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「あの子はきっと、恨んでる。あなたのお父さんと、あなたのお父さんを駆り立てた、碇の血を。」 監視者の目を誤魔化すためか、はたまたチルドレンの予備をただ単に欲しただけなのか。ゲンドウはシンジ以外にも子を儲けていた。 だがゲンドウはシンジと、ユイの面影を残すレイだけにしか愛情を示すことはなかった。 いや、愛情どころの騒ぎではない。 シンジとレイ以外の子は、ゲンドウにとって実験の材料でしかなかった。 それが、世界を救うため、と言われても、その子たちの母たちにしてみれば、それは納得できる話ではない。 自分たちは、碇ユイほどに愛されていない。 いや、ユイと比べてもらえるところにすら、いってはいない。 それでも、ユイがいなければ、そんな状況に耐えることもできた。 たとえ愛されていなくとも、それでも、ゲンドウのそばにいられれば。 「それは、間違ってる。」 不意にシンジが、そう呟いた。 「・・・そう、ね・・・」 そう言うシンジの気持ちは痛いほど分かった。 同じ思いを、つい最近味わっているのだから。 つまりそれは、アスカと同じである。 アスカが傍にいても、シンジの心の中には常にマナやレイがいた。 マナと別れても、レイがいなくなっても。 それを敏感に感じ取っていたから、アスカはシンジを拒んだ、いや、一度は拒んで見せたのだ。 シンジにゲンドウを責める資格はない。 一歩間違っていれば、シンジとてゲンドウと同じ過ちを犯していた。 しかも、そこにはゲンドウのように確固たる理由があるわけでもない。 無論、理由があればそれでいいというわけではないし、あいまいな大義名分を言い訳として使うゲンドウのやり方が正しいとはとても思えるものではない。 けれど、そんな理由もなく、ただ自分のわがままだけでアスカを傷つけ続けるのがいいはずもない。 「じゃあ、その生まれた子が、私たちに復讐を?」 私たち、というマナのその言い方に、少しユカはほっとしたような表情を見せた。 これはシンジ一人の問題ではない。 マナとて、碇の血を引き、そして気付かないところでゲンドウの助けを受けている。 そうであれば、マナや、その母たるユカとて彼らにしてみれば、憎悪の対象となるであろう。 そういった事を、おそらく無意識であろうが、どこかでマナは悟っている。 そしておそらくは、それと立ち向かうための決意も。 「それは、違うわね。少なくとも、ナオコさんの子は・・・彼は、自分の父親のことを知らない・・・ナオコさんだって・・・」 赤木ナオコ、という女性のことは、シンジよりもむしろマナの方がよく知っていた。 ゲンドウを恨み、死んでいったその女性。 その女性は、ゲンドウを愛するあまりゲンドウと自分との間に生まれた我が子を、実験台とすることをも厭わなかった。 タブリス、という名の使徒がいる、 『自由意志の天使』という二つ名を持つその使徒は、その名のあわらすとおり、全ての束縛から、自由である存在であった。 神のプログラムを無視し、自らの意志で行動を起こす。 が、その自由さと引き換えに、"彼"はその自らの意志を具現するための肉体を、持ってはいなかった。 そして、セカンドインパクトの起きる少し前、タブリスはナオコやユイ、ユカたちの手に落ちた。 セカンドインパクトの後、タブリスは赤木ナオコの息子の身体に、その安住の地を得た。 無論その時のナオコにあったのはゲンドウへの愛だけ、その行為が持つ意味も、『エヴァンゲリオン』を生み出すための、ステップでしかなかった。 エヴァが完成した後、その子はナオコ自身の手によって封印された。 そしてそのまま、二度と目覚めぬはずであった。 「それって・・・カヲル、くんのこと・・・ですか?」 ともすれば薄れそうな意識の中で、ユカは小さく肯いた。 「いなくなっても・・・なお、ゲンちゃんの・・・中にはユイの存在があった・・・それを、知ったとき、」 それはシンジやマナには計り知れない気持ちであろう。 