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「ワカバお姉様が行方不明って、本当ですか?」 その朝は、そんな一言から始まった。 ヒカリとマナのものとに、駆け込んできたのは確か天城ミキという名の女生徒である。 学年はマナたちより一つ下。 時田ワカバ親衛隊の、自称親衛隊長であった。 「ワカバお姉様・・・」 そのミキの後ろで、もう一人、1年生とおぼしき女生徒が心配そうな表情を浮かべていた。 ポニーテールの似合う、なかなかの美少女である。 「まったく。」 その少女の顔を見て、ヒカリは思わず頭を抱えた。それにはしばし、わけがある。 「お姉様、お姉様ってねぇ。」 文句を言うヒカリを、マナはちょっと可笑しそうに眺めていた。 「だって心配なんですもの。はあ、お姉様・・・」 もう一度、少女はそう言うとため息を吐いた。 「まったく。」 それに合わせたかのように、ヒカリはあきれつつ、つぶやいた。 「そういう態度はないんじゃない?お姉ちゃん。」 そういってその少女、洞木ノゾミは悪態をつく。 「大体行方不明ってねえ、お兄さんとどこかに出かけているだけなんだけど・・・」 そうは反論するヒカリであるが、半分は事実、半分は嘘である。 ワカバの兄、時田シロウは今や紛れもなく敵であった。 そして事の中心にいるのがシンジやマナである以上、ワカバとてまったくの無関係というわけにも行かなくなる。 当然、そこに当人の意志が入り込む余地などはない。 だから、断定は出来なくとも、この状況を考えれば、ワカバの身に何かあった、敵の元にあるのではないか、ぐらいの推察は出来る。 「ほんとにー?」 疑わしそうな目を、ノゾミが向ける。 だいたいが平然と嘘をつけるタイプではない。 むしろ感情が表に出やすい方であるし、そうであるから、ヒカリのトウジへの想いなどというものも、当のトウジ以外の人間には容易に想像がつくことになるのだ。 ましてや実の姉妹である、嘘をつきとおせるとは思えない。 ただ、だからといって真相を話せるわけでもないし、白々しくとも嘘をつきとおすしかない。 そういうヒカリの気持ちがわかるから、無論、マナも余計に口を挟むことはしない。 「ふう。」 なんとかノゾミたちを言いくるめ、撃退したところでヒカリは大きくため息を吐いた。 「たいへんそうやなあ。」 さも他人事の様に、トウジが話し掛けてくる。 なにをのんきな、と怒りたい気持ちもあるが、反面、なんであれ心配してくれる、というのはヒカリとしては嬉しいところでもある。 それに、ノゾミに対して、余計なことを言わなかった、というだけでもトウジにしてみれば上出来であるから、それでほっとしているという向きもあった。 ただ、妹を巻き込まずにすんだ、という安心感はあっても、それで問題が解決したわけではない。 真剣な顔でヒカリはマナの方を見つめると、どちらともなく、小さく頷く。 角度的な問題で、シンジやトウジからはその表情は読み取れない。 顔を見れば、今のシンジとマナの関係なら、お互いに何を考えているかは読み取れる。 ことさら言葉の要る関係ではない。 見えていたなら、そのマナの表情に秘められていた決意も、分かったのであろうが、今のシンジにそれはわからなかった。 だから、問題が拡大していき、そして、悲劇の再会の伏線ともなる。 マナにヒカリ、そしてレイにマユミまでもが失踪した時、シンジは己の至らなさを痛感していた。 状況を考えれば、マナたちがワカバを助けにいく、ということは考えられることである。 ただ、そうであるとしても、何らかの相談を持ち掛けてくれるとは思っていたし、そうでるなら、冬月たちに協力を仰ぐことも出来た。 マナ一人ならともかく、ヒカリやマユミもついていれば、感情だけの軽挙妄動には及ばないだろう、という読みの甘さであった。 「なんや、みずくさい。」 と言ったのは、シンジと二人、取り残されたトウジである。 シンジもそう思わないではないが、トウジよりは幾分、マナたちの気持ちがわかる。 シンジたちを巻き込みたくない、という彼女たちなりの優しさである。 ただ、シンジとて無関係ではない。どころか、問題の中枢にいるといっても良い。 