「砲撃、開始。」
 方舟に照準を定める砲塔。
 静かにそう言い放った指揮官の口調に、もう、畏れはない。
 あたりに轟音が響き渡り、砲塔が火を噴く。
 「効いて、いる?」
 意外、と言った風な口調で、マヤが呟く。
 「ダメージはわずか・・・だけど・・・」
 「これなら、勝てる?」
 マヤの後に続いて、そう呟いたのはマリコ。
 油断してはならない、と言うのはもちろんわかってはいることである。
 だが、必要以上に警戒していたせいであろうか、攻撃が効く、というそのことだけで、なにやら事態が好転したような気さえしていた。
 「楽観視しちゃいけない、ってのは、分かってるんですけどね。」
 そのマコトの言葉が、この場にいる全員の気持ちを、代弁していた。
 だが、冬月だけは、厳しい表情を崩すことはない。
 不意に、その冬月が呟く。
 「焦ったか・・・向こうも準備不足だった、という訳だな。」


 その冬月の呟きは、方舟内部の時田たちの気持ちを、端的に表していた。
 事実、彼らはまだ、方舟の全てを掌握している訳ではない。
 だからこそ、カヲルを使いあのような"はったり"を行なったのである。
 いや、方舟自体、"神"と呼ばれたものの魂が宿るもの。
 そのテクノロジーが、今の人類など、遥かに凌駕しているものである以上、その魂、すなわちその意志を、現在の人類である彼らが、制御しきれるはずがない、というのが実情なのだ。
 たとえ時田が神の血をひいていても、そんなものはなんにもなりはしない。
 本来のコアが休眠状態であるがゆえに、なんとかカヲルというよりしろを通し、動かしているにすぎない。
 が、休眠状態であるがゆえに、本来の力を十分に発揮できない、というデメリットもあった。
 ゆえに、今の方舟なら現行兵器で十二分に、太刀打ちできるのである。
 「でもまさか、ATフィールドすら、張れないとはね。」
 それは、今になってわかった、最大の、最悪の誤算であった。
 仮面の女がそう呟く。
 どうやら、自分たちの方こそ、事態を楽観視していたのだと、認めざるを得ない。
 『だから、時期が早い、と言ったのよ。もっと時間を掛ければ・・・』
 そう考えて、女はふと、思考を止める。
 『良く分からないものを使う、あの頃と同じね。』
 仮面の下で、女は、ほんの少し微笑んだ。
 『でも・・・もう、あの頃には戻れない。』
 表情を引き締めると、女は時田の方に向き直る。
 「"あれ"を使うしか、ありませんね。」
 女に促され、時田は大仰に頷く。
 そして、"もう一人の自分"を見やる。
 「"あれ"を起動しろ。」
 もう一人の時田シロウは、無言でそれに、従うだけであった。






 「状況はどうなってる?」
 シェルターの中。
 方舟の進路などが分からない以上、京都、いや、関西全域にわたって、避難警報が出されていた。
 その避難先であるシェルターの一つ。
 相田ケンスケは、そこにいた。
 シンジやトウジ、果てにはレイヤワカバと言ったところまでが前線にいる。
 一人、避難すると言うのはケンスケにとっては不本意なところであった。
 候補ではあっても、自分は結局"チルドレン"ではない。それがケンスケには辛かった。
 だが、ヒカリやマユミを守らなければならない。ことに、トウジからヒカリを守ってくれ、と言われればそれをせざるを得ない。
 だからせめて、こうやって外から状況を眺め、少しでも物事を把握しようと端末に向かっていた。
 そのケンスケに今話し掛けてきたのは、洞木コダマ。
 ヒカリの、姉である。
 ここにいる少女たちの中でも最年長、と言うこともあってか、やはりどこかしっかりしている。
 というよりも、ケンスケと同じ人種、といった方がいいだろうか。
 軍事オタクというかマニアというか、つまり、そういう人なのだ。
 が、そういう人の存在が、ケンスケに余裕と冷静さを与えてくれているのは確かであった。
 幾ばくかの憧憬そして恋慕の情と共に。
 もっとも、コダマの方がそんなケンスケの気持ちに応えるようなことはないのだが。
 「今のところ我が軍は優勢、ってとこですかね。」
 モニターから目を離すことなく、ケンスケが答える。
 そのモニターを、コダマの妹、ノゾミとヒカリも覗き込む。
 「大丈夫かしら、ワカバお姉さま・・・」
 「大丈夫よ、お兄さんのことがあるから一緒に行っただけだし・・・。ワカバは冬月さんたちのところにいるんで、前線に立ってる訳じゃないんだから・・・」
 いつものように、"お姉さま"とのたまわっているノゾミに、いつものように言えないのは、ワカバよりも心配なことがあるから。
 "その"前線にいるはずの、トウジのこと。
 「鈴原・・・」
 ヒカリは、トウジのいるであろう方角を、じっと見つめた。
 その様子を横で見ながら、山岸マユミもまた、その思いを前線へとはせる。
 そこにいるであろう、シンジへと。
 かなわない想いと知りながら。
 「なに?」
 その時不意に、コダマが怪訝そうな声を上げる。
 「稼働率が、落ち始めている?」
 戦車隊の能率が、徐々にではあるが落ち始めていた。
 「なんだ、これ?」
 そう言いながら、ケンスケは一つの可能性に思い至る。
 「時田さんの、罠?」
 だが、どうやって?
 時限式のウィルス?
 さして難しいことではないが、自分たちの決起の時間まで計れるものであろうか?
 かといってこの状況下で、外部からアクセスする方法など・・・
 「聞こえる・・・」
 考え込むケンスケの横で、最初にそう呟いたのはマユミであった。
 「歌・・・?」
 ヒカリもまた、"何か"を感じ取る。
 「悲しい、悲しい歌。マナさんの想いと、まるで正反対の・・・」
 そしてノゾミ。
 彼女が、その旋律を一番明確に、感じ取っていた。
 「「?」」
 その三人の様子に、怪訝そうな表情でケンスケとコダマは顔を見合わせる。
 不意にその時、コダマが一つのことに気付く。
 「ねえ相田くん、確か最新型のインターフェースは・・・」
 ケンスケもまた、コダマの言葉に一つのことを思い出す。
 「音声入力、か。」






