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「なんの、まねだね。」 時田の迷いなど、おそらくは当に見抜いていたのだろう。 過去の自分に向かって、老人はそう語り掛けた。 「何が正しいのか、やっとわかりましたよ。」 そんな冷たい声には意にも介さず、時田は静かに告げる。 「無駄だよ。」 その言葉を無視し、時田はなにかを懸命に打ち込む。 砲撃が止み、方舟を被っていたATフィールドがその姿を消した。 だが、 「ばかな!」 沈黙したかに見えた方舟は、だが、ほんの僅かな静寂の後、再び息を吹き返した。 思わず仮面の女を見やる時田。 彼女の仕業か? だが、女は、そんな時田の心を見透かしてか、ゆっくりと首を横に振る。 「無駄よ、もうこの船は我々の制御下にはないわ。」 「止めることは、できんよ。」 未来の自分がそうほくそえむ。 『"私たち"には、ね。』 心の中で、女がそう付け加える。 それが、時田が最後に目にしたものであった。 ガツン、という鈍い衝撃と共に、時田は意識を失った。 「閉じ込めておけ。すべてが終わるまで。」 部下の二人ほど呼び付けると、そう命じる。 方舟の運行自体は小人数、突き詰めれば一人でも可能ではあるが、それでも、世界を相手に戦うとなれば幾ばくかの部下の必要性は感じる。 もっとも形だけの部下たちではあったが。 したがって仮面の女や時田シロウほど、有能ではない。 能力も、理念もない。ただ、自分に従うというだけのものである。 今は、それで、そういう者たちだけで十分だと、もう一人の時田は、今一度心の中でほくそえんでいた。 その時既に、シナリオが動き出していたことを、時田も女も知るよしはなかった。 いや、女の方はもう既に気付いていたのかもしれない。 元より利害が一致している、ただそれだけのために時田に協力していただけのことである。 だが、どの時点でかはわからないが、彼女は時田の負け、を予見していた。 MAGIの意志、母の意志を感じたからか、それとも、今まさに迫ってくる、あの忌まわしい女とその血をひく者たちを感じてか。 あるいはもっと前か。 どちらにせよ、何時の間にか女は、その姿を消していた。 ほぼ同時刻。 碇シンジもまた、傍にいるはずの少女の姿がないことに気付いていた。 「レイが・・・いない。」 一瞬、ATフィールドがその姿を消したことに、シンジもトウジもマリィも、気付いてはいなかった。 だから、その隙にレイが方舟に向かった、などということも知りはしない。 けれど、彼女がどこに行ったか、などということはは容易に想像がつくことでもあった。 方法は分からない、だが理屈の問題ではなかった。 レイは、方舟の中にいる。なぜか、シンジはそのことを確信していた。 助けに行かなくちゃ。 咄嗟にそう思ったが、今のシンジになす術はない。 助けを求め、シンジは冬月の方を見た。 冬月たちもまた、戻ってきたシンジたちの中にレイの姿がないことを、そしてその理由も分かってはいた。 けれど、防戦一方の彼らに、何ができよう。 歯噛みするような想いの冬月の耳に、突然、マヤの声が飛び込んできた。 「パターン青!、でも・・・これって・・・」 「どうしたのかね。」 「新手のATフィールドです。」 絶句するマヤに代わって、そう答えたのはシゲルであった。 「でも・・・」 「この、反応は・・・」 そんなやりとりにトモアキとマリコもモニターを覗き込む。 そこにあるデータを見れば、そのATフィールドの元が、何であるかは彼らにも想像はついた。 知識としては、知っているもの、であったからである。 そして、この場に現れるはずのないもの。 実際に、深く関与していたマヤたちにとってすれば、尚更それは信じられないものであった。 「エヴァンゲリオン・・・初号機・・・」 マコトが、静かにそう呟いた。 