あ号作戦(あごうさくせん)

 あ号作戦は、開戦時の陸海軍中央協定における「南方作戦」の総称もあるが、同名作戦として一般には1944(昭和19)年に行われた米機動部隊撃滅作戦のことを指す。
 計画は、そもそも3月31日にパラオからダバオへ向かう途中に消息を絶った古賀峯一連合艦隊司令長官が立てたものといわれる。具体的には、小沢艦隊(第一機動艦隊)と角田部隊(第一航空艦隊)で米機動部隊を挟撃するもので、角田部隊はミンダナオ島とボルネオ島の中間にあるタウイタウイへ、さらにテニアンへ移動し、敵機動部隊を索敵する。一方小沢艦隊は、タウイタウイ経由でギマラスへゆき、日本機の航続距離の優位性を利用し、敵攻撃能力外から出撃し先制攻撃を仕掛けるアウトレンジ戦法を立てた。
 2月22日、角田部隊はテニアンに進出、同夜と翌日に米機動部隊へ攻撃を仕掛けた。しかし、米軍のサイパン・テニアン大空襲で94機を失った。
 5月1日、米軍はトラック島を大空襲した。この空襲で95機が損失、さらにニューギニア方面への航空機拠出などで、作戦開始前に、既に角田部隊の航空機は多く失われていた。
 5月27日から6月9日までにソロモン・マーシャル諸島を偵察した角田部隊は、米機動部隊の進出を確認、それを受けて10日全軍に臨戦態勢命令が下される。11日、哨戒機が機動部隊を発見したが、1時間後、サイパン・テニアン・ロタ・グアムは米軍機の大空襲を受け、陸上の航空機は壊滅してしまう。15日、米軍はサイパンに上陸を開始、角田部隊は、残存94機で同日と18日に攻撃を行ったが、31機を失った。
 6月19日、6時19分に小沢艦隊索敵機は、敵機動部隊を発見(「七イ」)。小沢中将は、アウトレンジ戦法を実行に移し、第一次攻撃部隊として第三航空戦隊に出撃を命じた。続いて「空母3隻、戦艦5隻からなる敵部隊」を発見(「一五リ」)、さらに「七イ」の北方にも「空母3隻を含む敵艦隊」を発見したという報告が入った(「三リ」)。
 8時30分「三リ」攻撃のため、第二航空戦隊の47機が出撃したが、空中集合に失敗、結局二手に分かれ、「七イ」と「三リ」の双方へ向かった。「三リ」攻撃隊は、空母部隊を発見できず、米軍機との交戦で7機を失って帰還した。「七イ」攻撃隊は、機動部隊の発見が出来ず、全機帰還した。
 9時35分頃「七イ」攻撃に出撃した67機は、迎撃機と、VT(近接)信管を装備した砲火で、42機を失った。続いて発進した128機も、味方艦隊からの誤射、米軍機との交戦で、96機を失う。
 第二次攻撃隊80機と誘導機2機は、空母部隊攻撃を発見できず、本隊、ロタ、グアムへと行き先別に分かれた。
 午後1時から3時にかけて、ロタへ向かった部隊は、空母3隻を含む艦隊を発見、攻撃するが失敗し2機を除いて全滅。グアムへ向かった部隊は、空襲に来た米軍機とグアム上空で交戦、26機を失った。
 第二次攻撃部隊が発進した直後に空母「大鳳」が潜水艦アルバコアの雷撃を受けた。「大鳳」は、ほとんど損害もなかったが、ガス漏れを起こしており、午後2時30分過ぎに突如大爆発を起こし2時間後に沈没した。
 「翔鶴」も午前11時20分頃に潜水艦「カバラ」の雷撃を受け、2時過ぎに沈没した。 艦隊は、空母2隻の沈没でさらに22機を失い、残存約100機で一旦北上した。
 6月20日、早朝から索敵を行う。午前11時過ぎから補給を開始、昼過ぎに索敵機から敵空母部隊発見の報が入る。一方、味方艦隊も敵に発見された。
 午後3時半、補給艦隊を退避させ、部隊は夜戦を決定する。しかし、索敵機はその後艦隊の位置をつかめなかった。この時発進した7機の索敵機は全て失われる。
 午後5時半、双方とも相手艦隊を攻撃するため艦載機を発進した。しかし日本軍機は敵艦隊を見つけられず、一方米軍機145機は、4部隊に分かれて機動部隊の各艦隊を襲い、空母「飛鷹」などが沈められた。
 結局、日本軍は空母3隻を失い、特にベテランパイロットの多くが帰らなかった。
 日本の索敵結果である「七イ」「三リ」「一五リ」のうち、実際に米軍がいたのは、「七イ」で、機動部隊は、一ヶ所に集合していた。また新型レーダーでレーダー網を布き、日本軍機の飛来に備えていた。アウトレンジ構想に対し、迎撃がうまく言ったのは、このレーダー網のためである。
 この一連の戦闘はマリアナ沖海戦(米呼称「フィリピン海海戦」)と称している。

