鈴木貫太郎内閣(1945.4.7〜8.15)

 小磯内閣の総辞職の後、早期和平派の皇族・軍人らの支持で、天皇に近かった鈴木貫太郎に組閣の大命が降った。その一方で、陸軍などは戦争継続を主張、最高戦争指導会議では、和平派と主戦派が対立し、5月14日には和平派の意見を受けてソ連仲介終戦工作を決定し、6月8日には主戦派に譲歩する形で本土決戦方針が決定する。また軍需生産に関する内閣の独裁権を強めた戦時緊急措置法、国民義勇兵を法的に定めた義勇兵役法を定めている。その一方で行われていた終戦工作は近衛元首相の訪ソなどをソ連が同意せず失敗。7月26日にポツダム宣言が出されると、28日鈴木首相は国内のラジオ放送で黙殺を発表した。8月1日頃から天皇聖断による終戦という形での工作が始まり、玉音放送、終戦詔勅などの準備を進めた。8月6日には、広島に原爆が投下され、8日のソ連参戦、9日の長崎原爆投下を経て、10日の最高戦争指導会議では、天皇が終戦を決定、なお反発する陸軍などに対して再度14日にポツダム宣言受諾を決定した。その後玉音放送用の録音が行われ、新聞各社に終戦詔勅の文面が送られた。15日早暁一部軍人と民間人によるクーデター事件が勃発し、一時皇居などが占拠されるが、早朝までに鎮圧され、15日正午に戦争終結の玉音放送と新聞朝刊の配布が行われた。その後同日午後に鈴木内閣は総辞職した。

【鈴木貫太郎内閣閣僚一覧】
 総理    鈴木貫太郎(海軍大将)
 外務    鈴木貫太郎(兼任)
       東郷茂徳(貴族院・無所属倶楽部) 45.4.9〜
 内務    安部源基
 大蔵    広瀬豊作
 陸軍    阿南惟幾(陸軍大将)
 海軍    米内光政(海軍大将)
 司法    松阪広政(貴族院・無所属倶楽部)
 文部    太田耕造(貴族院・無所属倶楽部)
 厚生    岡田忠彦(衆議院・大日本政治会)
 大東亜   鈴木貫太郎(兼任)
       東郷茂徳(兼任)         45.4.9〜
 農商務   石黒忠篤(貴族院・無所属倶楽部)
 軍需    豊田貞次郎(海軍大将)
 運輸通信  豊田貞次郎(兼任)
       小日山直登            45.4.11〜5.19
(5.19運輸通信省廃止、運輸省設置)
 運輸    小日山直登            45.5.19〜
 国務    桜井兵五郎(衆議院・大日本政治会)
       左近司政三(貴族院・同和会)
       下村 宏(貴族院・研究会)
       安井藤治(陸軍中将)       45.4.11〜
 書記官長  迫水久常(貴族院・無所属)
 法制局長官 村瀬直養(貴族院・研究会)