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京都府立明神高校。 相田ケンスケと、山岸マユミの通う高校である。 その朝、ケンスケたちのクラスは騒然としていた。 転校生が来る、という話題がクラスを駆け巡ったためである。 それも3人。いずれも金髪の美女、というのがもっぱらの噂であった。 国際化が叫ばれて久しいが、やはりこういった日本人特有の外国人に対する意識、みたいなものは変っていないようだ。 ちなみに、その噂の出所は、相田ケンスケその人である。 詳しい内容は彼とて掴めているわけではないのだが、それでも短時間でここまで情報を集めてくる、というのはさすがである。 当然、ケンスケ自身も転校生には興味がある。 いつまでもシンジやトウジにばかり良い目を見させておくのはやはり悔しいようだ。 ただ、もしも転校生の名を知っていれば、こういった反応は出来なかったのであろうが。 「まったく、どうしてこう男子ってのは馬鹿で阿呆なのかしら。」 そんな喧燥を横目で見ながら、初瀬イスズはつぶやいた。 転校生が男であったなら、おそらく逆の立場なのだろうが、話している当人たちに、それは気付かない。 「やっぱり、男の子ってああいうものなんでしょうか。」 やはりどこか控えめに、マユミが相づちを打つ。 「気になるんだ。相田の事?」 そんなマユミの物言いが、ケンスケへの嫉妬にでも聞こえたのか、マユミの横に立つもう一人の少女、石見チハルはそんな風にからかった。 「ち、違います・・・」 無論、マユミの中にある"男の子"のイメージというのは碇シンジその人なのだが、イスズやチハルはシンジと面識がないのだからしょうがない。 イスズとチハル、数少ないマユミの友人である。 「やっぱり、外人て胸大きいのかな。」 馬鹿みたい、と言いながら、やはりそれなりに気にはなる。 そして同性としてはどうしてもそういったところに興味があるようだ。 そう言っているイスズも、胸は大きい方であり、マユミなどはいつも羨望の眼差しを向けていた。 「私とどっちが大きいかな。」 とチハルも胸を突き出すようにしてそう言う。 もっとも彼女の場合、胸が大きい、というよりは、全体的に太めと言った方が正しい。 それでもやはり羨ましいのか、思わずマユミは自分の胸と見比べ、ため息を吐く。 そんな教室内の喧燥も、始業のチャイムとともに静まる。 平時であるなら、教師が入ってこようが静まるような彼らではないのだが、やはりこういった"イベント"があれば話は違う。 やがて、ガラリ、と戸を開け担任の女教師が入ってくる。 年齢としては葛城ミサトや赤木リツコ、無論生きていればの話だが、と同世代なのだが、どことなくおばさん、という雰囲気がある。 むしろマナの母ユカの方が若いように、ケンスケには思えた。 当然、ケンスケの興味をひくところではないのだが、人柄と面倒見が良く、割と生徒からは人気があった。 ただ、今、生徒たちが興味があるのは、その後から入ってくる3人の美少女の方であった。 「じゃ、3人とも中へ入って。」 そう促され、3人は教室の中へと入る。 オオー、という喚声とともに、 「アアーッ!」 と思わず立ち上がって叫ぶものが一人。 「あら、相田じゃない。久しぶりね。」 教室のほぼ中央で立ちすくむケンスケに向かって、アスカはそう言って微笑んだ。 「まったく、何でアタシがいまさら高校生なんかやらなきゃいけないのよ。」 ぶつぶつと文句を言うアスカを、しかしマリィやケンスケはなんとなく安心した表情で眺めていた。 アスカらしさ、とでも言おうか。 だが、対照的に、もう一人の転校生、リリーはどこか沈みがちな表情である。 「まったく、男の一人ぐらいで。女々しいですわよ。」 詳しい事情はともかく、この一人の美少女の悩みの原因がある一人の男だと知り、落胆したものは少なくなかった。 ケンスケもまた、その一人である。 まあ、3人のうち、2人までが知り合い、それもあまりいい思い出のない、であれば残る1人に期待したくもなるのが、人情というものであろう。 