|
「四、号機って、だって、あれは!」 マリィの言葉に即座に反応したのはケンスケであった。 ケンスケの知る限り、そして、シンジや冬月たちの知る限りにおいても、エヴァ四号機というのは消滅した、という頭がある。 S2機関の暴走、それによってアメリカ支部もろとも、文字どおり"消滅"したのだと。 だが、マリィだけは知っていた。 あれが、事故ではなく仕組まれたものであったということを。 監視者、と呼ばれる一団が居るという噂は、マリィの耳にも入っていた。 ゼーレの幹部内に裏切り者がいるという噂もあった。 あるいは軍との軋轢、そんなものもある。 だが、あの事件を仕組んだのがそういった者たちでないことを、彼女は知っている。 なぜなら、あの事件を起こしたのは、彼女自身なのだから。 仕組んだのは、彼女ではなく赤木リツコ博士である。 リツコが何を考えていたのか、それはマリィも知らない。 だが、事件を起こすことでアメリカ支部を壊滅させることで、彼女は参号機とともに日本に帰れる手はずとなっていた。 そして何より、母への復讐も出来る。 だから彼女は、それが危険な誘いと知りつつリツコに手を貸したのである。 フォースチルドレンとして鈴原トウジを選出するように進言したのも他ならぬ彼女である。 そうすればいつでも側にいられると感じたからなのであろうか? 本当のところ、そこにどんな意図があったのか、実のところマリィ自身にも分かってはいない。 トウジへの想いの告げかたなどわからないがゆえに。 ほのかな、自分でも気付かないほどの、あるいはアスカと同じように自己否定し続けたトウジへの想い。 だが、一人アメリカで暮らしていた彼女の心には、その思いを認めさせるだけのものがあった。 皮肉にもそれは、"寂しさ"である。 元々、彼女の境遇はアスカに似ている。 天才少女と呼ばれ、エヴァのパイロットとはなれなかったものの、その類まれなる頭脳で大人たちからちやほやされている。 だが、だとえ頭脳が優秀であっても、所詮は14歳の少女である。 芽生えたプライドは彼女を増長させた。 その裏に母親との複雑な確執があることを、隠して。 彼女の場合はアスカとは逆。 彼女の母は、幼い彼女と夫を捨てた。 元々身体のあまり強くなかった父は、母に逃げられた後、酒におぼれ、そしてあえなくこの世を去った。 父への同情、などはこれっぽっちもなかった。 あったのはただ、自分を捨てた母への恨み、弱すぎた父への恨み、大人への恨み。 そういう者を抱えているからこそ、大人以上の働きが出きる自分に溺れ、大人たちを見下してやることで彼女はその自尊心を保っていた。 それが、彼女を孤立させるとわかっていても。 一人でいるのが当たり前だった。 寂しさなど、感じることはなかった。 第三新東京市に、来るまでは。 思い出すのはひときわ暑かったあの日のこと。 ヒカリの発案でみんなで芦ノ湖に出かけたあの日、マリィはボートから落ちて溺れかけた。 その時、我が身も省みずに助けてくれたのがトウジであった。 無論、あの時トウジの側にマリィへの特別な思いがあったわけではないだろう。 それは、マリィとてよくわかっていたが、あの時差し伸べられた手を彼女は忘れることが出来なかった。 生まれてはじめて、優しく、それでいて対等に、そう14歳の少女として接してくれたトウジ。 シンジやアスカ、ケンスケ、ヒカリ、そんな、彼女にとって初めて友人と呼べるような仲間たちの中にあって、トウジへの想いはひときわ違っていた。 いつのものように高飛車に、強がって見せてはいたものの、アメリカへと発つあの日、確かにマリィの胸のうちには生まれてはじめて感じる"寂しさ"というものが渦巻いていた。 一度、優しさに触れてしまえば、孤独というものは耐えられるものではない。 それでも、そんな寂しさを振り切ってアメリカへと来た彼女を待っていたのは、皮肉にも彼女の実の母であった。 だが、母は何一つ変わってはいなかった。 そんな母の態度は、マリィの態度を再び前のように戻すだけで、トウジたちの与えてくれた安らぎのようなものはそこにはない。 一度知った優しさが、皮肉にもマリィを苦しめ、孤独感が母への恨みへとすりかえられて行く。 