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ヴーンという低い音があたりに響き渡る。 主動力が永久機関であり、生体部品でもあるS2機関であるとはいっても、エヴァとは違い、方舟を構成しているパーツは、紛れもなくマシンであった。 封印、という形で各機能を停止していた方舟が、時田の指示と共に再び動き始める。 「勝てますかね?」 己の中の迷いを隠すように、もう一人の時田シロウは女に尋ねた。 「S2機関に勝てるものはS2機関のみ、とまでは言わないけどね。使徒に対抗できたのがエヴァだけであったように、エヴァクラスの相手でなければ、負けることはないわね。それに、」 そういって女はシロウの方を振り向く。 「あなたの立てた、策もあることだし。」 そして、 降りしきる雪の中、方舟はその姿をあらわしていた。 新たなる、戦いの予感と共に・・・ 「すごいっ!すごすぎるっ!」 一人感涙にむせぶケンスケ。 正直そうやって浮かれていられるような状況ではない。 無論、ケンスケとてそれは百も承知である。 だが、それでもこういった反応をしてしまうのが、マニアとかオタクとか呼ばれる人々の性であり、また、相田ケンスケがそのように呼ばれる所以でもある。 冬の古都、雪の京都市街の中を、戦車が走りぬけていく。 戦自が解体されたため、人手は圧倒的に足りない。 防衛組織は必要であるし、その必要性を冬月が説けば、無論それなりに人は集まってくるわけではあるが、旧ネルフ職員はまだしも、仇敵とも言えるであるネルフの指揮下に入るのは、元戦自の人間にはやはり抵抗がある。 もっとも、それでも冬月に従おうとするものはきちんと状況判断が出来るだけの頭がある者か、あるいはそういった己のプライド、感情よりも正義感の勝っている者か、またはよほどの馬鹿だけである。 馬鹿はともかく、そうでないなら、質的には悪いものではない。 しかし量が必要な時もまた、この世には存在するもので、事実方舟に対抗しうるだけの兵器を集めれば、それを操る人間もそれだけ必要になってくる。 それ故に、時田の元、兵器のコンピュータ制御のプロジェクトが進んではいたのだが、それが今の冬月にとって、逆に最大の懸念になっていた。 「作ったのが時田さんなら、その弱点、対処法を最も良く知っているのも時田さん、というわけですね。」 モニターを見つめ、マヤはため息を吐いた。 冬月の母校、京都大学の一室に仮設置された本部。 さすがに半年という短い月日で、旧ネルフ本部並みの施設が作れるはずもない。 まさに仮の本部、といったたたずまいではあるが、それでも機材だけは揃え、なんとか体裁だけは保っていた。 若干暗いその部屋を、モニターの明かりが照らし出している。 そこには、最新鋭技術の粋を集めた戦車隊と、それとはどうにもミスマッチな千年王城、そして天の橋立をバックに、浮上しつつある巨大な船が映し出されていた。 「でも・・・」 その横でマリコが重い口を開く。 「相手の首謀者が時田さんである以上、それを嘆いても・・・」 仕方がない、と思うマリコであったが、その意見にマコトが口を出す。 「"未来の"時田さんと僕らの知る時田さんでは事情が違うよ。そこに至る過程も、過ごしてきた人生も。逆に言うとだからこそ時田さんが向こうについたのが問題なんだ。」 未来の時田だけならば、この防衛システムの実態を掴むことは出来ないはずだから。 「どっちにせよ、それを嘆いていても始まらない。僕らに出来ること、いや、やらなきゃならないことは、今、戦うことだから。」 そんな懸念を一掃するかのように、シゲルが口を挟む。 しかし、その口調は、やはり、重い。 だが、先のマコトの言葉が、一つの光明ももたらしていた。 言っているマコト本人も、そしてシゲルやマリコ、マヤにもさして深い意味を持たない言葉。 だが、その場にいたワカバとリリーにとってそれは重大な意味を持っていた。 そう、過程の違い、歩んできた人生の違い。そういったものがあれば、もはや未来の時田と今の時田は別人であるといっても良い。 別人なら、もはや自分たちも、そして時田本人も悩む問題ではない。 「それを、伝えなきゃね。」 「ええ。」 「馬鹿兄貴に。」 「シロウ様に。」 二人は顔を見合わせると、そっと、その場から姿を消した。 「ふう、」 方舟の姿をはるか彼方に捉え、シンジは一つ息をついた。 蒼く輝くその船体に、今はまだ、アスカの姿を見ることは出来ない。 その分、どこかシンジの心は軽い。 それが、現実からの逃避だとわかっていても。 方舟への潜入。そしてコア、すなわちシンジにとっては実の子、カヲルの奪取。 それが、シンジたちに与えられた使命である。 少年たちにこのような危険な任務を課す、というのは、無論冬月とて心が痛まないではなかったが、今となってはこれしかなかった。 日本のどこかに方舟がある、というのはわかっていても、冬月たちは時田たちと違いその詳細な位置までは把握できていない。 裏死海文書は、ゼーレの崩壊と共に失われた。 そのためである。 結果、方舟は敵の手に落ち、浮上を会する今の今まで、冬月たちに出来たのは軍備の補強だけであった。 そして、その用意した兵器が、方舟に対しどれほど効果があるか、それは眉つばである。 方舟がエヴァと同じであるなら、当然ATフィールドを持つ。 現行兵器でそれを突破するのは至難の技である。 