袴田里見(はかまだ さとみ)
1904.8.11〜90.5.10。青森県出身。
1919年上京。新聞配達員をしながら中学に通うが、学費滞納で中退。北海道などで働く。震災後再上京し、24年東京合同労働組合にはいり専従役員。25年日本無産青年同盟結成に参加、またモスクワのクートベ(東洋勤労者共産主義者大学)に留学する。この間日本共産党に入党。28年4月卒業し帰国。6月検挙される。32年10月出獄。地下活動に入り、日本共産党東京市委員、中央委員候補となる。33年12月スパイ査問事件を行い、小畑達夫が死亡する。34年4月中央委員となるが35年3月検挙。スパイ査問事件で懲役13年。45年10月釈放。70年幹部会副委員長。77年スパイ査問事件のことで、宮本委員長を非難し反党活動で除名処分。