|
「平和だねー。」 平和をかみしめるが如く、シンジはリビングで茶をすすっりながらつぶやいた。 「シンジ、じじ臭い。」 つっこむマナ。 「お、落ち着いてる、って言ってほしいな。」 反撃を試みるが、じじ臭いといわれた事に対し実は結構動揺しているシンジ。 「これじゃいけない。うん。」 「いけないって、なにが?」 「出かけるわよ、シンジ。」 言うが早いかマナはシンジの手を掴む。 「デートよデート。いい若いもんがたまの休み、こんな天気のいい日に家でボーっとしてたら腐っちゃうじゃない。」 「いい天気って、これが?」 ちなみに今日の天気は曇り。厚い雲が空にたれこめている。 「て、天気の事はいいの。と、に、か、く、出かけるわよ。」 何かアスカに似てきたなーと思いつつも、おとなしく従うシンジ。結局彼はどこへ行っても女性の尻にひかれる役回りらしい。 「僕は、不幸なのかもしれない・・・。」 「なんか言った?」 「いえ・・・。」 「早く私もこんなのが着たいなー。」 ショーウィンドウの中に飾ってある、ウェディングドレスの前に立つマナ。ちなみに既に三十分ここに立っている。 「早く行こうよー。」 といいつつも、ほんの少しそんなマナを可愛いと思うシンジ。もっともマナが見つめているドレスの値段は可愛くはなかったが・・・。 今日がいったいなんの日であったか、シンジとて知らないわけではない。 だからこそ、こういう状況はシンジにとって実は、多少冷や汗ものだったりするのである。 あんな馬鹿高いものでもねだられでもしたら・・・ 「純白のウェディングドレスにつつまれて、シンジに抱きかかえられて、誓いのキスをして・・・。それで、それで・・・・・・・。」 シンジの心配をよそに、当のマナはどっぷりと甘い妄想の中に浸っていた。 『なにを今更・・・』 そんなマナを見て、そんな風に考えるあたり、まだまだお子様なシンジであった。 「何や、シンジと霧島やないか。相変わらずお熱いのー。ま、なんにせよ、夫婦仲ええっちゅうのはいいことや。」 そう言いながら歩いてくるのはおなじみ、トウジ、ケンスケ、ヒカリである。 「トウジには言われたくないな。」 どうやら4年の歳月を経て、反撃の術を覚えたらしいシンジ。ちなみにもはや夫婦、という呼ばれ方については否定しない。 「べ、別にわいといいんちょはそんな関係やのうて・・・」 真っ赤なるトウジにケンスケが追い討ちをかける。 「この勝負、シンジの勝ちだな。」 「なんでや。」 「誰もトウジの相手が委員長だなんて言ってないぜ。」 ウッと詰まるトウジ。自分で墓穴を掘った事に気付く。 そもそもシンジの方はマナとの仲を自分で認めている上、からかわれ慣れている。情けないといえば情けないのだが、とにもかくにも、この差は結構大きい。 「委員長もなんとかゆーてや。」 ヒカリに助けを求めるトウジだが、 「そんな、碇君も相田君も・・・私と鈴原が・・・夫婦だ・・・なんて・・・」 既に自分の世界にいた。 あれから4ヵ月。 事件の傷痕がようやく癒されていき、シンジたちももう大学生になっていた。 腐れ縁といおうかなんといおうか、この五人だけは、今でも一緒の街で暮らしている。 その他の者は既にそれぞれの道を歩み出していた。 マヤや日向たちは今度こそ平穏な生活に戻り、マユミやワカバたちもまた、この街を離れ、新しい生活をはじめていた。 ただ一人、アスカだけはあの後行方をくらまし消息が掴めていなかったが。 それはシンジや、あるいはヒカリにとっては心にかかる問題ではあったが、忙しくも楽しい日常というものがその傷を消すには至らずとも、徐々に薄れさせていた。 無論忘れてしまっていいということではない。 だが常にそればかりを気にかけていたら、とてもではないが生きてはいけないのもまた事実なのである。 どこかで、割り切っていかなければならない時もある。 今のシンジにはそれがわかるようになっていた。 そこにはやはり、マナの存在があるのだろう。 自分が守るべき場所、帰るべき処。 自分が自分でいられるための、理由。 生きていく意味。 そのためには何があっても生きていかなければならないという事。 罪と罰を抱えて、それを乗り越えて。 そういったことを可能にしているのも、マナの存在があるから、である。 ふと、シンジの頭を父ゲンドウと母ユイの姿が過ぎった。 20年前のゲンドウも、そんな気持ちだったのだろうか? 今のシンジにとって、必要であるのはマナ以外の何者でもなく、また、何者にも、マナの代わりは務まらない。 ゲンドウにとってのユイも、まさしくそうであったのではないだろうか。 そしてそうであるなら、ユイを失った時のゲンドウの気持ちは? なんとなくそんな父の心、父と母の繋がり、そんな物が漠然と分かってきたような、そんな気がシンジにはしていた。 「夫婦、か。」 