 
 日本軍
 第一機動部隊(小沢治三郎中将)
 本隊
 甲部隊
  第一航空戦隊
      空母「大鳳」「翔鶴」「瑞鶴」
  第五戦隊
   重巡「妙高」「羽黒」
  第十戦隊
   軽巡「矢矧」
   第十駆逐隊
    「朝雲」
   第十七駆逐隊
    「浦風」「磯風」「雪風」
   第六十一駆逐隊 
    「初月」「若月」「秋月」
    「霜月」「五月雨」
 乙部隊
  第二航空戦隊
   空母「隼鷹」「飛鷹」「龍鳳」
   戦艦「長門」
   重巡「最上」
  第四駆逐隊
   「野分」「山雲」「満潮」
  第二十七駆逐隊 
   「時雨」「浜風」「早霜」「秋霜」
  前衛
  第一戦隊 
   戦艦「大和」「武蔵」
  第三戦隊
      戦艦「金剛」「榛名」
  第四戦隊
   重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」
  第七戦隊
   重巡「熊野」「鈴谷」「利根」「筑摩」
  第二水雷戦隊
   軽巡「能代」
   第三十一駆逐隊
    「長波」「朝霜」「岸波」「沖波」
   第三十二駆逐隊
    「玉波」「浜波」「藤波」
  第三航空戦隊
   空母「千歳」「千代田」「瑞鳳」
  潜水艦
    「イ−10」「イ−184」「イ−185」
  「ロ−36」「ロ−41」「ロ−42」「ロ−44」
  「ロ−105」「ロ−109」「ロ−111」
  「ロ−112」「ロ−114」「ロ−116」「ロ−117」
 補給部隊
  給油艦 6
  
  米軍
  第五艦隊(スプルーアンス大将)
  第五十八任務部隊(ミッチャー中将)
  第一群
 空母「ホーネット」「ヨークタウン」
   「ベローウッド」「バターン」
  重 巡   3
  軽 巡  1
  駆逐艦 10
 第二群
  空母「ワスプ」「バンカーヒル」
    「キャボット」「モンテレー」
  軽巡 3
  駆逐艦 12
 第三群
  空母「レキシントン」「エンタープライズ」
    「プリンストン」「サンジャシント」
  重 巡  1
  軽 巡  4
  駆逐艦 13
 第四群
  空母「エセックス」「カウペンス」「ラングレー」
  軽 巡  4
  駆逐艦 14
 第七群
  戦艦「ワシントン」「ノースカロライナ」「アイオワ」
    「サウスダコタ」「ニュージャージー」
    「アラバマ」「インディアナ」
  重 巡  4
  駆逐艦 16


 米軍
  戦闘喪失
   46機
  不時着
   80機
 日本軍
  沈没
  空母「大鳳」「翔鶴」「飛鷹」
    給油艦「玄洋丸」「清洋丸」
    潜水艦
    「イ−10」「イ−184」「イ−185」
  「ロ−36」「ロ−42」「ロ−44」
  「ロ−105」「ロ−111」「ロ−114」
  「ロ−116」「ロ−117」
    (作戦期間に沈んだものを含む)
  喪失
  艦載機291機
    水上機 15機
  基地機140機

  (空母機392機、水上機31機という説もある)