民が県庁に乱入し多数の死亡者が出る。
 7月23日木戸孝允帰国。
 7月28日地租改正条例が発布される。
 7月 東京府、撃剣興行を禁止する。
 8月12日各学校の職員職名が定められる。
 8月17日留守政府は、参議西郷隆盛の朝鮮派遣を決定。
 9月13日岩倉具視・伊藤博文帰国。
 9月 外国人用横浜グランドホテル開業。
10月14日神武紀元祝日を2月11日に変更する。
10月15日政府、西郷隆盛の朝鮮派遣を再度決定。
10月17日西郷派遣に反対する木戸孝允・大久保利通・大隈重信・大木喬任が辞表を提出。
10月19日新聞紙条目が定められる。
10月23日岩倉具視、天皇に征還不可を上奏。西郷隆盛、辞表を提出し帰国の途につく。
10月24日天皇、西郷隆盛の派遣中止を勅許。
10月25日西郷派の参議板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣が辞表を提出。
10月銀座煉瓦街の一部が完成する。
11月10日内務省が設置される。初代内務卿は大久保利通。
12月 1日郵便葉書と郵便封嚢が発売。
12月16日織物伝習生の佐倉常七・井上伊兵衛の2人がフランスより織物機械を持って帰国。
12月23日島津久光を内閣顧問に任命。
12月26日京都−大阪間の鉄道建設が始まる。
 
1874年 明治7年
 
 1月12日板垣退助ら愛国公党を結成。
 1月14日岩倉具視、高知県士族におそわれ重傷。
 1月15日東京警視庁設置。
 1月16日高島炭坑が官営となる。
 1月17日板垣退助・後藤象二郎・江藤新平・副島種臣・由利公正・小室信夫・古沢滋ら左院に民選議院設立建白書を提出。
 1月23日近衛歩兵第1・第2連隊が組織され、天皇が軍旗を授ける。
 1月28日政府、岩村高俊を佐賀県権令に任命し治安回復に当たらせる。
 1月 江藤新平、佐賀に帰郷。
 2月 1日佐賀で憂国党が蜂起。佐賀の乱が勃発する。
 2月 2日ウィリアムス、築地居留地に英語学校を設立。
 2月 3日政府、熊本鎮台に佐賀への出兵を指令。
 2月 5日警視庁、羅卒を巡査と改める。
 2月 6日大久保利通と大隈重信、琉球民殺害事件に関して台湾征討を提案し、閣議で決定。
 2月10日政府、内務卿大久保利通に佐賀の乱に対する全権を与える。
 2月15日岩村佐賀県権令と熊本鎮台兵が佐賀城に入る。
 2月16日佐賀憂国党と征韓党が佐賀城を攻撃。
 2月18日佐賀城の鎮台兵が敗走し、反乱軍が佐賀城を占領する。
 2月19日大久保利通、福岡に到着する。
 2月20日政府軍、佐賀城総攻撃に入る。
 2月23日江藤新平、夜半密かに佐賀城を脱出する。
 2月 明六社設立。
 2月 「民間雑誌」創刊。
 3月 1日政府軍佐賀城を奪回し、佐賀の乱鎮圧される。
 3月13日女子師範学校設立の通達が出される。
 3月21日築地海軍兵学寮で競闘遊戯会が行われる。
 3月28日秩禄公債証書発行。
 3月 「明六雑誌」創刊。掲載された洋字使用論で初のローマ字論争が起こる。
 4月 4日西郷従道を台湾蕃地事務都督として3600人の派遣が決定。
 4月 9日ボアソナード、司法省法学校で講義を始める。
 4月10日板垣退助、立志社を興す。
 4月13日イギリス、台湾出兵について清国が侵略と判断した場合は、イギリス人・イギリス船舶の参加を禁止する通告をする。
 4月13日岸田吟香、台湾征討軍に従軍記者として参加。
 4月13日江藤新平、梟首刑判決を受け、即日処刑される。
 4月18日アメリカ、台湾出兵にアメリカ人・アメリカ船舶の参加を禁止する通告をする。
 4月18日木戸孝允、台湾出兵に反対して辞表を提出。
 4月19日政府、台湾征討中止を決定するが、西郷従道はこれに反対。
 5月 4日大久保利通・大隈重信、西郷従道と長崎で会見し、台湾出兵を決定。
 5月11日大阪−神戸間に鉄道開通。
 5月12日地価の5年間据え置きを決定。
 5月17日台湾出兵軍、長崎を出航。
 6月23日屯田兵制度設置。
 6月27日第1回三田演説会開催。
 6月 西郷隆盛、鹿児島に私学校を設立。
 7月13日東京府、道路や車内での頬かぶり・手拭かぶりを禁止。
 7月25日小学校教員の検定試験、教員免許状の制度が定められる。
 7月28日政府、台湾征討で三菱に輸送業務を委託。
 7月 銀座煉瓦街が完成。
 8月 1日台湾問題交渉で、大久保利通を全権大使として清に派遣することを決定。
 8月16日酒田県で石代上納・雑税廃止を求める騒動が起こる。
 8月18日文部省、医制を定める。
 8月24日浅草文庫開設。
 9月22日日本帝国電信条例を制定。
10月11日新橋駅でポイント故障による転覆事故が起こる。
10月25日イギリス駐清公使ウェード、大久保利通に調停案を示す。
10月31日日清互換条款に調印し、清が日本に50万両を支払うことで台湾問題を解決する。
11月 2日読売新聞創刊。
11月16日大久保利通、台湾で西郷従道と会見し撤兵を話し合う。
11月26日新島襄帰国。
11月 官金出納担当の小野組が破産。政府、官金委託を第一国立銀行へ移す。
12月13日宮内省式部寮雅楽課伶人が海軍軍楽隊から洋楽を習う。
12月18日京橋・銀座・芝金杉橋間にガス灯がともされる。
12月25日築地東京第一長老教会で、クリスマス祝会を開く。同日中村正直受洗。
12月27日東京英語学校が東京外国語学校から独立する。
12月 官金出納担当の島田組が破産する。
 
