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「きれいだな。」 夕暮れの海を見詰め、日向マコトはそうつぶやいた。 燃えるような夕焼けが、青く広がるエーゲ海を茜色に染めている。 だが、季節外れの砂浜には、マコトたちの他に人影は見当たらない。 「そうですね。」 マコトの横に立ち、そういうマリコであったが、その視線は海ではなく、マコトを見つめている。 気のせいか、その瞳はどこか寂しげである。 どちらかといえば童顔なマコトであるが、こんな表情をすれば、歳相応には見える。 頬にある傷痕のせいもあるかもしれない。 その傷が、この4年間のマコトたちの戦いと、そして成長を端的に表していた。 「やっぱり…」 ややあって、マコトはマリコのほうを見やる。 「止めても無駄です。私も、行きます。」 その表情で、マコトの言いたい事を悟ったのか、マリコはそう言った。 「でも、君は女の子なんだし。」 「あら、じゃあマヤさんはどうなるんです?それに葛城さんだって…」 言ってから、マリコはミサトの名を出した事を後悔した。複数の意味で。 だが、マコトは別段それを気にするような素振りは見せない。 内心はともかく、だが。 「私…」 それで、マリコの気持ちは分かる。だが、分かるからこそ、逆に待っていて欲しい、という想いもマコトにはあった。 「わかった。マリちゃんは、僕が守る。」 連れて行くべきか、そうでないか。正しい答えなどは存在しない。 それでも決断は下さねばならない。 迷いは、戦場では死につながる。 だから、マコトは決意した。 マリコを守ってやる事で、シンジを守り切ったミサトに少しでも近づきたいという想いが、そこにはあったのかもしれない。 マコトたちの前には、まるで血に染まったかのような、真っ赤な海が広がっていた。 冬月たちの元に来客があったのは、翌早朝の事であった。 「アスカ…」 驚いてみせたマヤではあったが、内心、どこか予想していたような向きもある。 「やはり、来てしまったか。」 それは冬月も同じであったらしく、そう言っただけで、アスカを咎めるような真似はしない。 実際のところ、相手の戦力を詳しいところまで把握しているわけではない。 それに対し、こちらは数が少ない。 少数精鋭、といえば聞こえがいいが、寄せ集めの感は否めない。 アスカとてそれなりに戦闘訓練は受けている。 正直、貴重な戦力である、という思惑も冬月にはあったのかもしれない。 ただ、 「なるべくなら、女の子たちは巻き込みたくなかったんだけどな。」 というのが最上トモアキの意見であった。 "トライデント"でも"JA"でもなどと、軽口をたたいてみせた彼であったが、状況はそれほど楽観視できるものではない。 トモアキや時田の持つ旧戦自のラインや、マコト、シゲルたち旧ネルフの面々の"つて"などを使っても、戦車や戦闘機などを調達するのは困難であって、結局白兵戦を仕掛けなければならないというのが事実なのだ。 ロードス島にわたるための船でさえ、ようやく手に入れた、という有り様である。 彼らは今、船上にあった。 港で冬月たちにアスカが追いつけたのが、幸運だったのかどうかはともかく、ドイツからのささやかな援軍を加え、今、エーゲ海の真ん中にいた。 冬とはいえ、地中海特有の穏やかな気候、青い空と青い海。 空も海も穏やかであった。 こんな状況でなければ、バカンスを満喫できるところなのだが、生憎そんな心境ではない。 マコトたちなどは、"彼ら"を追い求め、結果"戦い"となったのも一度や二度ではなかったが、それでも、戦場へ赴く、というのはやはり気分のいいものではない。 元々戦いが好きなわけではないのだ。 戦いなれている、といえばアスカが一番経験があるのだが、生憎、白兵戦の経験はない。 状況次第によっては、かつてのマヤのようになる可能性もある。 ましてやマリコやリリーなどは、そんな経験すらない。 彼女たちにすれば、好きな人のそばにいたい、という想いが戦いに赴かせているだけなのだ。 それでも、多少なりとも訓練は受けているので、足手纏いにはならない、という考えがあるが、実戦でどれほどの役に立てるかは疑問である。 それがわかっていても、そうしなければ戦力不足を解消できないのが、彼らにとっても思案のしどころであった。 「まったく、黙り込んじゃって。悩んだからって勝てるわけじゃないでしょうに。」 そうは言うものの、そのアスカの言葉も強がりでしかない。 ただ、カラ元気も元気のうち、という言葉もある。アスカは気付いていないが、カラ元気にもそれなりに効果はあるものだ。 「まったく、その通りだな。」 そういう冬月は、無論その効用を知っている。 アスカのそんな一言で、ほんの少しでも心が軽くなる事は確かだし、そのほんの少しが、生死を分ける場合もある。 ただ、それでも彼らに迷いはない。 それぞれの瞳には、確かな輝きがあった。 それから小一時間ほどで、冬月たちは目的地に到着した。 