歴代院政一覧
上皇や法皇(いわゆる太上天皇)が政務を見る政治体制。古くは持統天皇、元明天皇、宇多天皇、円融天皇などが皇位継承後も政治に関与していた先例が見られる。だが、一般に知られるのは白河上皇から以降で、上皇専制の様相が強かったこともあって、鎌倉時代の「愚管抄」に説明されて後、院政と呼ばれている。元々は天皇が幼少であるなどしたために、後見として上皇が政治に関わっていたもの。後には意図的に譲位して権力を握るようになった。時には天皇や貴族階級の反発を買ったりした。南北朝合一後は武家政権の力が増し、院政は朝廷内部だけの名目にすぎなくなった。
上皇名期間天皇の代備考
白河院1086〜1129堀河・鳥羽・崇徳
鳥羽院1129〜1156崇徳・近衛・後白河白河上皇没から。
後白河院1158〜1179二条・六条・高倉
高倉院1180〜1181安徳約11ヶ月間。
後白河院1181〜1192安徳・後鳥羽高倉上皇没により再開。
後鳥羽院1198〜1221土御門・順徳・仲恭承久の乱で終わる。
後高倉院1221〜1223後堀河
後堀河院1232〜1234四条
後嵯峨院1246〜1272後深草・亀山
亀山院1274〜1287後宇多
後深草院1287〜1290伏見
伏見院1298〜1301後伏見
後宇多院1301〜1308後二条後二条天皇没で終わる。
伏見院1308〜1313花園実子花園天皇即位で再開。
後伏見院1313〜1318花園伏見院より受け継ぐ。
後宇多院1318〜1321後醍醐
後伏見院1331〜1333光厳光厳天皇退位で終わる。
光厳院1336〜1351光明・崇光北朝。政変により終わる。
後光厳院1371〜1374後円融北朝。
後円融院1382〜1393後小松。北朝から南北合一まで。以降、武家の権力が増す。
後小松院1412〜1433称光・後花園
後花園院1464〜1470後土御門
後陽成院1611〜1617後水尾
後水尾院1629〜1648明正・後光明幕府との対立から譲位し院政を布く。一旦後光明親政へ。
後水尾院1663〜1669霊元霊元天皇の初期。
霊元院1687〜1693東山
東山院1709中御門7ヶ月で没。
霊元院1709〜1717中御門東山上皇没で再開。
中御門院1735〜1737桜町
桜町院1747〜1750桃園
光格院1817〜1840仁孝最後の院政。