海戦に至る経過
1942(昭和17)年7月、米豪連絡分断作戦のため、ガダルカナル島に上陸した日本軍は、飛行場建設にとりかかる。その完成間近となった8月7日、同島にアメリカ第1海兵師団1万1千人が上陸を開始。日本軍守備隊(海軍飛行場設営隊2571人と第84警備隊所属の150人)は、山中へ退却した。同日、ツラギ島にも第1海兵師団8千人が上陸、こちらでは日本軍守備隊(呉第3特別陸戦隊700人他)と交戦し、守備隊は玉砕した。
またラバウル航空隊の零戦18、艦爆9、艦攻27機が出撃し、米軍機21機を撃墜したが、6機が未帰還3機が不時着する被害を出した。翌8日も陸攻23、零戦14機が出撃し、駆逐艦1隻を中破、輸送船1隻を大破させるが、陸攻18機と零戦1機が帰らなかった。
大本営は、ガダルカナル島の飛行場が敵に奪われることを懸念し、連合艦隊第8艦隊は、米軍撃破のためにラバウルを出港。8日夜、ソロモン中央水路で米艦隊をとらえた。
日本軍
第8艦隊(三川軍一中将)
重巡「鳥海」(旗艦)
第6戦隊(五藤存知少将)
重巡「青葉」「古鷹」「衣笠」「加古」
第18戦隊
軽巡「天龍」「夕張」
駆逐艦「夕凪」
他に特務艦「宗谷」など1隻と輸送船「明陽丸」が参加。
米豪軍
南方部隊(クラッチレー少将)
重巡「オーストラリア」「キャンベラ」「シカゴ」
駆逐艦「パターソン」「バークレー」
北方部隊(リーフコール大佐「ビンセンス艦長)
重巡「ビンセンス」「クインシー」「アストリア」
駆逐艦「ヘルム」「ウィルソン」
東方部隊
軽巡「ソンシュアン」「ホバート」
駆逐艦「モンセン」「ブキャナン」
レーダー哨戒部隊
駆逐艦「ブルー」「ラルフ・タルボット」
損害
日本軍
小破
重巡「鳥海」
戦死35人
米軍
沈没
重巡「キャンベラ」「アストリア」「ビンセンス」
「クインシー」
大破
重巡「シカゴ」
駆逐艦「パターソン」「ラルフ・タルボット」
戦死1270人