決戦の地、と入っても、それは冬月と、"彼ら"にとってのもので、この島に住む人々には関係のない事である。 白い砂が敷き詰められた砂浜と、まるで砂浜に会わせたような、地中海特有の白い壁の家々。 そこには普段通りの生活、平和がある。 だからこそ逆に、冬月たちはごく普通に港に船を寄せた。 その方が怪しまれないからである。 もっとも、得体の知れない連中を相手に、そういった正攻法がどこまで有効なのかは疑問であったが、無駄と思える事でも、やれる事はすべてやってみなければ不安が一層募るからでもある。 「ここからは、車になります。」 先行していたシゲルと時田が、黒いバンから下り立って、冬月たちを促す。 当然、武器を持って街中をうろつくわけにも行かないので、急いで車に武器を運びいれる。 「しっかしまあ、拳銃やら小銃はわかるとして、バズーカなんてものまでよく手に入れたわね。」 あきれながら、アスカはなんとはなにしにケンスケの顔を思い浮かべていた。 だが、同時にヒカリやトウジ、そしてシンジの顔も思い浮かんできて、アスカはかぶりを振ってそれらを頭から追い出した。 「まったく、栄光あるエヴァのパイロットが、まるでゲリラね、これじゃあ。」 「文句を言うくらいなら、こなくともよかったのですよ。」 「アンタたちだけじゃ頼りないでしょうが。」 「偉そうな事を言って、足手纏いににはならないようにお願いしますわね。」 「その言葉はそっくりそのまま、あんたに返してあげるわ。」 アスカとマリィがそう言い合う。 そんなアスカの態度も、マヤやシゲルらにとっては、逆に懐かしささえ感じれれるようで、思わず顔がほころぶ。 「はい、シロウ様。」 そんな横で、リリーは甲斐甲斐しく時田の世話を焼いている。 時田とて朴念仁ではないから、美人に迫られれば悪い気はしない。 まあ妹−それも歳の離れた妹である−と同い年、というのが気にはなるところだが。 ただし、リリーも状況はわきまえているため、必要以上にべたべたとするようなところはない。 マリコも似たようなもので、何かとマコトのために世話を焼いている。 言い合いをしているアスカやマリィはともかく、トモアキやシゲル、マヤにとってはなんとなく見せ付けられているような気がしてくるのだが、冬月が黙って見ているだけなので、でしゃばって注意する、というのもなんとなく気が引ける。 どこか和やかな雰囲気が流れている。 だが、それも次の言葉で終りを告げた。 「着きました。」 運転手のシゲルが車を止め、そういう。 さっきまでの浮かれたような雰囲気はどこかへと消え、一同に緊張感がみなぎってくる。 先ほどまでのはしゃぎ方が、実戦を前にした緊張の反動だとわかっていたからこそ、冬月も何も言わなかったといえよう。 「ここ、ですか?」 怪訝そうな顔でマコトがそういう。 目の前にあるのは、どう見ても遺跡のようなものであった。 大理石で出来た、幾分崩れかけた建造物がある。 アテネにある神殿のような感じであろうか。 元々このあたりの島々にはこういった遺跡は多く、そう珍しいものではない。 第一、崩れかけたその遺跡は、"隠れ家"とするのに適切だとは、とても思えなかった。 季節ではないから、冬月たち以外に人影は見えないものの、観光名所といった方が正しいかもしれない。 「こういう方が、帰って怪しまれないものさ。」 言うが早いか、冬月は歩き出した。 そしてある一点で立ち止まる。 「ここだな。」 「なるほど、秘密の入り口、というわけですね。」 「まったく、それを見つけるのにどれだけ苦労したか。」 見た目は何ら変わる事はない、だが、床石の一部をシゲルが外すと、底には深い縦穴があいていた。 ご丁寧に、地下へと下る梯子も設置されている。 だが、上からその底を窺い知る事は出来ない。 「入り口は、ここしかないのですか?」 「そうだ。」 「でも、こんなとこをノコノコと下りてったら、下から狙い撃ちされるんじゃない?」 とアスカは文句を言うが、方法がこれしかなければ、突入をする覚悟ぐらいはある。 もともと、あれこれと思い悩むのは性に合う方ではない。 やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい、と思うのがアスカであった。 ただ、その想いが、素直になれないがゆえに恋愛方面にだけは向いていかないのが、なんとも皮肉なところでもある。 「行くわ。」 文句を言いながら、アスカは真っ先に中へと飛び込んだ。 一同の心配をよそに、底へ下り立つまでの間、誰も何も仕掛けてくる事はなかった。 かえってこういう安全なところにこもっているというのは、危機感を薄れさせるものなのかもしれない。 かつての、ネルフのように。 そんなことを考えて、冬月は苦笑した。あの時とまったく逆の立場にいる自分に対して。 古代の遺跡の地下。しかしそこには近代的な設備が整っていた。 いや、近代的、という表現は正しくないかもしれない。 明らかに、現代の文明レベルをはるかに超えた建造物である。 