じゃれあうトウジとヒカリ、そしてそんな様子を笑顔で見詰めるマナの姿を目の端に捉え、シンジはそう呟いた。 ひとしきりはしゃいだ後、ケンスケは用事があるから、とその場を後にし、しばらくして、シンジとマナもその場を離れた。 そして、トウジとヒカリだけが、その場に残された。 ふと、マナが見つめていたウェディングドレスを見上げるヒカリ。 シンジとマナのこと、アスカのこと、自分のこと、そしてトウジのこと・・・そんなさまざまな想いが胸に去来する。 そんなヒカリの横で、ふと、トウジがつぶやく。 「結婚、か・・・。そろそろ、そういったもんも考えなあかん時期なのかも知れんなぁ。」 「え?」 そんなトウジの呟きに、想わず何かを期待するヒカリ。 「あ、ちゃうで、わいのことやのうて、シンジと霧島のことや。」 「あ、ああ、そう・・・よね。」 何だか勝手によからぬことを想像したような気がして、また、さっきの自分の恥ずかしい様を思い返して、おもわず真っ赤になるヒカリ。 が、そうはいったものの、実のところ、トウジとて自分のことを考えていなかったわけでもない。 だいたいが、シンジとマナ、というのは既にお互いにお互いしか身寄り、と呼べるものがいない。 マナの母、ユカ、という存在はあるものの、彼女とてシンジたちの生活に必要以上に干渉するようなことはないように見えた。 今までがそうだったし、そしておそらくはこれからも。 身寄り、と言ってもそれはいとことしての血のつながり云々、という話ではない。 言ってしまえば先にシンジが捉えていたように、既に結婚している、夫婦同然、と言っても過言ではないのだ。 無論、残りが形骸的な儀式のようなものだけ、であっても、そこに何らかの、多少の意味は含まれてくるものだし、たとえ今夫婦同然だからといって、じゃあ実際にこれから結婚することに何の意味もないか、といえばそうではない。 そういった段階を乗り越えて、新しいものが見えてくる可能性、というのはあるものだ。 が、本人ならいざ知らず、ましてや当のシンジすら気付いていなかったそのことを、鈍感さではシンジと一、二を争うトウジが気付くはずはない。 つまるところ、シンジがどうこう、というのは実のところこの時トウジの頭にはなく、結婚、とはまぎれもなくトウジ自身についてのものを指していた。 だが、残念ながらそれはヒカリの気持ちを思いやって、ではない。 かといってシンジたちに触発された、というわけでもなかった。 いや、シンジたちの状況、というものも確かに理由の一端にあることはある。 だが、それには今度はトウジの家の家庭環境、というものが絡んでくるのだ。 知っての通りトウジの家は男ばかり、である。 今はまだ、それぞれ好き勝手にやってはいるものの、父、そして何より祖父のことを考えればやはり、トウジとて考えなければならないこともある。 そこにシンジたちの状況である。 なんだかんだと言いながら、ああいうのを見ていれば、家庭というものに対しての女性の必要性、といったものをトウジとて感じずにはいられない。 女性が家庭を守るべき、といった古い考え方の問題ではない。 男がいて女がいて、そうやって家庭が形成されて行くことこそ、人として自然なこと、ということであろう。 妹のハルナがいてくれたなら、トウジもこうしたことなど考えなかったかもしれない。 けれど・・・ 結局、ヒカリにとって何より不幸なのは、今トウジが必要としているのは、まだまだ"ヒカリ"、という特定の人間ではない、ということであるに違いない。 そしてそんなトウジの鈍感さが、やがて新たな火種になっていく・・・ 「どうしたの?さっきから黙り込んじゃって。」 トウジたちと別れてから、シンジが一言も発していないのに気付き、心配そうな顔でマナが話し掛ける。 もっともなにか思いつめたような、そんな顔でも、別段不機嫌そうな表情にも見えない。 何か、静かな、けれど確かな決意を秘めた瞳。 それは決して、マナの心に不安を与えるようなものではない。 いや、今のマナであればシンジがいったい何を考えているか、何を言おうとしているか、そんな事は簡単に分かる、 けれど、分かってもなお、言って欲しい"言葉"というものは、あるものだ。 「結婚、なんてさ、特に僕とマナの場合、そんなの書類上とか、後はそんなものだけだと思ってた。」 そんなシンジの言葉を、マナは黙って聞く。 「なにが変るわけでもない、って。でも・・・」 「でも?」 「そうじゃないんだよな、きっと。そうでなければ、見えてこないものがある、多分。」 「そうね。」 「だから・・・」 「だから?」 その返答にシンジはしばし黙ると、やがて静かに口を開いた。 「一緒に、なろう・・・」 「はい・・・」 そしてそのまま、夕焼けの京都の街を背に、二人の影が重なり合う。 時に西暦2020年、4月11日。 霧島マナの、19歳の誕生日のことであった。 |