 操作の簡略化。
 人員不足の冬月たちにとって、兵器に一番望んだのがその部分である。
 複雑化した操作マニュアルはそれだけで複数の人員を必要とすることがあるからである。
 理想的なのは、考えていることをそのまま装置に送り込むこと。
 エヴァと同じ、である。
 が、エヴァと同じ、ということが指し示す通り、それには特殊な技術を要する。それに見合うだけの、コストも。
 そんな金があろうはずもない。
 だから、妥協案としての音声入力システム、であった。
 2019年の今、そういったシステムはすでに一般化しており、珍しいものではない。
 兵器などにあまりそういったシステムが使われなかったのは、思考から行動へ、ワンステップをあえて必要としたい、そんな意識があったからであろう。
 本当に"思いのままに"動いてしまったら、危険極まりないものとなるから、である。
 "言葉"というのは思考そのものではないが、"行動"よりは思考に近い。
 思ったことを何でもかんでもそのまま実行する人間はあまりいないだろうが、思ったことが思わず口に出てしまう、というのは誰にでもあることだろう。
 が、思考が言葉となる段階で、若干の差違、誤差を生ずる。
 それは純粋な思考以上に、危険であることもある。
 そしてそれが兵器として、それはさらに危険であるとわかってはいたが、そうせねばならない、苦肉の策であった。
 「停止コードかなにかを音声化して飛ばす、か。」
 「システムを作った時田さんなら、その全てコードを知ってるはず、ですからね。」
 コダマとケンスケの見つめる前で、戦車隊はその動きを完全に停止した。
 動きを止めた戦車に、白い雪が積もり始めていた。
 「詳しいこととか専門的なことは良く分からないんですけど・・・」
 そのコダマとケンスケの間に、マユミが割って入る。
 イスズやチハルがこの場にいれば、そのマユミの行動は焼き餅に思えたかもしれない。
 しかし、今この場に二人はいないし、何よりマユミにそういう思いはない。
 状況が状況であるから、ヒカリやノゾミも何も言うことなく、マユミの言葉を待つ。
 「停止させることができるなら、暴走、とかさせることもできるんじゃないでしょうか?」
 その表情に、一同は険しい表情を浮かべた。
 ただ一人、ケンスケを除いて。






 「準備はぱーぺき、ってとこみたいね。」
 「感心してる場合じゃないだろ。」
 方舟の中で、その様子を見つめている一組の男女。
 「方舟という強大な力がありながら、こんな小細工をしなきゃならんとはね、所詮その程度の男さ。」
 男はそう言って、笑みを浮かべる。
 「小細工とは言うけどね、放っておいちゃまずんじゃない?」
 「かといって、今俺たちが出て行く訳にもいかんだろ?」
 「まだ、時ではない、か。」
 「納得するまでやらせなきゃならんときもあるさ。そうじゃないと物事は見えてはこない。」
 「納得、ねえ。リツコのこと?それともアスカ?」
 「どっちもだよ。」
 そう言って男は外を見つめる。
 反撃できぬ戦車隊は、方舟の前に次々と撃破されていく。
 「世界や・・・あの子を巻き込んでまで、ね。碇司令と同じ、か。」
 多少嫌味っぽく、そして幾ばくかの憂いを込めて女は言う。
 「レイちゃんにカヲルくん、それにあの子。第二世代のチルドレン、か。同じ過ちを繰り返してる、甚だ迷惑な話だけどな。」
 「シンジくんや霧島さんたちには特に、ね。」
 そう言って女はため息を吐く。
 「時田シロウは所詮イレギュラーだ。俺たちがやらにゃならんのはその後。リッちゃんを止めることだ。」
 「2機のエヴァンゲリオン、そしてアダム・・・か。・・・で、"今"はどうするわけ?」
 少し考え込んだ後、女は男に尋ねた。
 「この件に関して、リッちゃんはほっといてもいいだろう。本気じゃないしな。あとは時田シロウ・・・だが彼を止めるのは俺たちじゃない、もっと適任者がいるさ。」
 「それを招き入れよう、ってわけね。」
 「獅子身中の虫ってやつさ。俺たちはな。」
 「チャンスは・・・」
 「作ってくれるさ、それだけの戦力が、向こうにはある。」
 そう言って男は、はるか彼方の方角を見つめた。
 その方向には、かつての第3新東京市があった。






