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しばし、時間は溯る。 ナオコから託されたもの。"絶対の絶望"たる方舟に対抗しうる唯一の"希望"。 それを求め、マナはミワコたちと共に"それ"と相対していた。 「よくできたものですね。」 そこに立ち、マナは呟いた。 「神話、寓話。そんな物にはそれぞれきちんと意味が込められている、意味もなくその名がつく、ということはない。」 そんな呟きに、ミワコが静かに答える。 「だから、ここ、なんですね。」 神代の昔から伝えられてきた、人々の希望。 それは神の遺志。いや、意志であろう。 それは今も生きている。 その意味で言えば、彼らはやはり神であったのかもしれない。永遠の命、不死を手に入れたのかもしれない。 そして日本という国の中で、その"不死"をあらわす地。 「不死の山、ね。」 霊峰富士。その麓に、マナたちは立っていた。 「賢者の石?」 マナからその名を聞かされたミワコは、思わず聞き返した。 聖書、神話、あるいはファンタジー。そんなものの中に出てきそうな、ありきたりの名前である。 だが、ありきたりであるが故に、その本質を推察することはできない。 「私にもよくはわかりません。ただ、人にとっての希望、望みをかなえてくれるもの、だと。」 あの時MAGIの中の赤木ナオコの遺志はそうマナに告げた。母としての遺志が。誤った方向に進もうとしている娘を止めようとしている。 そんな風にマナには感じられた。 「人の心を、伝えていくもの。人と人を繋ぐもの。そんな風にナオコさんは言ってました。」 それがどんな風に役立つのか、なんの役に立つのかその時のマナにはまるで見当もつかなかった。 ただ、シンジのためになにかがしたい。自分にできること。それをマナは求めていた。 そしてその"場所"にマナは立っているのである。 富士の麓、人も立ち寄らないような場所。 しかし、若干拍子抜け、という気も、マナはしていた。 別段、ロールプレイングゲームのような展開を予想していたわけではないのだが、それなりに罠、というかそんなものがあるのでは、という覚悟はあった。 だが、彼女の目の前にあったのは、人目をひかないようにひっそりと建てられている小さな社と、そこにちょこんと置かれている、小さな青い石だけであった。 「ちょっと、拍子抜けね、」 そういってマナは手を伸ばす。しかし、 バチッ、という音と共に、伸ばした腕がはじかれる。 「ATフィールド?」 驚いた風もなく、マナは目の前の現実を見つめる。 罠、という感じではない。 むしろ・・・ 「ヒトを、拒絶するの?」 そうマナには感じられた。"彼女"は何千年にもわたってヒトを見続け、そして絶望してしまったのだろうか? 最後の希望は絶望へと変わってしまったのであろうか? それほどに人は、救えないものなのであろうか? だが、その考えをマナは、頭から振り払う。 そうではないと信じているから、戦えるのだ。そうではないと信じなければ、道を開くことなどはできない。 「私の想いは、エゴかもしれない。でも・・・それでも私は・・・シンジを・・・」 そこにあるのは強い、強い想い。 エゴであっても、わがままであったとしても、誰にその想いを否定できようか。 "女"であるなら、なおのこと。 そういう想いがあるからだろう、ミワコも、思い悩むマナをそっと抱きしめる。 そのとき、 『私を求めるのは誰?』 そんな声が、二人には聞こえた気がした。 それは安らぎを与えてくれる声。そしてマナにとってはいつか、どこかで聞いた声。 それは一人の女性であった。 だからこそ、マナやミワコの想いを感じ取ったのであろう。 "神"と呼ばれていた人々の、おそらくひとり。 その魂、いや、意志だけがそこには残されていた。 確かな血の繋がりを、マナはそこに感じていた。 "神"。その血をひくものであるなら、長い時を越えてなお、確かな繋がりがそこには存在している。 