1875年 明治8年
 
 1月 4日警視庁練兵場で出初め式が行われる。
 1月 8日東京府、寄席芸に税金を課す。
 1月 8日小学校の年齢が定められる。
 1月12日宮城・青森・酒田の3県から屯田兵を募集。
 1月12日キヨソネ来日。
 1月27日英仏両国、横浜駐屯軍の引き上げを通告。
 1月28日守田座負債問題から新富座となる。
 1月 すべての郵便役所を郵便局とし、また為替業務を開始。
 2月 3日三菱、横浜−上海航路定期運行を開始。
 2月11日大阪で木戸孝允・大久保利通・板垣退助が会見し、立憲政体について話し合う。
 2月13日再度、平民に姓を付けることが布告される。
 2月20日旧幕府諸雑税が廃止され、車税・タバコ税・酒税が定められる。
 2月22日板垣退助、全国政党の愛国公党を結成。
 3月 8日木戸孝允、参議に復帰。
 3月12日板垣退助、参議に復帰。
 3月24日地租改正事務局設置。
 3月25日東京−青森間の電信線が開通。
 3月30日博覧会事務局、博物館と改称。
 3月 西村茂樹、洋洋社を結成。
 4月11日松本良順ら学会東京医学会社を設立。
 4月14日左院・右院を廃止し、元老院・大審院・地方官会議が設置され、漸次立憲体制以降の詔書が出される。
 4月30日神仏合同布教廃止。
 4月 平仮名絵入新聞創刊。
 5月 1日福沢諭吉、三田演説館を開館。
 5月 7日樺太・千島交換条約調印。
 5月22日中村正直らの手で楽善会興される。
 5月23日火葬の禁止が廃止される。
 5月24日裁判所の職制章程を定める。
 5月25日軍艦雲揚、釜山に入港し威圧。
 5月 第1回屯田兵入植。
 6月 1日東京気象台設置。
 6月20日第1回地方官会議開催。
 6月28日新聞紙条例・讒謗律公布。
 7月 5日元老院開院。
 7月 7日官吏が政務に関することを新聞などに掲載するのを禁止。
 7月11日田中製造所設立。
 7月14日政府、琉球藩に清への施設派遣及び冊封を受けることを禁止。
 7月 京都府、癲狂院を設立。
 8月 7日末広鉄腸、新聞紙条例批判の記事を曙新聞に掲載して処罰される。
 8月14日人身を質とした借金が禁止される。
 9月 3日出版条例改正。
 9月 7日家禄・章典禄が金禄に改正。
 9月15日政府、三菱汽船に汽船13隻の無償払い下げを行う。
 9月20日軍艦雲揚、江華島付近で測量を行い、朝鮮砲台と交戦する。
 9月 森有礼、商法講習所を設立。
10月 6日国沢新九郎、最初の洋画展を開催する。
10月19日島津久光、太政大臣三条実美を弾劾する上表を提出。
10月22日政府、小笠原諸島に田辺太一らの派遣を決定。
10月22日政府、久光の上表を却下。
10月27日政府、辞表を提出した左大臣島津久光と参議板垣退助を免官。
11月 1日仮名垣魯文「仮名読新聞」を創刊。
11月 5日イギリス公使、小笠原諸島の日本領を認める。
11月29日新島襄、同志社英学校を設立。
11月29日女子師範学校開校。
11月 明六雑誌、出版への圧力に抗議して自主廃刊。
12月 9日政府、黒田清隆を特命全権弁理大使として江華島事件の談判に当たらせる。
12月13日日本陸戦隊と朝鮮軍が釜山で衝突。
12月19日政府、海面の領有を宣言し、海面借区制を定める。
 
