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「あの時・・・」 「え?」 「あの時ムサシも、こんな気持ちだったのかな?」 ふと、マナがそんな言葉を漏らす。 マナ自身おそらく意識していない言葉であろう。 だからこそ、今の今まで口にしなかった言葉、ムサシの名が、ふと漏れる。 その名に、シンジとしては複雑な感慨はあるが、今のシンジは、それでマナを責め立てたり、あるいはそれで内にこもったりといった弱さはない。 頭の中を強引に冷静に戻すと、今一度、マナの言葉を反芻してみる。 そしてあの時、そうあの時、自分がまったく逆の立場にいたことを思い出す。 今、彼らの目前にはエヴァ四号機が迫りつつあった。 あの時、ムサシのトライデントの前には、シンジの初号機だけではなく、アスカの弐号機、レイの零号機があった。 シンジとマナを関係を、漠然と聞いてはいてもそれが自分の身の安全の保証になどなりはしない。 ましてやアスカやレイなどが、なにを考えているカなどは知る由もないのだから、あの時のムサシの気持ち、というのは今のシンジやマナの気持ちなどは、比べ物にならないだろう。 おそらく”死”というものを覚悟していたに違いない。 だが、 「死ねない、よね。私たちは。」 力強く、マナはそう言い切った。 「うん。」 その言葉が、マナにとって過去を振りきる為の第一歩であるのだと、そうシンジは感じて、小さく、強く肯いた。 「なんだいありゃ、あんな奴でこの四号機を止められるとでも思ってるのかね?」 四号機のエントリープラグの中で、その少年は嘲笑うかのようにそういった。 そのコクピットは、光すら閉ざしてしまうような漆黒の闇の中にあった。 「ふん、僕を受け入れないつもりならそれでもいいさ。それでも僕にはこいつを動かすことができる。セカンドチルドレンやサードチルドレンのような、落ちこぼれではないからね、僕は。」 コアとなった魂が、少年を拒んでいるがゆえの状況であるが、少年はさして気に留めた様子もない。 あるいはこの中に宿る魂は、心を閉ざしているのかもしれない。 そうであれば、かつての渚カヲルのように面倒な手続きなど経ずとも、エヴァを動かすぐらいのことができる、という思いが彼の中にはあるのだろう。 そしてエヴァであれば、目の前のトライデントなど敵ではない。 「ヤマトくん、油断しないで。」 「はいはい、分かってますよ。」 無線から聞こえてきた女性の声に、ヤマトと呼ばれた少年はそう答えた。 「うるさいおばさんだ。」 「・・・聞こえてるわよ。」 明らかに気分を害したような声が返ってくるが、ヤマトは気にも留めない。 年はおそらく、"あの頃の"シンジたちと同じぐらい。 その容姿はどこか、渚カヲルに似ていた。 恐いもの知らず、というかどこか飄々としている、といった風な感じは、確かにカヲルに似ていないこともなかったが、一つ違う点は渚カヲルはこうやって他人を見下すような言動は取らないということである。 性格が悪い、というよりヤマトという少年はどこか未成熟な感じがするようであった。 どこか、子供なのだ。 そういうことが分かるから、頭を抱えつつも無線の先にいる女性も、何も言いはしない。 「ま、ばあさん、って言われないだけマシかしらね。」 そういってその女性は、ちらりと後ろを見やる。 そこにはあの、仮面の女が立っていた。 「旗色悪し、ってとこだな。」 「そうですね。」 マコトの呟きに、ケンスケがそう相槌を打つ。 マナもシンジも、それなりに戦闘の経験、というものはある。 さらにシンジにとってはありがたいことに、ニュートライデントのインターフェースはエヴァのそれに酷似していた。 もっとも、マリィの手による改良が加えられているのなら、むしろそれは当然のことであったかもしれない。 そして先にマナが豪語したように、シンジとマナのコンビネーションは確かに文句のつけようがなかった。 言葉を介さずともコミニュケーションが取れれば、連係、などというものは考えなくとも自然と取れるものである。 だからこそ、致命的な打撃を受けてはいない。 そういうレベルの、戦いであった。 