そしてマナは、彼女の心に触れた。 永劫ともいえる時を、希望を信じつつ、世界を見つめつづけてきた、彼女の心に。 彼女は絶望していたわけでも、ヒトを拒絶していたわけでもなかった。 ただ待っていたのだ、自分の遺志を、継いでくれるものを。 そして、石の中に残った"神"の女性。その心も、同時にマナの心に触れていた。 『遥かなる時の果ての我が血をひく娘よ。あなたは、あなたの信じる道をお行きなさい。そして・・・』 そこにあったのは、後悔。 遥か昔の物語。 この女性にも、愛する人がいた。 だが、種の寿命という逃れられない運命とは言え、彼女は、愛する人の子を宿すことができなかった。 そして男は絶望し、運命に逆らうべく方舟にその意志を封じたのである。 それこそが、方舟に眠る、神の遺志。 そして男は二度と、女の元に戻っては来なかった。 「いつの時代も人は、同じ過ちを繰り返すのね。」 けれどそれは、絶望ではない。 その理由は、2つ。 同じ想いを抱く生き物であるなら、理解し合えるという思い。"神"であるから、と畏れる必要はない。 そしてもう一つ、 同じ過ちを、人はただただ繰り返してきたわけではないのだ。 そうさせないための努力、知恵も、同時に受け継がれていく。 だから、マナは石を手に取ると、決意を新たにした。 自分が成すべき事。この中に眠る女性の、悲しい記憶を繰り返させはしない。 そのためにやることは、ただ、一つ。 シンジを、信じること。シンジが、何があっても帰ってこれるように、そのために・・・ シンジになら、必ず帰ってきてくれる。なぜなら、シンジはすでに一度、"この世界に帰って"来ているのだから。 だが、そこではたと気付く。 その時の話は克明に聞かされている。シンジが、もう一度みんなに会いたいと思った、だから帰ってこれたのだということも知っている。 だが・・・ 「なら、なぜ?」 その呟きに、ミワコとユウジが怪訝そうな表情を向ける。 なぜ、 シンジはアスカを拒絶するのか? 表向き、そうではないかもしれない。だが、心のどこかで、シンジはアスカを拒絶している。少なくともマナには、それがわかる。 みんなに会いたいと思った、そこにいる"みんな"とは、間違いなくミサトたちであり、トウジやケンスケたちであり、そして、アスカであったはずである。 けれど、シンジはアスカを受け入れなかった。 何度かその機会は会った、だが、その度ごとに、シンジはその機会を、自ら放棄したのだ。自らの意志で。 その理由を、考えてみる。 答えは、一つ。 「シンジは・・・私に会うために、もう一度この世界に戻ってきてくれた・・・」 それはうぬぼれかもしれないと思う。 だが同時に、うぬぼれだと思おうとしている自分がいた。 それはアスカに対する罪の意識からであろう。その言葉が、事実を示しているがゆえの。 だが、罪であることを含めて、それは認めなくてはならない。 この先に待つ、戦いのためにも。 "敵"がどれほど方舟の力を使いこなせるかは分からない。 マナの子である"カヲル"がどれほど方舟の力を引き出せるのか、方舟の中の"魂"とどうかできるかも不確定である。 だがもし、シンジがサードインパクトのあの時と、同じような状態になってしまったなら。 自分を否定し、世界を拒絶してしまったなら。 シンジとて"神"の血をひいている。そのシンジに、方舟が同調しない、とは言い切れない。 そしてその時には、間違いなく世界は滅びるのだ。 さらには敵にはアスカがいる。 望むと望まざるとに関わらず、そのアスカと戦わねばらならないのは・・・おそらくシンジであろう。 その戦いの中で、本当の自分の想いにシンジが気付いてしまったら? アスカを拒絶した自分を知り、そんな自分を否定してしまうことは十分に考えられるのだ。 そのために、シンジという存在を肯定させ、この世界に繋ぎ止めておく存在が必要なのだ。 