無論、ケンスケもそのリリーの想い人が、あのワカバの兄であるとは知らないし、アスカたちもあの時田の妹と、ケンスケ、ひいてはシンジたちが知り合いであるなどとは知らない。 それがこの先、悲劇につながるということも。 「マリィにだってそのうち分かるようになるわ。好きな人でも出来れば、ね。」 そういうリリーの声には、しかしいつもの勢いはない。 好きな男を目の前でさらわれ、更には敵対する可能性があるとまで言われれば、陽気になれ、という方が無理である。 「わ、私は別に。好きな、男なんて…」 「好きな男、か。」 「はあ。」 マリィ、アスカ、そしてマユミ。3者3様に思うところがあるようであった。 唯一の男性であるケンスケは、トウジやシンジに比べればこういったことには敏感であるが、さすがに彼女たちの想い人の名までは思い至らない。 もっとも正確にはマリィについてだけで、アスカとマユミが誰に想いを寄せているか、などということはケンスケでなくとも分かることであるのだが。 シンジ以外の人間には。 「そう言えば、確かマリィさんにも好きな人がいらしたんでしたっけね。この日本に。」 悩みを抱えていても悪態をついてみせるのは、リリーもまた、カラ元気の効用を知っているからに他ならない。 前向きに生きていく術を知っているのだ。 「あ、あんなジャージバカなんて…」 そんなリリーの皮肉でも、思わず焦るのはそれが図星をつかれているからに他ならない。 そして、焦ったマリィの一言は、アスカとケンスケにその相手の名前を容易に想像させてしまうこととなった。 「ふーんトウジねえ。」 「まったくヒカリといい、鈴原なんかのどこがいいんだか。」 「な、なにを。べ、別に私はあんなのは…。だ、大体アスカさんだって碇君なんかのどこがいいのか、私には分かりませんわ。」 「な、何でそこでシンジの名前が出てくるのよ。アタシは別に。」 「まあまあ、二人とも。」 「落ち着いて下さいよ。」 止めに入るケンスケとマユミであるが、当然、聞いてなどもらえない。 「「フン!」 お互いにそっぽを向き、別々の方向へと歩き出す。 「あ、あの…」 「ほっとけばいいのよ。あれがあの人たちのペースなのだから。」 心配そうに見つめるマユミだが、リリーはさして気に留めた様子もない。 時田の事があるというのもその一因ではあるが、目立たないためには、普通の高校生を装う必要があるからである。 "敵"に対して顔が割れているのだから、白々しいといえば白々しいのだが、あくまで日本に来たのは、単なる留学、といったスタンスをとっているのが、彼女たちである。 "方舟"が日本にあることは間違いないし、敵、味方共にそれを知っている、という事実が公然のものである以上、あまり意味はないのだが、こうやっていわば道化的な役回りを演じることで、冬月たちから目をそらさせる、という意味もある。 ただ、だからといって無用に目立ちすぎれば、意味もなくシンジやマナ、レイを巻き込むことにもなりかねない。 どれほどの意味、効果はあるかは甚だ疑問ではあるが。 結局、不自然であっても、"任務"という匂いをさせてはならない。その意味では、アスカやマリィの言い合いなどはほおっておいた方が良いと思うのが、リリーの考えであった。 「まったく。何でアタシがシンジなんか…」 そう一人つぶやいては見るが、あまりに説得力のない言葉である。 言い合いの後、誰も止めるものもなかったため、アスカ、マリィ、リリーたちはバラバラに行動することになってしまっていた。 アスカやマリィなどは、どちらかといえば単独先行型であるし、こういったことは珍しい方でもない。 アスカとて、任務を忘れているわけではないから、別に自暴自棄になっているわけでも、いじけているというわけでもない。 結果論ではあるが、一人の方が動きやすい、と思うタイプであるから、逆にこういった状況がありがたくもある。 むしろ結果論であるからこそ、不自然さを感じさせずに、バラけることが出来た、と考えるのがアスカであった。 「シンジ、か…」 日本行き、というのは避けられない状況であったし、それを拒否することはアスカには出来なかった。 