どれほどトライデントが優秀な機体であっても、あくまでそれは"ロボット"であり、純粋に人間が作り出したものである。 が、エヴァは違う。 人造人間、というその言葉が示すとおり、そこには生物的な要素が多大に含まれている。 そしてそのベースフォーマットを作り上げたのは、人間ではない。 ロボットの性能の指針が、いかに生き物の動きに近づけるか、にあるとするなら、生き物そのものには明らかに劣る、ということになる。 無論、その反面機械には生き物には出来ない動き、というものもあるから、それだけで優劣を決めるのは愚かなのかもしれないが、こと人型機械、ということに関するなら話は違う。 大前提として、"人間並み"の動きが出来なければそこに意味などはないのだ。 ましてATフィールドなどというものを持つエヴァ、ないし使徒を相手とするなら格闘戦、というのが大前提となるであろうから、なおさらである。 トライデントのオートバランサーはそれなりに優秀なものではあるが、二速歩行を行うために意識的に制御を行わなければならない機械と、意識せずとも飛んだり跳ねたり出きる生き物とでは確かに分が悪すぎるだろう。 それははじめからわかっていたことであって、だからマリィはあえて何も言おうとはせず、黙って戦況を見つめていた。 「でも、いったい何者なのかしら。」 その横でマヤがふと、そんな疑問を洩らす。 四号機が現存している、というのは確かに驚きであるが、そうであるならあの事故がある程度仕組まれたものであったことぐらいは予想できる。 が、そうやって四号機を強奪したとて、素人に扱えるような代物ではない。 だいたいがパイロットを、それも操縦技術とかそういったのとはまったく違った次元で選ぶ機体である。 旧世紀に一世を風靡したアニメ風に言えば、ニュータイプ専用機、といったところであろうか。 無論そういった事実はネルフの、それも深い部分に関わっている人間にしか知らされてはいない。 実際チルドレンの選出基準、などというものは作戦参謀であった葛城ミサトにすら、知らされてはいなかった。 マナはともかく、加持ですら、結局その全容をつかめたかどうかは定かではない。 当のパイロットであるシンジとて、後にユカや冬月から聞かされるまでは知らなかったし、アスカやトウジなどは、今をもってなお、真相を知ってはいないだろう。 第一"欠けた心"こそがチルドレンたる重要な要素の一つであるなら、サードインパクトによって各々の心が補完されてしまった今、その資格があるものが果たして存在するのだろうか? シンジは確かに初号機を動かしたがそれはユイとマナの手助けがあっての話である。 アスカもまた、弐号機を動かしてはいるがそれはシンジの存在と、なによりここまでの経緯があっての話であって、これも一般的な話ではない。 パイロットになりうる存在が、いるとはマヤには思えなかった。 無論、ニュータイプという発想があるなら、当然のようにその先、つまり強化人間という思想も浮かんでは来るわけだが・・・ 「ダミープラグとか、あるいは人工的にチルドレンを造る、って言う方法がないわけではないけれど・・・」 簡単に言ってしまえばそれは綾波レイであり、渚カヲルである。 そう呟いて、マヤは自分を納得させようとしたが、それこそまさにおかしな話である。 レイとカヲル、その存在の意義、そして彼らの生まれた経緯。そんなものをそれこそ部外者が知り得るはずもない。 そこから導き出される結論は、明らかに一つなのだが、どこかでマヤの心はそれを拒否していた。 あるいは、この事件の裏に誰がいるのか、どこかで気付いていたからなのかもしれない。 そしてその横に立つマリィは、もっとそのことを明確に感じ取っていた。 目の前に聳え立つ四号機は、明らかに外部電源を使用していない。 どれほどの改良がこの四年間で加えられたかは定かではないとしても、内部の電源だけでそう長く動かせるものでもないだろう。 が、トライデンとと一戦交える前に、四号機は既に戦車隊と戦闘を繰り広げている。 にもかかわらず、今もこうして平気で稼動しているということは、これがS2機関搭載型であることを示していた。 