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母としての強さ。 漠然とはそれがわかる。 レイや、カヲルのことがあるから、自分もある意味母だという理解もある。 しかし、どうやったらその強さを身につけることが出来るのだろうか。 「霧島、さん?」 思い悩むマナの顔を、ミワコが心配そうに覗き込む。 「あ、なんでも、ないです。」 「彼氏の、こと?」 「・・・はい・・・」 隠してみても、そういった微妙なものが、ミワコにはわかるようだ。 大人であるからか、それとも、女性であるからなのか・・・。 対照的に、子供であり、男であるユウジにはそういった微妙なことはわからない。 「彼氏に振られたらさ、僕がお姉ちゃんをお嫁さんにもらってあげるよ。」 どうやら恋人とうまくいっていないと勘違いしたのだろう。 彼なりの配慮なのか、それとも、兄が好きになった女性に、引かれるものがあったのか。それはわからない。 いや、おそらくはその両方であろう。 いっそ逃げ出せれば、思い悩むことも無いのだろうか? 綾波レイとの約束を破ってでも、シンジを傷つけてでも。 決心はしたはずである、アスカとはまた違った意味で、アスカのその、苦悩する姿を見れば、迷いも生じてくる。 でも、 逃げるためにここへきたわけではない。 シンジのために何が出来るのか、その答えを探すためにここにきたのだから。 シンジ以外の誰かと一緒に生きる。それが出来るなら、もうとっくに、していることだから・・・ 「僕と、付き合ってくれないか。」 少年はそう、マナに切り出した。 その顔は無論、ムサシでもケイタでも、そしてシンジでもない。 マナが、霧島マナではなく、金剛カナと呼ばれていた頃。 マナもまた、少年に好意を抱いていた。 ムサシとも、シンジとも違う、その少年。 このまま、その好意を受け入れても良かった。マナ自身、そう思っていた。 けれど・・・ 「ごめん・・・」 自分でも分からぬまま、マナはその申し出を断っていた。 だがそれは、極めて単純なことでもあった。 加持リョウジが指摘したように、マナの心の中には、常にシンジの存在があるのだから。 それは、心の隅に、などと言うものではない。彼女の心の大半を、シンジが占めていると言っても過言ではなかった。 「ごめんね、ユウジくん。お姉ちゃんね、どうしてもその人が好きなの。その人じゃなきゃ、駄目なのよ。」 しかし子供であるユウジに、そういう細かな女心などはわからない。 「なんで、そんなに悩んでまで・・・」 だが、ユウジにとっては理解できない事であっても、ミワコに取ってみれば実に簡単な事であった。 「好きな人がいて、その人が自分を受け入れてくれて、でも、そうなると自分がその人にとって、どれほど役に立てるか、不安になる。贅沢な話よね。」 そういって微笑みかけるミワコの言葉には、嫌味はない。 「わたしも、そうだった・・・」 そういって優しい笑顔をマナに向ける。 「私の夫はね、やっぱり軍人だったの・・・」 ケイタと同じように、そしてやはりケイタと同じように、ある作戦の中でその命を散らした。 「平和のため、みんなのため、そして私たちのために戦うんだって、そんな人だった。」 そう言ってミワコは、空を見上げる。澄み渡った冬の空。 「そんなあの人の傍にいて、何かしてあげたい、けれど、何が出来るんだろう。いつも、そう考えていたわ。」 そして一つ、ため息を入れる。 「難しい、ことではなかったのよね、それは。ケイタたちが生まれて、それに気付いたわ。」 「母親になる、母親としての役目、ですか?」 「そうね。母は強し、その言葉の意味を、実際に母親になって知ったわ。」 それは今まさにマナが追い求めているもの。 「どうしたら・・・」 "それ"をえられるのか。 今のマナに必要なもの。シンジを、レイを、カヲルを助けるために。守るために。 守る、為に。 その為には・・・ 「そう、なの?」 その呟きにミワコはゆっくりと頷いた。 