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史料名 | 著編者 | 成立年代/略説明 | 刊行本 | 史料所蔵機関 |
| 東海道五十三次之内 | 安藤広重 | 1834年(天保5)/浮世絵。広重が幕府の八朔献馬の行列に加わっ東海道を歩いて写生したときの図柄を元に作成した物で、保永堂と仙鶴堂の合板。出版後大評判となる。風景画浮世絵を確立した作品。 |
| 古画備考 | 朝岡興禎 | 1845(弘化2)〜1850年(嘉永3)頃/狩野栄信の次男だった朝岡興禎がまとめた画伝。全51巻の内1〜48巻が日本の画家3500人分の伝記で、49〜51巻までが朝鮮、中国の画人伝。絵画史の貴重な史料。 | | 東京芸術大学 |
| 鯰絵 | | 1855年(安政2)10月の安政大地震の直後から江戸市中で出回った浮世絵。鯰が自身を起こすという題材だが、風刺画の要素が強い。幕府は禁止したが400種類以上が出回る。日本学者C・アウエハントが研究。 | C・アウエハント『鯰絵』 |
| 西洋画談 | 司馬江漢 | 1799年(寛政11)/西洋画について解説した書物。油画、浮画、銅版画といった西洋画の種類や立体表現法などについて論じている。日本や中国の絵画にこだわる風潮に対し、西洋画の良さを主張している。 | 『日本思想大系』 |
| 南蛮屏風 | | 1590年代頃〜1600年代半ば頃か/六曲一双の屏風絵。内容は右隻に南蛮寺、西洋人一行、見物する日本人を描き、左隻には南蛮船の入港を描いている。それらを全て右隻にまとめ、左隻に西洋の風景を描いたものもある。最初は狩野派の絵師らが描いたものと見られ、鎖国後も続いた。現存は約60点。
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