|
「おそらくは、捕まったと考えるのが妥当ね。」 そう言って霧島ユカはフウ、とため息を吐いた。 マナたちが失踪して半日、ユカのところへ相談へ言ったシンジが幸運だったのは、その場に冬月たちも居合わせたことであろう。 が、そこにマリィとリリーの姿はない。そしてアスカも。 無論、シンジは彼女たちが冬月と行動をともにしていることなどは知らないし、リリーにいたってはお互いに面識すらない。 当然、この場に居合わせない人間の事で疑問を持つようなこともなかった。 「ミイラ取りがミイラ、とは良く言ったものね。まったく、間が抜けているというかなんというか。誰に似たのかしら。」 マナがその場に居合わせたなら、間違いなく母親に、といったのであろうが、もちろんユカの頭の中にそんな考えはない。 無論、そう言いつつも娘を心配していないわけではないのであろう。ただ、自分がオロオロして、シンジたちに無用に心配をかけることを嫌っての言動である。 もっとも、ユカの態度がどうであれ、シンジが心配性であることには変りないし、そういう言動をされてしまうと、逆に自分は、あるいは自分が、といったかたちで心配を背負い込んでしまうのが、碇シンジという少年であった。 どこか、それをわかっていたから、心配するのはシンジの役目、とユカが思ったというのも逆にあったかもしれない。 「ま、何にせよ、心配ばっかしとっても埒はあかんわな。」 トウジもまた、くよくよと考え事をするタイプではない。悩むのはもっぱらシンジやケンスケ任せであった彼である。 だからこそ、彼らの仲もうまくいっているのかもしれなかったが。 結局、同じタイプの人間ばかりが集まっても、前には進めないものなのだ。 それは、シンジとマナの関係にも言えることである。 結局シンジの様なタイプに必要なのは前向きに生きていける人間である。 かつて、ケンスケがシンジにこう言ったことがあった。 シンジが幸せになるためには、誰を選ぶべきか。 そのたとえは、シンジがお化け屋敷に入ったとして、どうすればきちんと最後まで行き着けるか、というものであった。 基本的に、シンジ一人ではおそらく前には進めないであろう。 誰かと二人で一緒に入るとして、ケンスケは4つの例を挙げた。 アスカ、レイ、マユミ、そしてマナ。 まず真っ先に、マユミは論外である。 根本からして彼女はシンジと似通っている。本質的に同じといっても良い。 そうなると、お互い、傷をなめ会うことは出来ても、前に進むことなどは出来はしない。 心の平穏は得られても、それではまったく意味を成さない。 次に綾波レイ。 彼女の場合、おそらくはシンジのことなど構わずに、1人で行ってしまうであろう。 無論、これはケンスケの主観によるもので、綾波レイという少女の、表層的な部分しか知らないからからみた場合の感想に過ぎない。 実際は、多少は違ってくるのであろうが、だが、丸っきりの的外れ、というわけでもない。 予想、としてはありえることである。 この場合、一つ利点があるとすれば、シンジが置いていかれることを嫌がり、レイの後を負う可能性がある、ということである。 現実に当てはめれば、それはシンジに自立を促す、ということになる。 ただ、危険な賭けであることも否めない。 アスカやマナであれば、そういった危険性はない。 二人とも、どちらかといえばみずからが主導権を握って、前へと進んでいくタイプである。 そして、遣り方こそ違えど、シンジを見捨てるような真似はしない。 安全に、確実に、シンジは出口へと辿り着くことが出来るであろう。 結果だけを見れば同じこととなるのであろうが、だが、その過程において多少の、だがおそらくはシンジにとって重要な、違いが生じてくる。 アスカはおそらく一方的に、マナはシンジを励ましながら、出口へと導いていくであろう。 どちらがシンジにとって為になるのか、それは明白である。 