大陸打通作戦(たいりくだつうさくせん)

 一号作戦。1944年(昭和19)1月24日、大本営は西南中国の米軍航空基地、京漢線・湘桂線・粤漢線の沿線を攻略する目的で、支那派遣軍に出動を命じた。参加兵力40万人、馬7万頭、自動車1万2000両に及んだ。作戦は4月からはじまり、5月9日京漢線を打通、5月26日司令部を漢口に移動し、粤漢線打通作戦を展開し、6月18日長沙を占領、8月8日衡陽を占領した。8月、第6方面軍を新設し、第11軍、第20軍、第23軍、第34軍を動員し、湘桂打通作戦を開始した。11月には桂林に進出。12月には貴州省に入り、独山まで進出した。さらに広州に至る南部粤漢線打通作戦を行い、45年1月に全て終了した。一連の作戦で、多数の米軍航空基地を占領したほか、当初の作戦は成功したが、国民党軍の士気低下が勝利の原因と見られる。しかし、占領地に対する補給は維持出来ず、間もなく撤退し、戦略的な目的を達成できたとは言えない。