1876年 明治9年
  
 1月12日政府、医術開業試験法を制定。
 1月20日皇居近辺での商店開業が禁止される。
 1月27日警視庁、売淫罰則を制定。
 1月30日熊本洋学校の生徒35人が奉教趣意書に署名。いわゆる熊本バンド。
 2月 4日海軍武官・高等文官の社交機関「山内倶楽部」が設置される。
 2月22日代言人規則制定。
 2月26日日朝修好条規に調印。
 3月12日官庁の日曜定休と土曜半休が定められる。
 3月15日植木枝盛、筆禍事件で逮捕される。
 3月28日廃刀令公布。
 3月28日木戸孝允、参議を辞任し内閣顧問となる。
 3月31日政府、三井銀行設立を許可。
 4月 1日代言人規則実施により無免許の代言請負が禁止される。
 4月 1日満20歳を丁年(成年)と定める。
 4月 4日政府、品川硝子製造所を開設。
 4月10日日蓮宗不受不施派の再興と布教が許可される。
 4月12日大阪道頓堀で大火。
 4月14日西洋料理店の精養軒が上野にも開業。
 4月14日官吏懲戒令制定。
 4月19日フィラデルフィア万国博覧会に出展。
 5月 6日和歌山県で地租改正一揆が発生。
 5月 9日上野公園が開園。
 5月12日政府、地租改正に従わない場合、一方的に地価を定め納税を命じることを布告。
 5月29日朝鮮修信使ら75人が来日。
 6月 1日朝鮮修信使金綺秀ら参内。
 6月 2日天皇、東北巡幸に出発。
 6月 2日ベルツ来日。
 6月 8日国道・県道・里道の3道と各道の3等級を定める。
 6月25日杉浦重剛ら留学に出発。
 6月28日成島柳北ら新聞記者、新聞紙条例1周年にあわせ、「新聞供養大施餓鬼」を開催。
 7月 5日国家安寧妨害の新聞雑誌の発行停止を布告。
 7月18日政府、海面の官有を廃止し、漁業に対して府県税を課すことを決定する。
 7月29日三井物産の設立が許可される。
 8月 5日金禄公債証書発行条例が定められる(秩禄処分)。これにより士族は困窮することになる。
 8月14日開拓使学校を移転改称し札幌学校開校。
 8月21日3府35県に統合する。
 8月24日日朝修好条規付録及び通商章程に調印。
 8月29日高橋お伝事件。
 8月29日フォンタネージ、ラグーザ、カッペレッティが来日。
 8月31日海軍提督府を廃止し、東海・西海両鎮守府を設置。
 9月 6日元老院に国憲起草を命じる詔勅が出される。
 9月 8日札幌学校を札幌農学校と改称する。
 9月13日府県裁判所を地方裁判所と改称。
 9月 開拓使に麦酒醸造所が設立される。
 9月 清水誠がマッチ工場を設立する。
10月 9日秀英舎が開業。
10月17日政府、小笠原諸島を日本政府が直接統治する旨各国に通達。
10月24日熊本敬神党が熊本鎮台を襲撃し、さらに県庁などを襲って、県令安岡良亮、鎮台司令長官種田政明らを殺害。鎮台兵士64人が戦死。
10月25日熊本鎮台軍、敬神党を攻撃し撃退する。
10月27日福岡県秋月郷で宮崎車之助ら約400人が挙兵するが、熊本鎮台軍に鎮圧される。
10月28日元参議前原一誠率いる約200人が萩で挙兵。まもなく鎮圧される。
10月29日永岡久茂ら数人が千葉県庁襲撃を企てるが露見して捕らえられる。
11月 3日宮内省雅楽課の伶人、初めて洋楽を演奏する。
11月 5日前原一誠捕らえられる。
11月 6日工部美術学校開設。
11月14日東京女子師範学校に幼稚園が開設される。
11月30日茨城県で農民が地租改正に反対して大規模な一揆を起こす。
12月 1日新橋−品川間の鉄道が複線となる。
12月 3日前原一誠ら13人、処刑される。
12月18日三重県飯野郡で地租改正反対の一揆が起こる。
12月19日三重の農民一揆が拡大し、各地の公的施設が襲撃破壊される。
12月20日三重の一揆は近畿地方各地に拡大する。
12月23日近畿地方の一揆は、軍の出動で鎮圧される。
12月28日北海道の地租を当分地価の100分の1とする。
12月 中外物価新報創刊。
12月 政府、情報収集などのため鹿児島に数人の警官を帰省させる。
 
