第3次近衛文麿内閣(1940. 7.18〜41.10.16)

 第2次近衛内閣総辞職の直後、首相を推薦する重臣会議はすぐに近衛文麿を続けて首相とすることを決定した。近衛は、対米交渉を継続するため、反米派の松岡洋右をはずし、豊田貞次郎を外相に就任させ、他の閣僚もほぼ留任して内閣を成立させた。
 しかし、この内閣で、対米交渉を行おうとしたが、第2次内閣時に始まった南部仏印進駐計画を21日に日仏議定書で決定すると、アメリカは反発。7月25日に在米日本資産凍結を、8月1日に対日石油全面禁止に踏み切った。
 英国もアメリカに同調し、7月26日に在英日本資産凍結、日英通商条約・日印通商条約・日ビルマ通商条約の破棄を決定。オランダ領インドシナ政府も27日に在日本資産凍結を決定した。
 しかし28日、日本軍は南部仏印に進駐し、情勢は悪化した。
 近衛首相は、ルーズベルト米国大統領との直接会談を企図して解決を模索したが、実現せず、逆に軍部から打開策がないならば早期開戦をと迫られる。
 こうして9月6日、御前会議で「外交交渉ニ依リ十月上旬ニ至ルモ尚我要求ヲ貫徹シ得ル目途ナキ場合ニ於テハ直ニ対米開戦ヲ決意ス」との「帝国国策遂行要領」が決定した。
 10月上旬に至り、交渉進展が見られないため、近衛首相と東条陸相が対立、10月16日に総辞職に至った。

【第3次近衛文麿内閣閣僚一覧】
 総理    近衛文麿(貴族院・公爵・火曜会)
 外務    豊田貞次郎
 内務    田辺治通(貴族院・無所属倶楽部)
 大蔵    小倉正恒(貴族院・研究会)
 陸軍    東条英機(陸軍中将)
 海軍    及川古志郎(海軍大将)
 司法    近衛文麿(兼任)
       岩村通世              41. 7.25〜
 文部    橋田邦彦
 厚生    小泉親彦
 農林    井野碩哉
商工    左近司政三(海軍中将)
 逓信    村田省蔵(貴族院・同和会)
 鉄道    村田省蔵(兼任)
 拓務    豊田貞次郎(兼任)
 国務    平沼騏一郎
       柳川平助(陸軍中将)  企画院総裁 鈴木貞一(陸軍中将)
 書記官長  富田健治
 法制局長官 村瀬直養