冬月たちが強要した、というわけではない。 コケにされたまま、おめおめと引き下がれない、アスカのプライドの問題である。 一度首を突っ込んだ以上、最後まで見届ける腹積もりであった。 それでもやはり、日本へいく、となればシンジのことが頭を過ぎるし、それが憂鬱の種にもなる。 シンジに会いたくない、というわけではない。むしろ、心のどこかでは、シンジに会いたいと思っていた。4年の間、ずっと。 ただ、マナが横にいる姿を見て、冷静でいられる、という自信もなかった。 シンジを好きだ、という気持ちは、今をもって認めてはいない。 ただ、本人が認めていない、というだけで、シンジを好きな気持ちに、変わりがあるわけではない。 むしろ、会えない分、想いは募っている。 マナがいなければ、会った瞬間、シンジに抱き付いていたかもしれない。 けれど、それは出来ないことなのだ。 だから、シンジには会えない、会わないと心に決め、日本へと来た。 同じ街にいると入っても、京都とて狭い街ではない。会わずに済ます自信はあった。 その矢先の、ケンスケとの再会である。 シンジの通う学校は調べ、そこをわざわざ避けたのだが、ケンスケの居場所までは掴んでいなかった。 ケンスケの顔を見れば、いやでもそれはシンジを夢想させるし、また、ケンスケがこの街にいて、シンジと接触がないとは考えにくい。 そうなれば、ケンスケの口からシンジに伝わることになるだろうし、当然シンジはアスカに会いに来るであろう。 会いに来てくれる、というのは単純に嬉しいのだが、そこにマナの姿があれば、それはシンジがアスカに対し、なんの想いも抱いていないという証になってしまう。 それが怖いのだ。 単独行動に出た、いやどこかでそうしたいと思ったわけもそこにある。 ケンスケの口をふさぐのは簡単かもしれないが、それで後ろめたい思いをするのもいやだし、言い訳を考えるのも面倒くさい。 かといって、ケンスケに全てを説明する気にもなれなかった。 第一、アスカとて全てを知っているわけでもないし、したがって、シンジに対しても巻き込みたくない、という以上の言い訳を思い付けない。 一人になれば、とりあえず今日はシンジと会うこともない。 問題を先送りにするのはアスカの好むところではないが、今のアスカにはこれしか仕様がないのが事実であった。 そのまま会わずに逃げ切れれば、それで良いのだ。 だが、 運命というものは、そして現実というものは時として虚構よりも劇的で、残酷なものであることを、アスカは思い知らされることになる。 「ふう。」 アスカがその日何度目かのため息を吐いた時、 ドンッ、という衝撃とともに、アスカは何かに衝突した。 「な、なによ、危ないわねえ。」 と、文句を言うが前も見ずに歩いていたのだから、アスカにも非はある。 もっとも、それを素直に認める惣流アスカではないが。 「ご、ごめんなさい。慌ててたもので。」 ぶつかってきた少女はそう言って謝った。 だが、アスカにはその中学生ぐらいの少女の、やけに明るい声が、何やら癪に障った。 だからといっていくらなんでも頭ごなしに怒鳴りつけたりなどということはさすがにせず、不快感の原因を確かめようと、顔を上げ、少女を見た。 無論アスカはその少女が綾波レイ、いや、碇レイ、という名であることなどは知らない。 「ほんと、ごめんなさいねー。」 アスカの不快感を感じ取ったのか、レイは慌てて立ち上がると、そそくさと駆け出していく。 普段ならこのまま済ますようなアスカではないのだが、なぜだか、レイの顔を見てその場を動けなくなっていた。 おそらくは直感であろう。 もとよりレイと言う少女は、シンジと、マナと、そして綾波レイの面影を強く残している。 マナやシンジがそれを無意識のうちに感じ取っていたように、アスカもまた、同じ思いを抱いていた。 ただ、マナやシンジがそこに安心感、安らぎを覚えていたのとは対照的に、アスカにとってそれは不安を与えるもの以外の何者でもなかった。 そしてその不安は、次の瞬間、確かな絶望へと変わった。 