壁ひとつとっても、材質すら判別のつかないもので出来ている。 梯子はどうやら後からかけられた様で、天井に当たる部分に無理やり開けられた穴の中は、通路のど真ん中であった。 下ってきた距離を考えれば、本来の入り口は海の底、というあたりであろうか。 「で、どっちに行けば・・・」 とアスカが行き先を確認しようとした時、 「何者だ!」 「質問を変えるわ、突破するの?反対へ逃げるの?」 言いながら、戦闘体制を取る事は忘れない。 「位置から考えれば、突破するしかないな。」 パン、と銃声が響く。 叫びながら、シゲルは現れた男を射抜くと、走り出す。 眉間から血を流し、うめく間もなく倒れた男を尻目に、アスカたちも走り出した。 ふと気付くと、アスカはマリィ、マヤと3人だけになっていた。 シゲルの銃声を皮切りに、現れる"敵"と戦いながら走るうち、どうやら散り散りになってしまったようだ。 「たいしたことないわね。」 銃に新しい弾をこめながらアスカがそう言う。 それはたぶんに強がりなのだが、思ったほど手応えがなかったのも確かであった。 どこか戦いなれをしていないと感じる。 「皮肉なものでね、私たちがこれまで戦ってきた末端の連中は、雇われ者ばっかり。上の事なんかなんにも知らないわ。そういう連中に頼り切ってるから、いざって時にどうにもならない。」 「見つからないって変に自信があるから、警備もおざなり。」 そんなマヤとマリィの言葉に、どこか"敵"の不自然さを感じるアスカ。 どこか抜けている、というかアンバランスな気がする。 あまりに考えばかりが大それていて、行動が伴っていないのだ。 「それにしても、なんでこんな頼りないメンバー。」 『アンバラスなのはこちらも同じか。』 そう考えながらアスカはマヤとマリィの顔を見つめ、つぶやいた。 「はぐれちゃったね。」 「すいません、足手まといみたいで。」 どうやら自分たちが"敵"を一番多く引き付けたようだ、とマコトは感じていた。 全身が返り血で真っ赤に染まっているのがその証である。 誰か一人でも辿り着き、"方舟"さえ破壊できれば何も問題はない、そのために囮になる覚悟はある。 ただそれは、犠牲になる、という事ではない。 後ろにいるマリコのためにも、死ぬわけにはいかない。 マコトには、"命を懸ける"という事の本当の意味が分かっていた。 そして、なぜ、何かを守ろうとしているものが強くなれるのか。 守るものがある者は、死ねないのだ。死んだら、その先誰がそれを守るというのだろう。 そして、死ねないからこそ、命を懸けるという事に意味が生じてくる。 いつ死んでもいい、などと思っているものの命など、懸けるに値しないし、そんなものを懸けたところで、覚悟は伝わってはこない。 その意味でマリコがそばにいる、というのは実はマコトにとって重要な事でもあった。 そのマリコは、血濡れのマコトとは対照的に、ほとんど返り血を浴びていない。 くせのあるその髪に、わずかに赤いものがついているだけである。 だがその体は小刻みに震えていた。 「マリちゃん・・・」 そんなマリコの体を、マコトはそっと抱き寄せた。 「侵入者です。」 深海か、または宇宙(そら)を思わせるほど、深い深い闇の中。 女は冷静にそう言い放った。 攻め入られている、という焦りのようなものは一切見られない。 闇の中で、その表情は、いや顔そのものすらも判別はつかない。 「状況は?」 その闇の中にいま一人、声からすると初老の男性のようだが、やはりその姿は見えない。 「もってあと15分、というところでしょうか。」 「仕方ないか、元々我々は野蛮な戦いなどには向いていない。」 どこか人を見下したような言い方をする。 『所詮は寄せ集めの、頭でっかちの集団ね。"神"を名乗ってみせてもこの程度か・・・』 そんな思いを抱いた女であったが、それを口にする事はない。 女が思うように、彼らの組織"エホバ"は、事実寄せ集めの集団でしかない。 世界を変革したい、という想いはあれど、それを実行できなかった者たちを、ここにいる男が利用しているだけなのだ。 全ての元凶が、ただ一人の男にあるという事など、無論冬月たちですら気付いていない。 もっとも、この男とて、単に血に縛られているに過ぎないのだが、それには気付かない。 自分が、宿命を持って生まれてきた、などと言われれば、それに酔うか、つぶされるしかないのが人間という生き物であるからだ。 そして男は、間違いなくそんな自分の立場に酔いしれていた。 だから男は、そんな女の思いを知りつつも、さして意には介さなかった。 もとより、自分以外の者が当てになるとも思ってはいない。 もともと、"エホバ"などと名乗っている事からもそれはうかがえる。 神の名を、それもその名が正しい呼び名でないと知りつつ、組織にその名を与えているのだから。 「"方舟"さえ無事ならいくらでもやり直しなどきく。"監視者"は私一人いれば十分だ。」 今一つの名を持ち出し、男はゆっくりと両目を閉じた。 |