強く強く、帰ってきたいと思わせるような存在が。 それができるのは、かつて、綾波レイに言われたその言葉の通り・・・ それは、マナだけなのだ。 だから、うぬぼれであっても、罪であっても、マナはそのことを認めなくてはならない。 だから・・・・・・ 「行きましょう、京都へ。」 そして舞台は元へと戻る。 いったん祈りを中断させると、マナは呟いた。 手の中にあるこの小さな石が、あの時の決意を思い出させてくれたから。 シンジのところに、行かなくてはならない。 「でも、どうやって?」 京都への交通手段など、とっくに閉鎖されているはずである。 そうは分かっていてもマナの気持ちが分かるからかミワコは黙っていたのだが、ユウジの方は子供らしい素直な感情で、そう尋ねてくる。 「それは・・・」 言葉を詰まらせるマナ。その時。 石が再び、小さく輝いた。 『私にできるのは、言葉にできないその心を伝えるだけ。だから・・・』 それは石の声。 それで、シンジに想いを伝えることはできる。 だが、心ではなく、自分のその"言葉"で伝えたい。そのぬくもりを伝えたい。 そうしなければならない。 今、シンジの傍にいてやりたいのだ。 『誰か・・・私をシンジのところへ・・・』 縋るような思いで、マナはそう祈った。いや、祈りですらなかったかもしれない。 ほんの僅かな、頭に浮かんだ、だがそれだけに純粋な想い。 わらをも掴むような、淡い望み。 そんな僅かな僅かな想いに、答える声は、だが、あった。 『行きましょう、私と一緒に。シンジのところへ。』 そんな暖かな声が響く。 そしてその声と共に、マナたちの元に天使が舞い下りた。 その頃、戦局は新たな局面を迎えていた。 「ようやく、多少は使えるようになってきたわね。」 そう呟く女の声は、だが、多少あきれている風がある。 MAGIによる音波干渉が影響したのか、それとも単なる自己防衛かは知らないが、方舟は、こと戦闘、ということについては、その能力を徐々に発揮し始めてはいた。 ただし、あいかわらず彼らの制御下にあるわけではない。 エヴァの暴走、感覚的にはこれに近いだろう。 だがそれ故に、敵、すなわちネルフの側としては余計に手におえない。 無秩序であるがゆえに、対応ができないのである。 結局、シンジやトウジたちも撤退を余儀なくされていた。 無論、戦車隊はその場で奮戦を続けてはいたが、いつまで持つかは甚だ疑問である。 「無駄なことを。」 そう呟くのは未来の方の時田。 どこか見下したような目つきで、外の様子を眺めていた。 確かに無駄といえなくもない。 犬死に近い、といえよう。 だが、もう一人の時田にとっては、その戦いの様子は別な風に写っていた。 徐々に市街地の方へと方舟が進行していく。 無差別なその攻撃にさらされ、町は次々と破壊されていく。 蹂躪、と呼ぶにふさわしいその光景に、時田は疑問を抱いていた。 「これではただの破壊だ。」 世界の新生、などと言うものは、そこには感じられない。 綺麗事だけで成せるものではない、むしろ、こういった業を背負わなければならないものだと分かってはいても、である。 「どうせ滅び行く運命なのだ。同じことだよ。」 未来の自分が冷たくそう言い放つ。 だが迷いの根本的な原因はそれではない。 それ以上に時田の迷いに拍車をかけているものがある。 それは未来の自分が無駄だ、と言い放ったそのもの。 命を懸けて戦っている人々。 命をないがしろにしているわけでも、死に急いでいるわけでもない。 生きるために、戦っているのだ。 果たしてこれが、ほんとうに滅ぼされるべきの姿なのであろうか? 懸命に生きようとするその姿は、感動すら覚えるものがある。 人々は、互いにその手を取り合い、戦っている。 なぜ、自分はこちらにいるのだろう、なぜ、あの場にいないのだろう。 そう考えた時、戦う人々の姿に、ワカバやリリーの姿が重なった。 そして気付く。 今ここにいる、そのことが、間違いであったということに。 |