1877年 明治10年
 
 1月 4日地租改正詔書が発布され、税率を3%から2.5%に減免する。
 1月11日教部省と東京警視庁を廃止する。
 1月18日アメリカ人メリマスら横浜本牧でアイススケートを行う。
 1月24日天皇、関西巡幸に出発。
 1月26日修史館を設置。また東京博物館を教育博物館と改称する。
 1月30日政府、朝鮮と釜山港居留地借入約書の調印をする。
 1月30日鹿児島私学校生徒ら陸軍火薬庫を襲撃して武器弾薬を奪う。
 2月13日楊弓店取締規則制定。
 2月14日西郷軍前衛隊が鹿児島を出発。
 2月15日西郷隆盛らの本隊(1・2番隊)鹿児島を出発する。
 2月16日西郷軍3・4番隊が出発する。
 2月18日西郷軍5番隊と砲兵隊が出発する。
 2月18日熊本鎮台、熊本市民に立ち退き令を発する。
 2月19日政府、有栖川宮熾仁親王を征討総督として九州へ派兵する。
 2月19日熊本鎮台のある熊本城で火災があり、天守閣などが炎上、城下も延焼する。
 2月19日日向飫肥士族小倉処平ら西郷軍に加わるために出発する。
 2月20日政府軍第1・第2旅団が神戸港を博多へ向け出港する。
 2月21日熊本県士族池辺吉十郎ら西郷軍に呼応して挙兵。
 2月22日西郷軍、熊本城を包囲。夜半小倉第14連隊と西郷軍の一部が衝突。政府軍第1・2旅団博多に到着。
 2月23日東京・大坂・名古屋3鎮台に令して第2後備軍を召集。西郷軍は一部が北上、小倉第14連隊は敗北して後退する。
 2月23日愛媛県士族武田豊城ら、徒党陰謀の理由で逮捕される。
 2月25日政府軍第1・8・14連隊が高瀬に進出。政府軍第3旅団博多に到着。
 2月26日政府軍、福岡に本営を置く。
 2月27日高瀬での戦闘で西郷軍高瀬から後退する。
 2月28日阿蘇地方で大規模な一揆が発生する。
 2月 政府、三菱汽船に、軍事輸送船8隻購入の資金を貸与。
 3月 1日政府軍別働第1旅団が博多に到着する。
 3月 3日政府軍、田原坂方面の西郷軍へ攻撃を開始。
 3月 8日勅使柳原前光、艦船9隻で鹿児島に到着し、島津忠義・島津珍彦と会見し自重を求める。
 3月 9日教育博物館を上野へ移転する。
 3月10日柳原前光と島津久光が会合する。一方鹿児島県令大山綱良は逮捕される。
 3月11日政府軍第2旅団、田原坂総攻撃を行うも、失敗に終わる。
 3月13日政府軍に警視庁抜刀隊が編成され前線に投入される。
 3月14日「団々珍聞(まるまるちんぶん)」創刊。
 3月17日大山綱良の官位を剥奪し、東京への護送を決定する。
 3月19日京都−大阪間の鉄道が全通。
 3月19日政府別働軍、八代に上陸。
 3月20日政府軍、田原坂を制圧。西郷軍は熊本まで後退。
 3月21日岩村通俊を鹿児島県令に任命。
 3月22日第10国立銀行開業。
 3月28日福岡県士族越智彦四郎ら福岡城を襲撃するも城兵に敗北する。
 3月31日増田宗太郎ら大分県で挙兵し、中津支庁などを襲撃。
 3月 福地桜痴、西南戦争に従軍。
 4月 1日増田ら蜂起軍、大分県庁を襲撃するも失敗に終わる。
 4月 1日政府別働軍、宇土へ進出。
 4月 4日政府、壮兵1万人を募集。
 4月 4日八代で政府軍と西郷軍が衝突。
 4月 7日政府軍新設別働第4旅団が宇土に上陸。
 4月10日政府別働軍、総攻撃を12日と定める。
 4月12日東京開成学校と東京医学校を合併し、東京大学が設立される。東京英語学校は、東京大学予備門として東京大学に付属させる。
 4月13日西郷軍、熊本から退却を始める。別働第2旅団山川部隊が熊本城下に到達する。
 4月14日黒田清隆の率いる政府軍第1・第2旅団が、熊本城に入る。
 4月15日西郷軍の全軍が退却を始める。
 4月16日クラーク、札幌を去る。
 4月23日太政大臣三条実美、島津久光の休戦案を却下する旨、島津珍彦らに伝え帰郷させる。
 4月27日川村純義らの率いる政府軍が海路鹿児島に入る。