そしてそれこそが、ケンスケの言うところの、アスカとマナの差であり、シンジがマナを選んだことの正しさの証明ということになる。 もっともこの論理は、再会した当時アスカを傷つけたことに対して自責の念に駆られていたシンジを励ますためのものであって、マナをことさらに持ち上げているわけではないのだが、あながち間違いでもなかったことは、今のシンジとマナの関係を見ていれば分かることである。 それは、今この場のシンジの気持ちが、あらわしていた。 「なにがあっても、マナたちを助ける。」 そこにあるのは強い強い意志。 ともすれば危険な方向へと突っ走りかねないものではあるが、確かにシンジはこの4年の間に、強くなった。 「気持ちはわかるが、あまり突っ走らない方がいい。」 「そうだ、シンジくんも狙われているってことを、忘れちゃいけない。」 「私たちにまかせて、ね。」 そんなシンジを心配して、冬月が、シゲルが、そしてマヤがそうシンジをなだめる。 感情というものが理屈で割り切れないとわかってはいても、それが大人の論理であった。 それに現実に自分が側していなければ、シンジの気持ちなど分かりはしない。 その意味で言えば、守るべき人、想いを寄せる人がすぐそばにいるマコトやマリコの方がシンジの気持ちが理解できたし、当然、まったく同じ立場のトウジもシンジと同じ思いであった。 だから、 「でも、シンジくんの気持ちも分かります。こんな時にじっとしてるって、その方が辛いって。」 そう言うマリコの脳裏を、リリーの姿がかすめる。 「僕たちが、シンジくんと一緒に行きます。」 「そうや、わいかておるんや。」 そう彼らに言われ、冬月は多少困惑の表情をみせる。 気持ちは理解できるが、だからといっておいそれと賛成できるものではなかった。 だが、 「良かろう、そうまで言うなら。だが、」 そう言って冬月は目をつぶり、一呼吸おくとシンジたちの顔を見据えた。 「必ず、生きて帰ってこい。」 「冬月先生にしては、ずいぶんと青いことをおっしゃるんですね。」 シンジたちがいなくなってから、ユカはそう言って冬月を皮肉った。 「若さゆえ、か・・・」 その皮肉を、冬月は意に介してはいない。 言っているユカにしても、嫌味、というよりはからかいに近いものがあり、その表情は暗いものではない。 「若さゆえの過ち、と責めるのは簡単だ。だが、若者の可能性を摘み取るのが年寄りの仕事ではないからな。」 「ひどいですわ、その言い方じゃ私まで年寄りみたいじゃないですか。」 そう言って冬月とユカは、笑顔を交わした。 「さて、どないしたらええんかいな。」 勢い込んで出てきたまでは良かったが、気合いを入れたからといって先に進めるわけでもない。 手がかりがない、だが、だからといって闇雲に探し回って、マナたちの二の足を踏むわけにもいかなかった。 もっとも、トウジがそこまで深く物事を考えていたかどうかは甚だ疑問であるが。 少なくともシンジはそれを危惧していたし、マコトやマリコなどは当然、その可能性を頭においている。 「シンジ!」 まずは情報集め、と腹を決めようとした時、シンジは聞き覚えのある声に呼び止められた。 ケンスケの声である。 振り向いたシンジたちはそこにケンスケと、その後ろから歩いてくる二人の美少女の姿をみとめた。 マコトとマリコには良く見知った顔。シンジとトウジも,うち一人の顔は知っていた。 「「ああー!」」 その一人を指差し、シンジとトウジが驚きの声を上げる。 それはちょうど、4年前にアスカが転校してきた時の、その時のリアクションに似ていた。 あまり良い思い出のない少女、できれば会いたくない少女の顔が、そこにはあった。 「あら、碇くん、に・・・鈴原くん・・・お久しぶりね。」 微妙な言いまわしをするその少女は、もちろんマリィ・ビンセンスである。 トウジの名を呼んだマリィの顔が、心なしか赤らんでいたことに、もちろんシンジやトウジが気付くはずもなかった。 マリィ・ビンセンス。 規格外の適格者、と呼ばれた少女である。 