あるいはアスカならば、それを理解できただろうか? 「恨んでいたんでしょうね、父さんや、母さんを。」 それぐらいしか、今のシンジに言える言葉はなかった。 が、マナの会ったナオコには、そんな感じはなかったように思えた。 「我が子を実験台にして、そうまでして女であろうとした、でも・・・やっぱりナオコさんは"母親"だった・・・そういう、ことなんでしょうね。」 ふと、マナがそう呟く。 ゲンドウへの憎しみ、ユイへの嫉妬、そんなものからレイを殺し、カヲルを覚醒させてみた彼女に、最後に残ったのは、そんな感情だったのだろう。 我に返った後に彼女の中にあったのは激しい罪悪感、そして、自分と同じ道を進みつつある、娘のこと。 死してなお、その時の気持ちは"MAGI"の中にある。 「ええ、そうね・・・、きっと、そう・・・だから・・・あの子に過ちを、犯させたくはないの・・・。こんなこと、頼めた義理じゃない。いつもいつも、私たちの罪を・・・あなたたちに償わせるような真似、して・・・でも・・・」 「母さん・・・」 呟いたマナの胸のうちに、けれど悲壮感はなかった。 自分の存在そのもの、碇の血、それが数多の人々を傷つけている。 そしてその罪を、自分とシンジは償っていかなければならない。 それは確かに辛いことなのかもしれない。 けれど、シンジというその存在がある、ただそれだけで、そんな苦労などはマナには感じられなかった。 そしてその想いはシンジも同様である。 今までは、不幸を一人で背負い込んできた、そう思ってきた。 けれど、サードインパクトがあって、父や母の思いを知って、なによりマナが傍にいてくれる今なら、それがいかに甘えであったかがわかる。 生きて行く以上多少の労苦はあるものだし、今は、それを忘れさせてくれる幸せもある。 「あの子を、救って、あげて。」 それが、ユカの最後の言葉だった。 また、新たな戦いが起きる。 けれどそれは、今までの戦いほど、辛いものではない。そうシンジは思った。 辛いのは自分たちよりも、むしろ相手なのだと。 だから、今シンジたちがしなければならないことは、相手を倒すことではない。 相手を救うことなのだ。 まだ二十歳にもなっていない少年少女にとって、それはおこがましい物言いかもしれなかったが、それでも、自分たちがそれをなさなければならないのだ。 一点の曇りもないその瞳で、シンジとマナはユカの遺志をしっかりと受け止めた。 当人たちは気付いてはいなかったが、今のシンジとマナは強い。 お互いに頼れるものがあり、同時に頼られているという自覚があるからだ。 支え合って生きていると実感できれば、多少のことになど動じることはない。 そんなマナたちの強さを対称的な位置に今、置かれようとしていたのが伊吹マヤであった。 彼女も今、彼女なりの問題を抱えつつあった。 そして今の彼女には支えになってくれる存在がない。 いや、それどころの騒ぎではない。 本来支えとなるはずのもの、それこそが問題の根元であったのだから。 徐々に晴れつつある煙の向こうに、マヤはあるものを見つけていた。 「あなた、は・・・。」 どこかでその人物の正体に気付いていながら、その女性の方へと歩み寄り、マヤはそう尋ねた。 「カスパー、とでも名乗っておきましょうか。」 「東方三賢者の一人、MAGIの名のIつ・・・」 その名を使ったその時点で、カスパーと名乗るその女が、本当に自分の正体を隠そうとしていないのだと、マヤは気付いた。 だが、MAGIシステムにおいて赤木ナオコ博士がカスパーに込めた意味、そして何故にこの女性がその名を受け継いだかまでは、今のマヤには思い至らなかった。 ただ一つわかるのは、目の前のこの女性が、間違いなく敵だということだけである。 シンジとマナとはまたちょっと違った関係ではあるが、彼女とマヤも、お互いに助け合える存在であった。 それは、もしかしたらマヤの側だけの、勝手な妄想であったかもしれない。 けれど少なくともマヤにとっては、頼るべき、縋るべき、そして支えとなってくれる存在であったことは間違いない。 