それはユイがシンジに伝えたかったもの、ユカが、マナに対して示してくれたもの、ミワコが今、胸の中に秘めているもの、ナオコがマナに託したもの・・・そして、レイが望んで、けれど得られないもの。 マナだけに、出来ること。 子供達や愛する人を守る、それはもちろん大切なことである。 守られるのは嫌だ、そうマナは思っていた。 だが本当は、それこそがもっとも大切なこと。 人は、守るべきものがあってこそ、本当に強くなれる。 マナという存在そのものが、シンジたちが生きていくための糧に他ならない。マナを守るために、マナを守りたいと思うからこそ、シンジもまた、生きていける。 ただ、そこにいればいい。だがそれは思っているよりも辛いことである。 けれど、シンジにとってマナは帰るべき処であり、それを守るのが妻であり、母としての役割なのだろう。 守るべき物があり、そしてそれが、何よりも大事なものであるから、だからこそ、母は強い。そういう事なのだ。 マナがしなければならないこと、それはシンジの傍にいること、そして、生きるということ。 シンジが、帰って来れるために。 帰れる場所を作ること、守ること。 それが、答えだった。 そしてもう一つ・・・ 「あとは、成すべき事をなすだけ。」 シンジのために出来る、もう一つのこと。赤木ナオコから託されたこと。 最後の"それ"を成し遂げるために、マナはもう一度立ち上がった。 「方舟は、あとどれぐらいで動かせる?」 時田はそう2人に話し掛けた。 一人は、例の仮面の女。もうひとりは、過去の、自分自身。 自分と会話する、というのは何やら妙な気分であるが、それもまた、彼自身が望んだことである。 「はい、1月もすれば、方舟のコアと”鍵”とのシンクロの調整もおわるかと。 」 抑揚のない声で、女が答える。 「洗脳は、完全なのだな?」 「既に彼の中に、碇カヲルとしての記憶はありません。」 「そうか。」 そういって時田は静かに目をつぶった。 「もう一つの準備は?」 「そちらも、既に。」 今一度の問いに答えたのは、もう一人の時田シロウ。 「万全を期せねばならん。たとえ現用兵器といえど、侮るわけにはいかんからな。」 「はい・・・」 そう答えた時田の声には、やはり幾分かの迷いがあった。 今現在の日本の防衛システムは、彼が作り上げたといっても過言ではない。 もっとも、秘密裏に行われていたこともあり、今回の件には使用できなかったが、実際に方舟が浮上すれば、その急先鋒になることは間違いない。 それを、自らの手で無効化する。 彼にしか出来ないことであり、その先に人類の新生がある。 そう言われればこそ、崇高な目的と思えばこそ、協力を惜しんではいない。 だが、迷いもある。 思い浮かぶのはワカバの顔、リリーの笑顔。 真に守るべきものは、曖昧な大義名分などではなく、目に見える者たち・・・ それが彼の、迷いのすべてであった。 その一方で、女の方には迷いはない。 けれど・・・ 「こうするしかないのよ、私には。ごめんなさい、母さん・・・」 そこにある想いが、アスカと同じ物であることに、彼女自身気付くことはなかった。 「いつまで、こうしていればいいの?」 暗がりの中で、そんな二人の様子を見つめる影があった。 一つは、あの仮面の男。そしてもうひとりは・・・ 暗がりでその姿を見極めることは出来ない、けれど、声から察するに女性の様であった。 「さあな。俺たちは俺たちに出来ることをやるまでだ。未来を、失わないために。」 「シンジくんたちの、子供たちの為に、ね?」 そう言った女の口調は、母親のようであった。 「ああ。そして、彼女のためにも、な。」 そう言い残し二人は、闇の中へと消えた。 そして、アスカは・・・ 「また、これに乗る羽目になるのね。」 いまだシンジへの想いを認められないまま、わだかまりを残したまま、・・・必死にシンジを忘れようとしながら、"それ"を見上げていた。 「ママ・・・」 真紅の、巨人。 エヴァンゲリオン、弐号機。 「どうすれば・・・」 同刻、京都。 碇シンジもまた、苦悩の中にいた。 笑顔でマナを送り出してみたものの、シンジとて悩んでいなかったわけではなかったのである。 