 4月28日西郷隆盛ら西郷軍幹部が人吉に到着。
 4月 西郷軍、戦費調達のため、西郷札を発行。
 4月 ホートン来日。
 5月 1日佐野常民と大給恒、博愛社を設立し、西南戦争の負傷者を敵味方の区別なく治療。
 5月20日豊後竹田で西郷軍と政府軍とが交戦。
 5月21日第十五銀行開業。
 5月21日築地海軍練兵所で有人気球の実験を行う。
 5月21日桐野利秋、宮崎支庁長に支援を要請。
 5月22日政府、第十五銀行に西南戦争戦費を借り入れる。
 5月26日木戸孝允死去。
 5月29日西郷軍、豊後竹田から敗走。
 5月29日政府、第2号召募を行い、召募巡査を以て新選旅団を編成。
 5月29日西郷隆盛、人吉を去り日向へ向かう。
 5月31日西郷隆盛、宮崎に入る。
 6月 1日万国郵便連合条約に調印。
 6月 1日山口県士族町田梅之進、挙兵計画が発覚して県官巡査と戦い破れる。
 6月 1日政府軍、人吉への攻撃を開始、人吉城下は戦火で多く焼失する。
 6月 4日政府、本年の補充兵、免役壮丁を徴募することを令する。同日、政府軍、人吉を占領。
 6月 9日立志社の片岡健吉ら、京都の天皇行在所に国会開設建白書を提出。
 6月12日政府、立志社の建白書を却下する。
 6月18日モース来日。
 6月20日モース、列車の中から大森貝塚を発見する。
 6月22日国産最初の軍艦清輝が竣工する。
 6月26日開拓使で製造されたビール一箱が、天皇に献上される。
 6月30日初の交通規則が制定される。
 7月 2日渋沢栄一ら択善会を興す。
 7月24日政府軍、都城を占領。
 7月28日天皇・皇后、京都を出発。
 7月28日政府軍、清武を占領。
 7月29日西郷隆盛、宮崎を去り北上する。
 7月30日天皇・皇后、東京に到着。
 8月 2日西郷隆盛ら、都農を去り延岡へ向かう。
 8月 8日林有造、武器購入を計画して逮捕される。
 8月11日西郷隆盛、延岡を密かに離れる。
 8月13日政府軍、延岡を包囲。
 8月14日政府軍延岡を総攻撃。
 8月15日和田越の戦闘が行われる。
 8月16日西郷軍に解散令が出され、半数が降伏する。
 8月17日西郷隆盛以下幹部らが可愛岳越えをして政府軍の囲みから脱出する。
 8月21日第1回内国勧業博覧会開催。
 8月21日西郷軍が三田井に至り、そこから鹿児島へ向けて南下を始める。
 8月23日別働第1旅団を延岡から熊本へ向けて出発させる。
 8月27日第2旅団を延岡から細島を経て海路軍艦6隻で鹿児島へ向けて出発させる。
 8月28日西郷軍、小林に至る。
 8月28日第2旅団鹿児島に到着。新撰旅団と合流して鹿児島市内の防衛にはいる。
 8月29日西郷軍、横川に至る。
 8月30日溝辺で政府軍と西郷軍が交戦する。
 8月31日西郷軍、蒲生に入る。
 8月 コレラが長崎と横浜で発生する。
 9月 1日西郷軍兵約370人が急襲して鹿児島城山に入る。
 9月 4日西郷軍の一部が政府軍の駐屯する市内の米倉を襲撃する。
 9月 5日山県有朋、宮崎に入る。
 9月 6日山県有朋、都城に入る。
 9月 8日山県有朋、鹿児島に入る。
 9月14日コレラ、東京で発生。
 9月16日モース、大森貝塚の調査を行う。
 9月20日内務省、三田育種場を設立。
 9月22日河野主一郎と山野田一輔、西郷隆盛の助命を求めるため、政府軍の陣地へ赴き収監される。
 9月23日河野・山野田と川村純義、山県有朋が面会する。
 9月24日政府軍の総攻撃が始まり、西郷隆盛は自刃し、城山も陥落して西南戦争は終結する。
 9月30日前鹿児島県令大山綱良処刑される。
10月17日華族学校開校式に天皇も出席し、学習院の称号を与える。
11月12日東京毎夕新聞創刊。
11月22日田租の半額を米で代納する事が認められる。
11月27日六郷川鉄橋建設される。
12月27日西南戦争費用を補うため、予備紙幣2700万円を発行する。
12月28日東京株式取引所設立の許可が出される。
 