「あー、またママったらパパを一人占めして。」 先ほどの少女とおぼしき声がして、アスカは振り向いた。 そして、少女が母と呼んだ女性を見る。 そこにいたのはアスカとほぼ同年代、いや間違いなく同い年の少女であった。 「霧島、マナ…」 そして、当然のように、父と呼ばれた少年も、そこに、いた。 「シンジ…」 常識的に、冷静に考えたなら、それが理に適っていないことは分かる。 そもそもアスカは真実を知らされてはいないのだから。 18の少年少女に子供がいる、というのはあることでも、それが14の少女だと言われて信じるものはいないだろう。 仮に信じたとて、実の子、などという発想が思い浮かぶはずもなく、何らかの事情がある、と考えるのが人間である。 そして、そうすれば、その事情の内容は分からずとも、目前の嫉妬という感情から目を背けることは出来る。 だが、今のアスカの内情は違っていた。 レイやマナ、何よりシンジの面影を持つ少女がいて、その少女がシンジを父と呼ぶ。 既にそれは確信に近い。 「一人占めも何も、元々シンジは私のなの。」 耳に入ってくるそんなマナの声が、その確信をより強くさせていく。 理屈ではない、感覚的なものである。 マナとレイの会話が、本当の親子のものであるように感じるのだ。 そしてその直感は、残酷にも、正しい。 そんな光景に耐えられず、アスカは踵を返すと、歩き始めた。 やがてそれは早足へと変り、いつしかアスカは、走り出していた。 止めど無く流れ落ちる、涙とともに。 「惣流・アスカ・ラングレーね?」 息が切れ始め、歩みを止めたアスカに、そう話し掛けてくるものがいた。 その声に思わず身構えるアスカ。 「アンタ・・・」 敵である、と直感した。 その直感が確信できるほど、悲しいほどに今日のアスカの勘は冴えていた。 「そう構えなくとも良いじゃない。あなたに、教えてあげようと思っただけなのだから。」 そこにいたのは、仮面の女。あの時、時田シロウの横にいた女である。 あの時は、顔も、声も確認は出来なかった。 今、仮面の下から聞こえてくる、くぐもった声は、アスカにも聞き覚えのある声。 だから、敵と知りつつも、その話をアスカは聞く気になった。 ・ ・ ・ 「嘘・・・」 そう口にしてはみるが、女の話は、先ほどアスカが感じた直感を肯定するものに他ならない。 信じられない、ではなく、信じたくない。そんな気持ちがそこにはある。 「なんで、アタシに・・・」 そんな話をしたのか。命を狙っていたはずなのに。そうアスカは思うが、言葉が口から出てこない。 なにがショックなのか、自分にも分からない。 「あなたが、必要なのよ。我々はね。」 真実を話したからといって、それでアスカが寝返るとは思えない。だが、その女の言い方は、暗にアスカを必要でないと、そうシンジが思っているかのように感じさせた。 そして事実、アスカにはそう感じられた。 自分が、何よりシンジにとって、必要のない存在だと。 それはアスカの中のトラウマと一つになり、ある想いへとつながる。 「アタシの事なんて、誰も必要してくれてないくせに。アタシなんて・・・」 「そうね。でも、現存する二体のエヴァのうち、一体はあなたにしか動かせない。だから我々はあなたを必要としているのよ。戦力が、乏しいからね。」 捉えようによっては、いや、考えなくとも、女の言いようは、アスカにとってあまりに残酷である。 惣流アスカ、という一個人の価値を、全面的に否定しているのだから。 否定され、打ちひしがれ、そして僅かに残る自らの存在価値にアスカはすがった。 女の口から出た、エヴァという言葉、エヴァンゲリオンのパイロットとしての存在意義に。 「弐号機が、あるのね?」 「私を、誰だと思っているの?」 仮面で顔を隠したその姿を見れば、あまりに滑稽な言い回しであるが、その答えは、アスカにとっては十分すぎた。 「運命を変えるには、もう、これしかないのね。」 そのアスカの想いが、間違ったものだということをおそらくは知りつつ、女は頷いた。 そして、その日を境に、惣流アスカは、人々の前からその姿を、消した。 |