阿部信行内閣(1939. 8.30〜40. 1.14)

 ソ連と紛争中の最中に起こった独ソ不可侵条約で動揺した平沼騏一郎内閣が総辞職すると、湯浅倉平内大臣は、次期首相に池田成彬元蔵相を起用して情勢の打開を図ろうとした。しかし、近衛文麿が反対、結局陸軍から予備役大将の阿部信行が擁立された。
 昭和天皇は、組閣に当たって英米強調を条件とし、閣僚人選にも注文を付けた。その意に添って、畑俊六陸軍大将を陸相に、また対米外交交渉に野村吉三郎海軍大将を当てた。
 組閣後すぐに勃発した第二次欧州大戦では、不介入方針を表明。「支那事変解決に邁進する」との声明を出したが、大戦による貿易不振と気象異変による不作で、物価が高騰。10月18日に、9月18日の物価水準を維持する9・18物価統制令を出して調整を図ったが、物資不足が目立つようになった。闇取引が頻発し、国民の不満が高まると、政党を主体とした内閣不信任が決議され、帝国議会の大半が不信任に回った。
 一方、陸軍と一部官僚は少数閣僚制や貿易省設置を押し進めるが、外務省が反発。野村外相以下通商局の官僚全員が辞職を示したために、貿易省問題は撤回された。
 議会の不信任、国民の不信感、官僚同士の対立と問題が重なったことから、その波及を恐れた陸軍は内閣を見捨てることにし、40年1月14日、内閣は総辞職した。

【阿部信行内閣閣僚一覧】
 総理    阿部信行(陸軍大将)
 外務    阿部信行(兼任)
       野村吉三郎(海軍大将)         39. 9.25〜
 内務    小原 直(貴族院・同和会)
 大蔵    青木一男(貴族院)
 陸軍    畑 俊六(陸軍大将)
 海軍    吉田善吾(海軍中将)
 司法    宮城長五郎
 文部    河原田稼吉(貴族院・研究会)
 農林    伍堂卓雄(海軍造兵中将・貴族院・研究会)
       酒井忠正(貴族院・研究会)       39.10.16〜
商工    伍堂卓雄(兼任)
       伍堂卓雄                39.10.16〜
 逓信    永井柳太郎(衆議院・民政党)
 鉄道    永井柳太郎(兼任)
       永田秀次郎(貴族院・同和会)      39.11.29〜
 拓務    金光庸夫(衆議院・政友会)
 厚生    小原 直(兼任)
       秋田 清(衆議院・第一議員倶楽部)   39.11.29〜
 書記官長  遠藤柳作(貴族院・研究会)
 法制局長官 唐沢俊樹