かつて一度だけ、現行兵器によるATフィールドの突破に成功したことはあった。 ヤシマ作戦。 使徒を撃退したのは、戦自の作り上げたポジトロンライフル。 もっともその時も2体のエヴァを必要としたし、第一あの頃のように日本中の電力を集めるなどということは、すぐに出来るものではない。 そして、敵は使徒ではなく人間である。そのための時間を与えてくれるはずもなかった。 「だから、私たちの出番なわけよ。」 そういってマリィがシンジの横に立つ。 馬鹿馬鹿しい話だが、ATフィールドを破る可能性があるとすれば、その使い方を熟知した、かつて"チルドレン"と呼ばれた者たちだけである。 ATフィールドは誰もが持つ心の壁、時田は"監視者"の血をひいていたためであるが、普通の人間とて、使いこなせないと決まったわけではない。 だが、一朝一夕にその使い方をマスターできるはずもない。 できる者があるとすれば、 "神"の血をひく碇シンジであり、もしくはチルドレンと呼ばれた者たちだけである。 だからここにいるのは、シンジ、マリィ、トウジ、そして、レイである。 「やらなきゃ、いけないんだ。」 そういってシンジは娘を見やる。 今のシンジをかろうじて支えているもの、それは娘、レイの存在に他ならない。 シンジは銃を構える。かつて、葛城ミサトが手にしていたその銃を。 かつて、ミサトが自分を守ってくれたように。今度は、自分が、レイを守るために。 「では、お願いいたします。」 卑屈に、そして慇懃なまでに、時田は恭しい態度を取る。 その視線の先にいるのは、碇カヲル。 が、そこにいるのはもはやシンジとマナの息子でも、レイの兄でもない。 方舟をもって、今一度、人類補完計画を発動しようとしている、その組織の表向きの首謀者。 無論、それが茶番であることを、当のカヲル以外の人間は皆知っている。 体よく"象徴"として担ぎ上げられたに過ぎない。 方舟を起動するための"鍵"でしかないカヲル。それをこうして矢面に立たせようとするのが、時田の狡さであった。 自分があくまで影であるために。 「準備を。」 大仰な振る舞いでカヲルを促す。 無言でそれに従うカヲル。 そして、 カヲルの姿が、そしてその言葉が、全世界へと向けて発信される。 宣戦布告という形を持って。 「これは警告ではない。単なる最後通告である。」 感情のこもらない声で、カヲルの幻像がそう宣言する。 無慈悲なまでの通告。 そこに要求などは一切ない。 今ある人類を滅ぼすこと、そのこと自体が彼らの目的であるのだから。 あまりに理不尽な、そして一方的な通達に、しかし、人々は抗うことはできなかった。 一部の、本当にごく一部の者たちを除いては。 「まったく、ああまで言われて戦おうって奴はいないのかしらね。」 情報だけはリアルタイムに入ってくる。その事が余計にマリィをいらだたせた。 通信妨害も何もないのは、余裕の表われか、それとも何か裏があるのか不気味なところではあったが、こうして無抵抗な人々の姿を見せ付けられれば、見下されても仕方ないとすらマリィには思えた。 見せ付けることで、徹底的な敗北感を与えたかったのかもしれない。 強がっては見せているが、マリィもトウジも、いや、シンジや冬月含む更に一部の人間を除いては、本能的に何か怯えの様なものを感じ取っていた。 だから尚更、マリィの苛立ちも募る。 『なんで、なにがそんなに怖いの?』 自問してみてもその答えは出ない。 戦う意志を失うことはなおなくとも、恐怖は確実にその心を支配していた。 「やるしか、ないのよ。」 その小さな呟きは、シンジの耳には届いていなかった。 空に映し出されたカヲルの巨大な姿。 全世界の人が、同時にそれを目撃している。 当然、マナも。 「母さん。」 言いようのない恐怖に怯え、ユウジ がミワコにすがり付く。 そのミワコとて、母としての責任感から、なんとかその恐怖心を抑えてはいるものの、それが精一杯であった。 未知なるものへの恐怖、というのとは何か違う。 恐怖というよりも不安、という方が近いのかもしれない。 モヤモヤとした、それでいて決して拭うことのできない違和感の様なものが、心の中を支配している。 何か潜在的なものが、心の奥底にある。 そこに"ある"姿がカヲルであるためか、マナにだけは、ほんの少しだけ冷静に考えられる余裕があった。 何か違和感の様なもの、その正体が掴めればあるいは恐怖を取り除けるかもしれない。 そして、その答えは。 「士気が、下がっているな。」 仮本部で冬月がそう毒づく。 今、ここにいるのは冬月の他にはマヤ、マコト、シゲルの旧ネルフの面々と、マリコとトモアキだけであった。 そしてマリコとトモアキだけが、言いようの知れない恐怖を心に感じていた。 だが、なぜかそのカヲルの姿に冬月たちは恐怖を感じない。まるで感じないがゆえにその原因もまた、分からなかった。 その時、 プルルルル・・・ 冬月の携帯が鳴る。 『誰だ?こんなときに。』 いぶかしく思う冬月。 そこには多少の苛立ちがある。 だが、すぐにその苛立ちを頭から振り払う。 冬月の携帯の番号を知るものは限られている。 ならば、 "こんな時"だからこそ、冬月に連絡を取る。つまりそれは、それほどのことであることの証でもあった。 「私だ。」 おもむろに冬月は携帯を手に取る。 「冬月さん!私です。マナです!」 「マナくん、か?」 電話の向こうから飛び込んできた声は、間違いなく、霧島マナのそれであった。 |