溥儀(Pu yi)
 1906.2.7〜67.10.17。
 愛親覚羅氏。字(あざな)は浩然。光緒帝の甥(皇弟醇親王の長男)。1908年3歳の時、西太后の意志で帝位に就く。辛亥革命で清朝は滅び、最後の皇帝となる。革命後中華民国臨時政府の袁世凱が策した清室優待条件により「大清皇帝」として柴禁城に居住していたが、24年馮玉祥のクーデターによる国民軍の北京占領で、優待条件を失って天津に移り住んだ。31年関東軍の接触を受け、日本公使館や日本租界で暮らす。32年満洲国成立で執政に迎えられる。34年皇帝即位。45年8月の日本敗戦で満洲を脱出し日本へ向かおうとしたが、ソビエト軍に抑留される。チタ、ハバロフスクの収容所に送られる。46年8月極東国際軍事裁判に出廷、日本軍によって皇帝となったと証言している。50年中国に身柄を移送。戦犯として撫順、哈爾浜の収容所で生活した。59年釈放。北京文史資料研究委員会に勤務した。政治協商会議全国委員。自伝「我が半生」ある。