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この季節にしては珍しく雷鳴が轟き、外は嵐の様相を呈していた。 街外れの喫茶店。 ここにいるのはシンジ、マナ、レイ、そしてユカの4人だけである。 真相を知りたいのはトウジたちとて同じことであり、現にケンスケはそれを強硬に主張したのだが、トウジやヒカリにたしなめられ、渋々ながら席を外していた。 「さて、なにから話そうかしらね。」 そういってユカは、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。 「昔々、今の人類が誕生する前。この星には別の文明が栄えていたわ。」 「失われた古代文明ってやつね。よくある話だわ。」 母の言葉に、別段驚きもせずマナは言った。 「そこにすむ人々が、元々地球にいた種族だったのか、それとも異星人であったかは今となっては分からないけど、確かにその人たちは存在した。そして滅びてしまった。」 「天変地異とか、発達しすぎた文明の反動とか、ですか?」 今の人類を見ても、そういった要因は容易に想像できる。だからシンジもそう尋ねた。 「違うわ。」 そういってもう一度コーヒーを口に含む。 「種の、寿命だったのよ。」 「寿命?」 「人が一人一人に寿命があるように、種族にもやはり寿命は存在するわ。そしてそれは避けられない運命。」 「滅びを免れることは出来ない。そして彼らは考えた。」 ユカの言葉をレイがつないでいく。 「自分たちを継ぐ者を造ることを。」 「じゃあ、今の人類は。」 「シンジ君なら知っているわね、"使徒"と呼ばれるものが人間の別の可能性であるということも。」 「はい。」 「人も使徒も、彼らがその手で造り上げたもの。」 確かにシンジはそれを聞かされていた。だからそれほどの驚きはない。 マナにしてみても、この事は聞かされてはいなかったが、わりあい冷静に受け止めることが出来ていた。 今までの事を考えたなら、なにがあっても不思議ではないからだ。 「"神"、我々の造物主であることに変わりはないから、便宜上そう呼ばせてもらうけど、その"神"には更にもう一つの考えがあった。」 「もう一つ?」 「次の人類が永遠に生き延びるために、人類の候補、すなわち使徒たちを争わせることを考えたのよ。定期的にね。」 「そして、その争いに勝ったものが次の人類となる。」 「サードインパクト、一般的にそう呼ばれているものは旧人類の一掃と新人類の新生のための儀式。過去にも何回か行われているわ。聖書にも残っているようにね。」 ユカの言いたいことが、旧約聖書のノアの方舟であることは、シンジとマナにも想像がついた。 「今の人類は、十八番目の使徒、ということになっているけど、本来は第二使途、リリスから生まれ出でたもの。ようするにこの前の競争はリリスが勝った、ということね。」 「そして今の人類が次の争いに勝つためには、リリスへと戻るしかない。ロンギヌスの槍、というのはそのための鍵なのよ。」 「滅ぶか、リリスへと戻るか。結局、今の人類が生き残るすべはないのね。」 それがマナの感想であった。 「そうね、結局サードインパクトは起こるもの。そしてその方法も幾通りかあったわ。」 そういってユカはため息を吐く。 「ひとつは使徒のどれかがアダムにたどり着くこと。元々アダムっていうのは第一使徒、つまり人の可能性の一つでしかなかった。アダムは"神"の力をもっとも色濃く継いでいたのだけれど、その反面、繁殖能力が皆無だったの。だから、サードインパクトを起こすための鍵、ブービートラップにされた。」 一呼吸おいて、ユカはマナとシンジを見つめる。 「もう一つはゼーレがやろうとしたこと。知っての通りロンギヌスの槍というのは人の形を無に返す能力があるわ。アダム、またはリリスと同等の力を持つエヴァシリーズの力を合わせ、サードインパクトを起こす。」 ゼーレ、という名前ぐらいはシンジも冬月から聞かされていた。だが、その詳細も、目的もシンジは知らない。 「もっとも、確実性には欠ける方法なのだけれどね。半ば成功したのはシンジくんと、エヴァの中のユイの力があってこそ、だから。」 ユカの口から母の名が出てきたのは意外であったが、それにはシンジは触れなかった。 「ゼーレの人たちはなにが目的だったんですか?」 「彼らは真相を知らないわ。ただ、自らの手によってサードインパクトを起こせば、人が次のステップへ進めると、信じ込まされていただけ。まあ、あながち間違いではないけどね。」 「信じ込まされていた?誰に?」 「"監視者"と呼ばれる人たちよ。」 「監視者?」 「簡単に言えば、"神"の血をひき"神"の後継者たる資格を持たない者たちね。そして後継者が誤った道へと進まないよう、監視するための者たち。」 「"神"の後継者って、どういうことなんです?」 「サードインパクト後に次の人類を導いていくもの。旧約聖書のノアも、そうであったかもしれないわね。そして・・・サードインパクトを起こすもう一つの方法、"方舟"を動かすことの出来る者。碇の、血をひくものよ。」 