にもかかわらず、シンジに何も告げなかったのは、女の友情か、何にせよそういった何かがあったのであろう。 どちらにしても、シンジはマナたちを責めるようなことは言わず、黙って行動を開始した。 シンジやトウジの考えは、だが多少外れている。 彼女たちとて、シンジやトウジ、多少少女的表現をするなら、愛する人、を巻き込みたくはない、という優しさはあっても、現実として、どこかで彼らを頼らざるをえないこともわかっている。 元より彼らを当てにしていないわけでも、のけ者にしていたわけでもなかった。 第一、ワカバを助ける、といったところで、その居場所すら分かってはいない。 だから、ひとまずは居場所を探し出し、その上で改めてシンジたちに相談すればいい、と考えていた。 どちらかと言えば軽い気持ちである。 不謹慎と言えなくもないが、そもそもさらわれた、と言う確証があるわけではないし、また仮にそうだとて、さらったのが実の兄であるなら、今すぐにどうこうされる事もない、という考えもあった。 その考え自体は、間違ってはいない。 だが、予想外のことは、起きるものであった。 「怪しい。」 そういうマナの台詞は今日5度目。 「はいはい。」 もはやヒカリもまともに聞いていない。 「まったく、ママの勘も当てにはならないわね。」 勘、というか怪しげな廃屋を見つけるたびにこの台詞である。 「はあ。」 マユミまでもが思わずため息を吐く。 けれど、情報が乏しいのだ。怪しいと思うものは片っ端から当たっていくしかない。 ただどこかで、これで見つかるはずもない、という思いもある。 動いていなければ、不安に駆られるから、だから行動しているに過ぎない。 だが、えてしてそういう気持ちの時ほど、核心に触れてしまうこともある。 「あ、あれ?」 レイが指差す方向にいたのは、仮面の女。 無論、レイはその女も、そしてその正体も知らない。 だが、街外れとはいえ、仮面で素顔を隠した女を見て、怪しまないものはいないだろう。 「ほら、大当たり。」 言ってはみるが、そのマナも少々困惑気味であった。 安易に見つからない、という思いがあるから、見つかった時の予想をしていなかったせいである。 だから、気も緩むし、簡単に後ろを取らせることにもなってしまった。 「なにをしてるんだい?」 その声が、どこか優しげであったせいもあるであろう、警戒もせずに、4人は振り向いた。 だが、そこにいたのは、女と同じような仮面をした、一人の男。 「おいたは、いけないな。」 そして、彼女たちは、たった一人の男の手によって、あっさりと、捕らえられた。 マナにしてみれば、わざと捕まってみることでワカバの所在を突き止める、という目論見もなかったではないが、そんなことを考える間もなく、彼女たちは捕らわれの身となってしまった。 4人もいれば誰か一人ぐらいは逃げおおせると思うのが普通であるはずなのだが、その隙すらなかった。 それほどに、男の動きは洗練されていた。 もっとも、男の立場になって考えれば、おそらくマナやレイなどは顔が知られているのだろうし、冬月たちとの繋がりとて考えられる。 そうであるなら、彼女たちをここで逃がすことは、彼らにとっては致命的な失策となりうるわけである。 だから、一人とて逃がすわけにはいかないというのはわかるし、それだから、本気になって捕まえにいく、というのも分かる話だ。 だが、それにしても4人もの人間をあっさりと捕らえてしまう、というのは、たとえそれが戦闘能力のない少女たちとはいえ、驚嘆させられるものである。 しかし今は、そんなことに感心している場合ではなかった。 マナたちにとって、一つ幸運だったとすれば、捕らわれた先でワカバと再会できたことであろう。 が、この状況で助けに来た、というのも、いささか説得力に欠ける。 「で?なにしにきたわけ?」 だから思わず、ワカバもそんなことをいってしまう。 「そういう言い方はないんじゃない?助けに来てあげたってのに。」 「どこが。」 けれど、そう悪態を付き合いながらも、どこか皆、ほっとしている向きもある。 ワカバにしてみれば、状況は何一つ好転はしていないのだが、それでも、話し相手がいる、というのは心理的に助かるものであるし、一人では出来なくとも、数がいればできること、ということもある。 