S2機関が、あの時実際に四号機に積まれなかった、という事実を知っているのはマリィの他にはリツコとゲンドウぐらいのものであろう。 更に付け加えるなら、あの事故は確かにリツコとマリィが仕組んだことではあったが、現実としてああいうことが起こりうる可能性が少なからずあったからこそ、今の今まであの事故に関して誰も疑問を持っていない。 S2機関の危険性、様々な裏の事情、そういったものを理解した上で、それでもなおかつそれを使って見せる、使いこなせる人物は、マリィのいる限り一人しかいなかった。 そしてそれはおそらく、マヤの胸の片隅にある名と、同じものであったはずである。 「もしかしたら、止められるかもしれん。」 自分でも気付かぬうちに、トウジはそう呟いていた。 トウジの胸に抱かれながら、怪訝そうな、不安そうな顔をヒカリが向ける。 そのヒカリの視線に気付くことなく、トウジはヒカリのからだをそっと、自分から引き離すとゆっくりと、歩き出した。 「鈴原!?」 「鈴原くん!?」 そのトウジの姿をみとめて、ヒカリとマリィがほとんど同じにそう叫んだ。 その叫びの根底にあるのは、まったく同じ想い。 そして何故急にトウジがそんなことをしたのも、二人にはまったく思い至らなかった、 単にシンジを、親友を助ける為? それぐらいしか理由は思い付かない。 ただなにか、自分たちはそこに入り込んではいけないような、"まだ"そこには入れないような、そんな空気のようなものを感じて、二人ともにそれ以上トウジのことを止めることができなかった。 その三人の姿を、冬月、マヤ、そしてユカだけが、やはり止めることも出来ずに、複雑な表情で見つめていた。 『知っているの、あの事を・・・、いえ、違うわね。でも・・・どこかで気付いてる。』 トウジが四号機に感じた何か、その、残酷な意味を知るユカにはそう思えた。 それはおそらく、冬月やマヤも、おなじだっだのであろう。 マリィが一つ忘れていたことがあった。 エヴァの持つ特異性、それを成り立たせているもの。 "コア"と呼ばれるものの存在。 それを思い出さなくとも、今目の前に四号機のいることの意味、そしてその後ろにいるものの存在を気付くことができるから、無論ことさらにそのことを思い出す必要はないわけである。 けれど、そこに気付いていればトウジの行動の意味も、あるいは理解できていたかもしれない。 ダミープラグであろうが人工的に作り上げたチルドレンであろうが、コアの存在はエヴァを動かす上で欠かせないものである。 それをどこから、どうやって"彼ら"は手に入れたのか。 その意味を、考えれば。 「参号機はシンジくんが破壊してしまったけれど、そのコアは無傷で回収したはず、でしたよね・・・先輩。」 無意識に、マヤはそう呟いていた。 「なんで、どうして!?」 端で見ているケンスケたちの判断とは裏腹に、四号機の中のヤマトは焦っていた。 確かに、彼は意のままに四号機を操ってはいる。 けれどその動作そのものには、訓練されているような、洗練されたような感じはなかった。 ヤマトの未成熟さそのものが、そこには現われていた。 ある意味、子供のように何も考えずにがむしゃらに突っ込んでくる、というのは実は恐いものでもあるのだが、それは受け止める側に一定以下の技量しかない場合であって、手慣れた人間に通用するものではない。 途中でドロップアウトしたとはいえ仮にも戦時で専門の訓練を受けてきたマナと、まがいなりにも使徒を撃退してきたシンジ、彼らに通用するものではないのだ。 そしてなにより彼らの繋がり。 1たす1は単純に2ではない。息さえ合えば10にも100にも成りうる。 良く言われるそんなことを、シンジとマナは確かに実践していた。 機体の性能が1ランクか2ランク程度しか違わなければ、おそらくヤマトは完全に負けていただろう。 逆に言えばそれほどまでに、エヴァとトライデントにはさがあるともいえる。 だが、そこにヤマトは気付かない。 思い通りにならなくてぐずる子供のように、ヤマトはコクピットの中で叫びはじめた、 「なんで!?なんでなんだよ!?」 そんな焦りの中、ヤマトの目に飛び込んできたもの。 