寺内正毅
 1852(嘉永5.閏2.5)〜1919.11.3
 陸軍元帥。  長州藩士宇多正輔の3男。母方の寺内家を継いだ。
 長州藩御楯隊に所属して第二次幕長戦争に参加。
 さらに整武隊に所属して函館戦争に参加する。
 1871年、少尉。
 1882年、フランスに留学して軍事を学ぶ。
 3年の留学を終えて帰国すると、士官学校長に就任。
 その後、教育総監、参謀本部長を歴任。
 1902年、第1次桂内閣で陸相。以後、第1次西園寺内閣、第2次桂内閣でも陸相に留任した。
 1906年、大将。
 1907年、子爵。
 1910年に陸相のまま韓国統監となり、韓国併合を実施した。
 初代朝鮮総督となり、武断統治を実施。
 1911年に伯爵。
 1916年、元帥授与され、また同年に大隈重信の推薦で組閣。
 閣僚は貴族からなり、政党を無視した挙国一致を目指した内閣だった。野党同志会や国民党と対立するが、議会解散・総選挙後に第1党となった政友会が政府支持に回ると、国民党やその他の無所属議員も政府支持を明らかにする。
 こうして政権安定を図った内閣は、増税、海軍軍拡、中国交通銀行への資金提供(西原借款)などを実施した。
 1918年、シベリア出兵を行うが、物価が高騰、米騒動が起こると全国各地で連日暴動が相次ぐ非常事態となって、総辞職となった。
 辞職後まもなく没。