逃げる策として。 一方のマナたちも、ワカバが無事で元気であるならそれに超したことはない。 それを確認できただけでも上出来である。 もっとも自分たちも捕まってしまっては、いささか間が抜けているが。 「ほんとに、間抜けが顔をそろえているわね。」 どこか聞き覚えのある声がして、マナたちは振り向いた。 そこに立つ女性の顔。 レイやワカバには面識がなかったが、マナやヒカリにとってはあまりに見知った顔である。 マユミにいたっては、つい最近会ったばかり。 「アスカ、さん・・・」 だが、そのアスカの雰囲気はとても"助けにきた"といえるようなものではなかった。 そしてそのわけを、マナは、知っていた。 自分に、そしてレイに向けられた、憎悪の視線。 アスカの気持ちがわかるからこそ、その気持ちが読み取れた。 シンジを奪った、憎い相手。今のアスカの中には、それしかない。 視線が交錯し、張り詰めた空気が漂う。 その意味は分からなくとも、アスカが友好的でないことだけはわかる。 「なんで・・・」 そう問おうとしたマユミを、だがヒカリが制した。 ヒカリとて、マナとアスカの間になにがあったか、知っているわけではない。 だが、アスカの気持ち、アスカがシンジを好きだという想いも、おそらくは当のアスカよりも知っていたし、そうであるなら、そして、今目の前の状況を考えたなら、二人の間、いやシンジも含めた三人の間で、何かしらのことがあった、ぐらいの想像は出来た。 古今東西、男女間のもつれで争いになる、などということは珍しいことではない。 主義主張がどうとか、という問題ではなく、そういった感情論で、アスカが敵に回る、というのも考えられないことではない。いや、それどころか、納得さえ出来る話である。 そして、もし、アスカが真実を知ってしまっていたとしたなら、尚更。 「知って、いるのね?」 その言葉が、アスカにとって辛い記憶を呼び起こすものであることを知りつつ、ヒカリは尋ねた。 親友であるが故に、親友であるからこそ、自分が聞かなければならない、確かめなければならない。 辛く、痛みを伴うものであったとしても、アスカを救うためには知らなければならない。 そしてそれを聞けるのは、ヒカリしかいないのだ。 マナがそれを尋ねたなら、それはただいたずらに、アスカを刺激するだけだから。 そんなヒカリの問に、アスカは何も答えなかった。 だが、きつく結ばれた唇と、真っ直ぐにマナを見つめるその視線が、すべてを物語っていた。 「みんな、滅びてしまええばいいのよ。」 そう一言だけ言い残すと、アスカは踵を返し、その場を去っていった。 それが、全ての答えであった。 「ママ・・・」 心配そうな視線を、レイはマナへ向ける。 事情は知らなくとも、大体の事はレイにも察しがついた。 レイだけではなく、マユミやワカバにも。 が、辛そうな顔をしていたマナであったが、やがてゆっくりと顔を上げる。 「わかってた、ことよね。」 どこか諦めにも似た呟きを発し、一つ、ため息を吐いた。 「アスカさんを救う、なんて思い上がったことは言わない。シンジをアスカさんに譲る、なんて傲慢なこともしない。私は私で、戦っていかなきゃならないもの。」 それは、一つの決意である。 少なくとも、今のアスカの目には迷いも後悔もなかった。 それはマナから見た、勝手な感想だったかもしれないが、一面の、真実でもある。 悲痛な決意、決して、今のアスカが幸福でないこともわかっている。 だが、マナにアスカを救うことは出来ない。 人には、出来ることと出来ないことがある。 だからマナは、自分に出来ることを、自分がしなくてはならないことを、しようと、決めた。 「私は、アスカさんと、戦う。」 アスカを救うことは出来なくとも、止めることはできるから。 そのマナの目にも、迷いはなかった。 だがしかし、そのマナの決意が報われることはなかった。 シナリオは最悪の方向へと、この時、走り始めていたのである。 アスカを止める者、そしてアスカと戦う運命にある者、それは・・・ 待ち受けているのは、お互いにとって、あまりに残酷な運命。 だが、もしかするとそれは、アスカにとってはむしろ、幸福なことだっだのかもしれない・・・ |