飛び出してきたトウジの姿。 「なに!?」 そのトウジの姿に、一瞬ヤマトは我を失う。 そしてその一瞬、四号機はその主導権をヤマトから奪い返した。 『お兄・・・ちゃん?』 そんな声を、ヤマトは聞いた気がした。 トウジの姿を認めたからか、それとも他に理由があったからか。 四号機は一瞬だけ、その動きを止めた。 ほんの僅かな、一瞬の隙。 だが、 『今よ。』 ふとマナは、そんな声を聞いた気がした。 その声は、確かにどこかで聞いた覚えがあった。 シンジの方を見る。 いや、シンジの声ではない。 モニターを見て、そこに母の姿を捉える。 が、ユカの声でもない。 そもそもどこからか聞こえてきた、というより自分の中から、その声は湧きあがってきていた。 そこに不快感はない。 そこにあるのは安らぎ、ただそれだけ。 ほんのつい最近、それと同じ安らぎを感じたことを、マナは思い出した。 だから、迷いはなかった。 「シンジ、今よ!」 迷いのないそのマナの声に、シンジもまた、迷わず操縦桿を引いた。 「やられちまったか。やっぱあの子にゃ荷が重かったか。」 僅か一瞬遅れた対応、そのATフィールドの隙を突いて、トライデントの右腕が四号機の頭部を捉えていた。 モニターでその様子を見つめながら、仮面の男はそう呟いた。 「というより、シンちゃんが成長したせい、かしらね。それとも霧島さんが傍にいるから、ラブラブパワー全開、ってとこかしら?」 男の呟きに女がそう軽口をたたく。 「おいおい、もう霧島さん、じゃないだろ。」 「そっか、碇マナちゃん、になるんだっけね。」 二人して仮面の下でそっと微笑むと、静かに後ろを振り向いた。 そこには、あの仮面の女の姿はなかった。 「行った、のね。」 「そういうものだ。それが血の繋がり、という奴なんだろうさ。」 それがどこか皮肉であることに気付きながら、男は静かにそう呟いた。 「血の繋がり、か・・・」 そう呟いた女の瞳には、もうひとつの血の繋がり、シンジ、マナ、ユカの姿が映っていた。 その血脈こそが、かの仮面の女にとってもっとも忌まわしきものだということを、知りながら。 「シンジくん、マナ、コアを回収してちょうだい。」 マリィが、四号機の前で仁王立ちになっているトウジの方へ走った為、代わりにユカが、シンジとマナにそう指示を出した。 コクピットのハッチが開き、シンジとマナが地上へと降り立つ。 その刹那、ユカは突き刺すような視線を感じた。 それが殺気であると咄嗟に気づき、反射的に走り出す。 一瞬の後、四号機から煙が吹き出し、吹き出す煙の音に包まれながら、一発の銃声が響いた。 おそらくは目くらましかなにかであったのだろう、あたりを覆った煙と、その音に、誰もが銃声に気づくことはなかった。 ただ、シンジとマナと、そしてユカ以外の人間は。 銃弾は間違いなくシンジか、あるいはマナを狙っていた。 だが、それが撃ち抜いたものは。 「母さん!?」 不意に視線の中に飛び込んできた母の姿に、マナは驚いた。 そして飛び込んでくると同時に、なにかが母の背中に撃ちつけられる。 鮮血が飛び散り、ユカはシンジとマナの方へと倒れ込んだ。 「母さん、母さん!」 「ユカ、おばさん・・・」 呟いてシンジは、銃弾が飛んできたと思われる方角をみた。 そこには、仮面の女と、そしておそらく四号機のパイロットであったのだろう、少年の姿があった。 少年は気を失っており、女の腕に抱かれていた。 「あれ、は・・・」 そのシンジの呟きに、ユカとマナもその方角をみた。 「・・・そう、まだ、憎んでるのね、碇の・・・血、を・・・」 「え?」 もう一度ユカは、シンジと娘の顔をしっかりと見つめた。 「監視者とか、神の血とか、そういう所とは関係ないけど・・・。まだ、終わってないのよ。」 「どういう、事です?」 「ゲンちゃん・・・シンジくんのお父さんは・・・」 「父さんが、どうしたんです!?」 そしてユカはかたりはじめた、碇ゲンドウの犯した、罪と、それが女性たちにもたらした、不幸を。 シンジとマナにできたのは、それを黙って聞くことだけであった。 それがユカの遺言であるのだと、気付いていたから・・・ |