1878年 明治11年
 
 1月 2日日本基督教伝道会社設立。
 1月11日伊豆七島が静岡県から東京府へ移る。
 1月20日東京府勧工場設立。
 1月24日駒場農学校開校。
 2月 7日寺島宗則外務卿、関税自主権回復の方針を定める。
 2月20日横浜イギリス領事裁判所がアヘン密輸のイギリス人ハルトレーに無罪判決。
 2月20日海外旅券規則制定。
 3月 7日寺島外務卿、ハルトレー無罪に抗議。
 3月11日鉄道局、下等客車内での広告掲示を許可。
 3月11日大久保利通、「地方之体制等改正之議」を太政大臣に申し入れる。
 3月12日東京商工会議所の設立が認可される。
 3月18日駐清公使森有礼、日清通商特約締結を申し入れる。
 3月25日大久保暗殺計画を立てた島田一郎ら金沢を出発する。
 3月 バチェラー、アイヌ伝道を始める。
 4月 2日清帝国、通商特約締結を拒否。
 4月10日第2回地方官会議開催。
 4月15日工部大学校開校。
 4月26日化学会創立。
 4月28日朝鮮沿岸測量のため、軍艦天城出発。
 4月29日愛国社再興運動地方遊説始まる。
 5月 9日天城、測量を開始。
 5月14日内務卿大久保利通、福島県令山吉盛典と会見後、太政官に向かう途中、紀尾井坂で島田一郎らに暗殺される。
 5月15日伊藤博文、工部卿を免ぜられ、内務卿に任命される。
 5月24日京都に盲唖院開校。
 6月 5日春季・秋季皇霊祭制定。
 6月10日陸奥宗光、林有造らと謀議の嫌疑で逮捕される。
 6月21日内村鑑三受洗。
 7月12日政治結社・集会に警官の立ち会いや禁止する権限を定める。
 7月21日仮名垣魯文、珍猫百覧会を開催。
 7月22日郡区町村編成法、府県会規則、地方税規則を制定。
 7月28日高島炭坑で賃上げ要求の暴動が起こる。
 7月 金禄公債発行を開始。
 8月23日竹橋騒動。
 8月 山県有朋、軍人訓戒を発表。
11月 2日東京府、15区6郡を定める。
11月26日植木枝盛と頭山満会談。
12月17日東京新聞創刊。
 
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