アリューシャン(アレウト)列島の最西端にある島。アメリカ合衆国アラスカ州に属する。1942(昭和17)年5月5日、大本営は「敵の機動並びに進攻作戦を困難ならしむる」としてアリューシャン作戦を発動、6月8日キスカ島とともに占領した。43年日本軍は、防衛強化のために同島に対する援軍作戦として第五艦隊の派遣を決定した。3月27日、米マックモーリス艦隊は、第5艦隊を発見し先制攻撃を仕掛けるが、第5艦隊の兵力の大きさに気づき、退却を開始した。第5艦隊は、応戦し優位に立ったが、連絡ミスや通信機故障などのトラブルで追撃はせず、同島への物資輸送も中止してしまった。この問題で第五艦隊司令官細萱中将は更迭される(アッツ島沖海戦「コマンドルスキー海戦」)。5月12日、米軍は11000人を動員、上陸を開始した。5月30日同島守備隊は玉砕、戦死者は山崎保代大佐以下2638人、捕虜はわずか27人に過ぎなかった。大本営は、米軍に6000もの損害を与えたと発表したが、実際の米軍の人的被害は、死者600人余、負傷者1200人であった。守備隊玉砕はこれが最初であるが、隣接するキスカ島守備隊は、撤退作戦に於いて、艦隊が気象条件等に慎重に対応した事もあり、7月29日全員無事撤退に成功した。
アッツ島沖海戦(「コマンドルスキー海戦」)日米動員表
日本軍
第5艦隊(細萱戊子郎中将)
第21戦隊
重巡「那智」(旗艦)
重巡「摩耶」
軽巡「多摩」
第21駆逐隊
「若葉」「初霜」
護衛部隊
第1水雷戦隊
軽巡「阿武隈」
第6駆逐隊
「電」「雷」
輸送船団
「朝香丸」「崎戸丸」「三興丸」
米軍
巡洋艦隊(チャールス・H・マックモーリス少将)
重巡「インディアナポリス」「ソルトレークシティ」
軽巡「リッチモンド」
駆逐艦「ベーレー」「コグラン」「モナガン」
「デール」
損害
日本軍
小破
重巡「那智」
米軍
大破
重巡「ソルトレークシティ」