そのころ、間隙を縫って方舟内部に潜入したレイは、意外な人物と再会を果たしていた。 「碇・・・レイ?」 ここまで入り込めたのは幸運以外の何者でもなかった。 ATフィールドが一瞬消えたのは、レイにも感知できた。 だがその瞬間、"方舟"への道が開いたように感じられたのは、幸運以外の何者でもない。 反射的に走り出したレイは、気がつくと方舟の中にいたのである。 そこには、とある人物の助力があったのだが、それをレイは知らない。 レイの名を呼んだ、二人の少女も。 「ワカバさん・・・にリリーさん?」 名を呼ばれ、思わず身構えたレイであったが、そこにいたのは意外な人物であった。 「どうして・・・?」 「それは・・・」 レイに説明しようとしたワカバを、だがリリーが制した。 「静かに!」 咄嗟に身を隠す3人。その目に飛び込んできたのは、 「シロウ・・さま。」 連行される時田の姿。リリーがなにかを口にしようとした、その時、 「ワカバさん!」 レイがそう叫ぶよりも早く、ワカバが飛び出す。 感情として、それはわかる。シロウの姿を見た時、思わずリリーも飛び出しそうにはなっていた。 が、リリーはその気持ちを必死に抑えた。 敵陣の真っ只中にあって、感情のまま突っ走るのが如何に危険であるか、それを分かっているからである。 相手の戦力も分からないというのに。 しかし、 「ワカバさんて、強いんですね。」 自分の失態だ、と思わず顔を被ったリリーの横で、レイが感心したような声を上げた。 あっという間の出来事であった。 時田を抑えていた2人の男をあっという間に蹴散らす。 そして、 「こいつらが弱すぎるのよ。」 「どうやら、私が、間違っていたようだ。」 駆けつけたリリーに向かって、時田はそう呟いた。 「それに気付いただけでも、上出来です。」 微笑むリリー。 見詰め合う二人に、ワカバが割って入る。 「ほらほら、いちゃついてないで行くわよ、兄貴!これで終りじゃないんだから。」 「な、何でお前まで。」 初めて気付いたかのように、時田は妹に驚く。 自分ではなく、まず先にリリーを認識した兄に、悔しさと一抹の寂しさを覚えるワカバであったが、そんな思いを抑えて、こう続けた。 「なに言ってんの。こういう時はアタシの方がよっぽど兄貴より役にたつんだから。それに・・・」 「それに?」 「二人っきりだったらいつまでもいちゃついてるからね!」 そんなやりとりを、レイは横目で眺めながら、複雑な想いを抱えていた。 ワカバの兄への想い、それはわかる。 自分もまた、そのためにここにいるのだから。 けっして、仲の良い兄弟ではなかった。 いつもいつもケンカばかりして、父や母を困らせていたように思う。 けれど、たった一人の兄である。 兄が姿を消して、それを思い知った。 だから、目の前の時田とワカバのように、もう一度兄と言い合いをするために、そのためにここにいる。 だが、別に一人で来る必要はないはずであった。 あの時、方舟への道が開いた時、なぜ自分はシンジに、父に黙って来てしまったのであろうか? 親子なら尚更、それは不自然なことである。 その答えは、時田とリリーにある。 そしてシンジとマナの中にも、その答えはあった。 好きなのだ。シンジのことが。父としてではなく、一人の男性として。 父娘である、というのは十分分かっている。だが、"この時代"に来てから、自分の中に、もう一人の自分がいるような気が、レイはしていた。 そしてもう一人の自分は、確かに父を、碇シンジを愛しているのだ。 一人の、女性として。 『碇くんは、私が、私たちが守るの。』 そんな声が、レイには聞こえた気がした。 その声の主が、"綾波レイ"という名であることに、彼女はどこかで気付いていた。 レイは、自分の家からわきあがってくる不思議な力を、感じていた。 「方舟内にATフィールド発生!方舟が・・・停止します。」 マヤがそう叫ぶ。 