トルーマン(Harry Shippe Toruman)
1884.5.8〜1972.12.26。ミズーリ州出身。
高校卒。第1次大戦後カンザスシティの民主党員ペンダーガストに見込まれて政界にはいる。群判事を務めた後、34年ミズーリ州選出上院議員に当選する。民主党に所属し、40年再選。44年にルーズベルト大統領のもとで副大統領に選ばれる。45年4月大統領が急死すると大統領に昇格したが、当時のアメリカでは殆ど無名の存在であった。ポツダム会談に出席し、戦争集結について話し合う。国際連合機関の創設や対日原爆使用を決定した。終戦後は戦後処理に当たる。47年ソビエト勢力の拡大に対し、トルーマン・ドクトリンを発表し、自由陣営の援助を決めた。48年ベルリンが封鎖されると空輸作戦を命令。同年の大統領選挙では、民主党分裂にも関わらず勝利し、福祉国家計画の「フェアディール政策」を唱えた。NATOやアンザス条約を成立させ、50年朝鮮戦争が勃発すると米軍派遣を決定している。この戦争では中国攻撃を主張したマッカーサー司令官を解任した。またCIAの設置など政府機構の改革を行っている。