いかにマナという存在が彼の中で大きなものを占めていたか。 改めて思い知らされた。 知らず知らずのうちにマナにすがりきっていた自分がそこにはあった、 4年たっても何も変わっていない自分が、そこにはいた。 それはもちろん、アスカのことがあるからに他ならないのだが。 だが、その答えが出ない。 アスカをああしてしまったのは他ならぬシンジ自身である。 だがなぜ、ああまでアスカを拒絶してしまったのか。 冷静になって考え、そして出てくるものは・・・後悔。 けれど、それほどまでに後悔し、自責の念に駆られてもなお、マナを捨てることも、アスカを選ぶことも出来ない。 だが、だからといってアスカを見捨てられるわけでもない。 マナが傍にいることで、マナにすがることで考えまいとしていたこと。 マナに逃げることで忘れようとしたこと。 だが、マナが答えを出すためにシンジの傍を離れたことによって、皮肉にもシンジもまた、その答えを求められることになってしまった。 アスカとのことに、決着をつけなければならない。 その先に、残酷な現実が待ち構えていたとしても。 必死に今まで考えまいとしていたこと。 アスカを、この手で・・・ その想像は、シンジにとってあまりに辛い。 けれど・・・ 「頭が、おかしくなりそうだ・・・」 「碇くん、辛そう・・・」 「ええ。」 そう呟くマユミもレイも、しかしシンジにかける言葉はない。 そんな姿を見れば、尚更、自分の中のシンジへの想いを再認識させるものではあったが、それほどまでに愛しても、たとえ、実の娘であっても、シンジの支えになる事は出来ない。 それが出来るのは、霧島マナ、ただ一人。 それは、あまりにもどかしいものである。 「やっぱり、ママじゃなきゃ駄目なのね。・・・ママ、早く戻ってきて・・・」 それがレイに出来る、精一杯であった。 辛いのはシンジや彼女たちだけではない。 マユミやレイは、無論アスカをないがしろにしているわけではないのだろうが、それでも、シンジの心配だけをすればいい。 その分、まだ気が楽である。 だが、ヒカリたちはそうではない。 シンジも、アスカも、同じように大切だから。同じようにその気持ちがわかるから・・・ 「アスカを。助けたい・・・」 安っぽい同情、自己満足、たとえそう言われようとも、それが今のヒカリの本心であった。 そんなヒカリに、トウジもケンスケもマリィも、かける言葉は見つからなかった。 「その気持ちはわかる、けどなあ。」 そんなヒカリを、トウジが優しく気遣う。 『ああ、そうなんだ。』 そんな二人の姿を見れば、マリィにもアスカの気持ちが手に取るようにわかった。 人を好きになるということ、その想いが報われないということ。 それがどれほど辛いものであるか。 けれど、それがわかっていても戦わなくてはならない。 既に敵の目的はトウジやケンスケたちにも知らされていた。 生き延びるためには、これからも生きていくためには、戦わなくてはならないということも。 その事は無論分かっている。 トウジもケンスケも、冬月たちと共に戦う決意を固めていた。 だが、 その敵の中にアスカがいる。 生きるためにはアスカと戦わなければならない。 それは、とてもとても辛いこと。 しかし、今の彼らにアスカを救う道は・・・見つからない。戦う以外の道を。 そして、アスカと戦わねばならないのは、シンジである。 それがどれだけシンジにとって辛いことであるか、わからぬ彼らではなかった。 いや、分かるからこそ尚更、彼らはアスカを救いたいのだ。 同時にそれが、シンジを助けることにもなるのだから。 だがその答えは、まだ彼らには見出すことは出来なかった。 そして、 誰もが答えを見出せぬまま、時だけが過ぎていった。 ただ一人迷いを断ちきった、そして全ての鍵を握るマナはいまだ戻らない。 シンジもヒカリたちも、そして時田も答えを見出せないまま。 しかし、決戦の時は無情にも訪れる。 時に、西暦2019年、12月24日。 空からはちらほらと、白いものが舞い降り始めていた。 すべてが始まった、あの4年前と同じように。 |