それが今、敵として彼女の目の前にいる。 碇の血という宿命があって、直接戦いの矢面に立つことはあっても、戦うこと自体にシンジとマナには迷いがない。 目の前にいる彼女を正体を、知ってなお。 けれどそれは、マヤには出来ない。 直接刃を交えるわけではなくとも。 「なぜ・・・?」 「・・・簡単なことだわ。復讐、ただそれだけよ。」 静かにそう一言だけ告げると、彼女はその場から姿を消した。 「あ、待って!・・・先輩・・・。」 そんなマヤの叫びも空しく、その場にはぽつりと彼女だけが取り残されていた。 「鈴原!?何やってんのよ?」 四号機の残骸の前で、なにかをじっと見つめているトウジに、ヒカリがそう話かける。 「・・・ハルナ・・・」 「え?」 不意にトウジの口から漏れた女性の名に、想わずヒカリはどきりとしたが、すぐにその名前の意味に気付く。 「ハルナ、さんて?」 妙になにか納得したような、そんな表情のヒカリにマリィがそう尋ねる。 「鈴原の、妹さんの、名前なのよ。行方不明の・・・」 「妹・・・行方、不明!?」 そしてその言葉で、マリィはある一つのことに気付いた。 トウジの取った奇妙な行動のわけも。 「そう・・・そういう、ことだったんだ・・・」 「?」 今度はヒカリの方が、その言葉に首をかしげる。 「ハルナちゃん、だっけ・・・その子がね、"ここ"に、いるのよ。」 そう言ったマリィの視線の先にあったもの、それは頭部を損傷し停止した、エヴァ四号機の姿であった。 その言葉の裏の真意、真実を、ヒカリはおろかトウジすら、まだ、知ることはなかった。 が、理屈以外の部分で、少なくともトウジは"そこ"にハルナがいることを感じている。 真実を何一つ知らない、という点で同じであっても、その感覚の違いは決定的なものとなる。 そしてそれは、ヒカリにほんの僅かな、ほんの一瞬のことであったが疎外感のようなものを与えた。 やがてその疎外感が、ヒカリを孤独にさせ、また新たな、一つの問題を生んで行くことに、気付くものはいなかった。 そしてそれが、それこそが、皮肉にも今眼前にあるこの事態の、解決の糸口となって行くことも。 そんなヒカリの横で、だがマリィとて優越感に浸れていた、というわけではない。 彼女には、彼女なりの、深刻な問題があった。 自分が成すべきこと、なさねばならないこと、罪を償うこと。 トウジに、すべてのことを話すなら、自分がトウジにしてきたこともまた、告げなければならない。 それが、彼女にとって身を切られるほどに辛いものだとしても、今、この場で彼女はそれをしなければならないのだ。 トウジの妹とエヴァのコアとの関係、それは確かに誰かがトウジに告げなければならないことではある。 コアから彼女のサルベージということを考えたとき、リツコ亡き今その陣頭に立つのは確かにマリィ、ということにはなるのだが、だからといってそれが彼女がトウジにすべてを告げなければならない理由とはならない。 真実を知るものはマリィのほかにもマヤや冬月、それにシンジやマナだっている。 ましてやマリィが参号機の件、四号機の暴走の件、そういったものに関わっていた、ということなどは、言わなくても済む話ではある。 ほんのちょっと前まで、マリィはそのことをトウジに知られたくなかった。知られまいとしていた。 その気持ちが変わったのは、トウジの妹が、エヴァのコアとされてしまった、その事実に気付いたからである。 トウジの片足のみならず、彼にとって最愛の妹さえ、彼から奪ってしまった。 自分勝手な、一人よがりな自分の想いのせいで。 そんな意識があったからこそ、彼女はその決意をしたのだ。 例えそれで、トウジに恨まれる結果となろうとも。 トウジという人間の優しさを、おそらくはヒカリと同じぐらいわかっているから、自分の足を失うことよりも、妹を失うことの方がはるかに辛いだろうとわかるから。 そしてその辛さを与えてしまったのは、他ならぬ自分であるのだから。 「鈴原、君・・・」 静かにマリィはそう、トウジに語り掛けた。 自らの罪を償う、そのために。 |