「碇の、血・・・」 「"碇"という名字は偶然ではないの。"方舟"を繋ぎ止め、解き放つ。文字どおり"錨"の意味を成しているのよ。」 「それが、僕なんですか?」 「正確には違うわ。碇家、というのはね、その"神"の血を守るため、代々女の子が一人しか産まれないの。けれどそれでも徐々に血は薄まっていく。血を濃くする方法って分かる?」 その答えはシンジにもマナにも容易に導き出せた。ただ、それが許されることだとは思えなかったが。 「近親、相姦?」 恐る恐る尋ねる娘に、母はフッと微笑んだ。 「さすがにそこまではしないわ。"時期"が近づくと碇家に双子が産まれる。それぞれが子を産み、その子供たちの間に出来た子、それが真の後継者になるのよ。」 「じゃあ、シンジは?」 「後継者の父親、となるべき存在ね。」 思わずマナはシンジの顔を見る。 そのシンジは、サードインパクトの後の光景を思い出していた。 アスカと二人、取り残されたあの時。思えば、あれこそが"神"が意図した状況だったのかもしれない。だから、シンジはそんな自分の素直な思いをユカたちに話した。 「そのシンジくんを思いは、まあ正しいわね。ただ、あなたの相手はそのアスカさん、だっけ、ではないけど。」 「じゃあ。」 「"後継者"っていうのは状況次第によっては人類を滅ぼすもの。そんなものを生み出すわけには行かない。だから引き離したのよ。」 「引き離したって、そんな・・・」 「私たちもね、そんな運命なんて信じていたわけではないわ。でもね、生まれたばかりの赤ん坊がひかれ合うような光景を目にすれば、それを信じる気にもなるわ。」 「そんなことがあったんですか?」 「シンジくんが、生まれた時の事よ。」 「お母さんも、そこにいたの?」 マナがユカに尋ねる。 「ええ・・・、そして、あなたもね。」 「マナ、が?」 ここまで話を聞けば、シンジにも予想はつく。もう一人の、碇の血を継ぐ者の名が。 「じゃあ、あなたは。」 「私の昔の名は碇ユカ。あなたのお母さん、碇ユイの双子の姉よ。」 全ては仕組まれた運命であった。 マナと出会い、こうしてひかれあったことも。 しかも、人類を滅ぼすために。 もはやシンジには、ユカやマナの声は届いていなかった。 フラフラと夢遊病者のように立ち上がる。 「シンジ?」 「先に、戻ってるよ。」 生気のない声で、一言そう言い残すと、シンジは、また、走り出した。 激しい雨の中を。 「シンジ!」 「待ちなさい、マナ。」 慌てて後を追おうとするマナを、ユカが止める。 「でも!」 「大丈夫。必ず彼は戻ってくるわ。私の甥っ子だもの・・・。それに、ユイの子供なんだから・・・・」 そういってユカはシンジが去った後を見つめた。彼女の目には、そこに妹、ユイの姿がダブっていたのかもしれない。 「それにね、話はまだ終わっていないわ。」 「お母さん・・・」 「戦いは、これからなのよ。碇の血を継ぐ者としてではなく、一人の女として、あなたはシンジくんを支えていかなければならないのだから。」 マナにしてみれば、シンジに運命の相手がいて、それが自分であるというのは正直衝撃ではあったが、嬉しくもあった。 もともと、物事を後ろ向きに考える方ではない。 「シンジくんを好きだというあなたの気持ちを、信じてね。」 そういう母の言葉に大きく頷くマナ。 その気持ちすら、仕組まれたものである可能性があるのだが、そんな風にマナは考えない。 運命を受け止めても、それに流されたり、負けたりということはしないのが彼女である。 敗北の定義、というのがある。乱暴な話だが、本人が負けた、と思わない限り、それは負けではないのだ。 負け惜しみではない。常に勝とう、と思わないものに、勝利は得られないのだから。 そしてマナは、その事を知っていた。だから、運命に負けた、などとは考えない。 「戦い、か。」 だが、その響きにはやはり憂鬱なものを感じる。元々戦うのが好きではないのだから。 「彼らも焦っているのよ。セカンドインパクト起こし、あまつさえ使徒と同等の力を持つ、人が人のまま生き延びる唯一の手だて、エヴァンゲリオンを我々が作り上げてしまった。」 「ゼーレをそそのかしてサードインパクトを起こしたものの、"神"の血をひくパパ本人にそれを阻止された。」 「ユイをエヴァにとりこまさせてまで、本来のシナリオを書き換えてまで、サードインパクトを起こすことのみに固執したのに、ね。」 「エヴァって、いったいなんなの?」 「使徒のコピーよ。だから槍を使ってサードインパクトを起こすことも出来る。少々方法としては回りくどいけどね。それを人が扱えるようにするため、"方舟"の制御ユニットのコピーをすえつけているだけ。」 「制御ユニット?」 「そう、だからエヴァのパイロットにはある一定の資格が必要なのよ。」 「方舟が、"神"の後継者以外に動かすことが出来ないように。」 「エヴァも方舟も使徒も同じ。ただ、使徒はプログラムが組まれているから、言ってしまえば自動で動くのだけれど、エヴァや方舟はそうはいかない。」 「そしてその中には必ず、いわば人柱となった人の魂が埋め込まれている。」 