| 横浜正金銀行 |
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外国為替銀行。 1879年、中村道太ら22人が発起人となり、翌年国立銀行条例に基づいて設置された。 設立の目的は貿易振興で、貨幣の供給に始まり、後に外国為替を扱う銀行となった。 その目的・業務からも、政府の支援があった銀行で、資本金の3分の1は政府の出資による。 1897年、その性格をはっきりさせるために、横浜正金銀行条例が公布された。 1899年、「御用銀行」から自らの負担による、より民間の為替銀行へと変化したが、それでも経営難では政府の支援を受けることが出来た。 日露戦争では政府が戦費調達のための外債を発行したため、国際銀行としての地位を確立、海外に20の支店を持つ銀行となる。 これより前の1902年から大陸で紙幣を発行、借款を担当するなど大陸進出の足がかりとなる。 1920年には海外支店30、資本金1億円で、香港上海銀行・チャータード銀行とならぶ為替銀行と称されるようになる。 世界恐慌時代になると、為替安定のために国家の出先機関としての性格を強め、1933年の外国為替管理法でさらに国家機関となっていった。 太平洋戦争中は、占領地の円決済銀行として存在した。 敗戦後、連合軍の勧めで普通銀行に改組され、為替を扱う東京銀行に生まれ変わった。 |