 「どうする?」
 険しい表情を、コダマはケンスケに向ける。
 方舟とてその戦力のずべてを使いこなせていないのはわかる。
 動けぬ戦車隊とはいえ、まだ、壊滅には至ってはいない。
 が、このまま手をこまねいていれば全滅に至る、というのは子供でも分かる。
 第一今はそうではないが、戦車隊を暴走させる、ということも考えられる。
 味方であったものが、突如として敵に回る、それは避けねばならない。
 かといって、一般人である自分にできることなど・・・
 だが、そのケンスケは意外にも、明るい表情を浮かべていた。
 「なあに、答えさえ分かれば簡単ですよ。音には音、向こうの音を中和してやればいい。」
 「でも、相手の波長を計算して、それに対抗する音波を発生させる装置なんて・・・」
 そんな物はどこにもないし、当然、瞬時に作れるものでもない。
 あったとして、それを自分たちが仕える位置にいるとは思えない。
 コダマの心配をよそに、ケンスケは何やらノートに打ち込み始める。
 その背中には、どこか喜びさえ感じられた。
 シンジや、トウジたちの役に立てるという喜び。
 自分のやるべきこと、できること、ようやく与えられた役目。
 「相田、くん?」
 コダマが怪訝そうな顔を、ケンスケに向ける。
 そんなコダマに、ケンスケは笑いながら、
 「こっちには、強い味方がいますからね。」
 そう言ってケンスケは、ネットワークから一つのシステムを呼び出す。
 「霧島が復活させてくれた、こいつがね。」
 ケンスケが指し示したその画面には、"MAGI"の文字の浮かんでいた。






 ドンッという衝撃と共に、方舟の船体が小さく揺れる。
 「反撃?」
 僅かに、女が眉をひそめる。
 もっとも、仮面の下のことゆえ、周りの者にはそれはわからない。
 鳴り止んだはずの砲撃が、静かにではあるが、確かに再開し始めていた。
 「どういうこと?」
 視線を前方から動かさずに、女は時田に尋ねた。
 「どうやらこちらの"音"がかき消されているようです。」
 妙に冷静に、時田は答える。
 目の前にいる女が誰であり、この女ならそんな事はとうに分かっていよう、そう言う思いがあるからだろうか。
 「音をかき消す、だが、そんな事ができるのか?」
 もう一人の時田、未来の時田が女に尋ねる。
 「できますよ、"MAGI"ならね。」
 時田の方を振り向きもせず、女は答える。
 その視線は、先の仮面の男と同じところを見つめていた。
 第3新東京市、そしてそこにある"MAGI"を。
 静かに見つめるその表情は、だが仮面の下にあり、誰にも窺い知ることはできない。
 しかし、そこに様々な葛藤、想い、それぞれが渦巻いていた。
 その想いの一端が、思わず口から漏れる。
 「また、邪魔をするのね・・・。母さん・・・。」
 苦々しげに、されど、どこか慕情のようなものを含めて、女は呟いた。
 降りしきる雪の向こうを、見つめながら。




−つづく

あとがき

コダマ:ってなわけで今回のあとがきは私たちです。
ヒカリ:ちょ、ちょっとお姉ちゃん、何がてなわけ、なのよ。
ノゾミ:だって、マナさんもアスカさんも出てこないわけだし、これからは私たちの時代、ですよね。
ジェイ:違う違う。
ヒカリ:すいません、勝手な姉と妹で。
ジェイ:ヒカリちゃんも大変だねえ。
ヒカリ:それにしてもなんで今回はこういう話なんですか?
ジェイ:たまにはこういうサブキャラメインの話もいいかなあ、と。あとは今後への伏線だね。
コダマ:やっぱり次は、
ノゾミ:私たちの時代!
ジェイ:だからぁ。
アスカ:違うって言ってんでしょーが!
ヒカリ:やっぱりアスカはどこにでもでてくんのね。

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