実戦には向かないが、様々な試験を行なうための、いわばテストパイロット。無論、エヴァンゲリオンの、である。 エヴァが実戦を行なったのは日本、第3新東京市を中心とした地域のみ。 無論アダム、あるいは黒の月などの確固たる理由があっての上のことではあるが、事情を知らない人間からみればかなり特異な状況となる。 その特異な状況下にあれば、エヴァに関わる人間は、どこかで第3新東京市に赴かなければならなくなることも起きるであおるし、事実として、マリィも2度ほど、第3新東京市を訪れていた。 そして諸処の事情から、アスカと同じように、14という歳で大学を出ているだけの頭脳はありながらも、一時的にシンジたちの中学に通ったこともあった。 そんな中で彼女はシンジたちと出会っていたのである。 もっともシンジやトウジには、彼女の我が侭と高飛車な態度に振り回された、という思い出しかなかったが。 「いないんだ。行方不明なんだよ。」 そんな3人の内面の葛藤になど気付かずに、ケンスケはそう切り出した。 どこか、その表情には焦りが見える。 「うん、わかってる。」 それがマユミのことを指しているのだろうと、シンジは思った。 だから、安易にそう答えた。 だが、ケンスケが指していたのは彼女ではなかった。 「知って、たのか?アスカの、こと。」 「「「アスカが!?」」」 異口同音にそう返したのはマコトとマリコ、そしてシンジ。 だたしその意図するところは若干違う。 「アスカが、帰って来てたんだ・・・」 そのシンジの言葉には、複雑な想いが込められていた。 ケンスケが妙に焦っていたわけ、それはマリィとリリーから事情を聞かされたからである。 アスカが行方知れずとなった時、2人はケンスケに協力を求め、その際、状況が状況である、ということから、ケンスケに情報を与えたのであった。 どちらかといえばケンスケはネルフに近い人間である、という認識があったせいもあろう。 だが、一般に近い人間に情報を与えることに危険性もあったが、結果、それは功を奏した。 ただしそれで事態が好転したわけでも、彼らの気持ちが軽くなったわけでもなかったが。 彼女たちの情報と、ケンスケのもつシンジがらみの情報、その二つを総合し、かつ最悪の事態を予想するなら、 アスカが敵の手に落ちた、いや、自らの意志で寝返った、という想像も出来た。 だからこその焦りである。 そして、おそらくは正しい答えであろうその想像はシンジに衝撃を与えた。 「僕の、せいだ。僕が、アスカを傷つけたから。」 そのシンジの言葉に、誰もかける言葉はなかった。 下手な慰めなど、かえってシンジを傷つけるだけだから。 「そうだ、だがなシンジくん。それが君の選んだ道だ。自分自身で選んだ。」 「あなたは!?」 思わずマコトが叫ぶ。 そこに立っていたのは、確かにあの時エーゲ海で見た、仮面の男。 マコトもマリコも実際にこの男と会ってはいない。 だが、冬月から聞かされていた。その、正体も含めて。 実のところ、それは冬月たちの想像に過ぎない。だが、実際に会ってマコトは男の正体を確信した。 「そうですね。」 ともすれば厳しい男の言葉を、だがシンジは、あっさりと受け入れた。 シンジにも、この男の正体は想像できた。 だからかもしれない。 何時でも、この男の言うことは、なぜか素直に聞き入れることが出来たから。 だがそれ以上に、シンジ自身の心の成長、シンジ自身も気付いていない、マナがもたらしてくれた成長が、あったのもまた事実であった。 「出来るか出来ないか、こればっかりは俺にもわからない。だが、結末はどうあれ、これはシンジくんがやらなきゃならないことだ。わかるな。」 男の言葉に、シンジは静かに頷いた。 アスカを傷つけた。その事に対する責任。 傷つけたという事実をわかってもなお、それでもアスカではなくマナを選んだ、その事に対する責任。 それは、取らなければならない。 