レイ、いやリリスの力が、方舟を抑え込んでいるなどということなど、わかるはずもない。 「何が、起きてるんだ・・・」 マリコやトモアキには、いや、マヤやマコトたちににさえ、サードインパクトを目の当たりにしてきた者たちにさえ、事態の急転は理解できなかった。 「結局、また頼ってしまうのだな。子供たちに。」 冬月にだけはその事態の推移が見えていたのか、静かにひとり呟いた。 「長くは持たん。今のうちに方舟を沈めるのだ。」 『嘆く前に、やることをやらねば、な。』 静かに目を閉じ、しばし考えた後、冬月はそう命じた。 「ようやくアタシの出番ってわけね。」 暗闇の中、アスカは静かにその目を開けた。 出撃の要請があったわけではない。 というより、元より指揮系統が確立されているわけでもないのだ。 『動くべき時には独断で動け。』 仮面の女がアスカにいったのはその一言だけである。 そして今がその時だと、アスカは感じていた。 「あの女だけでなく、ファーストまで!」 どこかでその存在を感じる。だからこそ、いらつく。だからこそ、 「みんな、みんな壊すのよ。あの女も、ファーストも、この世界も・・・シンジも・・・」 みんながよってたかって、自分を不要だと言う。アスカにはそう感じられた。 だから、自分を必要としていない世界など、自分を必要としてくれない人々など、この世から消し去るしかないのだ。 たとえ、それが愛する人であっても。 「ママ、行くわよ。」 そう言ってアスカは、弐号機を起動させた。 「時間の問題、かな。」 「なにが、どうなったわけ?」 ノートパソコンを食い入るように見つめながら、コダマはそうケンスケに尋ねた。 事態が収束の方向に向かいつつあるのは、なんとなく分かった。 ただしあまりに突然に、ではあるが。 「さあ?」 当然ケンスケにも、何が起きたかなどまるで分からない。 少しおどけて答えたケンスケの目に、だが、意外なものが飛び込んできた。 それは、 「弐号・・・機?」 同じころ、シンジもまたその姿を見ていた。 真紅の機体。 エヴァンゲリオン、弐号機。 そして、間違いなくそのコクピットにいるのは、 「アスカ・・・」 辛い辛い、その呟き。 思い悩むそんなシンジの前に、下り立つものがあった。 紫色の、巨人。 エヴァンゲリオン、初号機である。 「初号・・・機?母さん?」 その重さを感じさせないかのように、初号機はシンジの、そしてネルフの面々の前に下り立った。 なぜ?という問いは、だがあえて誰もしなかった。 そこに、マナの姿があることも。 「シンジ・・・」 ここから先は、シンジの仕事。シンジがシンジ自身の手で決着をつけなければならないことである。 それはわかっている。 そしてそれを告げ、それを見守るのが自分の仕事。 お互いにとって、それがどれだけ辛いことであっても。 「行ってらっしゃいシンジ。私はここで、あなたの帰りを待ってます。」 ただ一言、マナはシンジにそう告げた。 ともすればそれが、あまりに残酷な言葉であると知りつつ。 無論、マナはシンジを突き放すためにそう言ったわけではない。 それはシンジにもわかった。 戦うのも、それを見守るのも、どちらも辛いことだと、わかっている。 どちらか辛いか、などと言う問題ではない。 ただ、その中に一つだけシンジの心を軽くすることがあった。 辛いのは自分だけではない。この辛さを、形こそ違えど、マナが分かち合ってくれている。 なぜかシンジにはそう感じられた。 今まで重くのしかかっていた想いが、なぜかマナの顔を見た時に薄らいでいくような、そんな感覚があった。 その理由を思案し、シンジは一つの結論を見出した。 「僕は、戦わなくちゃいけない。僕自身のために。自分の、居場所を守るために。」 そのシンジの瞳に、もう迷いはなかった。 そしてシンジは、もう再び乗ることはないと思った初号機に、もう別れを告げたはずの母の腕に、抱かれた。 アスカと、戦うために。 |