スペイン・フランコ政権

 スペインで第二次世界大戦を挟んで36年間続いた反共独裁政権。
 1936年2月、選挙の結果人民戦線派が勝利を収めアザーニャ新政権が誕生すると、反共派だったモロッコ駐留軍のフランコ将軍が7月18日に反乱を起こした。フランコは、ドイツ・ナチス政権、イタリア・ファシスト政権の軍事供与を得たため、アザーニャ政権をソ連が支持、また世界中から政府軍に加担するため、個人的義勇軍が参加した(日本人もいる)。
 10月、ブルゴスにフランコを主席として国民政府が樹立。本格的な内戦となる。この戦争は、ロバート・キャパの写真やピカソのゲルニカで有名になった。
 39年、国民政府軍が人民政府の首都マドリードを陥落させ、内戦は終結。独裁政権が樹立した。
 日本はこの内戦の最中の37年10月に人民戦線政府と国交を断絶、フランコ政権を承認した。フランコ政権が内戦に勝利し、国家政権となると、外交窓口の一つとなった。  しかしフランコ政権は枢軸側の敗色が濃くなると中立的になり、45年4月、マニラでのスペイン人宣教師殺害事件がきっかけで日本と断交した。
 戦後、反共の立場からアメリカに接近し、ファシズム系の国家として残る。日本とは56年に外交を再開。フランコはバスク人など国内の独自文化を持つ人々を抑圧するなどした。独裁政権は75年にフランコが死去するまで続き、その後、スペインは王室が復帰し立憲王国となった。