| ラス・ビハリ・ボース |
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1886.3.15〜1944.1.21 インド民族運動家。別名タクール。 1908年頃から、ベンガル地方での民族運動指導者となって活動。 1912年には、インド総督ハーディングを爆殺しようとするなど、テロ活動にも従事した。 1915年、ラホール兵営反乱を指揮するが失敗。同年、日本に渡る。 日本で、同じく亡命中だった孫文や、アジアの民族運動家を支援していた頭山満と知り合った。 同年11月、英国政府が圧力をかけてきたため、政府はボースに国外退去を命じたが、頭山満は彼をかばい、中村屋主人の相馬愛蔵・黒光夫妻に預けた。ボースは相馬家でかくまわれ、やがて、相馬夫妻の長女俊子と結婚する。 以後、日本に在住し続けたため、「中村屋のボース」と呼ばれるようになった。 太平洋戦争が勃発すると、インド独立連盟総裁に就任。 日本政府の求めに応じて、インド国民軍創設に動く。 しかし、日本とインド独立派との主導権確保の板挟みとなって苦慮した。 インド国民軍は、インド独立運動を行ってガンジーと対立しドイツに渡っていた政治家チャンドラ・ボースを日本に呼び、自由インド仮政府の首班として迎えた。 1944年、ボースは東南アジアから帰国し、まもなく病気で没した。 |