『日本に、第三新東京市に戻りたい・・・』 そんなマリィが、リツコの誘いに乗ってしまったのは、無理からぬ事であろう。 そしてマリィは、"四号機に積まれる予定であった"S2機関を故意に暴走させた。 その結果はシンジや冬月たち、そしてケンスケたちの知る通りのものである。 が、あくまでそれはS2機関の暴走であって、四号機の暴走ではない。 表向き四号機の暴走、という形にしたのは、エヴァそのものに対する不信感をあおり、参号機を手元に引き入れるというリツコの思惑のせいである。 だから、実際は消滅していない四号機が、その時姿を消していても、それはリツコの仕業ぐらいにしかマリィは思わなかった。 リツコとマリィの思惑は、成功したかにみえた。 が、そのあとで、予想外の事態が起きる。 日本に移送途中の参号機に使徒が取り付き、結果参号機はフォースチルドレンともども暴走という、皆がよく知る事件が起きたのである。 先も言ったようにフォースチルドレンにトウジを強く推したのは他ならぬマリィである。 が、それがトウジに片足を失わせる結果となれば、マリィはトウジに会いに行くことなどは出来ない。 母を消し去ってまで選んだ人を、自らの意志により傷付けてしまった。 自責の念に駆られたマリィはそのまま一時姿を暗ました。 その悔恨の念は今も変わってはいない。 偶然にも冬月たちと再会し。"監視者"との戦いを知り、それに参加したのもそんな意識があったせいであろう。 その時初めて、マリィはあのあとみんながどうなったかを知る。 シンジもトウジも今、あのころの傷を乗り越えて生きているということ、リツコの死、そして失われたままの四号機。 あとになって知った、敵の存在。 そういった者たちによってあのどさくさに紛れ四号機が奪われたのだとマリィは察した。 だからこその、先のセリフがあるのである。 それが実は、大きな間違いであったことを、マリィは後に知ることになるのだが、今はまだ、そんなことは知りはしない。 今、彼女にとって大切なのは、あのころの嫌な記憶を思い出させる、その存在である。 だがそういった事実を、マリィは告げることが出来ない。 それは自らの罪を、白状することに他ならないのだから。 ことにトウジにだけは、それを知られたくはない。 人を好きになった経験が乏しいから、感情を素直に現すことが出来ないから。 そういった意味では、マリィの立場というものはある意味アスカに近いのかもしれない。 ただ、想いは寄せてはいても、トウジとマリィとの繋がりは明らかに希薄である。 それはつまり、トウジの横にヒカリがいる現実を見ても、どうにか堪えていられる、早い話が諦めがつく、ということにもつながる。 もっともそれはあくまで理屈の問題であって、本当に諦められるかどうか、といえば疑問であろうが。 アスカの場合はそうではなかった。 確かにシンジと出会った時期、という部分だけをみればマナとそう大差はないが、命のやり取りをしている現場で、常に行動を共にしていた、という部分は強くある。 だからこそ、ぽっと出てきてシンジを掠め取っていった、という感のあるマナの存在が許せなかったのだろう。 置かれている立場の違いはあっても、マリィにはなんとなくそんなアスカの気持ちが、分かるような気がしていた。 「鈴原・・・」 恐怖に顔を歪め、トウジに寄り添うヒカリの姿を目にし、マリィは我に返った。 罪を認め、償うことは確かに大切なことではあるが、今は、そんなもに縛られている場合ではない。 いやむしろ、そういった意識があるならなおさら、今、しなければならないことがある。 自分にしか出来ない、自分にならできること。 成すべき時にそれを成すことこそが、何よりの罪滅ぼしであるのだとわかっているからこそ、今までだって戦ってきたのだから。 「時田さん、あれを・・・」 不意にそう振り返ったマリィに、時田シロウはすこし驚いた顔をしたが、すぐにマリィの言う意味を理解し、顔を引き締める。 そして、一人怪訝そうな顔を見せる妹をよそに、リリーを顔を見合わせ、肯きあうと、どこかへと走っていった。 そんな時田とリリーの様子に、ほんの少し羨ましさのようなものを感じながらマリィは、 「これを動かす時が、来たようですわね。」 そういって懐からなにかを取り出した。 マリィが取り出したのは何かの駆動キーのようなものであった。 