マナを選んでしまった以上、マナを捨てることが出来ない以上、アスカを決定的に救うことは出来ないと、わかっていても。 上辺だけをいくら取り繕っても、それはあくまで同情であって愛情たり得ない。 そしてそれはアスカを傷つけ続けることになる。 それでも、救えなくとも、せめて止めてやらなければならない、それがシンジの責任である。 くしくも、違う場所で、ほぼ時を同じくして、シンジとマナは、同じ決心を固めていた。 「あなたは、来てはくれないのですか?」 アスカたちの居場所を教え、立ち去ろうとした男を、リリーが呼び止める。 「俺にはまだやらなきゃならんことがある。その為には、まだあいつらの中にいなきゃならんからな。」 ふっと一呼吸おくと、真っ直ぐにリリーの顔を見つめる。 「アンタの愛しい人を、助けるためにもな。」 リリーはその男の言葉に一縷の望みを託し、そして、迷いを捨てた。 「ほんとにここ、なんでしょうか?」 古びた洋館、人の住む気配はない。 男から教えられた場所に、彼らはいた。 ケンスケとマリィだけは、この場にはいない。冬月の元へ連絡にいっているためである。 本来なら、冬月たちの到着を待つべきであったのだろうが、想いがわかる分、マコトたちはシンジたちの想いに負けてしまった。 だから、彼らは既に、館の中にいた。 マコトのミス、ひいては冬月の失策、ともとれなくはないが、それが間違いであると言いきれるものも、いないだろう。 心配そうな顔を、マリコはマコトの方へ向ける。 「ま、本拠地ではないだろうけど、隠れ家の一つ、としては最適じゃないのかな。」 近所にも人影はあまりない。確かにマコトの言うように隠れ家には適しているだろう。 言いながら、マコトはさりげなくマリコを気遣い、そっと肩を抱き寄せる。 こんな状況でなければ、冷やかしの声が上がるのであろうが、生憎そんな雰囲気ではない。 むしろ、そうやって想い人を守ろうとする姿は、シンジやトウジには、マナやヒカリを守らなきゃいけない、という気持ちを再確認させ、リリーには時田の姿を思い起こさせていた。 だから、誰もが黙り込んでいる。 そんな時、 「まったく、どいつもこいつも見せ付けてくれるわね!」 その言葉とともに、目の前にはアスカが立っていた。 その右手には銃が握られ、その銃口はシンジたちの方を向いている。 「やめてよアスカ!こんなことするの。僕が、悪かったから・・・。謝るから・・・。」 決心こそしたものの、アスカの姿を実際に見れば、シンジにはそういう言い方しか出来なかった。 そのシンジの態度はアスカを苛立たせた。 こんな情けない男を好きになった自分への腹立ち。 いや、そうではない。 それでもシンジを好きだという気持ち、それを認めない自分の気持ち、そして何より、その気持ちが決して報われることがないという、絶望的な想い。 「アンタがアタシのものになるなら、やめても良いわ。」 心にもない言葉、思ってもいない言葉、でも、心のどこかで切望している気持ち。 それが、思わずアスカの口を衝いた。 言ってからアスカは自分の言葉に衝撃を受け、けれど期待した。 次のシンジの言葉に。 だが、皮肉にもそのアスカの言葉が、シンジに心を決めさせた。 「そんなこと、出来るわけないじゃないか。」 口調こそ、今までの、アスカの知るシンジのものである。 けれど静かに、だがはっきりと、シンジはそう言いきった。 その目に、迷いはない。一点の曇りもなかった。 そんなシンジの表情を、アスカは今まで見たことがなかった。 「僕はマナが好きだ。いや、もう好きとか嫌いとか、そう言う次元の話じゃない。僕にはマナが、必要なんだ。アスカではなくて、マナが。」 そう言うシンジの口調は、アスカにはは考えられないほど、強く、ハッキリしていた。 無論、言った先の相手がアスカであると、承知した上での事で、である。 「もう、駄目なのね。」 その時、アスカは悟ったのかもしれない。 だから、彼女は、引き金をひいた。 |