「すなわち操縦者の資格とは取り込まれた魂の血を、ひいていることに他ならない。」 「もっともエヴァは、模造品だから結構その辺が曖昧だったりするのだけれど、それでも資格を持つものにしか確実に動かすことは出来ない。初号機とパパの様に。」 「シンジのお父さんって言うのも、そういったことを全部知っていたのよね?」 そのマナの問いに、ユカは小さく肯く。 「ゲンドウさんがやりたかったのはいわば裏技。神の計画通りに進めながら、結果として人類が生き残るすべなのよ。」 「裏技?」 「そう、アダムと使徒が接触すれば双方が消滅してサードインパクトが起きる。ところがリリスは抜け殻、綾波レイとして魂だけが抜け出したせいもあるけど、そのため、アダムと接触してもサードインパクトは起きない。けれどアダムは消滅するから計画としては一応終了ということになる。屁理屈かも知れないけれど、リリス、すなわち今の人類が勝利した、というかたちでね。」 「神の計画を逆手に取ろうと?」 「そういうことね。ただ、抜け殻のリリスが自分からアダムに接触することは出来ない。だから自らの身にアダムを宿らせ、リリスと一つになろうとした。」 「でも、それじゃあ自分が消滅しちゃうんじゃ?」 といいながらマナは、自分が同じ立場にいれば、同じことをしたかもしれないとも思っていた。 「まあ、あの人の場合、それでユイに会える、というのもあったからでしょうけれど。」 それはなんとなくマナにも納得が出来る話である。 あの世で一緒になる、というのは馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、本当に人を好きになればそれも理解できるというものだ。 「慎重に慎重を重ね、監視者の目をごまかすためシンジくんも遠ざけた。監視者を恐れているように見せかけるため。ただ、結局初号機を動かすためにシンジくんを呼びもどすことになってしまったけど。」 「監視者の狙いはなに?」 「さっきも言った通り、方舟を動かし、サードインパクトを再び起こすこと。本来この"儀式"というのは次の人類を決める意味がある。方舟っていうのはいわば最後の手段、リセットボタンのようなものでね、その分確実にサードインパクトを起こせる。有無を言わさず。儀式の意味を放棄してまで、彼らはそれを望んだのよ。まあ、いいかえれば私たちがそこまで追い込んだとも言えるのだけれど。」 「ところがお兄ちゃんが14歳になり、ようやく方舟を起動するための資格を得た時には、その方舟は破壊されていた。冬月さんたちの手によってね。だから彼ら、いえ、監視者はもうあの人しか残っていないから、彼は、というべきね、その彼はパパとママを殺し、お兄ちゃんをさらいこの時代へと来た。方舟がまだ存在する世界へ。」 「未来を、変えるために?」 そのマナの問いに、だがレイは小さくかぶりを振った。 「少し、違います。15年後の世界では、もう少し"時間"というものについて解明されています。そして分かったことは、過去は変えられない、ということ。」 「変えられない?」 「ええ、たとえ過去に戻って歴史を変えたとしても、別の未来の可能性、パラレルワールドの様なものが生まれるだけ。未来から来た、その人が戻るべき"現在"は依然として残ったままであるし、その人が帰れる未来も変わらない。」 「レイちゃんの言葉をもう少し補足するならね、AとBという選択肢があるとして、現実にAを選んだ時、同時にBを選んだらどうなるか、といういわば裏世界が誕生するのよ。」 「ちょとまって、じゃあ・・・」 時田がやろうとしていることも、レイが阻止しようとしていることも、意味がない。たとえレイが時田の目論見を阻止したとしても、同時に目論見が成功する世界が誕生するのだから。 「ママの言いたいことはわかる。でも、少なくとも私の見ている前でそれを起こさせたくない!お兄ちゃんも取り返して、パパとママの敵を・・・」 唇を噛み、必死に涙を堪えるレイの肩に、ユカがそっと手を置く。 「それでも、ここに来てくれたことに意味はあるわ。ありがとうレイちゃん。」 そしてマナの方を向き直る。 「それに、レイちゃんには意味がなくとも、今を生きている私たちには大きな意味がある。わかるわね、マナ。」 「選べる未来は幾通りもあるかもしれない。でも現実に私たちが選ぶ未来は一つ。そしてそれは私やシンジが殺されるような、レイが悲しむような未来ではない。」 力強く、そう言うマナにユカは静かに肯く。 「みんなが、幸せになれる未来を、必ず掴み取ってみせる。」 「そうです。」 涙を拭いて、レイも力強くそういった。 「"神"の計画が完璧なら、私は生まれるはずがないんです。私は碇の血をひいていながら、後継者ではない、いわばイレギュラー。でも・・・」 「だからこそ、それこそが、人の未来への希望でもあるわ。未来は自分たちの手で創っていくものだ、というね。」 その母の言葉に、大きく頷くマナ。 その瞳にはしっかりとした決意が浮かんでいた。 だが、おそらくこの戦いのもっとも大きな鍵を握るであろう人物、碇シンジは、今まだ、雨の中をさ迷っていた。 |