それにマナは、見覚えがあった。 一瞬、マナはそれがなんであるか言うのを、躊躇した。 マリィに言いだせない過去があるように、マナにもまた、忘れたい過去がある。 隠し続けることが、心に疾しさを残すだけだとわかっているから、極力マナはシンジに自分のすべてを告げるようにしていた。 ただそれは、敵であると、スパイであったと知ってもなお、自分を好きでいてくれたシンジの優しさがあればこそ、できた話であって、内実はアスカやマリィとそう変わることはない。 そして、そんな心情を吐露して、苦しみをシンジと分け合い、多少なりとも心の負担が軽くなっても、それで決定的に過去が消えるわけでも、痛みを忘れられるわけでもない。 エヴァ四号機がマリィにとって自らの罪を象徴するように、そのものはマナにとって過去の過ちと、トラウマを思い起こさせるものであった。 それは、とある人型兵器の、駆動キー。 その名を、トライデントという。 「それ、は?」 「これは、今の私たちにとってのささやかな武器、というところでしょうか。エヴァ相手にどれほどの効果があるかは、疑問ですけれど。」 ケンスケの問いに、幾分不安げな表情でマリィが答える。 だが、逃げるわけにはいかない。 自分たち以外に、戦う人間はいないのだから。 そしてその事実を、シンジもまた、よくわかっていた。 「僕が、行くよ。」 それは、今まで戦ってきたことへの自信なのだろうか、それとも、サードチルドレンとしての意地であったのだろうか。 いつになくはっきりと、強い口調でシンジはそう言い放った。 戦うのが嫌だといった、父を呪っていたあのころの姿は、そこにはない。 だが、そんなシンジにマナが意外な言葉をかける。 「駄目よ、私が、行くわ。」 そしてマナはウェディングドレスの裾を破りながら、 「あれはエヴァとは違う。あれの動かしかたを、一番よく知ってるのは私だから。」 苦渋の表情で静かにそう呟いた。 その言葉の意味が分からない、今のシンジではない。 「あの、人型兵器、なんだね。」 そのシンジの言葉に、マナは小さく頷く。 時田シロウが、トライデントの開発に携わっていたという事実を知っていれば、そういう想像も容易にできるものだ。 監視者との戦いとのおりにシロウ自身が冗談交じりに言ったことがあったが、日本の防衛、というのを考えたときに戦力は必要であるから、現実にこういうものを用意してあっても不思議ではない。 そして少なくともJAよりはトライデントの方が戦力として有効であろうから、その選択自体にも間違いにあるとは言えない。 マナの置かれている、いや置かれていた立場が彼女自身に問題を及ぼしているだけの話であるから、それに恨み言を言うわけにもいかない。 そしてその置かれた状況こそが、この場においてマナこそが適任であることを指し示していた。 「ちょっと、勝手に話を進めないで欲しいですわね。」 そんな二人の間にマリィが割って入る。 「だいたい、これは二人乗りなのよ。」 「え?」 「あのねえ、あれから何年たったと思っていらっしゃるの?あのころのまま、なはずはないでしょう?操縦系をはじめとして徹底的に改良を施してあるのよ。」 「操縦系、って・・・」 「パイロットの負担を軽減する為にね。もっとも、パイロット同士のコンビネーションが悪いとかえって苦労するかもしれませんけれど。」 そんなマリィの物言いに、思わず苦笑するマナ。 「コンビネーションなら心配ないわ。私とシンジなら、ね。」 そういってマナはシンジの方を振り返って、微笑んだ。 トライデントが到着した時、もうすでに四号機は目と鼻の先に迫ってきていた。 一応戦車隊がエヴァの足止めに出動はしていたが、それで止められるなどとは誰も思ってはいない。 マナは手慣れた手つきでトライデントのハッチを開けると、素早くサブシートに滑り込む。 「乗りごごちは、悪くない、わね。」 およそ五年ぶりぐらいに座ったそのシートは、確かにマナの知るトライデントとは別物といってもよかった。 もっとも、これはあくまで兵器であるから、乗りごごちの快適さ、というのが果たして手放しで喜んでいいものかどうか、という危惧もある。 むろんあのころのように乗っているだけで内臓をいためてしまうような劣悪な環境、というのは願い下げであるが、乗りごごちの快適さを求める為に他に支障が出てしまっては何にもならない。 マリィや時田がそのような本末転倒な真似をするとは思えないが、どこかで兵器としての性能と、快適さ、というものが頭の中で結びつかないから、漠然とした不安のようなものがあるのだ。 それがある種偏見であることは、メインシートで落ち着いているシンジが如実に表していた。 ただ、シンジの中の認識にあるのはあくまでもエヴァの、母の腕に抱かれたようなあのLCLの感覚であって、これはこれで純粋に兵器としての居住性への認識であるとは言い難い。 だが、それはそれで知らないということの方が余計な不安を感じることもないから、シンジにとってはある意味幸せであるともいえた。 それに、彼にしてみれば機体の性能差とか、コクピットのレイアウトなど、エヴァとはまるっきり違う代物でありながら、ただ一点、エヴァに似通る部分があるからなおさら不安などは感じない。 あの頃、母を間近で感じられたのと同じように、今はマナが、すぐ傍にいる。 その感覚は、エヴァの中での時と同様に、シンジに安心感を与えてくれる。 それはどこまで行ってもシンジにとってマナの存在が大きいことの証でもある。 無論、マナにとってもシンジの存在は大きなものではあるし、こういった局面において全幅の信頼を置いてもいる。 男が女に寄せる、いわゆる母への思い、みたいなものと、男に頼りたい女心との差違、というものはあっても、そこに確固たる信頼関係があるから、そんな差違は些細な問題である。 不安なのは、戦いそのものではない。 トライデント、というその機体が、嫌でもムサシとケイタのことを思い起こさせている。 乗るまえから、それは分かっていた話であるし、それを承知の上で乗り込んではいたものの、けれどやっぱり、こうしてシートに座れば込み上げてくるものもある。 「・・・マナ。」 そういうマナの気持ちは、痛いほどシンジにも分かった。 けれど、それの痛みを幾分和らげて上げることはできても、肩代わりしてやることも、忘れさせてやることもシンジにはできない。 マナが、レイやミサトの、そして何と言ってもアスカの存在をシンジの中から消し去ることが出来ないのと同じように。 「トウジにでも、代わってもらう?」 そんなシンジの気遣いを、嬉しく感じながらもマナは静かに首を振った。 「ううん、これは、私が、私にとって乗り越えていかなきゃならないことだから。あの時シンジが、アスカさんと戦ったように・・・」 「マナ・・・。」 「それに、」 自分の意志と関係なく、頬を伝ってくる涙を拭きながら、マナはシンジの方に笑顔を向ける。 「シンジのパートナーは、私だもん。」 その頃トウジは、おびえるヒカリを気遣いながら、なにか、他の人間とは違う違和感のようなものを、目の前の四号機から感じ始めていた。 形状が参号機に似ているせいであろうか、はじめは、苦い思い出とともに嫌悪感、そしてあの時の恐怖のようなものが、トウジの中に渦巻いていた。 だが徐々に、その感覚が変わって行く。 ヒカリを気遣っているうちに冷静さを取り戻したせいもあったろう、何か、別の、トウジだけが感じられるなにかを、四号機の中に感じ取っていた。 それは、初めての感覚ではない。 ずっとずっと、心の奥底にしまい込んで、忘れ去っていたが、確かに以前、同じ感覚を味わったことがある。 そうそれは、 「あんときにも、こんな感じやったな・・・」 そう呟くトウジの横顔を、ヒカリが怪訝そうな表情で見上げる。 「参号機の中でも、こないな感覚があったなあ。」 あの時、エヴァ参号機の中で感じたもの。 安らぎであり、ある種の親近感であり、そして、懐かしさのようなもの。 参号機の中で感じたその懐かしさは、さらに以前から、確かにどこかで感じたことがあったものである。 だが、そこまでには、今のトウジには思い出すことはできていなかった。 エヴァというものが持つ、その安らぎの、残酷な理由。 いや、どこかでトウジはそれを知っていたのかもしれない。 だからこそ、その事実を忘れていたのか・・・ 「なんなんや、この感覚は・・・」 安らぎと、懐かしさと、そして幾ばくかの焦りと苛立ちを抱えて、トウジは四号機を真っ直ぐに見つめかえした。 |